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 〈アラン視点〉

『ミッドシティ』では、ジャックが一緒に住もうと言ってくれたが、アランは『ミッドシティ』の城に最年少で勤めることにした。

 ここで初めて、アランは自分が勇者であることを知った。
 元々、両親からは"勇者"とは言われなくても、特別な力があることは教えられていた。痣が特別な意味を持つことも。しかし、"勇者"がどういうものなのか、アランはまだ知らなかったのだ。

「そなたは、伝説の『光の勇者』じゃな。こうして出会えるとは思わなかった。歓迎するぞ。そなたは、若いながらも凄い力がある。この城で働きたいというならば、その力が伸ばせるよう、環境を整えよう」

 と、『ミッドシティ』の王は、アランが訪れた時にそう言った。

「光の勇者…?」

 アランは、そこから、城中の本を読んで勇者について調べた。自分とは何か、知りたかったのだ。

 『勇者は、世界に脅威が訪れた時、生まれる。その胸には、剣型の痣がある。』
 
 自分が勇者である、紛れもない事実だった。そして、同時にアランはある考えに思い至った。

 自分が居たから、村は攻撃されたのだと。世界を脅威に陥れる存在は、勇者である自分を排除しようとするはずだから…。

 それに気がついた時、アランは村を出てから初めて声もなく泣いた。そして、こんな自分の方が居なくなればいい、と、思った。しかし、同時に頭に響いたのは、家族の声だった。

「あなたには、沢山の人を助けられる、そんな素敵な力があるのよ」
「そうさ。だから、力が大きすぎても、そんな自分を嫌いにならないで。どんなことがあっても、お前は俺たちの大事な息子だ」
「お兄ちゃんのまほう、わたし大好き!お花を元気にしてくれるし、けがも治せるもん!」

 そうだ。俺は、勇者なんだ。

 俺は多くの人を助けられる、この力が好きだ。もう悲しいことが起こらないよう、悪と戦うと決意したではないか。

 この時から、アランは人が変わったように訓練に打ち込み、努力を重ねた。

 しかし、アランが勇者だと知った周りは、アランの努力や思いは見ずに、能力だけを見た。そして、"勇者である"ことをアランに背負わせた。それは、じわじわとアランの心に重くのしかかった。

「流石、勇者は違うなぁ」
「勇者だから、こんなことできて当たり前だよね」
「俺だって強いんだぞ!お前は勇者だから、何の努力もせず勝てるんだろう」

 周りの兵士たちの中には、最年少のアランを僻む者もいた。

 それは、剣士学校に入った時も同じだった。
 皆の憧れの的。純粋に慕ってくれているのも伝わったし、とても嬉しかった。だが、同時に、皆が見ているのは自分の外側だけではないかという、そんな思いは消えることはなかった。
 ジャックだけは違った。彼は、勇者であるとか、勇者でないとか関係なく、昔と同じように接してくれた。


 ──そんな中、彼に出会ったのだ。


 カイを初めて見たのは、剣士学校での最初の試合だった。

キィン

 と音を立てて、相手の剣を弾き飛ばしたのは、少し細身の、黒髪がさらりとした青年だった。上げた顔は、若干暗い雰囲気で、その黒い瞳は鋭かった。
 彼は強かった。その身のこなしはしなやかで、見惚れるものがあった。女の子たちも、黄色い声をあげたが、彼の表情はピクリとも動かなかった。

「アイツ、俺と同じクラスの奴だぜ。誰ともつるまないし、少しも笑わないんだよ。話しかけても無視するし、近寄りがたい雰囲気なんだよなー」
「カイだろ?冷徹って感じだよな。アイツの噂聞いたことあるよ。どうやら、ヤバい連中と仲間らしいぜ。なにせ魔王と同じ闇属性だからな。いつか俺たちも襲われるんじゃねぇか~?」

 周りがそうヒソヒソ話す声が聞こえた。

 カイって名前なんだな。

 そして、闇属性。確かに、剣士には珍しい属性だ。闇属性のほとんは、魔王の住む『ノースランド』にいる者だけだ。カイは、どこから来たのだろう。彼はとても強い。表情を崩さず、その繰り出す技は容赦がなかった。…まるで感情がないかのように。

 そんな彼は、すぐに学校で孤立してしまった。皆、彼を避け、時々陰口を言っているのを耳にした。
 アランはそういう雰囲気が嫌いだった。お互い強いためよく授業が一緒になるので、話しかけようとしたことは何度もあった。しかし、カイはアランを見ると、いつもの無表情を崩し敵意のある目つきで睨んでくるため、アランは話しかけられずにいた。

 俺は彼に何かしたのだろうか。

 最初、彼の戦う姿に見惚れてからいつか話してみたいと思っていたため、嫌われていることはショックだった。

 俺は、完璧に"勇者である"ことを貫いている。皆の理想の姿──弱みを見せず、いつも強く優しくある姿を。だから、俺のことを嫌う人は今までいなかった。
 だがカイだけは、何の接点がない時からアランを強く嫌っているようだった。
 そこから、アランはカイをよく観察するようになった。最初は別に、変わっているカイのことが気になっていただけだった。
 
──しかしある時。

 それは、皆が起きてこない早朝、いつもの日課で、アランは1人で剣の練習をしていた時だった。
 勇者が努力するはずがない。皆の理想が崩れるのが怖くて、誰にも見られない時間にひっそりと毎日訓練していたのだ。

ガサリ。

 と背後で音がして、俺はハッと振り返った。誰かに見られたことに心臓がバクバクする。

 そこに居たのは、カイだった。相変わらず、鋭い目つきで俺を睨んで立っている。

「──えっと、ここ使う?ちょっと練習したかっただけだから」

 勇者が練習なんかするのか?
 出てくるだろう辛辣な言葉を想像して、アランは少し俯いた。

「…別にそのまま使えばいい」

 初めて、カイの声を聞いた気がする。アランの耳には、その言葉と共に新鮮に流れ込んできた。

「…勇者が練習って、情けないし変だよね」

 どうしてこんなことを言ったのか。今でも分からないが、アランは自分の心をさらけ出したかったのかも知れない。

「…練習するのは変じゃないだろう。お前強くなりたいんだろ。毎日そうやって訓練してるから」

 アランはハッと顔を上げてカイを見た。
 
 俺の弱い部分を知って、そのまま受け止めてくれた。例えようもない嬉しさが、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。一瞬周りから何もかも消え、カイだけが目に映った。そして、今まで感じたことのない熱い思いが駆け巡るのを感じた。



 きっとこの時、俺は彼のことをもう好きになっていたのだろう。



 アランは声をかけようと思ったが、もうその時にはカイは背を向けて去って行ってしまった。
 後から分かったことだが、カイも毎日毎日訓練していたようだった。一匹狼のようで最初から強かったカイも、陰ながら努力していることを知り、アランはまた胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。

 それから、アランはカイのことを見つめ続けて、分かったことがある。
 
 無表情に見えるカイの、その目の奥には寂しさが見えること。
 機械か人形のように感情がないように見えるのが、違和感があること。
 そして時々、大きな人が背後から来ると少し怯えたように僅かにビクリとすること。

 カイには、何か暗い過去があるのではないか、とアランが思うのにはそう時間が掛からなかった。
 アランはカイへの想いを募らせ、誰かに相談したくて親友のジャックにはこのことを打ち明けた。ジャックは驚いてはいたが、応援してくれて、機会があれば話しかけるのを手伝うと言ってくれた。こうしてアランは、今日のカイはここが可愛かったとか、ここがカッコよかっただとか、時々ジャックに話し、ジャックは呆れつつもいつも聞いてくれたのだった。

 それから時は過ぎ、ついに剣士学校卒業の試験が終わった時のこと。

 アランは、カイの戦いもちゃんと見ていた。予想通り、一発でモンスターを倒してカッコよかった。
 そのあとすぐ自分の試合が始まり、無事終えた喜びを噛み締めたまま、カイの姿を見かけて、つい声をかけてしまった。

「──カイ、君も試験に合格したんだろ?おめでとう」

 それから一言二言話しただけだったが、アランはいつもより会話ができて天にも昇る思いだった。
 しかし、後から考えてみると、この時のカイはいつもと様子が違った。
 
 まるで、何か憑き物が落ちたかのように、その瞳には生命力があった。
 カイに、何かあった…?

 この考えは、その後どんどん強くなる。
 それから順調にカイと交流を重ね、ついに同じパーティになることができた。カイを陥れようとした者たちには、また稀にみる激しい怒りが湧いたが、もうカイを自分が目の届くところに連れてこれたので安心している。
 少しずつ親しくなってきたカイは、毎日可愛くて愛おしさが爆発しそうだった。
 カイは変わった。確実に。それは、俺を見る目に1番表れていた。今は、穏やかで優しい眼差しで見つめてくるのだ。心臓がドキドキするので、やめて欲しくないけどやめて欲しい。
 そして、カイは同年代より少し大人びていて落ち着いていた。話していると、年上の人と話しているみたいだ。同い年のはずなのに。でも俺たちは何となく波長が合う気がして、隣にいると居心地が良かった。ジャックも、そんな俺たちをまるで親のように応援してくれているのが分かる。
 
 この旅は魔王を倒す大事な旅だが、ずっと好きだったカイと一緒に過ごせるのは夢のようだった。

 つい先日は、俺にとって記憶に残るものとなった。
 『水の都』でクララと出会い、ジャックの協力もあり俺はカイと2人でお祭りを楽しむことができた。俺はデートと呼んでいる。ジャックもクララに一目惚れしたのは明白だったので、2人が一緒に過ごせたのも良かった。

 その後だ。カイがずっと食べたそうにしていたアイスクリームを買い、食べていた時。カイが笑ったのだ。眉を下げたへにゃっとした笑みに、心臓を射抜かれた。初めて見るカイの笑顔は破壊的だった。守りたいこの笑顔。俺はこのカイの笑顔を一生忘れることはないと思う。

 毎日毎日、どんどんカイを好きになる。自分でも驚くほどだ。こんなに人を愛おしいと思ったことはない。

 旅が終わったら、俺はカイに想いを伝えるつもりだ。そして、叶うならずっと一緒に居たい。

 カイが自分をそういう意味で好いてくれるかはまだ分からないが、どちらにせよ、俺は全力でカイを口説いて落とすと決めていた。



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