40 / 50
破局への転調
1
しおりを挟む
五月も半ばになると、庭のバラはほぼ満開になる。
白、クリーム色、ピンク、紫――青空を背景に母が丹精している花々に彩られ、遠くからでも家全体が華やいで見えた。
土曜日、千晶が働く内科クリニックの受付は午後一時までだ。気候がいいせいか患者も少なく、今日は残業せずに職場を出ることができた。
「ああ、いいお天気」
千晶は大きく伸びをして、家路を急ぐ。職場の近くで順が好きなアイスクリームを買ったから、早く食べさせてやりたかったのだ。
(そういえばチャオチャオのジェラート、すごくおいしかったな)
ジェラートマエストロのジェラテリア、ハイブランドばかりが軒を並べるきらびやかなショッピングモール、美術館のように端正な『メイプルパーク・メディカルプラザ』、そして秋の日差しの中で微笑んでいた優しいアンジェロ――色づき始めた楓の木々が立ち並ぶメイプルパークビレッジで過ごした日々は、もう何年も前のように思える。
だが千晶が健診センターを辞め、順と共に東京の郊外にある実家に戻ってから、まだ数ヵ月しかたっていなかった。
辞職の理由は、うつ病気味の母を介護するというものだった。しかし実際にはすでに庭仕事に精を出せるほど回復していて、持病がある父親もそれなりに元気だ。むしろ参っていたのは千晶自身だった。
メイプルパークにいれば、いずれ帰国したアンジェロと出くわすかもしれず、気持ちも揺らいでしまう。彼を思いきるには、あの美しい街を離れるしかなかったのだ。
幸いすぐに就職が決まり、順も新しい保育園に慣れてくれた。
仕事の傍ら、母と手分けして家事をしながら、静かに日々を重ねていく――そうしていれば心の傷も癒え、失った恋に涙することもなくなると、千晶は自分に言い聞かせていた。
「ちあちゃん、きっともうすぐ帰ってくるよ」
ちょうど家の前まで来た時、順の声が聞こえてきた。誰と話しているのか、いつになくはしゃいでいて、それに重なるように父や母の笑い声もする。
何も聞いていなかったけれど、来客でもあったのだろうか?
「ねえ、お外で待とうよ」
「……順?」
千晶が声をかけた時、笑顔の順が門から飛び出してきた。
「あ、ちあちゃん! お帰りなさい! お客さんだよ」
続いて長身の青年が姿を見せた。
「チャオ、千晶」
最後に見た時より少しやせて、髪も伸びていたが、そこに立っていたのはまぎれもなくアンジェロだった。
白、クリーム色、ピンク、紫――青空を背景に母が丹精している花々に彩られ、遠くからでも家全体が華やいで見えた。
土曜日、千晶が働く内科クリニックの受付は午後一時までだ。気候がいいせいか患者も少なく、今日は残業せずに職場を出ることができた。
「ああ、いいお天気」
千晶は大きく伸びをして、家路を急ぐ。職場の近くで順が好きなアイスクリームを買ったから、早く食べさせてやりたかったのだ。
(そういえばチャオチャオのジェラート、すごくおいしかったな)
ジェラートマエストロのジェラテリア、ハイブランドばかりが軒を並べるきらびやかなショッピングモール、美術館のように端正な『メイプルパーク・メディカルプラザ』、そして秋の日差しの中で微笑んでいた優しいアンジェロ――色づき始めた楓の木々が立ち並ぶメイプルパークビレッジで過ごした日々は、もう何年も前のように思える。
だが千晶が健診センターを辞め、順と共に東京の郊外にある実家に戻ってから、まだ数ヵ月しかたっていなかった。
辞職の理由は、うつ病気味の母を介護するというものだった。しかし実際にはすでに庭仕事に精を出せるほど回復していて、持病がある父親もそれなりに元気だ。むしろ参っていたのは千晶自身だった。
メイプルパークにいれば、いずれ帰国したアンジェロと出くわすかもしれず、気持ちも揺らいでしまう。彼を思いきるには、あの美しい街を離れるしかなかったのだ。
幸いすぐに就職が決まり、順も新しい保育園に慣れてくれた。
仕事の傍ら、母と手分けして家事をしながら、静かに日々を重ねていく――そうしていれば心の傷も癒え、失った恋に涙することもなくなると、千晶は自分に言い聞かせていた。
「ちあちゃん、きっともうすぐ帰ってくるよ」
ちょうど家の前まで来た時、順の声が聞こえてきた。誰と話しているのか、いつになくはしゃいでいて、それに重なるように父や母の笑い声もする。
何も聞いていなかったけれど、来客でもあったのだろうか?
「ねえ、お外で待とうよ」
「……順?」
千晶が声をかけた時、笑顔の順が門から飛び出してきた。
「あ、ちあちゃん! お帰りなさい! お客さんだよ」
続いて長身の青年が姿を見せた。
「チャオ、千晶」
最後に見た時より少しやせて、髪も伸びていたが、そこに立っていたのはまぎれもなくアンジェロだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
54
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる