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第一章
狂い出す平均律 2
しおりを挟むネオンに囲まれた、ニューシンジュクの交差点。僕はニッタと名乗るストーカーと話をしていた。付き纏われないよう、厳しく注意すべきだと思ったのである。
しかし、聞き違いだろうか。目の前の女は、僕を助けに来たと言ったのだ。
「貴方はお化けに憑かれてるの」
対人経験に乏しいせいか、僕は突飛な話題に対して相槌も打てないようで、あぁ…と変な声が漏れただけだった。
「胸のあたりから、黒い煙が出てるんだよ」
「出てない」
相槌は打てないが、事象を答えることは容易だった。
「私以外には見えないみたい。私は貴方を…」
瞬間、眩い光と共に、凄まじい衝撃が僕らを襲う。ニッタの言葉は、突然の爆音で最後まで聞くことが出来なかった。
彗星は日本に、より正確に言えば、僕のすぐ近くに墜ちた。ニッタとの会話に意識を取られ彗星の軌道を追っていなかったからか、落下するまで気が付かなかったようだ。今は夜だが、それほどまでにニューシンジュクは明るい。
「…ツ‼︎ 嘘だろ、直角にでも曲がったのか!? 日本に、しかも此処に墜ちる筈が…」
衝撃波に晒されながらも言葉を喋れているのは、衣服に標準搭載されている緊急用シールドを展開させたからだ。見渡せばニッタがいないが、今はピアスにすら衝撃吸収装置が搭載されている時代だ。あらゆる手段で自衛が可能な『現代』で、人が死ぬのはありえない話だった。吹き飛ばされながらも、どうにか生きているだろう。
「エフワー君、執刀しちゃあいけないよ。無麻酔下での執刀は、普通に流血事件になるからね」
聞き違いだろうか。いや、聞き違いなど今そもそも起こる訳が無いのだが、彗星の墜ちた場所から子供の声が聞こえた気がした。
「では何故、この島に」
次に耳へ届いたのは、男の声だ。観察するために目を凝らした。落下で起こった土煙が晴れる。そして。
「貴方たちは…何なんですか」
僕が見たのは、巨大な喇叭を背負った少女と、武器を持った血だらけの青年だった。
「おや」
少女は横目で僕を一瞥した後、ひらりとこちらへ向き直り告げた。
「初めまして、我が名はトランペッター」
吸い込まれそうな青い瞳を細めた後、ふふふ、と何故か敢えて発音して笑い、続けた。
「医者をやってる」
たじろぐ僕を追い詰めるよう、少女は裸足で歩み寄る。そして今、僕が一番言われたくない言葉をゆっくりと宣告したのだった。
「貴方を助けに来たんだ」
続
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