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幽霊妓女
第六話 謝霊と張慧明、妓楼に探りを入れること
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小妃は始終こんな調子で、結局謝霊は満足に情報を引き出すことができなかった。范救のように特定の質問にのみ同じ答えを返すのならまだしも、小妃はオベールと一緒になりたかったこと彼との暮らしが幸せなことしか話さなかったのだ。
オベール邸からの帰り道、私と謝霊は小妃がいたという妓楼「三笑楼」を訪れた。外観の派手さはないものの、一歩中に入ると凝った内装と息も詰まるような香の匂いが真正面から襲ってくる。まだ営業前でどの妓女も休んでいる最中だったが、中には早々に起きだして来客を見物している者もいた。
居心地の悪い視線にさらされながらも、私たちはここの主に会うことができた――陸綿思《ルーミェンスー》という名の女主人はしかし、小妃の部屋はもう新しい妓女に譲ってしまったと告げた。
「私物もあのフランス人のところに持ってっちまったし、契約書の類はもう捨てちまったし。多分探すものなんてないと思うよ」
「そうですか。ちなみに、小妃には友人がいたそうなんですが、彼女もやはりここの妓女なのですか?」
謝霊が話を変えると、陸綿思は「ああ」と声を上げた。
「艾琳《アイリン》だね。小妃のことをよく世話していたよ。そうだねえ、小妃のものでまだ何か持ってる子がいるとしたら艾琳だね。呼んでくるからちょっと待っててな」
陸綿思はそう言って出ていきかけたが、ふと立ち止まるとこう言った。
「ところであんたたち、このあと時間があるなら特別に良い子を見繕ってやってもいいんだが……どうだい? 半額にしとくよ」
私は思わず目を剥いてしまった。ただでさえ居心地が悪いというのに、この上彼女たちと何かするというのは全くもって気が向かない。
「ええと——」
「お気遣いどうも。ですが大丈夫ですよ、自分たちだけで間に合ってますので」
口を開きかけた私を遮って謝霊がさっさと断った。私がぎょっとしていると、陸綿思は微妙な顔で「そうかい」と答え、今度こそ去っていった。
陸綿思が会わせてくれた艾琳という妓女は、すらりと背の高い美しい女性だった。特にはっきりした目元はおおよそ小妃とは正反対で、彼女が小妃の世話を焼いていたというのも頷ける話だ。七分丈の旗袍の切れ目から腿を大胆にのぞかせていても色気より洗練さが目立つ、艾琳はそんな女性だった。
「艾琳です。どうぞお見知りおきを」
そう言って軽く膝を折る仕草もこなれたもので、在りし日の後宮の女官を見ているようだ。
ところが、私は彼女の挨拶に会わせて軽く会釈したが、謝霊はなぜかぼんやりと彼女に見入っていた――それも眉間に軽くしわを寄せて、何かを探ろうとしているようだ。謝霊は陸綿思の紹介に合わせて我に返ったように会釈すると、いきなり本題に入った。
「実は現在、訳あって小妃のことを調べていましてね。あなたが彼女と親しかったと聞いたので来ていただいた次第です」
「そうなんですのね。たしかに私たちは親しい間柄でしたが……小妃がどうかしたのですか? ひと月前にフランスのルネー・オベール大使に身請けされたはずでは」
「亡くなったのです」
謝霊は前置きもせずに答える。艾琳ははっと息を飲み、すがるように陸綿思を見た。
「残念だけど本当なんだってさ。五日ぐらい前に突然奇妙な亡くなり方をしたんだって……このお二人はオベールさんに雇われてそれを調べてるんだよ」
陸綿思が私たちを振り返る間、艾琳は口元に手を当てて何度も息を吐いていた。よほど衝撃だったのだろう、艾琳は目を泳がせて陸綿思にすがるように近付いた。
「オベール氏から身請けが決まった直後に病気になって籠りきりになったと聞いているのですが、その時のことをお伺いしたいのです。艾琳さん、小妃さんのご友人だったのなら、彼女が外に出られなかった時期に一体何があったのか知っているかと思いまして。教えていただいても?」
艾琳は私たちを素早く見回すと「ええ」と答えた。毅然な態度を保とうとしているのは見て取れるものの、それでも緊張しているのか、あちこちを忙しなく見回している。
「彼女が最初に体調を崩したのは半年ほど前でした。そこから伏せりがちになって、お客も取らなくなったんです。オベール様からの身請けのお話があったので誰も何も言いませんでしたが、それがなかったら追い出されていたことと思いますわ、正直なところ」
「ですがオベール氏からは、何の断りもなしに長い間会わせてもらえなかったために身請けの話をなかったことにすることも考えていたと聞いていますが」
謝霊がそう言うと、艾琳はため息とともに打ち明けた。
「小妃が恐れていたのもまさにそのことでしたわ。オベール様の関心が薄れ、結果として身請けの話がなくなるのではないかとずっと心配していましたもの。彼女が回復できたのも、ひとえにオベール様を思う心があってのことですわ。それなのに……」
ついに言葉を詰まらせた艾琳の背を陸綿思がさする。その様子を謝霊は神妙な顔つきでじっと観察していた——彼女の話に引っかかるところがあるのか、それともまた例の勘が働いているのか、はたまた別の理由があるのか、艾琳が現れてから謝霊はどうも様子がおかしい。そっと肘で小突くと我に返ったように振り返るものの、その驚き方といい、すぐまた艾琳に目をやる様子といい、気もそぞろで身が入っていないように見える。
「……ちなみに、奇妙な亡くなり方というのはどのような」
震える声で艾琳が尋ねる。ところが謝霊がすぐには答えず、妙な間のあとに私が慌てて説明することになった。
「オベール氏といつも通り閨を共にした翌朝に、突然髑髏になっていたんです。彼女がオベールとの生活に嫌気がさして悪戯をしたのかとも思ったのですが、調べてみるとやはり彼女のものでした」
「そうですか。でもあの子がオベール様に嫌気がさすなんてこと、万にひとつもあり得ませんわ。評判の良い紳士とはいえませんが、それでも小妃はあの方を心の底からお慕いしていましたもの」
艾琳がきっぱり言い切ると、それまで黙っていた謝霊が急に「そうですか」と声を上げた。
「ところで老板娘、艾琳さん、小妃の病というのは何だったのですか?」
この問いに陸綿思は目を丸くして艾琳を見やった――艾琳は「さあ」と首をかしげ、
「実は分からないのです。たしかに臥せってはいたのですが、お医者に診てもらっても、お薬を出してもらっても、たしかなことが分からなかったので」
と答えた。
オベール邸からの帰り道、私と謝霊は小妃がいたという妓楼「三笑楼」を訪れた。外観の派手さはないものの、一歩中に入ると凝った内装と息も詰まるような香の匂いが真正面から襲ってくる。まだ営業前でどの妓女も休んでいる最中だったが、中には早々に起きだして来客を見物している者もいた。
居心地の悪い視線にさらされながらも、私たちはここの主に会うことができた――陸綿思《ルーミェンスー》という名の女主人はしかし、小妃の部屋はもう新しい妓女に譲ってしまったと告げた。
「私物もあのフランス人のところに持ってっちまったし、契約書の類はもう捨てちまったし。多分探すものなんてないと思うよ」
「そうですか。ちなみに、小妃には友人がいたそうなんですが、彼女もやはりここの妓女なのですか?」
謝霊が話を変えると、陸綿思は「ああ」と声を上げた。
「艾琳《アイリン》だね。小妃のことをよく世話していたよ。そうだねえ、小妃のものでまだ何か持ってる子がいるとしたら艾琳だね。呼んでくるからちょっと待っててな」
陸綿思はそう言って出ていきかけたが、ふと立ち止まるとこう言った。
「ところであんたたち、このあと時間があるなら特別に良い子を見繕ってやってもいいんだが……どうだい? 半額にしとくよ」
私は思わず目を剥いてしまった。ただでさえ居心地が悪いというのに、この上彼女たちと何かするというのは全くもって気が向かない。
「ええと——」
「お気遣いどうも。ですが大丈夫ですよ、自分たちだけで間に合ってますので」
口を開きかけた私を遮って謝霊がさっさと断った。私がぎょっとしていると、陸綿思は微妙な顔で「そうかい」と答え、今度こそ去っていった。
陸綿思が会わせてくれた艾琳という妓女は、すらりと背の高い美しい女性だった。特にはっきりした目元はおおよそ小妃とは正反対で、彼女が小妃の世話を焼いていたというのも頷ける話だ。七分丈の旗袍の切れ目から腿を大胆にのぞかせていても色気より洗練さが目立つ、艾琳はそんな女性だった。
「艾琳です。どうぞお見知りおきを」
そう言って軽く膝を折る仕草もこなれたもので、在りし日の後宮の女官を見ているようだ。
ところが、私は彼女の挨拶に会わせて軽く会釈したが、謝霊はなぜかぼんやりと彼女に見入っていた――それも眉間に軽くしわを寄せて、何かを探ろうとしているようだ。謝霊は陸綿思の紹介に合わせて我に返ったように会釈すると、いきなり本題に入った。
「実は現在、訳あって小妃のことを調べていましてね。あなたが彼女と親しかったと聞いたので来ていただいた次第です」
「そうなんですのね。たしかに私たちは親しい間柄でしたが……小妃がどうかしたのですか? ひと月前にフランスのルネー・オベール大使に身請けされたはずでは」
「亡くなったのです」
謝霊は前置きもせずに答える。艾琳ははっと息を飲み、すがるように陸綿思を見た。
「残念だけど本当なんだってさ。五日ぐらい前に突然奇妙な亡くなり方をしたんだって……このお二人はオベールさんに雇われてそれを調べてるんだよ」
陸綿思が私たちを振り返る間、艾琳は口元に手を当てて何度も息を吐いていた。よほど衝撃だったのだろう、艾琳は目を泳がせて陸綿思にすがるように近付いた。
「オベール氏から身請けが決まった直後に病気になって籠りきりになったと聞いているのですが、その時のことをお伺いしたいのです。艾琳さん、小妃さんのご友人だったのなら、彼女が外に出られなかった時期に一体何があったのか知っているかと思いまして。教えていただいても?」
艾琳は私たちを素早く見回すと「ええ」と答えた。毅然な態度を保とうとしているのは見て取れるものの、それでも緊張しているのか、あちこちを忙しなく見回している。
「彼女が最初に体調を崩したのは半年ほど前でした。そこから伏せりがちになって、お客も取らなくなったんです。オベール様からの身請けのお話があったので誰も何も言いませんでしたが、それがなかったら追い出されていたことと思いますわ、正直なところ」
「ですがオベール氏からは、何の断りもなしに長い間会わせてもらえなかったために身請けの話をなかったことにすることも考えていたと聞いていますが」
謝霊がそう言うと、艾琳はため息とともに打ち明けた。
「小妃が恐れていたのもまさにそのことでしたわ。オベール様の関心が薄れ、結果として身請けの話がなくなるのではないかとずっと心配していましたもの。彼女が回復できたのも、ひとえにオベール様を思う心があってのことですわ。それなのに……」
ついに言葉を詰まらせた艾琳の背を陸綿思がさする。その様子を謝霊は神妙な顔つきでじっと観察していた——彼女の話に引っかかるところがあるのか、それともまた例の勘が働いているのか、はたまた別の理由があるのか、艾琳が現れてから謝霊はどうも様子がおかしい。そっと肘で小突くと我に返ったように振り返るものの、その驚き方といい、すぐまた艾琳に目をやる様子といい、気もそぞろで身が入っていないように見える。
「……ちなみに、奇妙な亡くなり方というのはどのような」
震える声で艾琳が尋ねる。ところが謝霊がすぐには答えず、妙な間のあとに私が慌てて説明することになった。
「オベール氏といつも通り閨を共にした翌朝に、突然髑髏になっていたんです。彼女がオベールとの生活に嫌気がさして悪戯をしたのかとも思ったのですが、調べてみるとやはり彼女のものでした」
「そうですか。でもあの子がオベール様に嫌気がさすなんてこと、万にひとつもあり得ませんわ。評判の良い紳士とはいえませんが、それでも小妃はあの方を心の底からお慕いしていましたもの」
艾琳がきっぱり言い切ると、それまで黙っていた謝霊が急に「そうですか」と声を上げた。
「ところで老板娘、艾琳さん、小妃の病というのは何だったのですか?」
この問いに陸綿思は目を丸くして艾琳を見やった――艾琳は「さあ」と首をかしげ、
「実は分からないのです。たしかに臥せってはいたのですが、お医者に診てもらっても、お薬を出してもらっても、たしかなことが分からなかったので」
と答えた。
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