魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ

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18.街へ行こう3

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『収穫祭』を楽しんだ2人は、街を下って行った。

ザワザワ。

まだ夕方にはなっていなくて、周囲はますます人が増えてきた。一瞬でも離れたら、はぐれてしまいそうだ。

「ここに掴まって」

ギルバートが、ローブの袖の端をそっと掴ませてくる。彼が先頭に立って、この混んできた大通りから抜け出そうと脇道へと向かう。

…妙に人が多い。どうしたのだろうか?

その時、そう遠くないところで、喧騒が聞こえた。

「──…うるさい!…それは…だろ?!…」
「…俺は…のせいだ!……だったら、騎士団を呼んでこい!」

見えないが、多分お店の人と客が言い争いをしている。そして、この国の警察的な存在──騎士団を呼ぼうとしているらしかった。
ギルバートがピクリと反応すると、目を細めてそちらを見つめた。

喧騒はまだ治らないのか、周りの人がキャアと悲鳴をあげたりもしている。魔法を使用したような音がした。

「──悪い。少し様子を見てくる。絶対に、ここから離れるな。この辺りの路地裏は危険だからな」

ギルバートがチラリと心配そうに頷いた俺を見ると、さっと人混みの中に入っていった。
この国の王子が行けば、確かに一発で騒ぎは治まりそうだ。それにしても、もう騎士のような貫禄のある男だな。

クラウスは今いる場所を確認すると、黄色いお店の近くだった。ここを離れなければ、すぐ落ち合えそうだな。
でも、あんな心配そうな顔をしていたが、仮面でこの髪色と目まで隠している俺はただの平凡な男であり、何の身の危険があるというのか…。確かに土地勘はないが、美しい華奢な女の子でもあるまいし…。

まるで女の子に対するようなギルバートのエスコートや献身的な態度を見ると、やはり彼は生粋の王子であり騎士なのだと感じた。

喧騒の音はどうやら治ったらしいが、周りは野次馬も増え、相変わらず騒がしい。そして、突っ立っているとドンドン押され、クラウスはいつの間にか大通りから離れた路地裏の隅にまで移動してしまっていた。
戻ろうにも、人の流れができていて中々進めそうにない。

…もう少し経ってから戻ればいいか。確かにこのあたりの路地裏は薄暗いが、そんな危険があるようには見えないし。

人混みから抜け出したクラウスは、少しほっと息をつきたくなり、路地裏を進んで石段に腰掛ける。左は大通り、右は妙に静かな暗めの通りがある。あっちには何があるんだろう?

完全に油断していたクラウスは、ちょっと覗きに行く感覚でふらふらとその暗い通りに近寄って行った。
薄暗い通りでは、何を売っているか分からない謎の店や、少しいかがわしい雰囲気の店もある。そして、人も何人か歩いているのだが──

「よお、兄ちゃん。なんだ?待ち合わせか?」

突然クラウスは声を掛けられ、ビクッとした。
見ると、数人の屈強な感じの男たちで、ビクついたクラウスの様子を見てニヤニヤ笑っている。

「なんだよ、そんなビビんなくてもいいだろ」
「…かわいー」
「な?俺らとこの後、酒屋でもいかねえ?」

なんか因縁をつけられるのかと思っていたが、何故か慣れ慣れしい感じで口々に話しかけてくる。

「い、いえ…俺は人待ちで…」
「ここで?アンタこの街慣れてないんだろ。俺らが案内してやるよ」
「そそ。こんなとこにそんな隙だらけで立ってたら、俺らより悪い奴らに食われちまうぞ~」

男たちにいつの間にか取り囲まれるように立たれ、クラウスは青ざめた。

…カツアゲかと思ったが、く、食われるってそういうことか…?ええ?俺が?!

よく分からんが、逃げないと!

クラウスは「失礼します!」と口走ると、男たちの間からするりと抜け出し、あてもなく走り出す。

「あっ、おい!」

驚いた声が聞こえたが、振り返らず横道に入ったりしながら逃げおおせた。

はて、しかし、ここはどこだ?

さっきの通りから何も考えず脇道に入ったりしたから、全く見覚えのない所に来てしまった。ここはとても狭い建物の隙間にある道で、人の家なのか、店なのか分からない小さな家々が並ぶ。その中で、一際ミステリアスな外見の家が目に入った。外まで何かよく分からない骨董品が並ぶそこはお店のようだ。

その時、クラウスのいる路地の先に人影が動いたような気がした。

さっきの男たちか?!

クラウスは咄嗟に逃げられる場所を求め、目の前のそのミステリアスな店に飛び込むように入る。入り口の木の扉がぎぃぃっと不気味な音を立てる。

店の中は、もわっと埃っぽいようなお香のような匂いがして、壁には隙間なく何が入っているか分からない瓶だったり、古ぼけた本だったりが雑多に溢れている。まるで魔女の家の中みたいだ。

クラウスはその空間を呆然としながら眺める。目を奪われながら進むと、並べてある物は、みな”精霊に関するもの”だということに気がついた。植物が書かれた本…狼の形の短剣…



クラウスがピタリと足を止めたのは、黒い羽が表紙に書かれた本の前だった。
妙に既視感がある…あっ、そうだ。これは、ブラッド伯爵と学園長の部屋に飾られていた、『黒い翼の絵』と似ているのだ。

…これも、精霊に関するものだったのか?

「それは、ゼトに関する本じゃな」

急に背後でしわがれ声がして、クラウスは息を止めた。

「っひ」

後ろにいたのは、細身の老爺だった。彼は長いしわしわの指でクラウスの持つ本を指差す。

「ゼトの本が気になるかね?」
「えっと、これはゼトの本なんですか?」
「そうじゃ。ゼトは元々白い鳥に宿る精霊だった。しかし、罰を受けて堕ちた時、その白い髪は黒くなって、白い翼は黒い翼となったのじゃ。『黒い翼』は『ゼトの象徴』じゃな」

クラウスは、手元の『黒い翼』の書かれた本を見つめた。『黒い翼』は『ゼトの象徴』…。


──…だったら、なぜ、ブラッド伯爵と学園長は、『ゼトの絵』を飾っているんだ…?


「鳥の精霊だったゼトは、風魔法の創造主でもある。その本は、古い風魔法について書かれておる物じゃ」

古い風魔法と聞いて、眉を寄せる。…テストの時、誰かが俺に攻撃してきた魔法は、古い風魔法だと聞いた。
…え?…もしかして、俺は、ゼトの信仰者に狙われているのだろうか?

「…お前さんは…珍しいのう。その黒髪と、黒目も」

そう言われ、ハッと老爺を見る。仮面をかぶってるのに、なぜ?!

「…ほほほ。素直な反応じゃな。ワシはむかーしから生きておる、ちょっと有名な魔法使いなのじゃ。仮面の下を見るのは容易いことじゃ」

改めて老爺を見ると、いつか魔石山で会った老婆のように妙な凄みがある。なるほど。

「そしてお前さんは…魔力がないのじゃな」

ドキッ。

「…いや…魔力を溜める場所すらないのか…?…ふむ、ワシだけでは分からん…」

老爺は考え込むと、ふと目を上げる。

「なるほど、お前さんはゼトに似ていると嫌悪を向けられてきたのじゃろう。…なに、憂うことはない。お前さんは確かに見た事のない容姿じゃが、その髪と瞳の黒は、邪悪な黒ではない」

老爺は、思いの外優しい目で俺を見ていた。

「じゃが、よからぬ者たちは君に寄ってくるだろう。ワシは常々、ゼトよりも、ゼトを己の私利私欲のため利用しようとする人間の方が、よっぽど恐ろしいと感じる…」

ボソリと老爺がつぶやいた。

「ま、ここで会ったのも何かの縁じゃろう。ふむ、ワシのコレクションの中から、何かプレゼントしようかね」

そう言うと、老爺はブツブツ言いながら周りを探り始める。

「お前さん、過労気味で顔色が悪いから、『元気もりもりドリンク』でもあげよう」

そして、何やら鮮やかな色の液体の入った瓶を二つ持ってくる。一つは緑色、一つはピンク。

「…んん~、どっちだったかのう~…どっちかが、『元気もりもりドリンク』で、どっちかが『素直になっちゃうドリンク』だった気がするが…んん~…ワシも目が悪くなったからのう~」

老爺は、明らかにラベルが読めなくなっているのを、頑張って読もうとしている。

「…多分…こっちじゃ!」

そう老爺が笑って差し出したのは、ピンクの液体の入った瓶だった。

…本当かなあ。でも、緑の液体を飲むよりマシかも…。

「ありがとうございます」
「ほほ、達者でな。お前さんには、また会う気がするのう。…命を大切にな、若者よ」

老爺は目を細めて微笑むと、いつの間にかお店の奥に戻ってしまった。
クラウスはしばらく呆然としていたが、はっと我に帰る。

そういえば、ギルバートを待たせているかもしれない!

男たちから逃げることしか考えていなかったが、今頃俺を探しているかな…。

クラウスはピンクの液体の瓶を懐に入れると、急いで店を出て、来た道を戻る。何となく覚えていて、どうにか最初の場所のあたりまで戻ることができた。

「あ!さっきの!」

なんて俺はツイていないんだ!

先ほど絡んできた例の男たちと偶然また会ってしまう。咄嗟に逃げようとしたのを、肩をガシッと組まれてしまった。

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