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第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち

13.水蛟(みずち) 歓喜

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「おはようございます、日向(ひなた)様」

もぞもぞと布団がめくれて、水色の瞳がこちらをのぞく。

おはよう。

そういった気がしたのは、思い込みかしら。
すぐに頭から隠れてしまって、今はもうベッドの上の小さな布団のお山しか見えない。
可愛いわー。癒されるわー。

「お掃除しますね。埃っぽくなりますけど、平気ですか。」

ぴくんとお山が動いたのは、うなずいたのかしら。
うん、と聞こえたのは幻聴?
え、聞こえたわよね。小さな可愛い声が。



晴海さんが術を解いて目覚めた後も、かわらず日向様はベッドの上にいらっしゃる。
初めの2,3日は、動きたくても動けなかったのだと思うの。布団の中で、プルプル震えて固まっていた。
一人でお食事もとれず、誰かが食べさせようとしても受け付けないから、ずいぶん心配した。
でも、4日目の朝、お部屋に行くと、ベッドの上に日向様が起き上がって、ぼーっと座っていた。

私に気付いて、慌てて布団の中に消える。「おはようございます」と声をかけると全く動かなくなった。でも、お掃除を始めてしばらくすると、布団の隙間から水色の目がこちらを見ていて、気づかないふりをするのが大変だった。
そのうち、ぐーっとお腹が鳴る音が聞こえたので、ジュースを近くに置いた。小栗が許可した優しい味の飲み物。飲んでくれるかしら、と離れてお掃除の続きをしながら様子をうかがっていると、お布団の中に持ち込んでちゅうちゅう飲んでいるのが聞こえた。

あまりの可愛さに叫びだしたいのをこらえた私は、偉いと思うの。



目覚めて今日で7日。
さっきのあれは、確かにお返事をしてくださったのだと思うけれど。
違うかしら。思い込みかしら。
でも、確かに可愛らしい声が聞こえた気がするのだけど。
最近はよく、夜になるとアオバズクの真似をする、あの声。

「…ー、ぉー…、ぉー」

そうそうこの、一生懸命真似するけど、思ったように声が出なくて、かすれた可愛い声。

「ぉー、ほー、ぉー」
「あ、似てる。」
「にぇる?」
「ええ、ええ、さっきよりうんとお上手になっ……」
「ぉー、ぉー、ほー」

ベッドの上のお山から、水色の頭が顔を出して、アオバズクの真似をしていらっしゃる。
思わず叫びそうになるのを両手で抑え込んだ。

水色の頭と、白いお顔と、水色の大きな瞳と、一生懸命鳴き声をまねる小さなお口が――今!この空間に!私がいるにも関わらず!存在していらっしゃる!!

「にぇる?」

水蛟、この離宮に勤めて10年!
心の底から感謝したい。

「ぉー、ほー、ほー、にぇちゃ」
「ええ、ええ、どんどんお上手になっていますとも。すごいですね、日向様。水蛟は、水蛟は、もう…」
「み、み、みぅ、みぅち、」

感極まってしまう。
ほろりと涙がこぼれるのを止められなかった。

「みぅち」

いけないと、こらえようと思うのに、ぼろぼろと涙があふれる。
嗚咽をこらえるだけで精いっぱいだった。

「みぅち、」

ベッドの上のお山から、小さな体が動き出す。
足をおろして歩き出そうとしたのだと思う。けれど力が入らず崩れて、あわてて抱き留めた。
腕の中で、小さな体のぬくもりを感じる。受け止めた瞬間に、驚いて固まっていたけれど、震えてはいなかった。

「日向様、どこか痛いところはございませんか、」

抱き留めてしまったのに、これ以上触れて怖がらせないか不安になる。
けれど、思いがけず、小さな体から力が抜けるのを感じた。

「ん-ん。みぅち、いぁくなぃ?」

小さな背中を私の腕に預けて、水色の瞳がこちらを見上げる。
キラキラと宝石のような瞳だった。
その瞳をみて、また涙がこぼれる。
白い小さな手が、それを一生懸命拭ってくれた。

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