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21.リリー2
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それから、クラウスは皆と会うたびに、妙にぎこちなくなってしまった。
…リリーのことも、前より避けてしまっている。リリーがあんまり自分から誘ってこないことをいいことに、今日は自主練をしたいから、とか、早く寮に戻りたい、とか理由をつけて1人で行動することが多くなった。
しかし、そんなことをいつまでも続けることはできず。
「…クラウス。今日は絶対、放課後ここに来て。話したい事があるの」
ついに今日、リリーが、何か言いたげな顔でクラウスを呼び止めた。彼女はずっと無表情だが、その時ばかりは目が鋭く光る。
「わ、分かった」
そのまま無言でこちらをしばらく見つめ、そのまま去っていってしまったリリー。
…怒っているのか…?放課後、何を言われるんだろう。
それから、授業中も全く集中できなかった。
自分から避けているのだから、当然1人ぼっちで昼もご飯を素早く食べる。
周りの生徒たちは、最近クラウスがまた1人でいるのを見てあからさまに馬鹿にしたような顔をする者もいれば、困惑したような顔をしている者もいた。
「クラウス?」
その時、久しぶりにギルバートの姿が目に入る。彼は3年生の実習でここ数日学園にいなかったのだ。
久しぶりに会えたことに喜びを感じながらも、クラウスは聞こえないフリをしてそっと背を向ける。しかし、そのまま立ち去ることは叶わなかった。ガシッと肩を思いの外強い力で掴まれ、顔を向かされる。
「…どうした。何があった?」
少し険しい顔をしたギルバートの顔があった。その氷色の目は、観察するようにクラウスを見つめていた。
「な、何もないよ。実習お疲れ様」
絞り出した声が動揺で震えているのがわかる。なぜ、ギルバートはこんなに機微に聡いのだろう。
「…リリーたちは?」
ギルバートはチラッと周りを見渡した後、聞いてくる。核心を突かれて、クラウスは口ごもった。
「…ごめんな。急ぐから」
そう言って、クラウスはギルバートの手をそっと振り解き、小走りに去る。せっかく話しかけてくれたのに、自ら離れていこうとしていることに後悔した。でも、後ろを振り向くことができずに、クラウスは当てもなく校内を歩いた。
…もうすぐ放課後だ。
リリーに何を言われるんだろう。
ぐるぐる考えていたクラウスは、後ろから伸びてくる手に気づかなかった。
ガシッ。
突然、クラウスは力強い手に口を塞がれ、そのまま横の空いた教室に引っ張り込まれた。咄嗟なことに、クラウスは声さえも発せず、次の瞬間には鋭い感覚が体を駆け巡るのを感じた。
ッ!
何か、魔法をかけられたのだ。
しかし、クラウスの体には変化はなかった。
「ッ、何、『支配』が効かないだと?!」
その時、クラウスを羽交締めにしていた1人が、背後で焦ったような声を出す。
そこで初めて、自分が禁忌魔法である『支配』をかけられそうになったことを知る。
…え?なんで、『支配』しようとしてくるんだ…?
一瞬、背後の何者かが戸惑い、その隙をついてクラウスは抵抗しようとした。が、直後に頭を強く殴られ、クラウスは目を回して地面に倒れる。打ち所が悪かったのか、急速に意識が朦朧としてくるのが分かった。
…このまま、眠ってしまうのはダメだ…!
手を伸ばしても、捕まるのは空気だけで、クラウスの手は力無く地面に落ちた。
…だれか。
頭に、リリーやギルバートの姿が浮かんで消えた。
*
次に目を覚ました時、クラウスは自分が地面に寝ており、周りに何人かの人がいるのが分かった。
「…これは…ということか…なぜ…」
「…コイツです!…が、…ということです」
頭上で誰かが会話している。
「…うう」
クラウスは呻くと、頭を上げようとした。予想に反して、殴られた頭は激痛を感じることはなく、なぜか怪我は治っている。
「起きたか!」
その時、頭上で話していた1人がクラウスを助け起こした。目の前に現れた顔を見ると、先生である。
周りを見ると、そこは外の中庭で、なんでここに倒れているのかが全く分からない。ここは、高等部と初等部の建物を繋ぐ広い通路で、クラウスは見覚えのない所だった。
「…な、にが…?」
「君はここに倒れていたんだ。何があったのかい?」
その先生は、目を細めてクラウスをじっと見る。その目が、明らかに良い感情を持っていなくてドキリとした。
クラウスが何か言葉を発する前に、もう1人の先生が素早く口を開いた。
「──今さっき、初等部で何者かに子供たちが襲われる騒動があったんだ。その襲った者が、こっちの方へ逃げてきたというのだが…君は何か見ていないか?」
初等部で、生徒が襲われただって…?
周りを見てみると、確かに校内は慌ただしくなっており、子供たちが泣いている声も聞こえる。
クラウスは、自分の頭を殴った何者かを思い出した。まさか、同じヤツか?
「ッ、…俺も誰かに殴られて…気づいたらここに居たんです」
クラウスがそう言い、見上げた先生の顔は予想外に冷たい顔だった。
「そうだったんだね…でも、なんで殴られた痕がないんだろう?」
…え?
確かに、頭を触っても殴られた痕跡は消えている。
な、なんで…確かに、俺は殴られて…
「──ソイツがやったんだよ」
その時、周りで見ていた生徒の鋭い声が耳に届いた。
「初等部の子たちを襲ったのは、『黒髪黒目』の男だったらしいじゃないか!」
「倒れたフリをして、騙そうとしてるんだ!」
先生は、何も言わずに疑わしそうにクラウスを見る。
「…どういうことか、説明してくれるか?」
「…っい、いえ、俺は何も知りません…!」
しかし、周りの目はどんどん懐疑的になっていく。
「──前から怪しいと思ってたんだ」
「──私見たのよ…子供たちに攻撃してたのは、黒髪の男だった…」
「──黒髪って、クラウスしかいないだろ」
ザワザワとした非難の声は、段々大きくなる。先生もクラウスを見据えたまま、鋭く言った。
「…君が殴られたのを見た者はいるか?」
ッ…
「…いいえ」
その答えを聞いて、先生はますます険しい顔になった。そして冷たい声で告げる。
「…なるほど、君の証言には確証がないわけか」
…一体、どうなってる…?
自分に何が起きたのか全く分からないが、まずい状況になっていっていることは分かった。
「──ちょっと待ってください」
その時だった。凛とした声がその場に響き、スッと1人の人物が進み出る。
クラウスは、その人を見てハッと息を飲んだ。
リリーが、若干鋭い目つきで皆を見据えながら立っていた。
「クラウスは、私と会う約束をしていました。事実、その襲撃があった時刻に彼が高等部の校舎にいるのを見た者もいます。ですから、クラウスが初等部で子供たちを襲うことは不可能です」
「…し、しかし…なぜ彼は殴られたというのに怪我がない…?」
「殴られた後、治癒魔法をかけられた可能性もあります」
リリーの冷静な言葉に、先生たちもようやく落ち着きを取り戻す。
「うむ…確かに、約束をしていたクラウスくんが急に初等部に行くというのもおかしいね…分かった。とりあえずこの事は、学園長に報告しにいこう」
周りの野次馬たちも解散させられ、クラウスはリリーと2人きりになった。
リリーはじっとクラウスを見ていると、ふうと息をはいて手を差し伸べてきた。
「…大丈夫?」
その目はいつものように無表情だが、何の嫌悪の色もなく、クラウスは全身から力が抜けたようにホッとした。
「…ありがとう」
「何があったの?」
「何者かに殴られて…気づいたらここに」
「…そう。医務室は今混雑してるから、とりあえず治癒魔法をかけるわ」
リリーが手をかざすと温かいものが体に流れ、体がさらに楽になった気がした。
「…どうして最近避けていたの?」
リリーが静かな声で問いかけてきて、クラウスは黙り込む。
「…誰かに何か言われたの?」
見上げたリリーの顔は珍しく怒ったようだった。
やはり、何も言わずに避けていたことを怒っているのかも知れない。
クラウスは観念して目を閉じた。…ここでリリーの本心を聞くことになって…たとえ友達でなくなってしまっても、今話すべきだった。
「…聞いたんだ。──リリーのご両親がアイザックに殺されたってことを」
リリーはハッと顔を上げた。紫色の目が、珍しく動揺したように揺らいだ。
「…すまない、勝手に聞いてしまって。俺は今まで目を背けてしまってたけど…この学園の子たちは、多くがゼト事件の被害者だ。…だから、俺は、心の底では自分が嫌われても仕方ないと思ってる。…リリーたちだって、同じように俺を嫌っているかも知れないってことに、ようやく気が付いたんだ…」
「…嫌ってるなんて…どうして思うの?」
「…リリーが、俺のことを『友達だとは思ってない』って言ったって聞いて…。ごめんな、俺、今まで気づけなくて──」
「──ちょっと待って。それ、誰が言ってたの?」
リリーがひどく低い声で言った。
「誰かは分からないが──多分2年生だと思う」
「……ああ。思い出した。私、前同級生に、『なんでクラウスなんかと友達になったの?』って聞かれたのよね」
クラウスは、その言葉にちょっとしょんぼりした。
これから、リリーの口から、直接友達じゃないと言われるのはひどく辛い。
「違う、待って。そんな顔しないで」
その時、リリーの冷たい手がクラウスの頬に触れて、彼女が辛そうな顔をしているのに初めて気がついた。
「私、そういうつもりで言ったんじゃないの。彼らの聞き方が、クラウスを馬鹿にしているような…すごく嫌な感じがしたから、私はクラウスのことを『友達だとは思ってない。友達以上の、尊敬する人だと思ってる』って伝えたかったの」
…尊敬って…この俺を?
「…ごめんなさい、私、本当に口下手で。誤解されたけれど…あなたのことを、私は本当に尊敬してるのよ。年上だからってだけじゃなくて、人生の先輩として。あなたみたいな上司のいる職場で働きたいくらいにね」
クラウスは、およそ前世でも聞かなかったその言葉に、びっくりした。
…この俺を上司にしたいなんて言ってくれたの、初めてだ。前世では、俺は後輩にも特に頼りにされてなかったしな…。
「…両親のことを話してなかったのも…申し訳なかったわ。私今まで友達がいなかったから、どこまで話していいのか…分からなかった。──でも、これだけは覚えていて。私は決してあなたをアイザックと重ねたり、嫌ったりしてないの」
クラウスは、心が解けていくのを感じた。ほっとした温かい気持ちが広がっていく。
「…うん…ありがとう」
「…両親のことを話すと、クラウスが何か重荷を背負うんじゃないかと不安もあったの。私は、確かにアイザックを許せないし、あの事件が忘れられない。でも、禁忌魔法に対抗する、新しい魔法を作るっていう目標があるし、…あなたたち仲間が出来たから、今楽しく過ごせてる」
リリーは、初めて心の内を明かした。
「…あなたは、アイザックとは全然違う。だから──嫌われても仕方ないなんて思わないで」
声を震わせたリリーを、ハッと見る。
「…ああ」
リリーがここまで感情を表したのを初めて見た気がする。
ぐす。
と後ろで音がして、クラウスは慌てて振り返った。
すると、驚いたことに、いつの間にか背後には、シリル、ノア、マシューがいる。今まで、後ろで会話を聞いていたらしい。ギルバートもいた。彼は振り返ったクラウスに気がつくと、駆け寄ってきてフワリと自分の外套をクラウスにかけてくれる。
ノアは涙していたようだった。大きな目をうるうるさせていて、まるで感動しているようだ。横でマシューもぐっと何かを堪えている。
「…誤解が解けて良かった。最近、クラウス僕たちを避けてたんだもん。何かあったのかなって心配してた」
ノアの言葉に申し訳なくなる。
「リリーの言ってたように、俺たちはクラウスのことを嫌ってないぞ」
シリルが少し心配そうにこちらを見ている。
「…俺も、別にお前のことを嫌いじゃねぇ。む、むしろ最初より良いヤツかも知れないって思ってる…し…」
マシューは相変わらずツンデレだ。
「…もう勝手に避けるな」
ギルバートがポンと背中に手を置いた。
「…君が倒れているのを見ると、肝が冷える。俺たちには、頼ってくれよ──しかし、なぜ君はこうも狙われるんだ…?」
「…そうですよね。私も、それが気になります。クラウスをわざわざ気絶させ放置するなんて──まるで、クラウスが初等部の子どもたちを襲った犯人だと思わせたいみたい」
…事実、生徒の多くはクラウスの仕業だと信じていた。
「…各地で人を襲っている、『黒い集団』と同じ者たちなのか──?」
ギルバートが低い声で言った。ふと彼と目が合う。彼は読み取れない表情をしていた。
クラウスは、得体の知れない何かが、徐々にこの学園を蝕んでいる、そんな気持ちになってブルリと体を震わせた。
…リリーのことも、前より避けてしまっている。リリーがあんまり自分から誘ってこないことをいいことに、今日は自主練をしたいから、とか、早く寮に戻りたい、とか理由をつけて1人で行動することが多くなった。
しかし、そんなことをいつまでも続けることはできず。
「…クラウス。今日は絶対、放課後ここに来て。話したい事があるの」
ついに今日、リリーが、何か言いたげな顔でクラウスを呼び止めた。彼女はずっと無表情だが、その時ばかりは目が鋭く光る。
「わ、分かった」
そのまま無言でこちらをしばらく見つめ、そのまま去っていってしまったリリー。
…怒っているのか…?放課後、何を言われるんだろう。
それから、授業中も全く集中できなかった。
自分から避けているのだから、当然1人ぼっちで昼もご飯を素早く食べる。
周りの生徒たちは、最近クラウスがまた1人でいるのを見てあからさまに馬鹿にしたような顔をする者もいれば、困惑したような顔をしている者もいた。
「クラウス?」
その時、久しぶりにギルバートの姿が目に入る。彼は3年生の実習でここ数日学園にいなかったのだ。
久しぶりに会えたことに喜びを感じながらも、クラウスは聞こえないフリをしてそっと背を向ける。しかし、そのまま立ち去ることは叶わなかった。ガシッと肩を思いの外強い力で掴まれ、顔を向かされる。
「…どうした。何があった?」
少し険しい顔をしたギルバートの顔があった。その氷色の目は、観察するようにクラウスを見つめていた。
「な、何もないよ。実習お疲れ様」
絞り出した声が動揺で震えているのがわかる。なぜ、ギルバートはこんなに機微に聡いのだろう。
「…リリーたちは?」
ギルバートはチラッと周りを見渡した後、聞いてくる。核心を突かれて、クラウスは口ごもった。
「…ごめんな。急ぐから」
そう言って、クラウスはギルバートの手をそっと振り解き、小走りに去る。せっかく話しかけてくれたのに、自ら離れていこうとしていることに後悔した。でも、後ろを振り向くことができずに、クラウスは当てもなく校内を歩いた。
…もうすぐ放課後だ。
リリーに何を言われるんだろう。
ぐるぐる考えていたクラウスは、後ろから伸びてくる手に気づかなかった。
ガシッ。
突然、クラウスは力強い手に口を塞がれ、そのまま横の空いた教室に引っ張り込まれた。咄嗟なことに、クラウスは声さえも発せず、次の瞬間には鋭い感覚が体を駆け巡るのを感じた。
ッ!
何か、魔法をかけられたのだ。
しかし、クラウスの体には変化はなかった。
「ッ、何、『支配』が効かないだと?!」
その時、クラウスを羽交締めにしていた1人が、背後で焦ったような声を出す。
そこで初めて、自分が禁忌魔法である『支配』をかけられそうになったことを知る。
…え?なんで、『支配』しようとしてくるんだ…?
一瞬、背後の何者かが戸惑い、その隙をついてクラウスは抵抗しようとした。が、直後に頭を強く殴られ、クラウスは目を回して地面に倒れる。打ち所が悪かったのか、急速に意識が朦朧としてくるのが分かった。
…このまま、眠ってしまうのはダメだ…!
手を伸ばしても、捕まるのは空気だけで、クラウスの手は力無く地面に落ちた。
…だれか。
頭に、リリーやギルバートの姿が浮かんで消えた。
*
次に目を覚ました時、クラウスは自分が地面に寝ており、周りに何人かの人がいるのが分かった。
「…これは…ということか…なぜ…」
「…コイツです!…が、…ということです」
頭上で誰かが会話している。
「…うう」
クラウスは呻くと、頭を上げようとした。予想に反して、殴られた頭は激痛を感じることはなく、なぜか怪我は治っている。
「起きたか!」
その時、頭上で話していた1人がクラウスを助け起こした。目の前に現れた顔を見ると、先生である。
周りを見ると、そこは外の中庭で、なんでここに倒れているのかが全く分からない。ここは、高等部と初等部の建物を繋ぐ広い通路で、クラウスは見覚えのない所だった。
「…な、にが…?」
「君はここに倒れていたんだ。何があったのかい?」
その先生は、目を細めてクラウスをじっと見る。その目が、明らかに良い感情を持っていなくてドキリとした。
クラウスが何か言葉を発する前に、もう1人の先生が素早く口を開いた。
「──今さっき、初等部で何者かに子供たちが襲われる騒動があったんだ。その襲った者が、こっちの方へ逃げてきたというのだが…君は何か見ていないか?」
初等部で、生徒が襲われただって…?
周りを見てみると、確かに校内は慌ただしくなっており、子供たちが泣いている声も聞こえる。
クラウスは、自分の頭を殴った何者かを思い出した。まさか、同じヤツか?
「ッ、…俺も誰かに殴られて…気づいたらここに居たんです」
クラウスがそう言い、見上げた先生の顔は予想外に冷たい顔だった。
「そうだったんだね…でも、なんで殴られた痕がないんだろう?」
…え?
確かに、頭を触っても殴られた痕跡は消えている。
な、なんで…確かに、俺は殴られて…
「──ソイツがやったんだよ」
その時、周りで見ていた生徒の鋭い声が耳に届いた。
「初等部の子たちを襲ったのは、『黒髪黒目』の男だったらしいじゃないか!」
「倒れたフリをして、騙そうとしてるんだ!」
先生は、何も言わずに疑わしそうにクラウスを見る。
「…どういうことか、説明してくれるか?」
「…っい、いえ、俺は何も知りません…!」
しかし、周りの目はどんどん懐疑的になっていく。
「──前から怪しいと思ってたんだ」
「──私見たのよ…子供たちに攻撃してたのは、黒髪の男だった…」
「──黒髪って、クラウスしかいないだろ」
ザワザワとした非難の声は、段々大きくなる。先生もクラウスを見据えたまま、鋭く言った。
「…君が殴られたのを見た者はいるか?」
ッ…
「…いいえ」
その答えを聞いて、先生はますます険しい顔になった。そして冷たい声で告げる。
「…なるほど、君の証言には確証がないわけか」
…一体、どうなってる…?
自分に何が起きたのか全く分からないが、まずい状況になっていっていることは分かった。
「──ちょっと待ってください」
その時だった。凛とした声がその場に響き、スッと1人の人物が進み出る。
クラウスは、その人を見てハッと息を飲んだ。
リリーが、若干鋭い目つきで皆を見据えながら立っていた。
「クラウスは、私と会う約束をしていました。事実、その襲撃があった時刻に彼が高等部の校舎にいるのを見た者もいます。ですから、クラウスが初等部で子供たちを襲うことは不可能です」
「…し、しかし…なぜ彼は殴られたというのに怪我がない…?」
「殴られた後、治癒魔法をかけられた可能性もあります」
リリーの冷静な言葉に、先生たちもようやく落ち着きを取り戻す。
「うむ…確かに、約束をしていたクラウスくんが急に初等部に行くというのもおかしいね…分かった。とりあえずこの事は、学園長に報告しにいこう」
周りの野次馬たちも解散させられ、クラウスはリリーと2人きりになった。
リリーはじっとクラウスを見ていると、ふうと息をはいて手を差し伸べてきた。
「…大丈夫?」
その目はいつものように無表情だが、何の嫌悪の色もなく、クラウスは全身から力が抜けたようにホッとした。
「…ありがとう」
「何があったの?」
「何者かに殴られて…気づいたらここに」
「…そう。医務室は今混雑してるから、とりあえず治癒魔法をかけるわ」
リリーが手をかざすと温かいものが体に流れ、体がさらに楽になった気がした。
「…どうして最近避けていたの?」
リリーが静かな声で問いかけてきて、クラウスは黙り込む。
「…誰かに何か言われたの?」
見上げたリリーの顔は珍しく怒ったようだった。
やはり、何も言わずに避けていたことを怒っているのかも知れない。
クラウスは観念して目を閉じた。…ここでリリーの本心を聞くことになって…たとえ友達でなくなってしまっても、今話すべきだった。
「…聞いたんだ。──リリーのご両親がアイザックに殺されたってことを」
リリーはハッと顔を上げた。紫色の目が、珍しく動揺したように揺らいだ。
「…すまない、勝手に聞いてしまって。俺は今まで目を背けてしまってたけど…この学園の子たちは、多くがゼト事件の被害者だ。…だから、俺は、心の底では自分が嫌われても仕方ないと思ってる。…リリーたちだって、同じように俺を嫌っているかも知れないってことに、ようやく気が付いたんだ…」
「…嫌ってるなんて…どうして思うの?」
「…リリーが、俺のことを『友達だとは思ってない』って言ったって聞いて…。ごめんな、俺、今まで気づけなくて──」
「──ちょっと待って。それ、誰が言ってたの?」
リリーがひどく低い声で言った。
「誰かは分からないが──多分2年生だと思う」
「……ああ。思い出した。私、前同級生に、『なんでクラウスなんかと友達になったの?』って聞かれたのよね」
クラウスは、その言葉にちょっとしょんぼりした。
これから、リリーの口から、直接友達じゃないと言われるのはひどく辛い。
「違う、待って。そんな顔しないで」
その時、リリーの冷たい手がクラウスの頬に触れて、彼女が辛そうな顔をしているのに初めて気がついた。
「私、そういうつもりで言ったんじゃないの。彼らの聞き方が、クラウスを馬鹿にしているような…すごく嫌な感じがしたから、私はクラウスのことを『友達だとは思ってない。友達以上の、尊敬する人だと思ってる』って伝えたかったの」
…尊敬って…この俺を?
「…ごめんなさい、私、本当に口下手で。誤解されたけれど…あなたのことを、私は本当に尊敬してるのよ。年上だからってだけじゃなくて、人生の先輩として。あなたみたいな上司のいる職場で働きたいくらいにね」
クラウスは、およそ前世でも聞かなかったその言葉に、びっくりした。
…この俺を上司にしたいなんて言ってくれたの、初めてだ。前世では、俺は後輩にも特に頼りにされてなかったしな…。
「…両親のことを話してなかったのも…申し訳なかったわ。私今まで友達がいなかったから、どこまで話していいのか…分からなかった。──でも、これだけは覚えていて。私は決してあなたをアイザックと重ねたり、嫌ったりしてないの」
クラウスは、心が解けていくのを感じた。ほっとした温かい気持ちが広がっていく。
「…うん…ありがとう」
「…両親のことを話すと、クラウスが何か重荷を背負うんじゃないかと不安もあったの。私は、確かにアイザックを許せないし、あの事件が忘れられない。でも、禁忌魔法に対抗する、新しい魔法を作るっていう目標があるし、…あなたたち仲間が出来たから、今楽しく過ごせてる」
リリーは、初めて心の内を明かした。
「…あなたは、アイザックとは全然違う。だから──嫌われても仕方ないなんて思わないで」
声を震わせたリリーを、ハッと見る。
「…ああ」
リリーがここまで感情を表したのを初めて見た気がする。
ぐす。
と後ろで音がして、クラウスは慌てて振り返った。
すると、驚いたことに、いつの間にか背後には、シリル、ノア、マシューがいる。今まで、後ろで会話を聞いていたらしい。ギルバートもいた。彼は振り返ったクラウスに気がつくと、駆け寄ってきてフワリと自分の外套をクラウスにかけてくれる。
ノアは涙していたようだった。大きな目をうるうるさせていて、まるで感動しているようだ。横でマシューもぐっと何かを堪えている。
「…誤解が解けて良かった。最近、クラウス僕たちを避けてたんだもん。何かあったのかなって心配してた」
ノアの言葉に申し訳なくなる。
「リリーの言ってたように、俺たちはクラウスのことを嫌ってないぞ」
シリルが少し心配そうにこちらを見ている。
「…俺も、別にお前のことを嫌いじゃねぇ。む、むしろ最初より良いヤツかも知れないって思ってる…し…」
マシューは相変わらずツンデレだ。
「…もう勝手に避けるな」
ギルバートがポンと背中に手を置いた。
「…君が倒れているのを見ると、肝が冷える。俺たちには、頼ってくれよ──しかし、なぜ君はこうも狙われるんだ…?」
「…そうですよね。私も、それが気になります。クラウスをわざわざ気絶させ放置するなんて──まるで、クラウスが初等部の子どもたちを襲った犯人だと思わせたいみたい」
…事実、生徒の多くはクラウスの仕業だと信じていた。
「…各地で人を襲っている、『黒い集団』と同じ者たちなのか──?」
ギルバートが低い声で言った。ふと彼と目が合う。彼は読み取れない表情をしていた。
クラウスは、得体の知れない何かが、徐々にこの学園を蝕んでいる、そんな気持ちになってブルリと体を震わせた。
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穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
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