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意外過ぎる立候補者③
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古来、ヴィチェランテ王国の君主は女性が多かった。
なぜなら強力な魔力を持つ女王が治めることで代々繁栄してきたからであり、男性が王位についた時代には、疫病や飢饉、戦争など必ず重大な危機にさらされた。
あらゆる災いを退け、ヴィチェランテとその民を守護する魔力を有するのは、王家の血を引く女性だけだったのだ。
国の安寧のためにクレメンティーナもまた次の王女を生まなければならないのに、今回も婚約者に逃げられてしまった。当然、平気でいられるはずがない。
それに他にも――。
「聞いて、クレメンティ―ナ。君の立場はわかってるつもりだ」
俯いて長椅子に身を沈めていると、いつになく思いつめたような声が聞こえてきた。
「俺はいつだって君を助けたいよ」
「……ロレンツォ」
思いがけない言葉に、クレメンティ―ナは顔を上げた。いつもお気楽そうな従者でさえ、本当は自分を案じてくれていたのだ。
「いいの。もう大丈夫よ」
クレメンティ―ナは両手を握り締め、小さく頷いた。彼の気遣いはうれしかったが、これ以上弱音を吐くわけにはいかなかい。
自分は女王なのだから、問題はこの手で解決しなければ。たとえ少しずつ魔力が失われているとしても――。
そう、それこそが最大の問題だった。
周囲の者は誰も知らないが、ひとり身の女王はやがて魔法が使えなくなってしまう――その事実は歴代の君主のみが伝えられ、クレメンティ―ナ自身も母である先代の女王から教えられたのだった。
クレメンティ―ナは前に立つロレンツォの肩ごしに、控えの間の扉に視線を向ける。そのまま一度瞬きをすると、把手の下の金具が音もなく回り始めた。
(魔法……まだ大丈夫みたい)
うまく鍵がかかると、クレメンティ―ナはかすかに口角を上げた。今日は調子がいいが、時にはこんな簡単なことさえ手こずってしまうのだ。
だからこそどうしても急いで結婚しなければならなかった、誰かに気づかれる前に、そして完全に魔力を失ってしまう前に。
もちろん宰相はじめ重臣たちは早くから許嫁を探してきた。女王の秘密は知らないまでも、国にとって君主の結婚は一大事であり、必ず成功させなければならない至上命題だからである。
花婿探しが始まったのはクレメンティ―ナが九歳になった時だ。
未来の女王の伴侶は容姿や性格はもちろん、家柄や財産などあらゆる面で最高の男性でなければならない。当然ながら時間はかかるとしても、そう難しくはないと思われていた。
ヴィチェランテは鉄鉱石の鉱山を有する富裕な国で、王女自身も愛らしく、賢く優しい娘だ。その夫になれるのだから、周辺の国々の王家はもちろんのこと、高位貴族たちはふるって名乗りをあげた。
それなのに結局、王配となる相手は決まらなかった。
いや、正確には何度も婚約まではこぎつけたが、そこで頓挫してしまう。許婚が自ら身を引いてしまうのだ。
理由は彼らが突然の、しかも重大な災難にみまわれたからだった。急病、大怪我、火事、破産――初めて婚約が決まった十歳のころから、何人もの青年が次々と不幸になり、やがてその原因について妙な話が広まり始めた。
――偶然がこんなに続くわけがない。きっと呪いか何かだよ。
――恐ろしいね。ヴィチェランテのクレメンティ―ナ様と婚約すると、とんでもないことになるらしい。
――まるで天使のようにお美しい方なのに……。
たとえ根拠がなくても、それどころかまったく事実ではないとしても、おもしろおかしい噂を打ち消すことは難しい。
表立ってではないものの、しばらく前からクレメンティーナは『災禍の女王』と呼ばれるようになり、花嫁としては敬遠されるようになったのだ。
そんな中、ようやく九人目の婚約者が見つかったというのに――。
「励ましてくれてありがとう、ロレンツォ」
クレメンティ―ナは笑顔を作って立ち上がった。
もちろん自分の噂は知っているし、今はかなり追い込まれているけれど、ただ泣きごとを言っていてもはじまらない。
「とりあえず着替えるわ。この謁見用のドレスは大げさで、肩が凝っちゃうもの。それからディ・ジョルダノとよく相談して、十人目の婚約者を探すことにする」
ロレンツォがいきなり跪いたのは、その時だった。
「な、何? どうしたの?」
「だったら、もう俺でよくない?」
「えっ?」
「十人目」
顔を覆う金茶色の巻き毛の奥から、青空と同じ色の瞳がまっすぐな視線を向けてくる。これまで見たことがないほど真剣な視線を。
「謹んでお願い申し上げます、女王陛下。どうかこの俺と結婚してください」
なぜなら強力な魔力を持つ女王が治めることで代々繁栄してきたからであり、男性が王位についた時代には、疫病や飢饉、戦争など必ず重大な危機にさらされた。
あらゆる災いを退け、ヴィチェランテとその民を守護する魔力を有するのは、王家の血を引く女性だけだったのだ。
国の安寧のためにクレメンティーナもまた次の王女を生まなければならないのに、今回も婚約者に逃げられてしまった。当然、平気でいられるはずがない。
それに他にも――。
「聞いて、クレメンティ―ナ。君の立場はわかってるつもりだ」
俯いて長椅子に身を沈めていると、いつになく思いつめたような声が聞こえてきた。
「俺はいつだって君を助けたいよ」
「……ロレンツォ」
思いがけない言葉に、クレメンティ―ナは顔を上げた。いつもお気楽そうな従者でさえ、本当は自分を案じてくれていたのだ。
「いいの。もう大丈夫よ」
クレメンティ―ナは両手を握り締め、小さく頷いた。彼の気遣いはうれしかったが、これ以上弱音を吐くわけにはいかなかい。
自分は女王なのだから、問題はこの手で解決しなければ。たとえ少しずつ魔力が失われているとしても――。
そう、それこそが最大の問題だった。
周囲の者は誰も知らないが、ひとり身の女王はやがて魔法が使えなくなってしまう――その事実は歴代の君主のみが伝えられ、クレメンティ―ナ自身も母である先代の女王から教えられたのだった。
クレメンティ―ナは前に立つロレンツォの肩ごしに、控えの間の扉に視線を向ける。そのまま一度瞬きをすると、把手の下の金具が音もなく回り始めた。
(魔法……まだ大丈夫みたい)
うまく鍵がかかると、クレメンティ―ナはかすかに口角を上げた。今日は調子がいいが、時にはこんな簡単なことさえ手こずってしまうのだ。
だからこそどうしても急いで結婚しなければならなかった、誰かに気づかれる前に、そして完全に魔力を失ってしまう前に。
もちろん宰相はじめ重臣たちは早くから許嫁を探してきた。女王の秘密は知らないまでも、国にとって君主の結婚は一大事であり、必ず成功させなければならない至上命題だからである。
花婿探しが始まったのはクレメンティ―ナが九歳になった時だ。
未来の女王の伴侶は容姿や性格はもちろん、家柄や財産などあらゆる面で最高の男性でなければならない。当然ながら時間はかかるとしても、そう難しくはないと思われていた。
ヴィチェランテは鉄鉱石の鉱山を有する富裕な国で、王女自身も愛らしく、賢く優しい娘だ。その夫になれるのだから、周辺の国々の王家はもちろんのこと、高位貴族たちはふるって名乗りをあげた。
それなのに結局、王配となる相手は決まらなかった。
いや、正確には何度も婚約まではこぎつけたが、そこで頓挫してしまう。許婚が自ら身を引いてしまうのだ。
理由は彼らが突然の、しかも重大な災難にみまわれたからだった。急病、大怪我、火事、破産――初めて婚約が決まった十歳のころから、何人もの青年が次々と不幸になり、やがてその原因について妙な話が広まり始めた。
――偶然がこんなに続くわけがない。きっと呪いか何かだよ。
――恐ろしいね。ヴィチェランテのクレメンティ―ナ様と婚約すると、とんでもないことになるらしい。
――まるで天使のようにお美しい方なのに……。
たとえ根拠がなくても、それどころかまったく事実ではないとしても、おもしろおかしい噂を打ち消すことは難しい。
表立ってではないものの、しばらく前からクレメンティーナは『災禍の女王』と呼ばれるようになり、花嫁としては敬遠されるようになったのだ。
そんな中、ようやく九人目の婚約者が見つかったというのに――。
「励ましてくれてありがとう、ロレンツォ」
クレメンティ―ナは笑顔を作って立ち上がった。
もちろん自分の噂は知っているし、今はかなり追い込まれているけれど、ただ泣きごとを言っていてもはじまらない。
「とりあえず着替えるわ。この謁見用のドレスは大げさで、肩が凝っちゃうもの。それからディ・ジョルダノとよく相談して、十人目の婚約者を探すことにする」
ロレンツォがいきなり跪いたのは、その時だった。
「な、何? どうしたの?」
「だったら、もう俺でよくない?」
「えっ?」
「十人目」
顔を覆う金茶色の巻き毛の奥から、青空と同じ色の瞳がまっすぐな視線を向けてくる。これまで見たことがないほど真剣な視線を。
「謹んでお願い申し上げます、女王陛下。どうかこの俺と結婚してください」
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