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序章
#13 借りた背中
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レティシアは、変な輩を無視して賑わう商店街エリアへと、歩みを進めていた。
服やアクセサリー、果物や魚、お肉屋、化粧品屋、ジュース屋、雑貨屋、武器屋、防具屋、魔法屋、アイテム屋、冒険者が集う情報交換の場となっているお店など、町中は色々なものがある。
(そろそろ喉が渇いてきたので、どこかで休みたい所だが……)
レティシアは、きょろきょろとカフェを探してみるが、どうやらここにはないようだ。と、前を向き直ると、目前に迫る巡回のエンブレミア兵の姿が目に留まり、レティシアは、慌ててさっと少し屈んで、前の人の背に身を隠した――。
(か、完全にカフェ探しに気を取られていて、油断していた……!)
レティシアは心臓が跳ね上がるほどに驚き、身を隠した誰かの背中の衣類を、思わず強めに掴んでしまっていた。
「?」
その背中を借りた人物が、背中に触れられた人の手の感触に、違和感を感じない筈はない。その人物は、少し顔を横に向けたが、レティシアは気にも留めずに、巡回兵から身を隠すことだけに、意識を向けていた。
この時、その人物が、視線をできるだけ背後に移動させていることにも、レティシアは気付いてはいなかった。
(巡回兵などに見つかれば、確実に父上に報告されるではないか……!)
絶対に、ここで見つかるわけにはいかないのである。
心臓がドキドキと緊張の音を鳴らしていたが、どうやら無事にやり過ごし、巡回兵とすれ違うことができたようだ。
レティシアは、ほっと安堵すると、突然、振り返った背中を借りた人物に、がしっと手を掴まれた――。
「えっ、ちょっ――」
驚いて見上げたレティシアは、レティシアを見下ろす紫色の髪の青年に、にっと微笑まれた。
レティシアは、思わず唖然としていた――。
その間に、その青年の隣にいた銀髪の髪の青年が、レティシアのもう片方の手を掴み、レティシアは二人の顔を交互に見る。
「!?」
兵士にばかり気を取られていたので、気が付かなかったが、レティシアが背中を借りた者は、どうやら二人組だったようだ。
レティシアは両手の自由を奪われ、思いもよらない所で、何者かに捕まってしまったことに青褪める。
(えっ……? えええ? 何? どう……しよう)
困惑の表情を浮かべていると、二人は互いに顔を見合わせて頷いてから、レティシアに向けて微笑みを向けた。
「――安心しろ。なんか、追われてるんだろ? こっちへ――」
「へ?」
紫色の髪の青年が先頭を切って、レティシアの手をぐいっと引いて、人混みを抜けるよう足早に歩き出した。その背後を守るように、銀髪の青年も続く。
「あ、ああ待って――」
「いいからいいから」
「……えぇぇ……どこに……っ」
レティシアは、どんどん人混みをジグザグに進む二人に手を引かれ、どこかに連れていかれていく。
(……な、何が何だかよくわからないが、誘拐……ではないようだな。いや、こんな白昼堂々とあんな人混みの中で、あり得ぬな……とはいえ、なんか勘違いされたみたいだ。でも、どうやら助けてくれようとは、してくれているみたいだから、変な……輩ではないとは思うが……うーん)
レティシアは、別に追われているわけではない。現時点では――であるが……。
仮に城を抜けたことがバレたら、確かにレティシア捜索のために兵が放たれて、レティシアは追われる身となる。しかし、城を抜けたことは、クロードが上手く誤魔化してくれているだろうから、現時点では追われる身ではない筈なのである。
ただし、捜索兵ではない追っ手がいる懸念はあった。それは、リュシファーだ。
特訓の最中に逃げ出したことを、リュシファーは怒っているに違いない。リュシファーが発したひと言が原因で、嫌になって逃げ出したレティシアを探しに、リュシファーは一応、城の中を探す筈だ。
東塔塔上――大体、城の中でレティシアが向かうのはそこだと、リュシファーは知っている。知られているので、西塔塔上に変えてみたことがあるが、それでもリュシファーは『珍しいな』と言って、レティシアを探し当てた。
しかし、そこにもいないとなると、街に降り立ち、血眼になってレティシア捜索に当たるだろう。だとしたら、とてもレティシアが逃げ切れるとは思えない。
(はぁ……そうだった……さっきの巡回兵が、もしアイツだったら、確実に見つかっていた……)
レティシアは、捜索兵百人より恐ろしい人物に追われている身であったことに、深い溜め息を吐いた。
気が付くと、レティシアは、既にどこかの建物の中に連れて行かれていた。
「!」
「よし着いた。ここなら、ここに用事がある者しかいないから、色んな目的の人が溢れてる人混みよりは、安全だぜ」
「ん、ここは……?」
何かの店のような場所だ。冒険者っぽい人達がちらほらといる。酒場だろうか――。
レティシアがキョロキョロとしていると、紫色の髪の青年が微笑んだ。
「んー……冒険者の集いの場は、初めて?」
「つどいの……場?」
レティシアは聞き返した。
冒険の中、魔物を倒して手に入れられる路銀以外にも、このような場で、賞金付きの依頼をこなしたりして路銀を稼いで、更なる地へ冒険の旅に出るようだ。
「ほら、あそこの掲示板にいっぱい紙が貼られているだろう?」
「……本当だ。あれ、全部何かの依頼?」
「そう。飲み物置いてるから、表向きは酒場みたいだけどな。ここをただの酒場だと思って来る奴は、ほぼいない。主な目的は、依頼探し。それと、他の冒険者達と、楽しく飲んで情報交換したりって感じかな。……えっとそれで? 誰かから追われたりでもしてたのか?」
「…………」
何と答えれば良いのか――。
背中に隠れさせて貰っておいて、追われてなどいないと言うのも不自然だ。しかし、正直にエンブレミア兵に見つかりたくなかったと、言うわけにはいかない。正体を明かせない以上、兵に見つかりたくないなどと言うのは、犯罪者以外にいないからだ。
レティシアは、ぎこちなく微笑んだ。
「……言えない――か。ま、急に勝手にこんな所に連れて来られて、警戒もするよな……。でも、これだけは安心して。取って食おうとも、危害を加えようとも、全く思っていない。助けたかっただけなんだ。それに……」
「!」
レティシアは、目を見開いた。目の前の紫の髪の青年の真っ直ぐな視線に、レティシアは息を呑んだ。何を言われるのかと、思った時だった――。
突然、明るい口調で飲み物を運んできた銀髪の青年が、二人のもとに戻ってきた。
「――は~い。お待たせ~。飲み物、テキトーに買ってきた。はい。まだ未成年っぽいから、ジュースにしといたけど、いくつ? いや~随分と可愛い子が困ってるから、思わずアルストと二人で連れてきちゃったけど、大丈夫なのか? なんか狙われてるの? あっ狙われるといえば、そうだ。知ってる? 今、ちょっと物騒な奴が街にいるらしいから気を付けてな。はい、飲んでね」
「レオン、お前な……」
銀髪の青年は、よくペラペラと喋る。レティシアの前に黄色い色のジュースを置き、自分達の所には酒を置いた。
「えと、あ、ありがとう」
レティシアは、喉が渇いていたので、ストローで黄色いジュースを飲んだ。甘く酸味もある果物のジュースだ。
「いきなり、あれこれあれこれと……俺ら、まずは自己紹介からしなきゃだろ? 助けるためとはいえ、強引に連れて来ちゃって、警戒もしてるだろうし。お前が来たら、改めて自己紹介するつもりだったんだ」
アルストと呼ばれた紫色の髪の青年が、レオンと呼んだ銀髪の青年を注意している。
「もうわかってると思うけど、俺はアルスト。で、このうるさいバカがレオン。歳は十九だ――」
「バカとは何だ。バカとはー。バカって言う奴がバカなんだろう? で、いくつ~?」
「レーオーン」
アルストは、冷めた目をレオンに向けると、少し黙るように言っている。
「……ぷっ、あはは。二人、仲良しなんだな」
「「仲良し? コイツと?」」
二人は互いに嫌そうな顔を見合わせている。
「「たーだーのー腐れ縁」」
二人してそっぽを向き、溜め息を吐く所まで、息が合っているというのに、とレティシアは微笑ましく思った。
「え……と、私は――」
その時、クロードの言葉が頭に過ぎる。
『――名は、正直に名乗りませんように……』
街の人に、正体を知られてはならない。
一国の姫君が城下へ、ちょくちょく抜け出していることが知られ、何か事件にでも巻き込まれては、一大事だということも、基本事項として言われていた。
レティシアは溜め息を吐くと、何か偽名を探す。
「――え、えーと……その、レ……シル。そう、レシル。歳は十五」
偽名を探していた筈なのに、自分の名前を名乗りかけ、最初の一文字を言ってしまったので、レティシアはそこから咄嗟に偽名を作り上げた。
「そ、そうなんだ。レシルかぁ。若いなぁ、うんうん」
レオンがそう言っている中、アルストは眉を顰めた後、レオンに顔を向けた。レオンは、アルストに静かに首を横に動かした。
(う……まずい……何か怪しまれている……)
自分で振り返っても、確かに違和感しかない言い方をしている。しかし、本当の名を名乗るわけにはいかない。レティシアは、誤魔化そうと苦笑を浮かべるしかない。
「えっと……なんか今――」
「――こら、アルスト。良いじゃねーか、名前が偽名だろーが何だろーが。追われてるのもそうだし、レシルには、何か事情があるんだって。レシルが本当は『レシル』じゃなくても、レシルが俺達に『レシル』って名乗った時点で、俺達にとってレシルは『レシル』なんだから。これ以上、深く触れてやるな」
「…………」
思いっきり、レオンにもアルストにも、偽名だとバレているようだ。レティシアはぎこちなく微笑みを浮かべると、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「っ……」
レオンに言われ、アルストは溜め息を吐くと、レティシアに謝った。
「い、いや俺が悪かった。そうだな。深く追及すべきじゃなかった」
「そんなこと……悪いのはこちらだ。レオンの言う通り、偽名だ――という事は白状する……でも、ごめんなさい。本名を教えるわけには……っ助けてくれたのに……ごめ――」
「――はは、だから良いって。無理に言わなくて良いよ。……レシルでいいよ。う~ん。でも、レシル……一応、老婆心から忠告してあげるけど、偽名を使いたいんだったら、もう少し上手く名乗らないとな。今みたいにすぐに気付かれるぞ?」
「……そ、そうだな。気を付けよう」
「ところで、レシルは、このエンブレミア出身? 俺達は、そうじゃなくて、ウェノム大陸のドレントって町から旅に出てて。今は、ちょっと路銀を稼ごうと思って、依頼をこなしたりしてて、この国に滞在中ってわけ」
アルストは魔法使い、レオンは短剣使いらしく、二人はとある目的のため、旅をしているのだと話した。
「……へぇ、旅か。きっと、わくわくするのだろうな。私は……この国から出たこともなければ、滅多にひとりでこうして街を歩いたりすることすら、許されていないくらいだ……」
二人が沈黙の後、顔を見合わせている。首を傾げてレオンが言う。
「んー……許されていない……のに、何故ここに? ひょっとして……今、街にいるのは――」
「(……も、もちろん、ナイショだ)」
レティシアは唇に人差し指を立て、小声で言った。
「!」
ちょうど飲み物を飲もうとしていた所だったようで、アルストは気管に入ってしまったらしい。ごほごほと激しく咳込んだ。
「(はぁ……ごほっ、レ、レシル? 嘘だろ、どっかの箱入りお嬢様じゃ……って驚いて、つい咽せた。ってことは、隠れたのも家の人間ってこと?)」
「(……ま、まあ)」
「(おいおい……お、怒られるんじゃないのか?)」
「(当然……。ただ、少しの間でも良いから、ちょっと……逃げ出したくなって……だって……あんな……言い方…………っ)」
目に涙がじわっと浮かぶ。レティシアは自分の悩みが、自然に口から出ていってしまうように、気付けば二人に話し始めていた。勿論、詳細は避け、当たり障りのない言い方に留めた。
誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。
二人は、自分の正体を知らない初対面の相手だ。もう二度と、会うことなんてないのかもしれない。しかし、だからこそ、話せることもあるのかもしれない。
「――それで、もう、なんか……っ何もかも……嫌になっちゃって……っひっく……」
「そうか……。よしよし、偉いぞ、レシルは。できないことを諦めずに、克服しようとしてるんだな。いや、偉いじゃないか。今は上手くいかなくても、その悔しい気持ちがあれば、いつかできるようになるさ……。それとも、本当にもうイヤなら……俺達と逃げるか?」
「「……え?」」
服やアクセサリー、果物や魚、お肉屋、化粧品屋、ジュース屋、雑貨屋、武器屋、防具屋、魔法屋、アイテム屋、冒険者が集う情報交換の場となっているお店など、町中は色々なものがある。
(そろそろ喉が渇いてきたので、どこかで休みたい所だが……)
レティシアは、きょろきょろとカフェを探してみるが、どうやらここにはないようだ。と、前を向き直ると、目前に迫る巡回のエンブレミア兵の姿が目に留まり、レティシアは、慌ててさっと少し屈んで、前の人の背に身を隠した――。
(か、完全にカフェ探しに気を取られていて、油断していた……!)
レティシアは心臓が跳ね上がるほどに驚き、身を隠した誰かの背中の衣類を、思わず強めに掴んでしまっていた。
「?」
その背中を借りた人物が、背中に触れられた人の手の感触に、違和感を感じない筈はない。その人物は、少し顔を横に向けたが、レティシアは気にも留めずに、巡回兵から身を隠すことだけに、意識を向けていた。
この時、その人物が、視線をできるだけ背後に移動させていることにも、レティシアは気付いてはいなかった。
(巡回兵などに見つかれば、確実に父上に報告されるではないか……!)
絶対に、ここで見つかるわけにはいかないのである。
心臓がドキドキと緊張の音を鳴らしていたが、どうやら無事にやり過ごし、巡回兵とすれ違うことができたようだ。
レティシアは、ほっと安堵すると、突然、振り返った背中を借りた人物に、がしっと手を掴まれた――。
「えっ、ちょっ――」
驚いて見上げたレティシアは、レティシアを見下ろす紫色の髪の青年に、にっと微笑まれた。
レティシアは、思わず唖然としていた――。
その間に、その青年の隣にいた銀髪の髪の青年が、レティシアのもう片方の手を掴み、レティシアは二人の顔を交互に見る。
「!?」
兵士にばかり気を取られていたので、気が付かなかったが、レティシアが背中を借りた者は、どうやら二人組だったようだ。
レティシアは両手の自由を奪われ、思いもよらない所で、何者かに捕まってしまったことに青褪める。
(えっ……? えええ? 何? どう……しよう)
困惑の表情を浮かべていると、二人は互いに顔を見合わせて頷いてから、レティシアに向けて微笑みを向けた。
「――安心しろ。なんか、追われてるんだろ? こっちへ――」
「へ?」
紫色の髪の青年が先頭を切って、レティシアの手をぐいっと引いて、人混みを抜けるよう足早に歩き出した。その背後を守るように、銀髪の青年も続く。
「あ、ああ待って――」
「いいからいいから」
「……えぇぇ……どこに……っ」
レティシアは、どんどん人混みをジグザグに進む二人に手を引かれ、どこかに連れていかれていく。
(……な、何が何だかよくわからないが、誘拐……ではないようだな。いや、こんな白昼堂々とあんな人混みの中で、あり得ぬな……とはいえ、なんか勘違いされたみたいだ。でも、どうやら助けてくれようとは、してくれているみたいだから、変な……輩ではないとは思うが……うーん)
レティシアは、別に追われているわけではない。現時点では――であるが……。
仮に城を抜けたことがバレたら、確かにレティシア捜索のために兵が放たれて、レティシアは追われる身となる。しかし、城を抜けたことは、クロードが上手く誤魔化してくれているだろうから、現時点では追われる身ではない筈なのである。
ただし、捜索兵ではない追っ手がいる懸念はあった。それは、リュシファーだ。
特訓の最中に逃げ出したことを、リュシファーは怒っているに違いない。リュシファーが発したひと言が原因で、嫌になって逃げ出したレティシアを探しに、リュシファーは一応、城の中を探す筈だ。
東塔塔上――大体、城の中でレティシアが向かうのはそこだと、リュシファーは知っている。知られているので、西塔塔上に変えてみたことがあるが、それでもリュシファーは『珍しいな』と言って、レティシアを探し当てた。
しかし、そこにもいないとなると、街に降り立ち、血眼になってレティシア捜索に当たるだろう。だとしたら、とてもレティシアが逃げ切れるとは思えない。
(はぁ……そうだった……さっきの巡回兵が、もしアイツだったら、確実に見つかっていた……)
レティシアは、捜索兵百人より恐ろしい人物に追われている身であったことに、深い溜め息を吐いた。
気が付くと、レティシアは、既にどこかの建物の中に連れて行かれていた。
「!」
「よし着いた。ここなら、ここに用事がある者しかいないから、色んな目的の人が溢れてる人混みよりは、安全だぜ」
「ん、ここは……?」
何かの店のような場所だ。冒険者っぽい人達がちらほらといる。酒場だろうか――。
レティシアがキョロキョロとしていると、紫色の髪の青年が微笑んだ。
「んー……冒険者の集いの場は、初めて?」
「つどいの……場?」
レティシアは聞き返した。
冒険の中、魔物を倒して手に入れられる路銀以外にも、このような場で、賞金付きの依頼をこなしたりして路銀を稼いで、更なる地へ冒険の旅に出るようだ。
「ほら、あそこの掲示板にいっぱい紙が貼られているだろう?」
「……本当だ。あれ、全部何かの依頼?」
「そう。飲み物置いてるから、表向きは酒場みたいだけどな。ここをただの酒場だと思って来る奴は、ほぼいない。主な目的は、依頼探し。それと、他の冒険者達と、楽しく飲んで情報交換したりって感じかな。……えっとそれで? 誰かから追われたりでもしてたのか?」
「…………」
何と答えれば良いのか――。
背中に隠れさせて貰っておいて、追われてなどいないと言うのも不自然だ。しかし、正直にエンブレミア兵に見つかりたくなかったと、言うわけにはいかない。正体を明かせない以上、兵に見つかりたくないなどと言うのは、犯罪者以外にいないからだ。
レティシアは、ぎこちなく微笑んだ。
「……言えない――か。ま、急に勝手にこんな所に連れて来られて、警戒もするよな……。でも、これだけは安心して。取って食おうとも、危害を加えようとも、全く思っていない。助けたかっただけなんだ。それに……」
「!」
レティシアは、目を見開いた。目の前の紫の髪の青年の真っ直ぐな視線に、レティシアは息を呑んだ。何を言われるのかと、思った時だった――。
突然、明るい口調で飲み物を運んできた銀髪の青年が、二人のもとに戻ってきた。
「――は~い。お待たせ~。飲み物、テキトーに買ってきた。はい。まだ未成年っぽいから、ジュースにしといたけど、いくつ? いや~随分と可愛い子が困ってるから、思わずアルストと二人で連れてきちゃったけど、大丈夫なのか? なんか狙われてるの? あっ狙われるといえば、そうだ。知ってる? 今、ちょっと物騒な奴が街にいるらしいから気を付けてな。はい、飲んでね」
「レオン、お前な……」
銀髪の青年は、よくペラペラと喋る。レティシアの前に黄色い色のジュースを置き、自分達の所には酒を置いた。
「えと、あ、ありがとう」
レティシアは、喉が渇いていたので、ストローで黄色いジュースを飲んだ。甘く酸味もある果物のジュースだ。
「いきなり、あれこれあれこれと……俺ら、まずは自己紹介からしなきゃだろ? 助けるためとはいえ、強引に連れて来ちゃって、警戒もしてるだろうし。お前が来たら、改めて自己紹介するつもりだったんだ」
アルストと呼ばれた紫色の髪の青年が、レオンと呼んだ銀髪の青年を注意している。
「もうわかってると思うけど、俺はアルスト。で、このうるさいバカがレオン。歳は十九だ――」
「バカとは何だ。バカとはー。バカって言う奴がバカなんだろう? で、いくつ~?」
「レーオーン」
アルストは、冷めた目をレオンに向けると、少し黙るように言っている。
「……ぷっ、あはは。二人、仲良しなんだな」
「「仲良し? コイツと?」」
二人は互いに嫌そうな顔を見合わせている。
「「たーだーのー腐れ縁」」
二人してそっぽを向き、溜め息を吐く所まで、息が合っているというのに、とレティシアは微笑ましく思った。
「え……と、私は――」
その時、クロードの言葉が頭に過ぎる。
『――名は、正直に名乗りませんように……』
街の人に、正体を知られてはならない。
一国の姫君が城下へ、ちょくちょく抜け出していることが知られ、何か事件にでも巻き込まれては、一大事だということも、基本事項として言われていた。
レティシアは溜め息を吐くと、何か偽名を探す。
「――え、えーと……その、レ……シル。そう、レシル。歳は十五」
偽名を探していた筈なのに、自分の名前を名乗りかけ、最初の一文字を言ってしまったので、レティシアはそこから咄嗟に偽名を作り上げた。
「そ、そうなんだ。レシルかぁ。若いなぁ、うんうん」
レオンがそう言っている中、アルストは眉を顰めた後、レオンに顔を向けた。レオンは、アルストに静かに首を横に動かした。
(う……まずい……何か怪しまれている……)
自分で振り返っても、確かに違和感しかない言い方をしている。しかし、本当の名を名乗るわけにはいかない。レティシアは、誤魔化そうと苦笑を浮かべるしかない。
「えっと……なんか今――」
「――こら、アルスト。良いじゃねーか、名前が偽名だろーが何だろーが。追われてるのもそうだし、レシルには、何か事情があるんだって。レシルが本当は『レシル』じゃなくても、レシルが俺達に『レシル』って名乗った時点で、俺達にとってレシルは『レシル』なんだから。これ以上、深く触れてやるな」
「…………」
思いっきり、レオンにもアルストにも、偽名だとバレているようだ。レティシアはぎこちなく微笑みを浮かべると、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「っ……」
レオンに言われ、アルストは溜め息を吐くと、レティシアに謝った。
「い、いや俺が悪かった。そうだな。深く追及すべきじゃなかった」
「そんなこと……悪いのはこちらだ。レオンの言う通り、偽名だ――という事は白状する……でも、ごめんなさい。本名を教えるわけには……っ助けてくれたのに……ごめ――」
「――はは、だから良いって。無理に言わなくて良いよ。……レシルでいいよ。う~ん。でも、レシル……一応、老婆心から忠告してあげるけど、偽名を使いたいんだったら、もう少し上手く名乗らないとな。今みたいにすぐに気付かれるぞ?」
「……そ、そうだな。気を付けよう」
「ところで、レシルは、このエンブレミア出身? 俺達は、そうじゃなくて、ウェノム大陸のドレントって町から旅に出てて。今は、ちょっと路銀を稼ごうと思って、依頼をこなしたりしてて、この国に滞在中ってわけ」
アルストは魔法使い、レオンは短剣使いらしく、二人はとある目的のため、旅をしているのだと話した。
「……へぇ、旅か。きっと、わくわくするのだろうな。私は……この国から出たこともなければ、滅多にひとりでこうして街を歩いたりすることすら、許されていないくらいだ……」
二人が沈黙の後、顔を見合わせている。首を傾げてレオンが言う。
「んー……許されていない……のに、何故ここに? ひょっとして……今、街にいるのは――」
「(……も、もちろん、ナイショだ)」
レティシアは唇に人差し指を立て、小声で言った。
「!」
ちょうど飲み物を飲もうとしていた所だったようで、アルストは気管に入ってしまったらしい。ごほごほと激しく咳込んだ。
「(はぁ……ごほっ、レ、レシル? 嘘だろ、どっかの箱入りお嬢様じゃ……って驚いて、つい咽せた。ってことは、隠れたのも家の人間ってこと?)」
「(……ま、まあ)」
「(おいおい……お、怒られるんじゃないのか?)」
「(当然……。ただ、少しの間でも良いから、ちょっと……逃げ出したくなって……だって……あんな……言い方…………っ)」
目に涙がじわっと浮かぶ。レティシアは自分の悩みが、自然に口から出ていってしまうように、気付けば二人に話し始めていた。勿論、詳細は避け、当たり障りのない言い方に留めた。
誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。
二人は、自分の正体を知らない初対面の相手だ。もう二度と、会うことなんてないのかもしれない。しかし、だからこそ、話せることもあるのかもしれない。
「――それで、もう、なんか……っ何もかも……嫌になっちゃって……っひっく……」
「そうか……。よしよし、偉いぞ、レシルは。できないことを諦めずに、克服しようとしてるんだな。いや、偉いじゃないか。今は上手くいかなくても、その悔しい気持ちがあれば、いつかできるようになるさ……。それとも、本当にもうイヤなら……俺達と逃げるか?」
「「……え?」」
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