最凶婚! ~災禍の女王と怯まぬ花婿~

麻倉とわ

文字の大きさ
上 下
2 / 17

意外過ぎる立候補者①

しおりを挟む
 なんとか謁見を終えたものの、クレメンティーナはひどく気が重かった。

 このまま執務室に戻れば宰相たちが待ちかまえているだろうし、かといって自室に向かえば間違いなく女官長から叱られてしまう。

 ーー陛下、いったいどういうおつもりなのですか? ご自分から破談を認めるようなことをおっしゃられたと聞きましたよ! たとえ少しばかり話がこじれたとしても、ディ・ジョルダノ様ならうまくごまかしてくださったかもしれないのに。

 耳元で容赦ない、しかも的を得た叱責が聞こえたような気がした。

 かつては乳母だったからか、クレメンティーナはいまだに女官長のグリアーノ夫人に頭が上がらない。その娘で、女王付きの侍女であるマチルダもきっと鋭く突っ込んでくるはずだ。

 ほとんどの場合は彼女たちの意見は正しいし、今度の件も同様だが……だからこそいっそう気持ちが沈んだ。

 もしかしたらもっと他にやりようがあったのだろうか? たとえたどり着く結論は同じだとしても。

(あーあ)

 さて、執務室と自室ーーどちらを選べば、浅い傷で済むだろうか?

 重い足取りで歩いていたクレメンティーナは、ふと背後の気配に気がついた。

 ゆったりしているのにどこかかろやかな、聞き慣れた足音。

 もちろんその存在を忘れていたわけではない。そう、先ほども玉座の後方に控えていたのだ。常に影のようにつき従い、誰よりも忠実で、女王を心から敬う騎士のーー。

「ねえ、クレメンティーナ」

 だが聞こえてきたのは慇懃さのかけらもない、若者らしい明るい声だった。しかもまるで家族か、ごく近しい友人のように女王を気軽に呼び捨てにしている。

 クレメンティーナは肩を竦めて、歩き続けた。

 声の主は確かにいつもそばにてくれて、とても忠実ではあるけれど、自分を敬っているかどうかは怪しいものだと思いながら。

(それに全然騎士らしくないし……ていうか、わたくしの従者だし)

 すると、またのんびりした調子で呼びかけられた。

「クレメンティーナってば、元気をだしなよ。そんなに落ち込むことないって」

 銀色の繻子の靴を履いた足がピタリと止まった。

「いいえ、さすがに今度ばかりはまずいわ」

 クレメンティ―ナは眉を寄せて振り返る。しかし次の瞬間、思わず吹き出してしまった。

「もう、ロレンツォったら!」

 目の前には小さな銀のカップが差し出されていて、中には大好きなサクランボの砂糖漬けがこんもりと盛られていたのだ。

 紅玉のようにきらめく菓子を手をしているのは最側近のロレンツォ・カルロ・ディ・メリエ―レーー女王付きの従者である。

 ただし不思議なことに、その風貌はまったくそれらしくなかった。さらにいえば騎士らしくもなければ、かといって文官のようにも見えない。

「いいこと? わたくしはこんなものではごまかされなくてよ」
「いや、ごまかすつもりはないよ。だけど君、さっきの謁見ですごく疲れただろ? そういう時は甘いものを食べた方がいいから」

 ロレンツォはへにゃりと笑って、クレメンティーナの鼻先にカップを近づけた。

「さあ、どうぞ」

 しかし甘くかぐわしい香りに誘われて、うっかり手を伸ばすと、

「ああ、ちょっと待って。これをお使いくださいませ」

 ロレンツォはカップを少し遠ざけ、銀のフォークを差し出してきた。

「君に手で食べさせたりしたら、グリアーノ夫人にこっぴどく説教されちゃうからね。だって女王陛下なんだから」
「いやな人ね。でもーー」

 クレメンティ―ナは唇を尖らせながらも、素直にフォークを受け取った。

 二十一歳で王位について以来、はや三年。ふだんは女王として恥ずかしくないよう常に気を張っているが、なぜかこの従者といる時だけは肩から力が抜けるような気がするのだった。

「どうもありがとう」

 ひと粒を舌の上にのせると、口中にトロリとした甘みが広がっていく。

「……おいし」
「よかった」

 主の反応に満足したのか、ロレンツォは口角を上げてみせた。

 それにしても謁見中はずっとそばにいたし、当然ながら何も手にしていなかったはずなのに、彼はどうやってこのサクランボを持ってきたのだろう? もしかしてあらかじめ控えの間のどこかに用意していたのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...