契約更改

Enfance finie

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交渉開始

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「とうとう来たか」
ここに、結婚3年目を終えようとしている夫婦が1組いる。

山田武史たけしと妻の好美よしみは、婚姻届を提出する際、1つだけ取り決めをした。

それは、夫婦のマンネリ化を防ぎ、緊張感や思いやりを持って相手に接することが出来るよう、1年単位で婚姻の契約を結ぶというもの。契約交渉次第で、単年契約か複数年契約か決まる様は、さながらプロスポーツ選手のようだ。

契約交渉では、これまで自分が家庭に貢献した実績や、逆に相手が家庭に貢献した実績を吟味し、契約年数や家庭での役割などが決まる。交渉が決裂すれば、何度かの交渉を持った後に別居となる。

婚姻届提出時、最初の契約はひとまず複数年契約とした。3年の生活態度を見て、単年契約ないし複数年契約を結ぼうという話で落ち着いた。

そして、いよいよ契約最終年も残り1週間と差し迫った今日。
遂に1回目の契約更改交渉を迎え、定刻の午後21時、ひっそりとしたリビングで2人の初会合が始まった。

武史の希望は、5年の複数年契約。
そろそろ子供も欲しいし、家庭では安らぎが欲しい。単年契約では心が休まらないので、家でくつろげないと主張。

一方、好美の希望は、単年契約。
複数年契約にして、おざなりになるのが怖い。お互いがいつまでも努力する関係でいたいと主張。

この共働きの夫婦は子宝にこそ恵まれなかったものの、特に相手に不満を感じることもなく過ごしてきた。2人とも年齢は今年で30歳。何かを変えるにはそろそろなお年頃になってきている。

「武史、複数年契約を提示してくれたことは嬉しいわ。それだけ評価してくれているということだもの。でも、私は1年1年を大事にしたい。だから単年契約でお願い。」
「好美、単年契約にしなくても、僕は変わらないよ。」
「いえ、人は飢餓感や恐怖感が無いとどんどん怠けてしまうものよ。これは別に、あなたを信用していない訳ではなくて、人の習性上の問題なのよ。」
「じゃあ、間を取って2年契約にしないか?2年なら中だるみや間延びもしないだろう?」
「そうね。まぁ夫婦は、お互い譲歩しなきゃね。ところで、離婚条項の確認なのだけど、『浮気又は相手に隠れて行った借金』は離婚の条件になり得るということで間違いなかったわよね?
「ああ、そうだけど?」

好美は念を押すように確認すると、1枚の紙を取り出した。
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