魔偶と越界の想い人

故水小辰

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第二章:魔鋒無忌

第二十一話

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 驚きの声を上げる間もなく、万松柏は覆い被さってきた無忌を受け止めた。かさついた、しかしふにゃりとしたものが唇に触れ、それよりも厚くて熱いものが歯の隙間をこじ開けるように押し入ってくる。万松柏は思わず目を瞑っていた――窒息の一歩手前までされるがままに弄ばれてようやく解放され、冷えた空気が肺いっぱいに満ちたとき、万松柏はようやく何をされたか理解した。

「無忌、お前――ッ!」

 万松柏は顔面が耳まで真っ赤に染まっているのを感じた。対する無忌は頬を少し染めただけで、物欲しげな、しかしそれを堪えるような奇妙な目で万松柏を見つめている。

「嫌か」

 無忌の声がいつも以上に優しい。本気で拒否すれば、これ以上のことはしてこないだろう——万松柏は悟りのように思ったものの、そうすることができなかった。

 胸中を渦巻くざわめきが、今や全身に伝播して彼の本能を突ついている。万松柏は無意識のうちに両腿をすり合わせていた。丹田よりもさらに下、誰にも見せない部分に異様なまでの熱が集まりつつある。

「嫌、って言われても……仙師に色は禁物だし……」

「だが仙師ではない」

「それは、そうだが」

 耳元でささやく無忌の声に、残った理性がじりじりと溶かされていく。どんな言い訳もこの熱をおさめてはくれないのだと、今や万松柏ははっきり悟っていた。

「……でも、ほら……ずっと禁じられてきたから、知らないというか、そりゃどうしようもなくて一人で処理するときはあったが、それも本当に時々で……だから……」

 喋れば喋るほど恥ずかしさで変になりそうだった。仙師の修行においては、性欲は人の心中の魔を呼び起こす一番の原因として禁じられている。心中の魔とはすなわち人の心が持つ欲望のことで、これを追い求めることは堕落の道であるというのが仙門の教えだった――もちろんある程度の欲がなければ修行が滞る。しかし、修行を妨げる悪しき欲望は自らの意志で遠ざけるべきで、中でも性欲が一番堕落に繋がりやすいとされていた。最も本能的で、最も抑えがたいからこそ、一度その味を知ると戻ることができなくなるのだ。

「お前も仙師だったなら分かるだろう? これがどんなに罪深いことか。一人でやるのも見つかりやしないかヒヤヒヤしながらだったのに、ましてや二人で……それも俺たち男だし……」

 それとも、今のお前にはそんなこと関係ないのか?

 万松柏は最後の問いをぐっと飲み込んだ。それを聞いてしまうのはあまりに不躾だと思ったのだ。
 無忌は口ごもる万松柏をじっと見ていたが、おもむろに万松柏の胸に手を置いた。

「想い続けることと欲を抱くこと、それを抑え込むことは同時に成立する」

 淡々とした無忌の口調も、今や熱に浮かされたようになっている。胸に置かれた手が服の上を滑り、腹、へそ、そして丹田へとどんどん下がってくる。さらに下へと降りようとする手を万松柏はたまらず鷲掴みにした。

「じゃあ、なんだ……っ、魔丹はそういうのも変えちまうのか?」

 どんなに冷静を装っても、上擦ってしまう声だけはどうしようもなかった。無忌は万松柏には答えずに、反対の手も添えて万松柏の帯を解き始めた。


 下衣の中で体が反応する。万松柏は甲高い声が漏れるのを両手で押さえ込んだ。見たくないと思っても、下半身を暴いていく無忌の手から目が離せない。心臓がうるさいほどに跳ね、緊張と恥ずかしさで今にも泣き出してしまいそうだった。
 そうこうするうちに下に付けていたものが全て取り払われ、万松柏は緩く勃ち上がったものを無忌の眼前に晒していた。脚を閉じて見られまいとするものの、無忌が全力で阻んでくる。

「なあ、無忌、見ないでくれ……見れたもんじゃないだろ……?」

 万松柏は消え入りそうな声で懇願した。無忌は考え込むように身を引いた――そして万松柏に見せつけるように己の着物をくつろげ、下衣を脱ぎ捨てて、万松柏のものよりもはるかに太く硬化したものをあらわにしたのだ。
 思わず息を飲んだ万松柏に無忌が言う。

「私のと同じだ」

「同じって、そんな……俺はお前ほど立派じゃなッ……!」

 驚き呆れて言い返した刹那、無忌が万松柏の陰茎を握り込んだ。極めて優しく、労わるような手つきだったが、上下に扱かれるたびに熱が集まり、体がどんどん芯を持って固くなっていく。脳を溶かすような感覚が下半身から伝わって、もっと欲しいと思ってしまう。
 万松柏はちらりと無忌のものに目を向けた――彼の中心で放置されているそれは、まるで万松柏を誘っているようだ。

 万松柏は喉を鳴らして唾を飲み込むと、意を決して無忌の陰茎を握りしめた。
 ぐっと指を巻きつけた途端、無忌のものが脈打って膨張した。万松柏は目を白黒させたが、無忌は身を固くして食いしばった歯の間から獣のような息を吐いている。鈴口からは透明な液体が止めどなく溢れ、ぽたぽたと垂れて敷布に染みを作っている。すでにぬらついているせいか、少し手を動かすだけでも十倍に勢いづいているような錯覚を覚えた――とはいえ、万松柏もそれは同じだった。彼のやや小ぶりなそれも溢れだす液を全身にかぶって、無忌の手にさらなる勢いを与えていたのだ。

 蝋燭の明かりも尽きそうな部屋の中、水っぽい物音と荒い吐息だけが響き渡る。風のない部屋で小さな炎が不規則に揺れるたびに、何かを堪えるような声が上がった――寝台の二人は今、人に備わった最も原始的で最も荒々しい感情に揺さぶられていた。二人は互いの額、互いに交差した手がぶつかりそうなほど近くで、相手を登り詰めさせることだけに夢中になっている。

 無忌の呼吸がどんどん荒くなり、手がどんどん速くなっていく中、万松柏は無忌に同じだけの刺激を与えることが難しくなっていた。溜め込んで張り詰めた欲望が今にも破裂してしまいそうで、無忌の手が往復するたびに声の限りに叫んでしまいそうになる。大きくて熱い手が、乱暴なまでに万松柏を慰めているのだ――長い戦闘の後、妙な興奮に取り憑かれた自分自身を宥めるときとは全く違った。早くこれを放出してしまいたい一方で、無忌といつまでも触れ合っていたい自分がいる。がっしり握った無忌のものから伝わるのは自分と同じ緊張、同じ欲望、同じ熱だ。これに触れている限り、万松柏は無忌と一体になれるのだ。
 顔を上げれば、いつもは隠れている貪欲さをなみなみと湛えた金色の目が彼を捕らえる。目があっただけで、胎がきゅうとすくみ上がり、溜め込んだものを出そうとする――抑えようとしてもすでに限界だった。胎いっぱいに溜まった欲望が解放を求めて暴れている。

「っあ、無忌ッ、おれ……もうッ、だめだッ……!」

「っ、苦しいのか、」

 悲鳴を上げれば、同じくらいに辛そうな顔で無忌が答える。無忌の方も限界が近いのか、手の中の怒張が時折小刻みに痙攣している。

「もう、ッ、無理だ……出ちまう……ッ」

 普段なら絶対に口にしない言葉が無意識のうちに飛び出す。すると、無忌の指が弾かれたように先端を撫でた。撫でるというにはやや乱暴なまでの勢いで、五本の指が先の部分を揉みしだく。
 あっと思った次の瞬間、万松柏は白い衝撃に襲われた。欲望が爆竹のように爆ぜ、白濁が無忌の手を汚す。万松柏は一声叫び、すがりつくように無忌の腿に爪を立てた。

 全てが過ぎ去ると、心地良い疲労がどっと押し寄せてきた――万松柏は無忌の肩にくたりと頭を預け、彼の静かな震えを共にした。
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