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蒼翅碧花の一周忌に寄せる手記
四.
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ここで、蒼翅君の道楽趣味についてお話ししようと思います。すでに何度か述べているように、彼は外で金を使い、遊んで回るのが好きでした。彼の死の原因になったとうわさされるほどに、その遊び方は派手なものでした——一晩でカフェーを何軒もはしごして、行く先々で酒と出会いに溺れ、決まって中の一人と関係を持っておりました。パーティーに呼ばれればどこか良家のお嬢様と親交を深めておりましたし、その相手は女性だけにとどまらず、北村君のような見目麗しい青少年とも多数知り合って、その誰もがしばらくすると彼の身辺から消えているといった具合でした。だいたいが一か月、短いときは一週間、最長で三、四か月というふうに、彼は相手をとっかえひっかえしておりました。その上別れはいつも彼の方から切り出していましたから、激高したなにがし嬢が道端で襲ってきたとか、悲嘆に暮れたそれがし嬢が恨みつらみを長々と書き連ねた遺書を残して自殺したとか、その手の醜聞も絶えませんでした。しかし、蒼翅君本人は雑誌や新聞に何を書かれてもどこ吹く風、ひょうひょうとカフェーで酒のグラスを傾けて、あすこの誰それなんてどうだろうと品定めをしていました。後始末は私の役目で、私は何かが話題に出るたびにあれこれの手を駆使して醜聞をもみ消して回るのが常でした。
もっとも、蒼翅君にも最低限のわきまえはあったと言っておきましょう。彼は私も含め、家内や家族や仕事の仲間、私の友人たちには決して手を出しませんでした。特に家内など、彼が唯一対等に付き合った女性だと言っても過言ではありません。
そんな彼が北村瑤青年と知り合ったのは、今から五年ほど前——二人が亡くなった昨年から数えると四年——になります。最初の半年は二人は同棲しておらず、蒼翅君が北村君に会いに足しげくルミヱールに通っていただけだったので、二人が共に暮らしていたのはおおよそ三年半という計算になるでしょうか。私以外、それも遊び相手でこれほど長く続いた相手は北村君ただ一人です。私は以前からルミヱールが好きでしたから、幾度か蒼翅君を連れて行ったことがありました。彼は、他のカフェーでは派手に金を落とすのに、ルミヱールでだけは大人しくしていました。私が一緒だというのもあったのでしょうが、相変わらず品定めだけはしていましたので、おそらくはピンと来る給仕が(男も女も含めて)いなかったのでしょう。時折客の方にも目を向けていましたが、蒼翅君の物憂げな瞳が楽しげにきらめくことはありませんでした。
ところが、北村君がルミヱールで働き出してから、彼の態度は一変しました。
あのときも、蒼翅君は執筆が難航していてひどく憔悴しておりました。私はせめてもの気晴らしにと、彼を喫茶ルミヱールに連れて行きました。顔なじみの女給の案内でいつもの窓際の席に陣取った我々は、そこで一人の見慣れぬボーイにひどく引きつけられたのです。すらりと華奢な立ち姿に伏しがちな目元、硝子細工の人形のように繊細な顔立ちを、我々——特に蒼翅君は、吸い寄せられるように見入っていました。
「彼だけが、この店の名に相応しい光を持っている」
蒼翅君は魂を抜かれたようにぼうっとして、そんなことを口走っていました。それから彼を呼んで給仕をさせ、名前を聞き出し、帰り際に彼のベストのポケットに十円のチップをねじ込みました。
私はすっかり驚いてしまい、目も口もぽかんと開けたまま、しばらくその場から動けませんでした。というのも、これまで彼が目を付けた給仕の誰も、初対面で十円という高額なチップを受け取った者はなかったからです。もちろん、北村君の驚きは私の比ではありません。北村君は衝撃のあまりすっかり青ざめて、その場に根が生えたように突っ立っておりました。目を白黒させ、お礼の言葉にも詰まってしまい、ボーイとしては大失態をおかしているような有様でしたが、そこは遊び人の蒼翅君、この青年の肩をぽんと叩いて
「君が今晩、蒼翅碧花と知り合った記念だよ」
と告げて、さっさと店を出てしまいました。
それからというもの、蒼翅碧花は喫茶ルミヱールの常連客に名を連ねるようになりました。ある時は私と一緒に、ある時は一人で、蒼翅君は店を訪れては北村君だけに給仕をさせました。最初は戸惑っていた北村君も次第に蒼翅君と打ち解けていき、やがて二人の間には客と給仕にとどまらない空気が流れるようになりました。そしてある日、彼らの関係はついに世間の知るところとなります。
ある日、兄が週刊誌を一冊持ってきて
「この作家の蒼翅碧花というのは、お前の一風変わった友人ではないか?」
と言うのです。彼が見せてくれたページには、「蒼翅碧花、喫茶Lのボーイを品定め」と銘打たれた記事が見開きで載っていました。私は特に驚きもせず、虚実がまぜこぜになったその記事を読みました。文章ばかりが喧しい実に下世話な記事で、蒼翅君が仕事上がりの北村君(記事にはボーイAと書かれていました)を捕まえて家に連れ込んだというのが内容の全てでした。兄とその妻は大層面白がっていましたが、もちろんこの手の話は私にとっては日常茶飯事です。
それに私は、この夜のことを先に蒼翅君から聞かされて知っていました。というのも、記事によるところの「密会」の翌朝、彼は朝早くから私のオフィスに息せき切って駆け込んできたのです。驚く私を尻目に蒼翅君は扉をバタンと閉めると、瞳をきらきらと輝かせて
「僕はやったぞ!」
と叫びました。何のことかと尋ねると、彼はすっかり興奮した様子でその夜のこと語りだしました。明かりの消えた喫茶から出てくる北村君を外で待っていたこと、彼を口説いて家に連れていったこと、そして思いのたけを存分にぶつけて肉体を繋げたこと——勃起した北村君のペニスがどんなだったかということまで詳細に、彼は私に話したのです! それも彼お得意の素晴らしい日本語で! 私はすっかり驚き呆れていましたが、蒼翅君は私の表情など気にもしていませんでした。彼は今までに見たことがないほど恍惚としていて、話す口調には熱がこもっていました。
そういうわけで、蒼翅碧花とボーイAの記事が出回ったときも、私は冷静に(ここまでくると業務的にと言った方がいいかもしれません)醜聞のもみ消しに取りかかったのです。そしてしばらく経つと、うわさはいつもの通り下火になっていきました。ですが二人の仲は逆に燃え上がっていきました。そして出会いから半年が経ったある春の日、彼は北村君に下宿を引き払って一緒に住むよう言いました。北村君もそれに応え、二人が同棲を始めたのはすでに述べたとおりです。
蒼翅碧花の色恋沙汰は、それきりすっかり聞かれなくなりました。他の相手と交わることはありましたが、どれも一夜限りに終わっていたようですし、何よりその回数がめっきり減りました。蒼翅碧花の遊び好きが知られているのを良いことに接近しようとする強者もいましたが、蒼翅君はそうした誘いには一切乗らず、全てその場で切り捨てるようになったのです。理由を聞けば、蒼翅君は「瑤が拗ねてしまうからね」となんとも嬉しそうに答えました。夜の喫茶ルミヱールにも、蒼翅君はちょくちょく顔を出しておりました。そしてわざと他の給仕を呼び寄せては相手をさせ、帰り際になって思い出したように「あすこのボーイに渡してくれ」と、北村君の方をうかがいながら一輪の花を預けるのでした。私は幾度かその場面を見たことがありますが、蒼翅君はまるで、高嶺の花に手を伸ばそうとあれこれ試す初心な少年のようでした。遠くにいる北村君をちらりと見ると、嬉しそうな様子を隠しきれていないのがよく分かりました。そのうちに、蒼翅碧花が何時ぞやのボーイと懇ろだという話が広まりましたが、そのせいでかれの身辺が静かになったせいか、以前ほど騒ぎ立てられることもなく、なにより当の二人がそのような醜聞が流れることをまったく気にしていないようでした。二人は、古くて狭い愛の巣の中で身を寄せ合い、二人なりに幸せに暮らしていたのです。少なくとも、私は今でもそう信じています。それゆえに、彼らがあのような終わり方をしたのは、まことこの世の無常であると言わざるを得ないでしょう。
もっとも、蒼翅君にも最低限のわきまえはあったと言っておきましょう。彼は私も含め、家内や家族や仕事の仲間、私の友人たちには決して手を出しませんでした。特に家内など、彼が唯一対等に付き合った女性だと言っても過言ではありません。
そんな彼が北村瑤青年と知り合ったのは、今から五年ほど前——二人が亡くなった昨年から数えると四年——になります。最初の半年は二人は同棲しておらず、蒼翅君が北村君に会いに足しげくルミヱールに通っていただけだったので、二人が共に暮らしていたのはおおよそ三年半という計算になるでしょうか。私以外、それも遊び相手でこれほど長く続いた相手は北村君ただ一人です。私は以前からルミヱールが好きでしたから、幾度か蒼翅君を連れて行ったことがありました。彼は、他のカフェーでは派手に金を落とすのに、ルミヱールでだけは大人しくしていました。私が一緒だというのもあったのでしょうが、相変わらず品定めだけはしていましたので、おそらくはピンと来る給仕が(男も女も含めて)いなかったのでしょう。時折客の方にも目を向けていましたが、蒼翅君の物憂げな瞳が楽しげにきらめくことはありませんでした。
ところが、北村君がルミヱールで働き出してから、彼の態度は一変しました。
あのときも、蒼翅君は執筆が難航していてひどく憔悴しておりました。私はせめてもの気晴らしにと、彼を喫茶ルミヱールに連れて行きました。顔なじみの女給の案内でいつもの窓際の席に陣取った我々は、そこで一人の見慣れぬボーイにひどく引きつけられたのです。すらりと華奢な立ち姿に伏しがちな目元、硝子細工の人形のように繊細な顔立ちを、我々——特に蒼翅君は、吸い寄せられるように見入っていました。
「彼だけが、この店の名に相応しい光を持っている」
蒼翅君は魂を抜かれたようにぼうっとして、そんなことを口走っていました。それから彼を呼んで給仕をさせ、名前を聞き出し、帰り際に彼のベストのポケットに十円のチップをねじ込みました。
私はすっかり驚いてしまい、目も口もぽかんと開けたまま、しばらくその場から動けませんでした。というのも、これまで彼が目を付けた給仕の誰も、初対面で十円という高額なチップを受け取った者はなかったからです。もちろん、北村君の驚きは私の比ではありません。北村君は衝撃のあまりすっかり青ざめて、その場に根が生えたように突っ立っておりました。目を白黒させ、お礼の言葉にも詰まってしまい、ボーイとしては大失態をおかしているような有様でしたが、そこは遊び人の蒼翅君、この青年の肩をぽんと叩いて
「君が今晩、蒼翅碧花と知り合った記念だよ」
と告げて、さっさと店を出てしまいました。
それからというもの、蒼翅碧花は喫茶ルミヱールの常連客に名を連ねるようになりました。ある時は私と一緒に、ある時は一人で、蒼翅君は店を訪れては北村君だけに給仕をさせました。最初は戸惑っていた北村君も次第に蒼翅君と打ち解けていき、やがて二人の間には客と給仕にとどまらない空気が流れるようになりました。そしてある日、彼らの関係はついに世間の知るところとなります。
ある日、兄が週刊誌を一冊持ってきて
「この作家の蒼翅碧花というのは、お前の一風変わった友人ではないか?」
と言うのです。彼が見せてくれたページには、「蒼翅碧花、喫茶Lのボーイを品定め」と銘打たれた記事が見開きで載っていました。私は特に驚きもせず、虚実がまぜこぜになったその記事を読みました。文章ばかりが喧しい実に下世話な記事で、蒼翅君が仕事上がりの北村君(記事にはボーイAと書かれていました)を捕まえて家に連れ込んだというのが内容の全てでした。兄とその妻は大層面白がっていましたが、もちろんこの手の話は私にとっては日常茶飯事です。
それに私は、この夜のことを先に蒼翅君から聞かされて知っていました。というのも、記事によるところの「密会」の翌朝、彼は朝早くから私のオフィスに息せき切って駆け込んできたのです。驚く私を尻目に蒼翅君は扉をバタンと閉めると、瞳をきらきらと輝かせて
「僕はやったぞ!」
と叫びました。何のことかと尋ねると、彼はすっかり興奮した様子でその夜のこと語りだしました。明かりの消えた喫茶から出てくる北村君を外で待っていたこと、彼を口説いて家に連れていったこと、そして思いのたけを存分にぶつけて肉体を繋げたこと——勃起した北村君のペニスがどんなだったかということまで詳細に、彼は私に話したのです! それも彼お得意の素晴らしい日本語で! 私はすっかり驚き呆れていましたが、蒼翅君は私の表情など気にもしていませんでした。彼は今までに見たことがないほど恍惚としていて、話す口調には熱がこもっていました。
そういうわけで、蒼翅碧花とボーイAの記事が出回ったときも、私は冷静に(ここまでくると業務的にと言った方がいいかもしれません)醜聞のもみ消しに取りかかったのです。そしてしばらく経つと、うわさはいつもの通り下火になっていきました。ですが二人の仲は逆に燃え上がっていきました。そして出会いから半年が経ったある春の日、彼は北村君に下宿を引き払って一緒に住むよう言いました。北村君もそれに応え、二人が同棲を始めたのはすでに述べたとおりです。
蒼翅碧花の色恋沙汰は、それきりすっかり聞かれなくなりました。他の相手と交わることはありましたが、どれも一夜限りに終わっていたようですし、何よりその回数がめっきり減りました。蒼翅碧花の遊び好きが知られているのを良いことに接近しようとする強者もいましたが、蒼翅君はそうした誘いには一切乗らず、全てその場で切り捨てるようになったのです。理由を聞けば、蒼翅君は「瑤が拗ねてしまうからね」となんとも嬉しそうに答えました。夜の喫茶ルミヱールにも、蒼翅君はちょくちょく顔を出しておりました。そしてわざと他の給仕を呼び寄せては相手をさせ、帰り際になって思い出したように「あすこのボーイに渡してくれ」と、北村君の方をうかがいながら一輪の花を預けるのでした。私は幾度かその場面を見たことがありますが、蒼翅君はまるで、高嶺の花に手を伸ばそうとあれこれ試す初心な少年のようでした。遠くにいる北村君をちらりと見ると、嬉しそうな様子を隠しきれていないのがよく分かりました。そのうちに、蒼翅碧花が何時ぞやのボーイと懇ろだという話が広まりましたが、そのせいでかれの身辺が静かになったせいか、以前ほど騒ぎ立てられることもなく、なにより当の二人がそのような醜聞が流れることをまったく気にしていないようでした。二人は、古くて狭い愛の巣の中で身を寄せ合い、二人なりに幸せに暮らしていたのです。少なくとも、私は今でもそう信じています。それゆえに、彼らがあのような終わり方をしたのは、まことこの世の無常であると言わざるを得ないでしょう。
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