精霊の加護がありますように〜The castle like a gorgeous prison〜

第一章 旅立ち

#20 騒がしい城内

　リュシファーは目が覚めて、時計を見る。
　時刻は、十八時三十分だ。
　二時間程眠ってしまっただろうか。
　夢だったのかと思えたら、どんなに良かっただろうか――。
（盟約の話も、ミグにそれを話したことも、ダムルニクス公国へ出立するのが明日だということも、全て現実なんだよな……。明日……か……）
　入浴するため部屋を出て、浴室へと廊下を進みながら、明日の予定を整理する。


　ダムルニクス公国は、ルーセスト大陸南西部に位置し、大陸南東にあるエンブレミア王国から見ると西側に位置する島国である。
　ルーセスト大陸南部から南西部にかけての海岸沿いには、高い山々が連なっているため、大陸西の海沿いにある船着場か、エンブレミア王国から少し南に行ったところにある船着場から船に乗っていく必要がある国だ。エンブレミア王国から行くなら、王国南の船着場から大陸南のクレール海域をぐるっと南西部にある公国の方へと回っていくことになるだろう。
　船着場までは馬車で二日、船着場からダムルニクス公国までは三日ほだと予想される。
　
　ダムルニクス公国へは、国王、王妃、宰相、護衛兵数名、執事、侍女、それからレティシア達とリュシファーで向かい、第一王子エルトは国王代理として国王の留守を預かるようだ。

　明朝二十日出発、二十二日午後に船着場到着。
　二十五日の午後から夕方までには到着予定。生誕祭の日であるバカ姫達の誕生日は、双子の月二十八日のようだ。誕生祭までは公国の王子達により街を観光したり、歴史的建造物や博物館などに足を運んだり、その他、海へ森へと遊びに行く計画のようだ。　
（何も知らずに……）

　ミグ様が言っていた。

『――レティって結構人見知りでさ、その……幼い頃のこともあって警戒心が強くなっちゃったのかもしれないけど、多分、気を許しても良い相手かどうか、わからない内は強がってばかりいてさ。ましてや、弱い部分なんて見せたくなくて、泣いてるのなんて絶対に見られたくないわけ。だからこそ思うんだけど、最近、その数少ないレティが気を許せる相手が増えて、兄として嬉しいよ……リュシファー』
『……いや、俺は気を許されてなど――』
『そう？　レティ、泣くの……何回か見てるよね？　例えば、あのやりすぎた魔法制御の特訓の日のこととか……』
『う、お前……もしかして尾けていたのか？』
『あはは、察しが良いね。でも少し違うかな。正確には尾けさせて、動向を全て報告するよう指示しただけ。ほら、誰も城にいなくなったら、探されるでしょ？　俺は残るべきだと思ってね。でも、驚いたなぁ。レティを街中で堂々と抱き寄せて、レティを泣かせたんだって？』
『ひ……人聞きの悪い言い方するな。俺はただ、あんなことがあった後だというのに、泣くのを我慢し続けているのが見ていられなくて、泣かせてやろうとだな……』
『あはは、わかってるよ。それでも気を許してもいい相手じゃなかったら、多分、慰めるのは俺の役目になってた筈だ。レティがお前の腕の中でちゃんとわんわん泣いたのは、お前のことを認めたってことだ。本人は不服かもしれないけどな。初日の印象が相当悪かったんだろうけど……』
『全く……。印象が悪いのはお互い様だとは思うが……初日の件は、むしろ俺は被害者であるにもかかわらず、ピンチを救ってやったってゆーのに。ま、ムカつく相手に気を許し始めてしまったのは、さぞ屈辱だろうな……』
『ははは……。面倒くさいヤツなんだけど、大目にみてやってくれ』
　――――……

　
　自分に呆れながら浴室へ向かっていると、侍女が二人、前方から少し足早に歩いて来たので会釈した。
　侍女達は会釈を返すと、すぐに行ってしまった。少し緊張した表情とぎこちない微笑みが、不自然な気がして振り返ったが、もう姿がないようだった。
　どことなく違和感は感じながらも、リュシファーは浴室への通路を曲がっていった。

　――――…………

　風呂でも考え事をしてしまったせいか、いつもより長風呂をしてしまった。
　しかし、入浴してリラックスできたせいか、俺は少し気分が落ち着き、考えても仕方がないと結論付けた。
（そう……もう出発は明日。なるようにしかならない）
　浴室を出て通路を歩き廊下に出ると、何やら侍女や執事達がパタパタと忙しそうに動き回っている。そういえば先程も足早に歩く侍女とすれ違った。
「？」
　その侍女や執事の中に、クロードの姿を発見したので声をかける。
「何か騒がしいようですが、何かありましたか？」
「ちょ、ちょうど良いところにっ！　しょ、少々……マズイことになってまして、実は、主君ああぁっ、いいえいえいえ、御二人が、今全員総出で、その……夕食の時間になっても、あぁいえ、とんでもない事に、あぁぁええと――」
「お、落ち着いてくれ。深呼吸して順を追って説明をしてくれ」
　普段取り乱す所を見た事がないクロードが、珍しくわかりやすく取り乱していた。
　これは只事ではないと思わせるには十分だった。
「し、失礼しました。実はですね……」
　クロードは、前置きをしてから俺に事情を耳打ちして来た。

「はぁぁぁ⁉　な、なんだって――!?　どこにもいな――」
「リュ、リュシファー様、しぃぃぃーですって」
　自身の口元に人差し指を当てたクロードに静止され、俺は口を押さえた。
　こくこくと頷いて俺は、クロードから詳細を尋ねた。
「す、すまない……つい……」
　まだ国王陛下や宰相レイモンドには伝えていないが、ミグ様やバカ姫の姿が見えないとのこと。それは、夕食の際に侍女が気付いたようだが、クロードは今日、ダムルニクス公国へと滞在中にできない執務をするため、執務室に籠っていたため、今さっき報告を受けて知ったのだという。
　そして内密に、侍女と執事総動員で手分けして城内を探している最中らしい。

　レティシアの部屋、ミグの部屋、エルトの部屋、手洗い、浴室、空き部屋、東塔西塔中央塔、東棟西棟中央棟の大広間以外の全階層全部屋に城内庭園など、敷地内を隈なく捜索中だというのに、二人が見つかっていないというその事実に、リュシファーは口を押さえたまま、一気に血の気が引いた――。

（し、しまった――――！　やられた……！　ミグが“ひとりで”考えた後、俺のところに何か話にくるのを、のん気に待ち構えている場合ではなかった……！　完全にあの二人を見くびっていた）

　二人が行方不明となった原因は、完全に自分のせいだとリュシファーは罪の意識に苛まれ、倒れそうになった所をクロードに支えられた。
「だ、大丈夫で御座いますか？　えぇ、私も同じく衝撃を受けました。いつも城外にお出になられる時は、私にはひと声かけてくださるようお願いしていましたから、城内にはいらっしゃると思っていましたが、これだけ探してもいらっしゃらないとなると……」
「そ……そうですね。しかし今日は、外は雨が降っています。こんな中、お出になられるとは思いたくありませんが、兵士長にもお伝えしましょう。兵達も総動員で城内を探索して頂いて、見つからなければ……」
「その時は、宰相様にご報告――即ち、陛下のお耳に入れなくてはなりませんね」
「ええ。なるべく陛下に余計な御心痛をおかけしない内に、御二人が見つかることを祈るばかりですね」
「では、また後ほど」
「はい！」
　
　足早に兵士長の元へと歩みを進めていく執事クロードの後ろ姿を見送りながら、リュシファーは髪をかき上げた。
（完全にマズイことになった……おそらく城の中になどすでにいないだろう。二人は今よりずっと前には城を出た筈だ）
　兵士長から宰相レイモンドにこの事実が報告された時点で、陛下は目付け役であるリュシファーを広間へと呼び付けることは明らかである以上、勝手に今、城を出るわけにはいかない。
　今はただ、執事や侍女達、兵によるこの城の極秘捜索の結果を待つしかないのである。

『――リュシファー、目付け役のお前が一体、何をしておった！』

　外の雨足は次第に強くなり、大雨となっていた。
　大雨を降らしている暗雲は空全体を覆い、今夜の天候は大荒れとなるだろう――。
　この、エンブレミア王国の双子……ミグ王子とレティシア王女の失踪騒ぎをきっかけとして、運命の歯車が回り始めたことを、まだ――。リュシファーも、当の本人達も、誰もそれを知らなかった――。

　そして――。二人が一体どこへ失踪してしまったのか――。
　それは本人達以外、誰も知る由もない。