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天空のノクターン
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「さっきも言ったけど、千晶はとてもすてきだよ。僕は心から尊敬する」
その言葉が、さらに心に刺さった。
アンジェロが言ってくれたことは大きく外れているわけではない。確かに仕事もがんばっているし、順も大切にしているつもりだ。もちろんかわいい甥だからだが、それだけではなかった。
(私、ほんとは――)
姉の美雪が婚約し、結婚して、順が生まれた。けれど、もうどうにもならないとわかっていても、千晶は義兄への想いを捨てきれなかった。彼らの幸福を心から祈りながらも、どこかで姉と代わりたいとひそかに願い続けていたのだ。
だからといって、あんな事故が起きたわけではないだろうが、罪悪感から逃れることはできなかった。毎日必死になっているのは、それを忘れたかったからかもしれない。
「千晶、少しは頼ってほしいんだ。順が重い時は僕が背負うから」
答えないのは、遠慮しているからだと思ったのだろう。アンジェロはさらに続けた。
「心配になるよ。千晶は、もう少し周りの人に甘えた方がいいと思う」
「だけど私は――」
心配する必要なんてない。そう言いたかったのに、千晶の唇はキスで封じられてしまった。順を背負った不自由な体勢のせいか、口づけはぎこちなく、すぐに離れていった。
「この格好でキスするのは難しいな」
苦笑するアンジェロを見ていると、胸がつまって涙が零れそうになる。
彼の隣にいるとあたたかくて、心地よくて、とても安心できる。なのに、どうしようもなく泣きたくなった。
アンジェロの迷いのない優しい心――それを受け取る資格なんて、自分にはない。だが恋心を引きずっていたことも知られたくなかった。
涙を堪えるため、千晶は必死に話題を探した。
「さっき……演奏が終わった時、どうして私にありがとうって言ったの?」
礼を言われるようなことはしていない。むしろ千晶の方が勝手に励まされたのに。
「私、別に何も――」
「でも、あそこにいてくれただろ?」
意外な答えに、千晶は大きく目を見開いた。
「それに心から僕のピアノを楽しんでくれた」
「どういうこと?」
小さく身じろぎした順を背負い直し、アンジェロはいたずらっぽくウィンクしてみせた。
「意外とわかるものだよ、演奏しているとね。今夜は千晶がいてくれたから、すごく助かった」
初めての会場や、弾き慣れていないピアノだと、うまくペースがつかめない時もあるのだと、アンジェロは打ち明けた。
「そんな時にはお客さんの誰かひとりを選んで、その人に音楽が届くように弾く。そうするととても集中できて、いい演奏ができるんだ。でも――」
庭園の灯りはそれほど明るくないが、アンジェロの頬は少し赤くなっていた。
「これからはいつも千晶を思い浮かべる。来月からツァーが始まるけど、たとえ世界のどこにいても……君に音楽が届くように弾く」
「アンジェロ」
「ティ・アモ、千晶。君が好きだ……本当に」
気づいた時には、もう身体が動いていた。千晶は伸びをして、アンジェロの両頬を包み、唇を重ねる。
彼は年下で、住む世界もまったく違う。それでも今は自分を抑えることができなかった。
(私も、あなたが好き)
アンジェロは少し驚いたようだが、すぐに優しく応えてくれた。
ついばむようにキスを繰り返していると、星が瞬く夜空に浮かんでいるような気がしてくる。千晶の心には、さっき聴いたばかりのノクターンが響き続けていた。
その言葉が、さらに心に刺さった。
アンジェロが言ってくれたことは大きく外れているわけではない。確かに仕事もがんばっているし、順も大切にしているつもりだ。もちろんかわいい甥だからだが、それだけではなかった。
(私、ほんとは――)
姉の美雪が婚約し、結婚して、順が生まれた。けれど、もうどうにもならないとわかっていても、千晶は義兄への想いを捨てきれなかった。彼らの幸福を心から祈りながらも、どこかで姉と代わりたいとひそかに願い続けていたのだ。
だからといって、あんな事故が起きたわけではないだろうが、罪悪感から逃れることはできなかった。毎日必死になっているのは、それを忘れたかったからかもしれない。
「千晶、少しは頼ってほしいんだ。順が重い時は僕が背負うから」
答えないのは、遠慮しているからだと思ったのだろう。アンジェロはさらに続けた。
「心配になるよ。千晶は、もう少し周りの人に甘えた方がいいと思う」
「だけど私は――」
心配する必要なんてない。そう言いたかったのに、千晶の唇はキスで封じられてしまった。順を背負った不自由な体勢のせいか、口づけはぎこちなく、すぐに離れていった。
「この格好でキスするのは難しいな」
苦笑するアンジェロを見ていると、胸がつまって涙が零れそうになる。
彼の隣にいるとあたたかくて、心地よくて、とても安心できる。なのに、どうしようもなく泣きたくなった。
アンジェロの迷いのない優しい心――それを受け取る資格なんて、自分にはない。だが恋心を引きずっていたことも知られたくなかった。
涙を堪えるため、千晶は必死に話題を探した。
「さっき……演奏が終わった時、どうして私にありがとうって言ったの?」
礼を言われるようなことはしていない。むしろ千晶の方が勝手に励まされたのに。
「私、別に何も――」
「でも、あそこにいてくれただろ?」
意外な答えに、千晶は大きく目を見開いた。
「それに心から僕のピアノを楽しんでくれた」
「どういうこと?」
小さく身じろぎした順を背負い直し、アンジェロはいたずらっぽくウィンクしてみせた。
「意外とわかるものだよ、演奏しているとね。今夜は千晶がいてくれたから、すごく助かった」
初めての会場や、弾き慣れていないピアノだと、うまくペースがつかめない時もあるのだと、アンジェロは打ち明けた。
「そんな時にはお客さんの誰かひとりを選んで、その人に音楽が届くように弾く。そうするととても集中できて、いい演奏ができるんだ。でも――」
庭園の灯りはそれほど明るくないが、アンジェロの頬は少し赤くなっていた。
「これからはいつも千晶を思い浮かべる。来月からツァーが始まるけど、たとえ世界のどこにいても……君に音楽が届くように弾く」
「アンジェロ」
「ティ・アモ、千晶。君が好きだ……本当に」
気づいた時には、もう身体が動いていた。千晶は伸びをして、アンジェロの両頬を包み、唇を重ねる。
彼は年下で、住む世界もまったく違う。それでも今は自分を抑えることができなかった。
(私も、あなたが好き)
アンジェロは少し驚いたようだが、すぐに優しく応えてくれた。
ついばむようにキスを繰り返していると、星が瞬く夜空に浮かんでいるような気がしてくる。千晶の心には、さっき聴いたばかりのノクターンが響き続けていた。
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