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1話 転移の説明

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 外回りも7月の今は少々きつい。Yシャツの襟元に指を入れてくつろげるとスクランブル交差点に向かって足を動かす。あと1社で今日の予定は終わりだ。ビールが飲みたいなー、今日はA社のプレミアムなビールにしようか。つまみは枝豆だな, 帰りにコンビにに寄っていこう。
  
 俺の名前は御田村誠一、いままでの俺は米国で学歴をいかし、高給取りのサラリーマンをしていた。ところが、箱入り息子である(財閥の直系親族である)俺がこのまま世間知らずでいるのは不味いと心配した親に、普通のサラリーマンをしてこいと日本へ修業に出されたのだ。しかし、その親の用意した住まいが2LDKのホテル形式のマンションで食事と住まいの掃除、洗濯までサービスしてくれるところであったのは、いかがなものかと思う。

  それに、子の心親知らずで、俺は親が思うほどハイソな生活はしていなかったと思う。

  確かに中高は英国のボーディングスクールにいたので、周りはそれなりのご子息ばかりだった。でも大学に入って大人の階段を上り始めたら、いままで出会ったことのない人たちとも友人になりたいと思うだろう。失敗もかなりした。隙を突かれて痛い目にあったことも。なにもなくともこちらの立場を嗅ぎつけて嫌がらせをされたり、集られそうになったこともある。それでも残った人たちも居る。そういうことだ。

  そして、彼らと付き合うのにハンバーガーも食べれば、ドーナツも食べる。ナイフとフォークでいただくハンバーガーでなくてはいやだと、漫画の馬鹿坊ちゃんのようなことはいわない。いろいろな国から来た留学生なんかは珍しい話もしてくれるのでたまに一緒に食事に行ったりもしたのだが、彼らは総じて金がない。だからといって俺がおごるというのは違うだろう。だから安い店で割り勘だ。
  
  そういう訳で身元を隠して、米国から日本に戻ってきて、普通にサラリーマンをやるのはそれ程大変なことではなかった。24歳で入社して、それなりに任せてもらえるようになった仕事に未練はあるが、親が俺を心配しての気持ちなので、しばらくはこれでも良いかと思う。
そして、付き合いでいく、お好み焼きや、鍋物の店、焼き鳥やetcも気に入っている、どれも酒に合いすぎて困る。

  いまは夏なので、ビール、プラス枝豆にはまっている。典型的なサラリーマンをやっているのだが、そろそろ体型が気になるお年頃なので、夏が終ったらウイスキーにでも切り替えよう。

まあ、日本に来て俺は今の生活を楽しんでいるということだ。

 つぎの会社には半年がかりでプッシュしている案件がある。もうすこし相手の利益を提示できれば気持ちが動きそうに思うんだが。なにか良い提案事項がないものか・・・


 横断歩道に足を踏み入れると、スクランブル交差点を渡る人たちがみんなして同じところを見ている。キャーとかうわぁーとか騒いでいるが俺の背後に何かあるのか?
視線の向く方向に向き直ろうとする俺の体がぐらりと揺れる。背中がじんじんする。あぁ、皆の足が見える。
皆が騒いでいるけれど・・・俺・・・


 気が付くと、白い部屋にいた・・・そして目の前に浮かぶ光る玉。うん、テンプレだな。

「御田村誠一君、君は死んでいる」

 君は死んでいる、クールだね。さて俺はどこに招待されるのかな。

「君は通り魔に刺されて死んだわけだが、同時期に相性のいい魂が現世を離れて天に昇った。
そこで気の毒な君にチャンスをあげよう。このまま天に昇るか、彼の中に入って続きの人生を送るか選びたまえ」


 その彼はどんな人なんだ。俺は犯罪者や病人の中には入りたくないぞ。
ついでに天国に行ったらそのあとどうなるんだよ。

「彼は健康体の若者だ。少々訳ありだが。
そして天に昇った魂は輪廻の流れに乗っていずれこの世に誕生する。記憶は白紙に戻るし、時間はかかるが。
さあ、どちらにするかね」

 なんで選ばせようとするんだ、おかしくないか。ついでに訳ってなんだよ、訳って。
判断材料が少なすぎて返事に困る。
そういえば何故か意思の疎通が出来ている。ファンタジーだ。

 光る玉が続ける。

「君の言うことももっともだ。多少の説明はさせてもらおう。
まず君が入る予定の若者だが、あれやこれやあったのちに、思いをかわした彼女と駆け落ちをした。
だが、いいところの坊ちゃん、嬢ちゃんだった彼らは案の定うまくいかず、大喧嘩をした。
そして、自棄になった彼は酒を飲みすぎて転倒、家具に頭をぶつけて、そのまま天に昇ったという訳だ」

 それはご愁傷様。まあ、難ありだけれど、やばい奴ではなくてよかった。
でもさ、なんで彼の体というかボディをだな、生き返らせたいんだよ。おかしくないか・・・

「おかしくはないぞ。ただ賭けをするのに必要なアイテムだというだけだ。
神の賭け事だ、それで説明は充分だろう。
あとは・・・そこそこ出来のいい身体だ、がんばればなんとかなるだろう。
彼には幸せになってもらわなくてはならない。私はそちらにチップを掛けている」


 神の賭け事と言われると、その辺のことに関してはこれ以上つっこめないが、いくつか聞きたいことはある。
そうだな~、あれとかこれとか・・・

「その辺りは大丈夫だ。まず彼は自由の身でとくに縛られるものはない。我々も干渉はしない。ただ義務はないが権利もないということで、自分で身を立てなければならない。
冒険者登録をしていたので、とりあえずは君もそのままその仕事を続ければいいだろう。言語理解と彼の記憶のダイジェスト版も付けておくか。あとは・・・」

 あっ、そうだ。言語理解で思い出したけれど、俺は5ヶ国語が出来るんだよね。日常会話を含めると8ヶ国語、子供のころの海外生活のおかげだ。
もし、もしもだよ・・・転移が異世界だったらせっかく覚えたそれらが無駄になるわけだ。覚えるのがとても大変だったので何とかして欲しい。神様プリーズ!

「・・・いいだろう、サービスしよう。だが大陸にある言語だけだと余るな、彼も3ヶ国語ほどは習得しているはずだし・・・」

 あっ、ドラゴン語を覚えたいです。是非よろしく!!

「・・・・・・・善処しよう・・・彼はとりあえず生活するだけのものは持っているのでゆっくりと慣れていけばいい。あとはプレゼントだな」


 光の玉からは光る腕がはえてきた、そしてその手に握られているのは・・・どぎついピンク色の光の玉だった。
おい、なにするんだよ。背中がぞわぞわしてそいつに近寄りたくないんだが。

 光の玉が笑っているような気がする。よく言うだろ、心胆寒からしめる笑い、あれだよ。
思わず後ろに下がる。俺に構わないで下さい。

「まあ、そういわずに。魔力のない世界から来た君にほんの一滴魔力を注ぐだけだよ」

 いやだ!そんなものいらん!魔力は欲しいが、あのピンクはいらん。
きっとろくでもないものなんだ。俺は全力でお断りするぞ。

 光の玉が悦んでいる、逃げる方法はないものか!
だが、魂だけになった俺にはなすすべはなかった。
哀れ俺はあのどぎついピンクの絞り汁を一滴・・・痛い、頭をはたかれた、なにすんだよ神様。

「一人芝居を堪能しているところをじゃまして悪いが時間だ。
そろそろ出発してもらおう。

それからあれは魔力を抽出しただけであの毒物は一欠けらも入っていないぞ。心配するな。
あとで贈り物もしよう。目覚めたら確かめたまえ。
それでは良い人生を」

 あっ、ちょっと待て!俺はまだ行くといっていないぞ!


「時間切れだ。さっさと決めない君が悪い。それでは・・・」


 あーれー・・・・・


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