Ti amo ~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト

麻倉とわ

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葛藤の東京

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 ちょうどその時、ラウンジの入り口で亜美が顧客らしい上品な老紳士と会話していたのだ。

 接客が終わって見送りに出てきたのかもしれない。
 紺色のワンピースがよく似合っていて、柔らかな笑みを浮かべた彼女は本当に……きれいだった。

(きれい……って)

 そのボキャブラリーを使ったのはたぶん生まれて初めてだ。しかし今はそれどころではなかった。

(田島って、言ったよな)

 他人に興味がない俺が絶対に忘れまいと誓った名前――かつて亜美に危害を加えようとした男のものだ。

「大学……ああ、なるほどそういえば桐島は高砂と同窓のはずです。これは奇遇ですねえ」

 無邪気に喜ぶ外商部員に、田島がだめ押しのように「テニスサークルで一緒だったんだ」とつけ加えた。

「ぐ……」

 俺は咄嗟に、歯を食いしばって俯いた。そうしなければ、今にも田島に飛びかかりそうだったのだ。

「びっくりしたな。桐島……さん、前よりずっときれいになったから」

 俺はさらに血管が浮き出そうなほど両手を握り締めた。
 よけいなお世話だ、気安く亜美を見るな、さっさと帰れと絶叫しそうになるのを必死にこらえながら。

「あのさ。あそこって、さっき君が言ってた予約制の何とかラウンジってやつ? 桐島さん、そこの担当なの?」
「はい、さようでございます。桐島はメンズ部門のTGAという接客スペシャリストで、あちらの『エクセレント・ラウンジ』においでいただければ、時間を気にすることなくじっくり対応させていただきます。TGAは何人かおりますが、彼女は評判いいですよ」
「へえ、そうなんだ」

 田島は声を弾ませて、「予約できるかな」と続けた。

「もちろんでございます! いつになさいますか、田島様?」
「できるだけ早くがいいな。あ、それから君の名前で予約してくれない? 久しぶりだから、彼女を驚かせたいんだよ」
「承知いたしました。では、さっそく連絡させていただきます」

 すぐそばで、亜美にとって最悪のシナリオができ上がりつつある。

 それなのに俺にはどうすることもできなかった。
 電話を妨害したり、亜美に近づかないよう田島を威嚇したりすれば、もうこのカフェに出入りできなくなってしまう。

 さらにほとんど確定とは思うが、この派手男が別の田島だという可能性もゼロではなかった。

「えっ? 明日の十時の予約がキャンセルに? じゃあ、そこを押さえていただけますか? ええ、一時間で大丈夫です。はい、ぜひ桐島さんにお願いします」
 
 電話を続ける外商部員を、田島が満足げに眺めている。

 明日の十時――俺はいまいましい予定を脳裏に刻みつけ、取りあえずカフェを後にした。

 その時、『エクセレント・ラウンジ』の周囲に亜美の姿はなかった。
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