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5.赤髪くん

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昨日の赤髪くんたちに攻撃魔法を仕掛けたという噂は、瞬く間に学園中に広がったようだ。
クラウスは、ブラッド伯爵の馬車に送ってもらって学園の門をくぐる。

昨日のこともあり、食堂へ行くのが気まずいが…

案の定、クラウスが食堂に行くと、一瞬全体が静かになった気がした。

うぐ…視線が痛い。

なるべく皆を見ないようにして席についたものの、耳に聞こえてきたのは、これまでより強い嫌悪感のある言葉だった。

「──アイツだ。昨日生徒に向かって攻撃魔法出したらしいぞ」
「──魔力がないなんて嘘ついたんだ。虫唾が走る」
「──ほんと、ゼトにそっくりよね」

周りの生徒らがチラチラこちらを見ながら噂するのを、クラウスはひたすら聞こえないふりをした。

その時、チラッと食堂の奥の方に、3年生の集団がいるのが見えた。
その中に、ギルバートの姿を見つける。彼は遠くからでもすぐに分かるほどオーラがあった。
ギルバートがこちらを一瞬見た気がした。

ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。

こちらを見たギルバートは、すぐに興味なさげに視線を逸らした。
クラウスは、なぜかとても胸が痛むのを感じた。きっと、こんなに食堂中がクラウスの噂を話しているから、ギルバートの耳にも届いているだろう。彼はどう思ったのか。さっきの態度が全てを物語っている気がして、なぜかそのことがとても悲しかった。







今日の授業は魔法の実技だ。この前みたいに、ペアになってお互いに魔法の攻防をするみたいだ。

クラウスは、見学しようと、隅に行く。
今日はモーリス先生が休みでいないので、心許ない。モーリス先生はクラウスと一線を置いている感じだが、なんだかんだいって親切に色々教えてくれる。見学する時も、用事がない時は一緒に見て、説明してくれていた。

ペアになって早速訓練を始めた生徒たちを見る。
普段は大勢の生徒たちを、何人かの先生がついて指導しているが、今日はなぜか多くの先生が休みなのか、攻撃魔法専門の先生1人が皆を見ているようだった。
遠くの方で何かあたらしく、先生が離れて様子を見に行く。

「おい」

その時だった。
はっと振り返ると、ツンツンした燃えるような赤い髪の強面系の美形──昨日の赤髪くんがクラウスを睨んで立っている。

「お前、今から俺と対戦しろ」

っえ!

「…いや、俺はまだ魔法が使えないから…」
「嘘をつくな。昨日俺たちにしたこと忘れてないぞ」

赤髪くんの琥珀色の目がグッと細まる。

「別に昨日の仕返しをしようとしてるわけじゃねえよ。純粋にあんな魔法を使えるお前と対戦してみたいだけだ」

いや、絶対仕返しする気だろ!

だが意外にも、赤髪くんは真面目な顔をしている。
だが、応じるわけにはいかない。なぜか昨日俺が魔法を使ったと皆誤解しているが、あれから試してみても全然使えないので、昨日のはおかしな現象だったのだ。

クラウスは助けを求めて先生を探すが、この大人数の中、向こうでも何かトラブルがあるのか、先生の姿は見当たらなくなっていた。

「おい。やるのか、やらないのか、どっちだ」
「…いや、俺は…」

「ひゅう!おい見ろよ。クラウスくんが魔法を使うみたいだぜ」

その時、周りにいた生徒たちが気づいたのか、段々集まってきて口々に囃し立てる。
いつの間にか、クラウスは赤髪くんと皆が囲む円の中心で向い合う形になって、いよいよ対戦しなければ逃げられないようになってしまった。

「昨日みたいにやればいいだけだぜ。手加減しないでくれよ?」

赤髪くんは闘志をみなぎらせた目でクラウスを見つめる。

「いくぞ!」

赤髪くんが手をかざすのが見え、クラウスは慌てた。

どうしよう!

それは本当に一瞬のことだった。
彼の放った何かの玉がクラウス目掛けて飛んできて、クラウスは簡単に吹っ飛ばされた。
一応飛んでくる前に頭を庇うように両手を構えたが、当然、その手から魔法が出てくることはなかった。
クラウスは宙を一回転したかのように感じ、ぎゅっと目をつむる。次に感じたのは、背中への衝撃と激痛だった。結構吹っ飛ばされたらしい。

「っぐ」

クラウスはうめき声をあげ、情けない格好で地面に這いつくばった。

「っな、なんで防御しないんだ!」

赤髪くんが焦ったような声を出したので、てっきり嘲笑されると思っていたクラウスは不思議になる。
周りの生徒たちは、中には情けなくも一発でやられたクラウスを笑う者もいれば、動揺した声もを出す者もいた。魔法を使うことに慣れている彼らは、防御魔法すら出さなかったクラウスを見て戸惑っているようだ。

「おい!何をしている!」

その時、遠くから慌てて先生が駆けてきて、クラウスを見つけると立ち上がらせる。
まだ背中がズキズキ痛むクラウスは、よろけた。

「マシュー、君は後で私のところへ来なさい。シリル!彼を医務室まで送っていくように」

先生は一瞬で状況を理解したのか、マシューと呼ばれた赤髪くんをクラウスから離した。

クラウスは、やってきたシリルに手をかしてもらいながら、医務室へ向かう。皆の目に何が浮かんでいるのか見るのが怖くて、クラウスはひたすら地面を見つめてその場を離れた。
隣のシリルは何も言わずにクラウスを支えて歩いている。

「あ、ありがとうな」

医務室に着いたクラウスは、手をかしてくれたシリルに礼を言った。シリルは早々に医務室から出ようとしていたが、少し目を見開くと、そっけなく「いや…」と言った。

「あら、ひどい痣ね。訓練中に怪我したのかしら?」

医務室には気の良さそうなおばさんがいて、手当をしてくれた。
どうやら手加減なしにがっつり食らったらしい。思ったより多くの打撲痕がついていた。

やっぱり仕返ししたかったんじゃないか…

クラウスは何度目か分からないため息を心の中でついた。

「じゃ、ちょっと温かくなるわよ~」

おばさんはそう言うと、手をかざしてくる。体全体がほわほわ~とした何かに包まれ、治癒魔法をかけられていることが分かった。
一瞬で体の傷も消え、痛みもなくなる。

す、すごい。

クラウスは目を輝かせておばさんを見た。

魔法を使えるようになるなら、絶対、治癒魔法がいい!こんなすごいことができるなんて!

おばさんはそんなクラウスの様子を目を丸くして見ていると、にっこり笑った。

「あら~なんて新鮮に驚いてくれるのかしら!今時こんな純粋な子見たことないわ!ちょこっと魔法使っただけなのに何だか嬉しいわね~」

あ…
この世界では治癒魔法は当たり前のことだった。
クラウスは自分の間抜けな反応に恥ずかしくなって顔を赤くする。

「まぁ、なんて可愛い子なの!あなたクラウスくんよね?急に学園に入学して大変だと思うけれど、何かあったら気軽に医務室に来てね」

おばさんはなぜかクラウスをいたく気に入った様子でニコニコと言った。
クラウスも人の優しさに触れて、心が温まるのを感じた。

そんな様子を、シリルが驚いたように見ていたのをクラウスは知らなかった。







それから赤髪くん──マシューはクラウスに絡んでくることはなくなった。
と言っても、相変わらずクラウスに話しかけてくる生徒は居なかった。

しかし、そんな中、すぐに思いもよらないことが起きた。

カタ。

いつものようにクラウスが食堂の隅で1人で食べていると、今まで誰も座らなかった隣に、誰かが座った。

はっと顔をあげたクラウスはびっくりする。
なんと、隣に座ってきたのは、赤髪くん──マシューだった。マシューは、きつく眉をひそめながらも、チラッとこちらを見る。

ん?!

また何か言われるんだろうか。
そう思い、クラウスは自然と身構える。
そんな様子を見たマシューは、罰が悪そうに首の後ろに手を当て何やら葛藤していると、思い切ったように口を開いた。

「…あー、その、この間のことで…」

クラウスの体をチラッと見て、言い淀む。

「…この間は、いきなり対戦させて怪我もさせて悪かった。それ以前も…俺たちから暴言吐いたのに、お前のせいにしちまって…あの時のお前の攻撃は正当防衛だと思う。悪かった」

そう言いながら、頭を下げてくる。

クラウスは目を見張った。
彼はそのままずっと頭を上げないので、クラウスは慌てて声をかける。

「分かった。分かったから、顔を上げてくれ。……今の言葉はちゃんと受けとった。俺も…魔法を出したつもりはなかったんだが、結果的に怪我した君たちを放置して悪かったし」
「…いや…お前が謝る必要はねえ」
「これからやらないでくれたら、それでもういいよ」

マシューは複雑そうな顔をした。
その後は、マシューの後からおずおずと来た、いつかのマシューの取り巻きの生徒たちも、クラウスに謝ってきた。やっぱり、話を聞いてみると、彼らの中には10年前の”ゼト事件”で親を亡くした子たちがいた。俺の容姿を見て、ゼトを連想したと。それでも差別し酷い暴言を言った、と彼らは謝ったが、クラウスはもう許した。
クラウスはむしろ、ほっとしていた。生徒と、初めてまともに話せたのだ。
マシューはそっけないながらも、それからもクラウスを避けることはしなくなった。



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