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人質の王子②
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女王の伴侶になるには、ロレンツォは及第点を取れる条件をひとつも持っていない。確かに問題だらけだが――。
「よろしいですか、陛下。ロレンツォなんて、間違っても相手にされてはいけませんよ。あくまで従者なのですから」
もちろんマチルダの意見は正しい。自分でもわかっているのに、クレメンティ―ナは頷く気になれなかった。
――俺はいつだって君を助けたいよ。
さっきの声音は穏やかだが、ひどく真摯に感じられた。
あの時の彼はいつもとまったく違っていたのだ。思わず頼ってしまいたくなるくらいに。
「陛下!」
「でも……仮の婚約でいいって言われたのよ」
「仮?」
「ええ、正式な婚約者が現れるまでの……予備でいいって。正式な候補が見つかったら、自分はすぐに身を引くからって」
ロレンツォはクレメンティ―ナが焦らずに済むよう、あくまで控えになると言ってくれたのだ。だからゆっくり相手を探せばいいと。
「それにディ・ジョルダノはとりあえず賛成してくれたの。あなたのお母様も」
「ま、まあ、そうなのですか? でしたら……話は別ですけれども」
完全に納得したわけではなさそうだが、マチルダもそれ以上は反対しなかった。
クレメンティ―ナと同い年の彼女は、王立騎士団の副団長と十年以上前から婚約している。相手は誠実で家柄も釣り合い、周囲からも祝福されている関係なのに、いまだ結婚に至っていない。
主である女王に遠慮しているためだが、マチルダが不満そうな様子を見せることはなかった。
「では、陛下。今夜は青いドレスをお召しになるので、こちらの銀と真珠の髪飾りでよろしいでしょうか? 他の装身具も揃いのものにいたしますわね」
「そう……しましょう」
うわの空になってしまったのは、ロレンツォのことが頭から離れなかったせいだ。
(だって、わたくしは『災禍の女王』なのよ。それなのに――)
近ごろでは、さすがにクレメンティ―ナも自分が何と呼ばれているか知っていた。
もちろん宰相はじめ女官長や侍女たちは口を揃えて、「お気になさってはいけません」と何度も繰り返すのだけれど。
――よろしいですか、陛下。あれには何ひとつ根拠はございません。ご成婚の暁には、ばかげた噂などたちどころに消えてしまいますから、どうぞご安心くださいませ。
確かにそのとおりだろうが、しばらく婚礼の予定はないし、まずそこに至るまでが今の課題なのだった。
婚約した相手は、必ず重大な不幸に見舞われてしまう忌むべき『災禍の女王』――人々はクレメンティ―ナをそんなふうに見なし、恐れをなして敬遠している。
さらに奇妙なことには、婚約を解消するやいなや、許婚だった男性は病から劇的に回復したり、親戚の財産を相続して破産せずに済んだりしていた。まるで呪いが解けたかのように。
そんな中、ロレンツォは自ら結婚を申し込んでくれたのだ。たとえその場しのぎで、かりそめの婚約だとしても。
しかも不吉な噂を知ってなお、そんなものは気にしないと言いきってくれた。
(ロレンツォったら――)
女王の従者であるにもかかわらず、身なりにかまわず、年下のくせに口調も態度もなれなれしい。さらには護衛ができるほど腕が立つわけでもない。
それでもクレメンティーナが彼をそばに置き続けるのは、一緒にいると不思議に気持ちが落ち着くからだった。
一国を背負う女王としての重圧ははかり知れず、不安で恐怖さえ感じる時もある。
しかし常に飄々としているロレンツォはそんなすべてを忘れさせ、安らぎを与えてくれる。クレメンティ―ナにとっては愛すべき、いわばペットのような存在だったのだ。
それなのになぜだか今は彼のことを思うと、いやに心がざわついてしかたがない。
「よろしいですか、陛下。ロレンツォなんて、間違っても相手にされてはいけませんよ。あくまで従者なのですから」
もちろんマチルダの意見は正しい。自分でもわかっているのに、クレメンティ―ナは頷く気になれなかった。
――俺はいつだって君を助けたいよ。
さっきの声音は穏やかだが、ひどく真摯に感じられた。
あの時の彼はいつもとまったく違っていたのだ。思わず頼ってしまいたくなるくらいに。
「陛下!」
「でも……仮の婚約でいいって言われたのよ」
「仮?」
「ええ、正式な婚約者が現れるまでの……予備でいいって。正式な候補が見つかったら、自分はすぐに身を引くからって」
ロレンツォはクレメンティ―ナが焦らずに済むよう、あくまで控えになると言ってくれたのだ。だからゆっくり相手を探せばいいと。
「それにディ・ジョルダノはとりあえず賛成してくれたの。あなたのお母様も」
「ま、まあ、そうなのですか? でしたら……話は別ですけれども」
完全に納得したわけではなさそうだが、マチルダもそれ以上は反対しなかった。
クレメンティ―ナと同い年の彼女は、王立騎士団の副団長と十年以上前から婚約している。相手は誠実で家柄も釣り合い、周囲からも祝福されている関係なのに、いまだ結婚に至っていない。
主である女王に遠慮しているためだが、マチルダが不満そうな様子を見せることはなかった。
「では、陛下。今夜は青いドレスをお召しになるので、こちらの銀と真珠の髪飾りでよろしいでしょうか? 他の装身具も揃いのものにいたしますわね」
「そう……しましょう」
うわの空になってしまったのは、ロレンツォのことが頭から離れなかったせいだ。
(だって、わたくしは『災禍の女王』なのよ。それなのに――)
近ごろでは、さすがにクレメンティ―ナも自分が何と呼ばれているか知っていた。
もちろん宰相はじめ女官長や侍女たちは口を揃えて、「お気になさってはいけません」と何度も繰り返すのだけれど。
――よろしいですか、陛下。あれには何ひとつ根拠はございません。ご成婚の暁には、ばかげた噂などたちどころに消えてしまいますから、どうぞご安心くださいませ。
確かにそのとおりだろうが、しばらく婚礼の予定はないし、まずそこに至るまでが今の課題なのだった。
婚約した相手は、必ず重大な不幸に見舞われてしまう忌むべき『災禍の女王』――人々はクレメンティ―ナをそんなふうに見なし、恐れをなして敬遠している。
さらに奇妙なことには、婚約を解消するやいなや、許婚だった男性は病から劇的に回復したり、親戚の財産を相続して破産せずに済んだりしていた。まるで呪いが解けたかのように。
そんな中、ロレンツォは自ら結婚を申し込んでくれたのだ。たとえその場しのぎで、かりそめの婚約だとしても。
しかも不吉な噂を知ってなお、そんなものは気にしないと言いきってくれた。
(ロレンツォったら――)
女王の従者であるにもかかわらず、身なりにかまわず、年下のくせに口調も態度もなれなれしい。さらには護衛ができるほど腕が立つわけでもない。
それでもクレメンティーナが彼をそばに置き続けるのは、一緒にいると不思議に気持ちが落ち着くからだった。
一国を背負う女王としての重圧ははかり知れず、不安で恐怖さえ感じる時もある。
しかし常に飄々としているロレンツォはそんなすべてを忘れさせ、安らぎを与えてくれる。クレメンティ―ナにとっては愛すべき、いわばペットのような存在だったのだ。
それなのになぜだか今は彼のことを思うと、いやに心がざわついてしかたがない。
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