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8.嫌がらせ

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クラウスがまだ魔法を使えず、訓練するようになって数週間。

クラウスはこの学園に来てから、初めて比較的平穏な気持ちで過ごしていた。
リリーという友達ができ、また同級生でも話せる相手ができたからだ。

しかし、彼らにも打ち明けられていないことがあった。それは、相変わらず続く嫌がらせである。

リリーは嫌がらせするグループを知っていて、一緒にいる時は警戒してくれていたが、彼らが卑怯なのは、クラウスが1人っきりになった時にしてくることだった。
だが、クラウスも変に慣れてしまったし、どうせ子供のすることだろう、と変に警戒心を緩めてしまっていた。それゆえ、誰にも相談もしていなかった。
だってクラウスの方が随分大人だ。リリーやシリルとノアを友達のように思っていたが、彼らの方がやっぱり子供で、むしろクラウスにとって守る対象だ。年上のクラウスは頼る、ということに抵抗があった。

──しかしついに、嫌がらせはクラウスに危害を及ぼすまでになってしまった。

その日も、クラウスは日が暮れるまで本を片手に練習を繰り返し、薄暗い中庭を通って寮に帰ろうとしていた。
嫌がらせのこともあり、クラウスは人気のないこの中庭を通るのを警戒していたが、急いでいたため仕方ない。

その時、行く手に数人の生徒が道を塞いでいるのが見えた。1人が片手に風の玉を出すのが見え、彼らがクラウスに嫌がらせをしている者たちだと分かる。

「ねえ。アンタ、いつこの学園から消えるの?」

1番前にいた生徒が、開口一番、風の玉を片手に敵意を込めて言う。

「いい加減、もう諦めたら?どうせ、”ゼトの生まれ変わり”なんだから、魔力なんてないでしょ?…ああ、でもいつか禁忌魔法に目覚めちゃって、私たち殺られちゃうかも~こわ~」
「ほんとほんと!こんな悪魔みたいな見た目の平民、王立学園にふさわしくないんだよ!」

さすがのクラウスも、連日続く敵意の目や言葉に神経がすり減っていた。好き勝手言われることに怒りが湧く。

俺だって、自分がこの世界に場違いなことはわかっている。…戻れるなら今すぐ学園を出て、元いた世界に戻りたいよ。

しかし、そんなことを考えてクラウスは完全に油断していた。

「無視すんな、悪魔め!」

彼らが次々に攻撃魔法を仕掛けてきたのだ。今まで直接攻撃されなかったから油断していた。
クラウスはあっという間に、切り裂く風魔法や降ってくる小石、水の玉による打撃を四方八方から受けることとなった。
もう何がなんだか分からないが、頬を切られる痛みを感じたと思ったら腹に打撃を受け、風で地面に叩きつけられる。

「っうぐ…や、やめ…」

…どうして…そこまで。

叩きつけられた衝撃で、朦朧とする中、考える。

…俺がゼトに似ているからか?──こんなことなら、転移なんかせず、俺はあのまま…

「やめろ!」

その時、よく通る低音の声が空気をつんざいた。

ピタリ。
と攻撃が止む。

クラウスはすぐにそばに来た温かく逞しい腕に抱き起こされた。

「…どうして、こんなことに?」

困惑するその声は、聞いたことがあった。毅然とした、深い声──ギルバートだ。

「ギ、ギルバート様…」

クラウスは目が開けられなかったが、生徒たちが震える声を出したのが聞こえた。

「これは一体どういうことだ…!」

頭上のギルバートの声に怒気が滲む。逞しい腕が、より強くクラウスを抱いた。

「わ、私たちは、その者がこの学園にふさわしくないと思い…」
「…だからこんなことをしていいのか?お前たちは抵抗できない者に一方的に攻撃を仕掛けた。そのことだけでも、退学に値するぞ」

厳しい声に、反論する者はいなかった。

「そこで待っていろ。君たちのことは学園に報告する」

ギルバートはそう言うと、クラウスを起き上がらせた。

「少し持ち上げるぞ」

そう言うがいなや、クラウスは横抱きに持ち上げられる。クラウスは額の切り傷からの出血で目が開かなかったのだが、それでもどうなっているのか分かってこの状況なのに恥ずかしくなった。

…お姫様抱っこって…いっそ丸太でも持つみたいに持ってくれ…

だが、それと同時に、ギルバートの優しい手つきにも気づき、温かいものが胸に広がるのを感じた。

どうやら連れてこられたのは、また医務室だった。
今日は夜も遅くなってしたため、救護室のおばさんは退勤している。

「今開いているのは街の病院だけだから、今はとりあえず俺は治療する。明日、医務室でまたちゃんと診てもらえ」

ギルバートはそう言うと、クラウスをベッドに乗せた。

「服を脱げ」

おおう…美形が言うと勘違いされそうな発言だ。

大人しく服を脱いで見せると、はっと息を飲む音がした。見上げると、ギルバートが眉をきつく寄せて苦しそうな顔をしている。

…なんで、君がそんな顔するんだよ…

次の瞬間には、体全体をあの温かいものが包み込んで、痛みがすっと消えた。
さすがギルバートだ。高度な光魔法である治癒魔法を、すでにこんなに使えるなんて。

「俺もまだ完璧には使えない。痕は残ってしまうから、明日必ず診てもらえよ」
「…ありがとうございます」

クラウスは感謝の思いを伝えたくて、しっかりとギルバートの目を見た。
ギルバートはわずかに目を見開いてクラウスを見つめると、はっとしたように顔を逸らした。

「…助けて当然のことだ」

ギルバートは、元の無表情に戻ってしまった。

「…さっきはなぜ防御魔法を使わなかった?君は魔法を使えるはずだ。自分の身を守るのに魔法を使うこのは禁止されていない」
「…い、いえ…俺はまだ魔法が使えないんです。噂にはなっていますが、それも違っていて…」

すると、ギルバートの雰囲気が剣呑なものになり、クラウスはドキリとした。

「…俺に嘘はつかない方がいい。俺も、あの時君がマシューたちに魔法を使うところを見た。…それに、この世界に生まれた者なら、魔力は必ずあるものだ。
──なんで魔力がないと偽るんだ?…君のことも、助けはしたが信用しているわけじゃない」

ギルバートは鋭い目でクラウスを見据えた。

み、見ていたのか。

クラウスはギルバートの冷たい視線に耐えきれず、目を逸らした。
ギルバートは明らかにクラウスを嫌っていた。そのことに、どうしてか胸が押しつぶされたような痛みを覚えた。

「──君がされたことは許されないことだが、君も魔法が使えないなんて嘘つく愚かな行為は今すぐ辞めて、魔法を習得することだ」

ギルバートはそう冷たく言い放つと、さっさと医務室を出て行ってしまった。

…彼にも、嘘をついたと思われているとは。
…しかし、なんでこんなに苦しいんだろうか。ギルバート王子が俺に友好的でないのなんて、想像できていたことではないか。







〈ギルバート視点〉

──彼が数人がかりで暴行され倒れているのを見た時、俺はひどく後悔した。

彼が一部の生徒から嫌われていたことは分かっていたではないか。いつか、こんなことが起きても不思議ではなかった。それを俺は、皆と同じように彼を遠ざけて避けてしまっていた。3年生である俺が、もっとしっかり見守っていれば、こんなことには…

「──やめろ!」

気づいた時には走り出していた。
クラウスを攻撃していた生徒たちは、その手をピタリと止め、青ざめる。

クラウスは切り傷を負ってぐったりしていた。その思ったより細い肩を抱いて起こし、生徒たちを鋭く見据え一喝する。

よく見ると彼らは、以前から平民差別をしていたグループだった。今まではここまでの暴力行為をしていなかったため注意で終わっていたが、この件は相当重い罰が下るだろう。ギルバートが気づかずとも、このままクラウスが重症になったりして、自分達の行為がバレずに済むと思っていたのだろうか。彼らの親は高い地位の貴族だと聞くから、もみ消そうと思っていたのかも知れない。…誰もが、この黒髪黒目の青年のことをどうなってもいいと思っている。

ギルバートは怒りが心の中に渦巻くのを感じながら、クラウスをそっと抱き上げて医務室に向かった。

医務室でクラウスをベッドに下ろすと、彼は戸惑うような顔で見上げてくる。
ギルバートは吸い寄せられるように彼を見つめながら、治療のため服を脱がした。

体を見てハッとする。かなりの打撲と切り傷があり、酷い状態だった。早く気づけなかった自分への怒りと、手を出した生徒達への怒りでどうにかなりそうだ。自分が持てる限りの力で治癒魔法を施すと、その線の細い体はみるみる癒えていった。所々、力が足りずに痣が残ってしまったが。

クラウスはギルバートが治癒魔法を使うのを驚いた目で見ていると、終わった時にその顔をわずかに綻ばせてギルバートの目を真っ直ぐ見つめてきた。

「…ありがとうございます」

……は?かわ……

ギルバートはハッとした。俺今、何を……可愛いって……

元々困ったような自信のなさげな眉をしている彼は、さらにその眉を下げるとヘラリと笑う。その顔が、ギルバートの好みドストライクだった。…いや、正直、今まで好みとか気にしたことは無かったのだが。
人の顔を好ましいと思ったのは、彼が初めてだったのだ。
以前はアイザックに容姿が似ていると思っていた自分を殴りたい。初めて近くで彼を見ると、アイザックと似ているのは黒い髪色と目だけだった。記憶のアイザックは冷たい顔をしていたが、クラウスは控えめで温厚そうな顔だった。

「…助けて当然のことだ」

しかし、自分の心は律するべきだ。騎士を目指す俺は、常に冷静でいないと…。

ギルバートはこれ以上、彼を見つめないよう視線を逸らした。
そして、どうしても気になっていたことをつい聞いてしまった。

「…さっきはなぜ防御魔法を使わなかった?君は魔法を使えるはずだ。自分の身を守るのに魔法を使うこのは禁止されていない」

しかし、戸惑った様子の彼から言われた言葉に、俺は混乱してしまった。

「…い、いえ…俺はまだ魔法が使えないんです。噂にはなっていますが、それも違っていて…」

…魔法が使えないだと?じゃあ、あの時、マシューたちに使った魔法はなんだったのか?あの類の魔法は、学園の生徒が使うものじゃないから記憶に残っていた。古い、風魔法。…実は、古い風魔法は、あのアイザックが好んで使っていた。だから、その魔法を俺は嫌いだった…。

──それを使ったのにも関わらず、彼は俺に嘘を言ったのだ。そもそも、この世界に魔力のない者なんていないのに…

彼がかつてのアイザックと同じように、魔力がないと偽ったことに、ギルバートはショックを受けた。アイザックは、自身をゼトの生まれ変わりだから魔力がないと言って人々を油断させ、最悪な禁忌魔法によって事件を起こした。そんな奴と同じだとは思っていないが、ギルバートは湧き上がる嫌悪感のまま、クラウスに冷たく当たってしまった。

クラウスに言い捨てると、ギルバートは混乱する心のまま、生徒たちのところに戻った。
…クラウスに冷たく当たってしまったことに、なぜか酷く心が痛んだ。




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