上 下
39 / 50

37.禁忌魔法

しおりを挟む
2人で書斎に戻ると、椅子に座っていたアーサーが目を見開いて立ち上がった。

「…話し、合えたようだね」

少し複雑そうな顔だ。

「…ああ。俺の気持ちを打ち明けた。もう隠し事はしない」

ギルバートがしっかりした声で言った。

「ほう?じゃあ、君も隠し事はしないんだね?クラウスくん」

アーサーがぐっと目を細める。

「…ええ」

どうやら、この王太子には当分信用されない気がする。

「じゃあ、知っていることを話してくれ。──特にブラッド伯爵について」
「兄さん…そんなに急ぐ必要はない」
「いや…確かに、伝えなければいけないことがある」

真剣な声で言うと、2人はハッと口をつぐんだ。

「ブラッド伯爵のことをほとんど知らないのは、本当なんだ…だけど、彼について怪しいことが一つだけある。これが重要な事なのかは分からないが…実は、俺は伯爵の屋敷に泊まった時、ある絵画が飾られているのを見たんだ。そして、それは学園長の部屋にもあるのを最近知った。──その絵画には、『黒い翼』が描かれていた。『黒い翼』というのは、『ゼト』の象徴だというのを本で見たんだが、そうなのか?」

二人は驚いたように目を見開いた。

「…『黒い翼』だって…?確かに、『黒い翼』は、『ゼト』の象徴だ」
「…つまり、『ゼト』の象徴を飾ることがゼト信仰者の証なら…王立学園の学園長もそうだというのか?」

アーサーが考え込むように言った。

「…まさか…信じられん。王立学園の生徒たちはあの事件で親を亡くした子も多い。それ以来学園は、禁忌魔法や『ゼト信仰』について、最も反対派であり続けた。…それが、覆されるような事だぞ?…嘘を言っているんじゃないだろうな?」
「っ…兄さん、いい加減疑うのはよせ」
「まあいい。どちらにせよ、学園長がどう出るかは、ギルバートの卒業式の作戦で判明するだろう。クラウスくんにも協力してもらいたいからな。今の話は、味方であるという証だと受け取っておくよ、とりあえずは」

なんとか信じてもらえたようだ。

「…ギルバートに、10年前何があったのかを聞きました。俺も、ギルバートと、貴方の味方です。俺にできることは何でもします」

俺はギルバートの先ほどの姿を思い出しながら、決意を伝えた。
アーサーは考え込むように俺を見る。

「…そうだね。君にはブラッド伯爵に1番近しい人として、彼がゼト信仰者だという証拠を見つけるのを協力して欲しい。俺たちはゼト信仰者を一人残らず見つけ出したいんだ。彼らは思ったよりも我々のすぐそば、宮廷にも、騎士団にも、商会にも紛れていることは確かだからな」
「…彼らは、一体何を企んでいるんでしょうか」
「我々もそれが知りたくて奴らを探っている。君はどこまで知っているんだ?10年前、奴らがなぜ官職者を狙ったか、を」
「いえ、分かりません…」
「…君は10年前のことを本当にあまり知らないんだね?我々は皆、子供でもぼんやり覚えているけど、君は当時まるで別の所にいたみたいだ」

ドキ。

「っていうのは冗談だが、俺としては意外だね。…禁忌魔法についてはどこまで知っている?」
「あまり…その、図書館には禁忌魔法についての本がなくて…」
「それはそうだろうな。…ふむ、これから我々はゼト信仰者と対峙しないといけないんだし、今分かっていることを話そうか」

アーサーが沢山の資料から『禁忌魔法』と書かれた本を手に取る。

「禁忌魔法がなぜ禁忌とされているか知っているか?」

…禁忌魔法については、以前、夏合宿で目にした『支配』の魔法しか知らない。

「禁忌魔法は、普通の魔法と違って精神に作用するものが多い。『支配』を見たことがあるんだろう?『支配』は、文字通り人の精神を支配し、操り人形のようにコントロールする。だが、同時に相当な魔力を消費するから、『支配』が効くのはほんの短い時間だし、誰でも『支配』できるわけじゃない。話によると、精神的に弱っているとかかりやすい」

…なるほど。じゃあ、あの時…夏合宿の時『支配』を受けてしまった男子生徒ダリルは、かなり精神的に弱っていたのだろうか?あの後、泣きながら後悔していた彼の姿を思い出して胸が痛んだ。

「そのような倫理に反する、危険な魔法が禁忌魔法とされている。その禁忌魔法の中でも1番難しく、1番危険な魔法が『魂の復活』だ。10年前、アイザックが行おうとしたのは、この魔法だ。ゼトの魂を復活させ、自らをその入れ物にしてゼトをこの世に蘇らせようとした」
「…復活って…そんなことができるんですか…?」

ただでさえ魔法という存在にも慣れないのに、いよいよ信じられなくなってきた。

「…ああ。だが、『魂の復活』には、膨大な量の魔力が必要だ。──そんな魔力は、人を殺して奪わない限り集められない」

…まさか、『ゼト事件』はそれで…。

「『ゼト事件』でアイザックは、魔力の高い人々の命を真っ先に狙った。それが──官職者たちや、父上、母上だ」

アーサーの声が僅かに震えた。

「どんな方法を使ったのか知らないが、ヤツは人々の魔力を吸い取り、『魂の復活』を行おうとしたらしい」

…そんな恐ろしいことを…。

「もし…奴らがまた10年前の悲劇を繰り返そうとしているなら、我々は全力で阻止したい。だから、こうして証拠を集めているんだ。…奴らの残党が、ただの恨みで最近の事件を起こしているんだったら、まだいいんだけどね」







「君はこうして協力してくれることになったけど、正直、まだ僕は信用しきれてないな~。…だって、君はまだ俺たちに話してないことがあるよね?」

書斎での話が終わり、出ていく直前、アーサーが俺にだけ聞こえるように言った。

「君がどこから来たのか、それもいつか教えてくれよ」

アーサーの目は相変わらず口元とは違い笑っていない。

(……ッ)

クラウスは初めて躊躇した。ひょっとしたら、異世界転移してきたことを話した方が物事はより上手く進むのだろうか。

チラリとギルバートの方を見る。ギルバートは何やら思案に暮れているようで、こっちを見ていなかった。

…彼はあれだけ過去のことを話してくれた。きっと彼も俺の過去について知りたいだろうに、俺が言うまで待っていてくれる。…このまま黙っていて本当にいいのだろうか?

「…最初、突然、気づいたら知らない場所にいました。それまでの俺は、全く違う世界にいた、というか…」

とうとうクラウスは口を開いたが、自分が不思議なことを言っている自覚はあったので自信のない声が出た。

「…君は変なことを言うね…。別の世界?でも君の話す言葉は純粋な大陸語じゃないか?…アイザックみたいなことを言わないでくれ。生まれ変わったとでも言うつもりか?」

しかしアーサーの反応はひどく冷たいものだった。

「俺は真面目に聞いているんだ。ふざけるのはやめてくれ」
「…何の話だ?ごめん、今聞いていなかった」

ギルバートがハッとしたように顔をあげたが、俺は苦笑いした。

「いや…気にしないでくれ。悪かった」

そう言って口を閉ざす。
…やはり…まだ言うのはやめておこう。ギルバートもきっと同じ反応をしたと思うと、さらにこれ以上話す気力は湧かなかった。

それに、俺も初めて自分の違和感にようやく気づいたのだ。

──最初から、この世界の言葉を分かるし、話せるということを。なんでこんな重要なことに気が付かなかったんだろう。

ますます、自分が日本に居たということを言えなくなった気がした。



しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。 R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。閲覧ありがとうございます。 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17) (第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)

美形×平凡のBLゲームに転生した平凡騎士の俺?!

元森
BL
 「嘘…俺、平凡受け…?!」 ある日、ソーシード王国の騎士であるアレク・シールド 28歳は、前世の記憶を思い出す。それはここがBLゲーム『ナイトオブナイト』で美形×平凡しか存在しない世界であること―――。そして自分は主人公の友人であるモブであるということを。そしてゲームのマスコットキャラクター:セーブたんが出てきて『キミを最強の受けにする』と言い出して―――?! 隠し攻略キャラ(俺様ヤンデレ美形攻め)×気高い平凡騎士受けのハチャメチャ転生騎士ライフ!

処理中です...