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エピローグ
Congratulazioni !
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「順、レタスを洗ったら、水気を切って。それからちぎって、このお皿にのせてね」
「これでいい、ちあちゃん?」
「うん、じょうず。じゃあ、次はトマトを切ってもらおうかな」
「わかったー!」
広々として明るいアイランドキッチンが好きなのか、最近の順はよく料理を手伝ってくれるようになった。専用の小さなカッティングボードや包丁も持っていて、今も器用にトマトを切り始めた。
今夜のメインはビーフシチューで、キッチンにはおいしそうな香りが漂っていた。アンジェロの大好物だから、きっと喜んでくれるだろう。
千晶と順は数ヵ月前に実家を出て、アンジェロが暮らすメイプルパークビレッジのレジデンスに移り住んだのだ。
以来、『メイプルパーク・メディカルプラザ』の看護師長である田崎に懇願され、パート勤務ではあるが、健診センターでの仕事にも復帰している。
千晶も順の隣に立ち、じゃがいもの皮を剥き始めた。スライスして、アンチョビを少しのせ、生クリームをかけて、オーブンで焼くと、いい付け合わせになる。このレシピはアンジェロの母が教えてくれたものだった。
「ねえ、ちあちゃん」
ふと順が手を止めて、顔を上げた。
「なあに?」
「ちあちゃんとアンジェロは僕のママとパパになるの? そう呼んだ方がいい? 今みたいにアンジェロや、ちあちゃんって呼ぶのは変だよって、保育園のみーちゃんやタカくんに言われたんだけど」
「そっか」
千晶は少し考えてから、身を屈めて順の手を取った。そのまま膨らみ始めている自分のお腹に触らせる。
「順にはちゃんとパパやママがいるもんね。だから好きなようにしていいよ。だけどどんなふうに呼んでも、順はこの子のお兄ちゃんだからね」
「お兄ちゃん?」
「そう、お兄ちゃん」
「そっか」
順はうれしそうに頷き、またトマトを切り始めた。
あのリサイタルの後、間もなく千晶はイタリアでアンジェロと結婚式を挙げた。新しい環境でとまどうことや、覚えなければならないこともたくさんあるが、来年の春にはひとり家族が増える予定だ。
千晶はきれいに片づけられた、広いリビングに視線を投げた。
その場の主役は大きなグランドピアノだが、手前に優美なラウンドテーブルが置かれ、銀の写真立てと小さな白いベネチアングラスの花瓶が飾られている。写真は赤ん坊の順を抱いた姉夫婦のもので、花瓶にはクリーム色のバラがいけられていた。
もともと千晶の部屋にあった写真を、そこに飾りたいと言ってくれたのはアンジェロだ。
――順にも、千晶にも、僕にとっても大切な写真だからね。すごくかわいい順と、千晶のお姉さんと、それから君に僕のことを教えてくれた昭さんが写っているんだもの。
ふつうの家族とは確かに違う。それでも自分たちは大丈夫だと思えた。だってアンジェロがいてくれるのだから。
その時、玄関の戸が開く音がして、陽気な鼻歌が聞こえてきた。
今ではすっかり耳慣れた『ベリッシマ』――アンジェロが千晶のために作曲したセレナーデだ。本来は切ないくらい美しいメロディーなのに、テンポが速いためかマーチのように聞こえる。
「アンジェロだ!」
順が弾かれたように玄関へと駆けていく。
「お帰り!」
「ただいま、順」
「わあ! それ、おみやげ?」
にぎやかなやり取りをしながら、アンジェロと順がキッチンへ入ってきた。
「ちあちゃん、アンジェロがチャオチャオのジェラート買ってきてくれたよ!」
「ありがとう。お帰りなさい、アンジェロ」
「ただいま。啓一さんがよろしくって言ってた。たまには千晶も店にも来てくれって」
アンジェロがジェラート入りの袋をかざしながら、にっこり笑う。
クルクルと渦を巻くアッシュブラウンのショートヘア、少し緑がかった紅茶色の瞳。彫りが深くて端整な、けれどもどこかあどけない顔立ち――千晶を見つめているのは、リビングにたくさんあるCDのジャケットと同じ笑顔だ。
今日は次の海外ツァーの打ち合わせがあったそうだ。公演先にはイタリアも含まれていて、千晶や順も同行することになっていた。
たまに全部夢なのではないかと疑いたくなる時もあるが、そんな時は必ず抱き締められ、困ってしまうくらい繰り返し口づけられる。
「ティ・アモ、僕の千晶」
今も広い胸に引き寄せられて、千晶は微笑みながら、落ちてくる優しいキスに応えた。
「これでいい、ちあちゃん?」
「うん、じょうず。じゃあ、次はトマトを切ってもらおうかな」
「わかったー!」
広々として明るいアイランドキッチンが好きなのか、最近の順はよく料理を手伝ってくれるようになった。専用の小さなカッティングボードや包丁も持っていて、今も器用にトマトを切り始めた。
今夜のメインはビーフシチューで、キッチンにはおいしそうな香りが漂っていた。アンジェロの大好物だから、きっと喜んでくれるだろう。
千晶と順は数ヵ月前に実家を出て、アンジェロが暮らすメイプルパークビレッジのレジデンスに移り住んだのだ。
以来、『メイプルパーク・メディカルプラザ』の看護師長である田崎に懇願され、パート勤務ではあるが、健診センターでの仕事にも復帰している。
千晶も順の隣に立ち、じゃがいもの皮を剥き始めた。スライスして、アンチョビを少しのせ、生クリームをかけて、オーブンで焼くと、いい付け合わせになる。このレシピはアンジェロの母が教えてくれたものだった。
「ねえ、ちあちゃん」
ふと順が手を止めて、顔を上げた。
「なあに?」
「ちあちゃんとアンジェロは僕のママとパパになるの? そう呼んだ方がいい? 今みたいにアンジェロや、ちあちゃんって呼ぶのは変だよって、保育園のみーちゃんやタカくんに言われたんだけど」
「そっか」
千晶は少し考えてから、身を屈めて順の手を取った。そのまま膨らみ始めている自分のお腹に触らせる。
「順にはちゃんとパパやママがいるもんね。だから好きなようにしていいよ。だけどどんなふうに呼んでも、順はこの子のお兄ちゃんだからね」
「お兄ちゃん?」
「そう、お兄ちゃん」
「そっか」
順はうれしそうに頷き、またトマトを切り始めた。
あのリサイタルの後、間もなく千晶はイタリアでアンジェロと結婚式を挙げた。新しい環境でとまどうことや、覚えなければならないこともたくさんあるが、来年の春にはひとり家族が増える予定だ。
千晶はきれいに片づけられた、広いリビングに視線を投げた。
その場の主役は大きなグランドピアノだが、手前に優美なラウンドテーブルが置かれ、銀の写真立てと小さな白いベネチアングラスの花瓶が飾られている。写真は赤ん坊の順を抱いた姉夫婦のもので、花瓶にはクリーム色のバラがいけられていた。
もともと千晶の部屋にあった写真を、そこに飾りたいと言ってくれたのはアンジェロだ。
――順にも、千晶にも、僕にとっても大切な写真だからね。すごくかわいい順と、千晶のお姉さんと、それから君に僕のことを教えてくれた昭さんが写っているんだもの。
ふつうの家族とは確かに違う。それでも自分たちは大丈夫だと思えた。だってアンジェロがいてくれるのだから。
その時、玄関の戸が開く音がして、陽気な鼻歌が聞こえてきた。
今ではすっかり耳慣れた『ベリッシマ』――アンジェロが千晶のために作曲したセレナーデだ。本来は切ないくらい美しいメロディーなのに、テンポが速いためかマーチのように聞こえる。
「アンジェロだ!」
順が弾かれたように玄関へと駆けていく。
「お帰り!」
「ただいま、順」
「わあ! それ、おみやげ?」
にぎやかなやり取りをしながら、アンジェロと順がキッチンへ入ってきた。
「ちあちゃん、アンジェロがチャオチャオのジェラート買ってきてくれたよ!」
「ありがとう。お帰りなさい、アンジェロ」
「ただいま。啓一さんがよろしくって言ってた。たまには千晶も店にも来てくれって」
アンジェロがジェラート入りの袋をかざしながら、にっこり笑う。
クルクルと渦を巻くアッシュブラウンのショートヘア、少し緑がかった紅茶色の瞳。彫りが深くて端整な、けれどもどこかあどけない顔立ち――千晶を見つめているのは、リビングにたくさんあるCDのジャケットと同じ笑顔だ。
今日は次の海外ツァーの打ち合わせがあったそうだ。公演先にはイタリアも含まれていて、千晶や順も同行することになっていた。
たまに全部夢なのではないかと疑いたくなる時もあるが、そんな時は必ず抱き締められ、困ってしまうくらい繰り返し口づけられる。
「ティ・アモ、僕の千晶」
今も広い胸に引き寄せられて、千晶は微笑みながら、落ちてくる優しいキスに応えた。
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