8 / 8
最後の選択
しおりを挟む
パチパチと火がはぜる音がして、アマーリアは小さく身じろぎをした。
寝台は硬く、うっすら開けた目に映った天井は丸太を組み合わせたもので、まったく見覚えがなかった。
小屋の中だろうか?
どうやら眠っていたようだが、どうしてこんなところにいるのだろう?
(あっ!)
腹部に鈍い痛みが走り、アマーリアは唐突にすべてを思い出した。
王家に世継が誕生したため、命の危険にさらされていること。愛しいリナルドが敵に仕える守護騎士で、双頭の獅子の刺青を入れていたこと。そして、その彼と契ってしまったこと。
追いつめられたアマーリアは自決しようとしたはずだったが――。
瞳だけを動かして音がする方を見ると、粗末な暖炉で火が燃えていた。こちらに背を向け、その前に立っているのはリナルドだ。
今は九月で、夜でも火をたく必要などない。
しかも彼はなぜか上半身裸だった。その腕の中にいる時は気づかなかったが、広い背中にはいくつも傷痕がある。
「アマーリア様、先ほどは失礼いたしました」
音など立てていないはずなのに、リナルドは背を向けたまま低い声で詫びた。
「ですが、どうかご安心ください。あなたを陛下には渡さない。内通者が密告しても今まで逃れてきたように、これからも必ずお守りいたします」
その言葉に、アマーリアは思わず身を起こす。
「あ、あなたは王の守護騎士なのでしょう? もしも裏切れば、家族にも累が及ぶのではなくて?」
「家族はおりません。同じく守護騎士だった兄は、俺と戦って命を落としました。腕が立つ人で、俺もこの傷を負いましたが」
「兄君と……戦った?」
リナルドはアマーリアの処遇を巡って兄と対立し、ガルディニの前で剣を合わせたという。
「兄はあなたを即刻捕らえるべきだと主張したが、俺は反対した。その勝負に勝ったことで、陛下もアマーリア様を泳がせ、俺に見張らせることに同意されたのです」
「だったら、なぜわたくしを引き渡さないのです?」
「お慕いしているからです。湯治場でお見かけした時からずっと」
ふいにアマーリアは、リナルドが鉄の火かき棒を握っていることに気がついた。ずっと炙られていたのか、先端がすっかり赤くなっている。
「リナルド、まさか――」
次の瞬間、リナルドは上体を曲げ、その腹部に焼けた火かき棒を押し当てた。
「くぅっ」
苦悶の呻きと皮膚が焼ける臭い。
アマーリアは寝台から飛び下り、リナルドに駆け寄った。
「やめて!」
しかしリナルドはアマーリアを振り払うと、なおも恐ろしい行為を続けた。
「リナルド!」
彼が火かき棒を投げ捨てたのは、さらに数秒してからだった。
早く火傷を冷やさなければ、たいへんなことになる。アマーリアは懸命に周囲を見回した。
ところが苦痛に顔を歪めながらも、リナルドは右手を差し出してきた。
「アマーリア様、俺はもはや王の守護騎士ではありません。ただの……ひとりの男だ」
忌まわしい刺青は自分の手で葬った――緑の瞳は誇らしげに、そう訴えていた。
「この命に代えても、必ずあなたをお守りします」
「リナルド」
アマーリアは震えながら、恐ろしい、けれどもそれ以上に恋しくてならない男の手を取った。
* * *
数日後、国王ガルディニのもとに、北の国境で警備兵が襲われ、若い男女が隣国に逃げたという報告があった。
以後、レマルフィ王国ではアマーリアとリナルドの姿は見られていない。(了)
寝台は硬く、うっすら開けた目に映った天井は丸太を組み合わせたもので、まったく見覚えがなかった。
小屋の中だろうか?
どうやら眠っていたようだが、どうしてこんなところにいるのだろう?
(あっ!)
腹部に鈍い痛みが走り、アマーリアは唐突にすべてを思い出した。
王家に世継が誕生したため、命の危険にさらされていること。愛しいリナルドが敵に仕える守護騎士で、双頭の獅子の刺青を入れていたこと。そして、その彼と契ってしまったこと。
追いつめられたアマーリアは自決しようとしたはずだったが――。
瞳だけを動かして音がする方を見ると、粗末な暖炉で火が燃えていた。こちらに背を向け、その前に立っているのはリナルドだ。
今は九月で、夜でも火をたく必要などない。
しかも彼はなぜか上半身裸だった。その腕の中にいる時は気づかなかったが、広い背中にはいくつも傷痕がある。
「アマーリア様、先ほどは失礼いたしました」
音など立てていないはずなのに、リナルドは背を向けたまま低い声で詫びた。
「ですが、どうかご安心ください。あなたを陛下には渡さない。内通者が密告しても今まで逃れてきたように、これからも必ずお守りいたします」
その言葉に、アマーリアは思わず身を起こす。
「あ、あなたは王の守護騎士なのでしょう? もしも裏切れば、家族にも累が及ぶのではなくて?」
「家族はおりません。同じく守護騎士だった兄は、俺と戦って命を落としました。腕が立つ人で、俺もこの傷を負いましたが」
「兄君と……戦った?」
リナルドはアマーリアの処遇を巡って兄と対立し、ガルディニの前で剣を合わせたという。
「兄はあなたを即刻捕らえるべきだと主張したが、俺は反対した。その勝負に勝ったことで、陛下もアマーリア様を泳がせ、俺に見張らせることに同意されたのです」
「だったら、なぜわたくしを引き渡さないのです?」
「お慕いしているからです。湯治場でお見かけした時からずっと」
ふいにアマーリアは、リナルドが鉄の火かき棒を握っていることに気がついた。ずっと炙られていたのか、先端がすっかり赤くなっている。
「リナルド、まさか――」
次の瞬間、リナルドは上体を曲げ、その腹部に焼けた火かき棒を押し当てた。
「くぅっ」
苦悶の呻きと皮膚が焼ける臭い。
アマーリアは寝台から飛び下り、リナルドに駆け寄った。
「やめて!」
しかしリナルドはアマーリアを振り払うと、なおも恐ろしい行為を続けた。
「リナルド!」
彼が火かき棒を投げ捨てたのは、さらに数秒してからだった。
早く火傷を冷やさなければ、たいへんなことになる。アマーリアは懸命に周囲を見回した。
ところが苦痛に顔を歪めながらも、リナルドは右手を差し出してきた。
「アマーリア様、俺はもはや王の守護騎士ではありません。ただの……ひとりの男だ」
忌まわしい刺青は自分の手で葬った――緑の瞳は誇らしげに、そう訴えていた。
「この命に代えても、必ずあなたをお守りします」
「リナルド」
アマーリアは震えながら、恐ろしい、けれどもそれ以上に恋しくてならない男の手を取った。
* * *
数日後、国王ガルディニのもとに、北の国境で警備兵が襲われ、若い男女が隣国に逃げたという報告があった。
以後、レマルフィ王国ではアマーリアとリナルドの姿は見られていない。(了)
0
お気に入りに追加
15
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】99回処刑されたツンデレ令嬢、100回目の人生で溺愛させる
下城米雪
恋愛
その令嬢は、性格が最悪だった。故に処刑された。しかし神より与えられた恩恵「完全記憶」によって記憶を保持したまま来世が始まる。無論、性格は直らず、またしても処刑された。
何度も処刑されたことで、彼女は更生することを決意した。
しかし、どのように足掻いても最後には処刑されてしまう。
100回目の人生。彼女は「婚約者」を「処刑人」と呼ぶようになっていた。
だけど此度の処刑人は過去と違う。どれだけ時間が経っても彼女を嫌うことはなかった。
これは、もしかして、もしかするのでは!?
希望を抱き始めた彼女に向かって彼は告げる。
「リズのことを考える度、その……」
「リズとの婚約を、破棄しなければという気持ちになる」
「もしかして、呪われてるんじゃないか?」
こうして彼女は呪いを知る。
そして呪いを解くために何度も何度も繰り返して、幸せを手に入れるのだった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
砂塵に咲くは小さき恋歌
文月 澪
恋愛
親交の証として砂漠の国セーベルハンザへと嫁いだ峰嵩(ホウシュウ)の第八公主・韵華(ユンファ)。
韵華は婚姻の宴の席で死ぬ使命を負っていた。
しかし、それはセーベルハンザの第三王子カミルも同じで……?
始まる為政者達への反撃。
育っていく小さな恋は世界を変えていく。
※こちらはカクヨムの「運命の恋コンテスト」に応募した作品です。
コンテストの仕様上、続く事を前提にした終わり方になってます。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる