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最終楽章
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コンサートが終わり、足音や話し声で外が騒がしくなってきたころには、交替でシャワーを浴び終わっていた。
哲朗が髪を拭きながらシャワールームから出てくると、調はテーブルに向かっていた。さっき弾いていたメロディーをハミングしながら、何かを書いている。
「何、書いているんですか?」
「あ、ううん。何でもないの」
調は慌てた様子で頬を赤らめ、覆いかぶさるようにしてテーブルの上のものを隠そうとする。
まるで小学生のように真剣な顔つきに、哲朗は思わず笑ってしまった。
「何なんですか? 見せてくださいよ」
体の陰からは、わずかに五線譜の記されたノートが見える。
「あ、交換日記じゃないですか」
せっかく隠したものを言い当てられて、調はしぶしぶノートの上から両手をどけた。
広げた五線紙には大きな相合傘のマークと、調と哲朗の名前、さらにいくつものハートが描かれていた。
「うっわ……。今どき、こんなの書いちゃう人がいるんですね」
交換日記以上にレトロなものを見せつけられ、哲朗は肩をすくめて大きなため息をつく。小学生の美優だって、こんなものは書かないだろう。
けれども調はノートを閉じると、怯む様子も見せず哲朗に差し出してきた。
「いいでしょ! 書きたかったんだもの。それより次は哲朗の番だからね。明日、あそこに入れておいてくれる?」
「はい、了解です」
想いを確認し合って結ばれた後も、調は交換日記を続けるつもりらしい。
哲朗は苦笑しながらノートを受け取り、華奢な体を抱きしめた。
「ねえ、哲朗。私、次は『クロイツェルソナタ』がやりたいんだけど」
甘い雰囲気の真っただ中にいても、調は音楽を忘れない。けれどもそれこそが未来のヴィルトゥオーソの証なのだろう。
彼女にとっては今でもピアノが最優先事項かもしれない。だが、哲朗はそれでかまわないと思った。
自分の一番はいつだって調だし、彼女はこうして腕の中にいる。
それに一度は捨てかけたヴァイオリンへの覚悟を思いださせてくれたのだから。
「ええ、明日からさらってみます」
「今日から!」
「わ、わかりました」
哲朗は苦笑いしながら身を屈め、大切なパートナーに口づけた。(了)
哲朗が髪を拭きながらシャワールームから出てくると、調はテーブルに向かっていた。さっき弾いていたメロディーをハミングしながら、何かを書いている。
「何、書いているんですか?」
「あ、ううん。何でもないの」
調は慌てた様子で頬を赤らめ、覆いかぶさるようにしてテーブルの上のものを隠そうとする。
まるで小学生のように真剣な顔つきに、哲朗は思わず笑ってしまった。
「何なんですか? 見せてくださいよ」
体の陰からは、わずかに五線譜の記されたノートが見える。
「あ、交換日記じゃないですか」
せっかく隠したものを言い当てられて、調はしぶしぶノートの上から両手をどけた。
広げた五線紙には大きな相合傘のマークと、調と哲朗の名前、さらにいくつものハートが描かれていた。
「うっわ……。今どき、こんなの書いちゃう人がいるんですね」
交換日記以上にレトロなものを見せつけられ、哲朗は肩をすくめて大きなため息をつく。小学生の美優だって、こんなものは書かないだろう。
けれども調はノートを閉じると、怯む様子も見せず哲朗に差し出してきた。
「いいでしょ! 書きたかったんだもの。それより次は哲朗の番だからね。明日、あそこに入れておいてくれる?」
「はい、了解です」
想いを確認し合って結ばれた後も、調は交換日記を続けるつもりらしい。
哲朗は苦笑しながらノートを受け取り、華奢な体を抱きしめた。
「ねえ、哲朗。私、次は『クロイツェルソナタ』がやりたいんだけど」
甘い雰囲気の真っただ中にいても、調は音楽を忘れない。けれどもそれこそが未来のヴィルトゥオーソの証なのだろう。
彼女にとっては今でもピアノが最優先事項かもしれない。だが、哲朗はそれでかまわないと思った。
自分の一番はいつだって調だし、彼女はこうして腕の中にいる。
それに一度は捨てかけたヴァイオリンへの覚悟を思いださせてくれたのだから。
「ええ、明日からさらってみます」
「今日から!」
「わ、わかりました」
哲朗は苦笑いしながら身を屈め、大切なパートナーに口づけた。(了)
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