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第壱部-Ⅱ:はじまりは確かに駒だった

9.日向 きれい。仕方ない。

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「日向、おいで。ご飯だ」


外が暗くなって、紫色の目の人がご飯を持ってやってきた。しおうさま、しおうさん、しおう、おまえ。
紫色の目の人は、いつも「おいで」と言って、ぼくをまつ。
扉を開けて、外へ出ないとご飯は食べられない。仕方ない。

今日も、黒いつま先。
長い裾は、青と緑が混じってて、やっぱり光が当たるとキラキラしてる。きれい。

ぼくが柔らかい布にすわると、頭を2回、ぽんぽんと叩く。これもいつも。
痛くない。ちょっとあったかい。でもびっくりする。仕方ない。
台の上に、ご飯が置かれた。黄色い飲み物。白い柔らかいやつ。パンって名前。これは、きれい。
黄色い飲み物は、スプーンを使わないといけない決まり。器をもって飲んだ方が早いのに、仕方ない。

ぐーっとお腹から音がしたら、紫色の目の人は笑った。


「いいよ、食べな。」


また2回、頭をぽんぽんした。仕方ない。

紫色の目の人は、ぼくが食べ終わるまでずっといる。何でかは知らない。
早く食べないと、何度も何度もぽんぽんする。
あったかいけどびっくりする。きれいなのに、仕方ない。
だから早く食べようとするんだけど、スプーンを使う決まりが難しい。
半分飲むまでは「いいよ」と言わない。「それ使いな」って言う。だから、時間がかかって、またぽんぽんされる。仕方ない。

仕方ないけど、スプーンで食べた。
黄色い飲み物は、とろとろしてる。甘い。きれい。
スプーンは仕方ないけど、お腹がいっぱいになるのはいいことだ。きれい。

パンはやわらかい。甘い。きれい。
でも全部は食べられない。お腹が痛くなるから。それは、仕方ない。
だから紫の目の人が食べる。
ぼくがパンを渡すと、いつも笑う。その時だけ、あの紫色の目を見られる。きれい。

もうすぐ半分。
早く「いいよ」って言わないかな。
ああ、ほら、何か言うよ。


「日向。いい加減、風呂に入ろう」

ちがった。
いいよ、じゃなかった。

ひなた、ぼくの名前。

いい、かげん。知ってる。怒った時の言葉。
ふろ。聞いたことはあるけど、意味は知らない。

いい、かげん。
いい、かげん、に、しろ。

大きな声で怒って、痛いことをした。たくさん。

「日向?」

紫色の目の人がぼくを呼ぶ。

「風呂に入って、体を洗うだけだ。怖くないから。な。」

ふろ。からだ、を、あらう、だけ。
体はぼくの体?洗えばいい?
そうしたら怖くない?痛いことしない?

仕方ない。
仕方ない。
仕方ない。

怒られた。
体を洗わないといけない。

どこで洗えばいいだろう。
トイレの隣に水が出るやつがある。じゃぐち、すいどう。洗うところ。

「おい、日向?」

服は脱いだ。全部脱いだ。
じゃぐちをひねったら水が出た。
手ですくって、体を洗う。

「日向、違う!そうじゃない!」

紫色の目の人が怒る。
もっと洗わないといけない。
洗うから、痛いことしないで。
ちゃんと洗うから。

「日向!違う!」

大きな手が僕の体を捕まえた。
ちゃんと洗うのに。

「ごめんなさい」

ちゃんと洗うから。

「ごめんなさい」

「違う!」って紫色の目の人が怒っている。
捕まえる力が強くなって、痛くなった。

また間違えた。
ごめんなさい。
やり直すから。
ちゃんとやるから。
痛くしないで。
怒らないで。
苦しくしないで。



もう殺さないで。

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