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36.ギルバートの過去2

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その日、ギルバートはまた悩み、そしてイライラもしていた。

最近、兄の訓練を勝手に手伝おうとして、魔法をうまく操れず、兄に当ててしまった。兄を思って行動したことが、逆に兄を傷つけてしまったことにショックだったし、不甲斐なさに泣きそうになった。

…どうして、僕は魔法を上手く使えないのかな…。

そこで、ふと最近アイザックに言われたことを思い出す。

『…ギルバート殿下は、凄い魔法が使いたいのですね?…大丈夫、時が来たらその方法を教えますよ。もうすぐだ…。魔力が弱い者が馬鹿にされないような、素晴らしい世界が、もうすぐ来る。──その時は、俺の言うことを信じてくれればいいのです』

アイザックの目は、ギルバートに話しているはずなのにどこか遠くを爛々とした目で見つめていた。

「…アイザックおじさんに聞いてみようかな。今度は、教えてくれるかな」

ギルバートがそう思い、彼を探して城内を歩く。

…なんだか、今日は妙に胸騒ぎがする。会合のため多くの人がいるにも関わらず、何か嵐の前の静けさのようなものがあった。

すれ違う使用人や兵士たちの一部が、妙な目でギルバートを見てくる。

…なんだろう?
…何か、嫌な感じの緊張した雰囲気だった。

ギルバートは少し怖くなり、目当ての彼を早く探そうとした。いつもは城内にいるアイザックは、朝からどこかへ行っているらしい。

「…どこだろう…会合に行っちゃったのかな」


「──ギルバート殿下」


その時、急に背後から低い声がして、探していた相手──アイザックがぬっと現れた。
ギルバートはパッと振り返ったが、アイザックの放つ妙な威圧感にたじろいだ。

「…ぁ、えっと」
「──ギルバート殿下。ついに、時が来ましたよ」

唐突に、アイザックが言った。

「前に、素晴らしい魔法使いになる方法を知っていると言いましたよね?…ついに教えられる時が来ましたよ」
「えっ…ほんと?」

ギルバートはパッと心が明るくなるのを感じた。

やっと…!やっと、これですごい魔法が使えるようになったら、僕は兄さんのことも…それに最近体調を崩している母上のことも、もっともっと助けてあげられるんだ…!

「…ええ、教えます。──そのために、お母様…ミア陛下のところに連れていってくれませんか?」

え?

「…で、でも、母上は今体調を崩されていて…家族以外は面会できないって父上が言ってたんだ」
「しかし、あなたの魔法に関することは、ミア陛下の許可なしにはできない。──すごい魔法を使いたいのでしょう?」

ギルバートは、アイザックの切羽詰まった雰囲気が少し怖くなった。

「大丈夫です。少しだけお話しさせていただくだけですから」
「……わ、わかった」

その威圧に押されるまま、ギルバートは頷いてしまった。

…ギルバートは何度もこの光景を思い出して後悔する。弱かった俺は、魔法をうまく使えないことに焦りすぎた。未熟だった俺は、奴の策略にまんまと引っかかってしまったのだ。

ミア王妃の部屋を警備していた兵は、アイザックの姿を見とめて怪訝な顔をしたものの、ギルバートが言うと中に通してくれた。

「母上?」

ギルバートは気が焦っていたため、母の返事を聞かずにアイザックを伴って部屋に入り込んだ。
ミアは、部屋の奥からつながるバルコニーに座っていた。

「──ギルバート?どうしたの…なぜ、アイザックと一緒に…?」

ミアの目が驚愕に見開かれ、戸惑いながらも立ち上がる。

「ああ、ミア陛下。ようやく会えました。陛下が用心深いせいで、あなたと接触できなかった」

意味のわからないことを言い、すっとアイザックがミアの元へと歩き出す。
しかし、その彼の後ろに隠された右手を見て、ギルバートは心臓が凍りつくのを感じた。──アイザックは、手に魔法を込めて鋭い邪悪な気を放つ短刀を作り出し、深く握っていた。

「え……?…は、母上!!」

咄嗟に駆け出したギルバートより先に、アイザックはミアに襲いかかった。
ミアは突然のことに一瞬固まりながらも、何とか魔法を出して攻撃を防ぐ。

「ッ…どうしたの、アイザック…!」

悲痛なミアの声に、アイザックは酷く冷たい顔で笑った。

「貴方にはこれから、素晴らしい儀式の生贄になってもらいます」
「…生贄?どういうこと…?」
「復活の儀式には、生贄が必要。ホラ、もうすぐ始まりますよ」

アイザックがバルコニーから見える街を指差したその瞬間、何か邪悪な魔力がぐわっと押し寄せてくるような感覚がした。

ドォン!

次の瞬間、大きな魔法による爆発音が次々に破裂し、平和だった王都は一気に戦場のようになる。人々の悲鳴が街全体から聞こえ、あちこちから火の手が上がった。

「…っそんな…!」

ミアが口を押さえてよろめく。

「──よく見ておいて下さい、これが歴史が変わる日の光景だ。これから我々は、このなめ腐った王政を潰し、真の王『ゼト』様を復活させる。そのために、多くの人々の魔力が必要だ。そして、この国で最も魔力のある一族、フィルヘイム家はその生贄にピッタリなんですよ。安心してください。愛する家族もすぐにあなたの後を追いますから…!」

アイザックはさも愉快げに言うと、また魔法の短刀を構える。

「…なぜ…こんなことを…。私たちはあなたを信頼していたのに、まさか恨まれているなんて」
「…別に、あなた自身に恨みはありませんよ。オスカー王には、強力な魔力を持っているにも関わらずそれを使おうともしない、腑抜けの王だとは思っていましたがね。…俺は散々魔力のことで馬鹿にされてきたが、その時庇ってくれた人はいなかった。救ってくれたのは、『ゼト』様だけだ…!」

それまで冷めた態度だったアイザックは、短刀を握りしめたまま激昂した。

「今更、何を言われても遅い!もうここまで来てしまったんだ。俺は…なんとしてでもやり遂げてやる…!」

ショックのあまり動けないミアに、今度こそアイザックの刃が襲い掛かる。

「やめて…!」

泣きそうな声でアイザックの腕にしがみついたのは、ギルバートだった。

「ッチ!」

アイザックが小さい体で懸命に縋るギルバートを容赦なく蹴り飛ばす。
ギルバートはそれをまともに受けてしまい、バルコニーの端まで吹っ飛ばされた。

「邪魔をするな!」
「ッ……な、なんで、こんなことやめて…アイザックおじさん…」

全身が痛む中、どうすることもできなくて、ギルバートは訴えかけるようにアイザックを見る。
しかし、見返してきたアイザックはそれまでとはまるで違う、冷たく、憎悪さえ滲む目をギルバートに向けた。

「おまえはただ言うことを聞けばいいんだ!何もできない、魔法さえまともに使えないおまえは、この儀式で生贄になるくらいしか役に立たないんだからな!…ああ、そうだ。そんなに殺して欲しかったら、おまえからにするか?俺はずっと、恵まれた家系に生まれたにも関わらず、優秀でもないおまえの話を聞かされるのに嫌気が差していたんだ」

そんな…ずっとそんなことを思っていたの…?

僕が魔法が使えなくて悩んでいたあの時、掛けてくれた言葉は全て偽りだったの…?僕にとっては、あなたは頼れる…存在で…尊敬できる大人だったのに…。

「生贄になることを喜ぶんだな。これでおまえも、すごい魔法使いになれんだから…」

アイザックは恐ろしい目をしたまま、今にもバルコニーから落ちそうなギルバートに向かって、その手から強力な魔法を繰り出した。

一瞬の出来事だった。

ギルバートは訳がわからないまま、迫り来る死を直感してぎゅっと目を閉じた。
しかし、ふいに優しい香りがギルバートを守るように前に来たかと思うと、鈍い音が目の前でした。

「…母上…?」

目を開けたギルバートに見えたのは、目の前で飛んできた魔法をその体で受け止めた母親の姿だった。
衝撃でそのまま崩れたバルコニーと共に下に落ちる寸前、ミアは渾身の力でギルバートを部屋の方に飛ばしながら、ギルバートを見つめた。「ギルバート…生きて」とその口が動くのが、酷くゆっくり流れる時間の中、はっきりと見えた。

「っ母上!…」

伸ばした手は虚しく空を切った。




それからのことは、所々記憶が抜け落ちている。
気づいた時には、蒼白な顔をした兄に抱き寄せられていた。多分、あの後すぐに兄が多くの兵士たちと飛び込んできて、アイザックは姿を消したらしい。

アイザックはそれから、城内にいる多くの官職者たちを、同じように城に紛れ込んでいたゼト信仰者たちと共にどんどん殺戮していった。そしてついにオスカー王と対峙する。
アイザックの最終目的は王の命だったが、オスカーは大怪我を負うながらもアイザックを返り討ちにした。

こうして、ゼト信仰者たちは首謀者を失い、事件は収束した。しかし、あとに残ったのは、多くの犠牲者と深い悲しみ、苦しみ、怒りだった。

オスカーは、大怪我でフラフラとしながら、バルコニーの下の花畑に横たわり動かない愛する妻に歩み寄った。そこで項垂れる父を、幼いギルバートはショックで固まったまま見つめた。

自分のせいで、母上は死んだんだ。

虚な目でただ涙を流しながらギルバートは何度も心の中で思う。

しばらくして、ハッとしたように顔を上げたオスカーは、固めって泣きじゃくる息子たちをぎゅっと抱きしめた。

「おまえのせいじゃない。…そばに居てやれなくてすまなかった」

オスカーとアーサーは、何度もギルバートを抱きしめてそう言ったが、その日からギルバートの表情は固まって動かなくなった。

『ゼト事件』は多くの悲しみと憎しみを産んだ。

人々の中での『ゼト』は恨むべき存在となり、そして、どこかへ逃げおおせた他の『ゼト信仰者』たちを怯えた。




──────




「──アイザックは死んだが、俺はそれでも復讐したいほどの憎しみをまだ持っている。なんであんなことをしたのかも、まだ納得できていない…それ以上に、自分自身への怒りや後悔で今も押しつぶされそうになることがある」

ギルバートの声は震えていた。

「──俺は決して皆が思う綺麗な心の持ち主じゃない。ゼト信仰者(黒い集団)の情報を追っているのも、私怨も含まれている。そんな内面を君に知られてしまうことが恐ろしかったんだ。それに…ゼト信仰者をこっそり調べていると知られたら、そのことで苦しめられている君がどう感じるかと思うと…君を他の連中と同じように疑っていると思われたくなかった」
「…ギルバート」

苦しそうなギルバートの言葉に、俺はなんと言うか迷った。

…お母さんが亡くなったのは、君のせいじゃない。

きっと彼は何度も同じことを周りに言われても尚、自身を赦せないのだろう。

「…話してくれてありがとう。俺は…もうこれ以上、君自分を責めないで欲しい思っている。それに、彼らを赦せないのは当然のことだ。そのことで、君が俺を遠ざけても仕方ないとも思っていた。でも、君はそんな俺を嫌わずに助けてくれたじゃないか。それにどれほど俺は救われたか…。だから、俺も君が苦しんでいたら救いたい。どんなことがあっても、俺は君の味方だよ」

ギルバートはその綺麗な目を見開いてじっと俺を見つめた。

「君は…どれほど俺を…」

…?

「いや…何でもない」

その時、ギルバートがまたふっと笑ったのを見て、俺はその美しさに目が離せなくなった。きらりと、その瞳が潤んだ気がした。
ギルバートは目を押さえると、前を向いてしまった。

「…すでに君には何度も救われている。君は…俺にとって大事な存在だ。だからこそ、君には1番の味方でいて欲しい」
「ああ。…約束するよ」



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