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「そうだ!」

 私はエスプレッソを飲み干し、勢いよく立ち上がった。

「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、ジャンニ。驚かせてごめんなさい。今日、朝一番にとても大切なお客様の予約が入っていたの。すっかり忘れてた」
「そうなんだ。じゃあ、気をつけて行っておいで。チャオ、アミ」
「チャオチャオ。また明日ね」

 私は背筋を伸ばして、足早に店を出た。

 今日のお客様は確かに特別だった。
 高砂百貨店の副社長の紹介で、それもメールだけでなく、電話で直々に頼まれたのだから。

「東野……林太郎様」

 お客様の名前を呟き、頭の中で本店から送られてきたデータを再確認する。
 身長、体重、前に高砂百貨店で一度だけ彼が誂たスーツのデザイン。

(よし!)

 東野様は、スイスの有名製薬会社で働く日本人の開発担当者だ。

 そして私に課せられたミッションは、このローマで約一週間を過ごす彼のために、バカンスにふさわしいスタイリングをすること。ただし、どうやらそれは単なるお気楽な休暇ではないらしかった。

「とにかく急がなくちゃ」

 もちろん事前の準備はしっかりしてある。それでも私は少し焦りながらペダルを漕ぎ始めた。
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