電脳百人一首研究部

ねこねる

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第0話(特別読み切りver)

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百人一首研究部。そんな部活の噂を聞いたミコトは興味本位で部室を訪ねていた。深呼吸1回。勇気を出して扉を開けるとピンク色の煙がミコトに襲いかかってきた。部屋の中に充満していた煙は逃げ場を求めるように扉の外へもくもくと移動する。
「けほっ……なに、これ」
「吸い込むんじゃない。口を塞げ」
なにも見えない部屋の中から声変わり途中の男の子の声がする。ミコトはあわてて両手で口元を覆いながらしゃがみこみ、とっさに目を瞑る。中の様子を伺おうと耳をすませると、ペタペタという小さな足音がかすかに聞こえた。数秒ののちに、ガチャンと鍵を開ける音。窓を開けたのか、風の流れが逆向きになったのを感じる。ミコトはしゃがんだままおそるおそる目を開けた。薄れつつある煙の隙間で子どもの足がふたり分見える。ひとりは学校指定の上履きをかかとを踏みながら履いた少し骨ばった足。先ほどの男の子だろうか。もうひとりは、やわらかそうな足で少女のような気もするが、それよりも見慣れない靴下を履いていることにミコトの意識は奪われていた。タビだったか。そんな名前の靴下だったはず。そんなことを考えていると、上履きの男の子がこちらに近づいてくる。
「いつまで座っている気だ」
えらそうな声だと思いながらミコトは立ち上がる。銀縁のメガネに、華奢な体には似合わないぶかぶかの白衣を着た男の子がえらそうに立っていた。えらそうにメガネをくいっと持ち上げる。妙にえらそうだなと思いながら部屋を見ると、煙はほぼ消えていた。
「おい、無視をするな。僕は無視したい気持ちをぐっとこらえて声をかけたんだぞ」
「あ、ごめんなさい。なんかえらそうだったので……」
「言葉を選べ!はっきり言われると傷つく」
「ご、ごめんなさい」
「あと、僕はえらそうではなく、えらいんだ」
ミコトはそれには答えず部屋へと足を踏み入れる。男の子よりも気になることがあったのだ。
「……」
もちろん、もうひとりの性別不明の子どものことだ。ピンクがかったクリーム色の長い髪を揺らしながら、和服の子どもがこちらをじっと見つめていた。そして、おそらく今回の煙の原因であろう妙ちくりんな機械が我が物顔で部屋の奥に鎮座していた。過去と未来が交差するような異様な空気がそこにはあった。

3人は近くの公園へ移動した。騒ぎを聞きつけたのか教師たちが駆けつけてくるのが見えたのであわてて部室に鍵をかけて何事もないふうを装った。どうやら使われていない部室をかってになにかの研究のために利用しているようだ。道中いろいろ聞いてみたが秘密主義なのかなにをしていたのか詳しくは教えてくれなかった。ミコトと男の子のふたりは公園のブランコにゆられながら、そういえばお互い名乗っていないな、と思い出す。
「それで、貴様は誰だ」
「貴様って……ぷぷっ」
「笑うな」
「わたしは甘栗 尊アマグリ ミコト。5年生。てゆか、人に名前を聞くときはまず自分から、じゃないかな」
「僕は……スジコ。6年だ」
「スジコ?あだ名?」
「……なんでもいいだろう」
「あの子は?」
ミコトは公園の遊具を物珍しそうに見てまわるもうひとりの和服の子どもにちらりと視線をやりながらたずねる。スジコはアゴに指を置き、少し考えるそぶりをし、ためにためたあと答えた。
「さあね」
「ズコー」
ミコトはブランコから落ちる真似をしながらスジコをジト目で睨みつけた。その後も、部室にあった謎の機械のことや、煙のことなどをたずねてみるが、すべて沈黙とわからないでかわされてしまった。ミコトも次第に情報を聞き出すことを諦め、日も沈みオレンジと青の混ざり合う空を見つめていた。そろそろ帰ろう。そう思い立ち上がり、一応スジコにたずねてみる。
「あの子、どうするの?」
「……お前には関係ない」
スジコはおもむろに立ち上がると、ひとりシーソーの端に横向きに座りながら首を傾げている子どもの手を引き立ち去ろうとする。いきなり強く腕をひっぱられた子どもは驚いた様子でスジコの手を振りほどき、ミコトの下まで走ってくるとその背中に隠れた。ミコトの腰に手を添えて、おそるおそる顔を覗かせる。
「……あのひと、なんかこわい」
子どもは初めて口を開いた。ミコトはなんだかお姉さんになった気持ちでにっこり微笑みながら子どもの頭に手をそえて言った。
「わかる」
「わかるな!」
スジコはずかずかと歩いてふたりの横に立つ。そしてアゴに手をそえ考える。どうにも自分はあまり人に懐かれる性格ではない。相手が子どもならなおさらである。ミコトに協力してもらうほうがこの子どもとうまくコミュニケーションがとれるのではないか? あまり誰かに手伝ってもらうのは本意ではないが、客観的に自分を見つめ直したときにやはりコミュ力のあるやつが側にいるほうが都合がいい気がする。一度うんと頷くとスジコは口を開いた。
「この子どもは、あの部室にあった機械で召喚したんだ」
「……召喚?」
「かわいそうなものを見る目はやめろ。あれは、まだ仮の名前だがDHIといって、プレイヤーが電脳空間の中で全身を使って体感しながら百人一首を遊ぶという、まあわかりやすくいえばVRを使った百人一首ってことだ」
「VRでやる必要あるの……? 百人一首って」
「そこはまあ……そういう無駄っぽいもの世の中にたくさんあるだろう。よくわからないものからいろいろ便利なものが生まれたり、新しい発見があったりするものだ」
まあそういうもんか、とミコトはあまり突っ込まないで聞くことにした。子どもはもうスジコへの興味はなくしたようで、ミコトにしがみついたままオレンジ色の雲の流れを楽しそうに目で追っていた。ミコトは「それで?」と続きを促す。
「それで……まあそういう意図で作ってはいたが……機械が僕の知能に追いついていないようでな……どうやら逆にこの世に誰かを召喚してしまう機械になってしまったようだ」
「え、そっちのがすごい」
「まあ僕はすごいからな。エラーだらけではあったがあの機械に入力していた情報としては百人一首に関することだけなのだ。だから、この子どもも、百人一首に関するものだとは思うが……そもそも実物なのかホログラム的なものなのかもわからない。召喚自体はさっきが初めてだった」
「ああ、あの煙はそのときに……。うーん、一応、触れてはいるから実体はありそう。というか、エラーって?」
「100のエラーが出ていた」
「 100! よくわかんないけど百人一首だから?」
「そうかもしれないが、どうだろうな」
「そっかー。……まあとりあえず、この子なんとかしないとね。でも記憶がないんじゃなあ」
学校からこの公園に来るまでに3人は子どもにあれやこれやと質問をしていた。しかし、名前も出自もなにもかも、わからないとの返答だった。しかし、もしこの子がデータなどではなく本物の人間の可能性があるのなら、放っておくわけにはいかなかった。家族や帰る家があるのなら帰してあげなければ。そうミコトは思った。
「暗くなってきたしあしたまた話そう? この子は一旦うちで預かるよ」
「そうしてもらえると助かる。そいつをどうにかするまで協力してほしい」
「うん!まかせて。名前、つけてあげたいなあ。何がいい?」
ミコトは子どもに問いかけた。子どもはきょとんした顔でミコトを見つめる。そして口を開いた。
「……ストク」
「ストク? 名前わかるの? ……わかった。ストクちゃんね!よろしくね」
ミコトは満面の笑みでストクの手を握った。ストクも嬉しそうに微笑んだ。そうしてなかのいい姉妹のように手を繋いで公園を去っていくふたりを、スジコは思いつめた顔で見送った。

翌日、3人は放課後にふたたび集まっていた。授業のあいだはストクはちゃんと部室でおとなしくしていたようだ。そしていろいろ話しあった結果、ストクに記憶がない以上現状を把握するのは難しいため、少しメンテナンスをしたあともう一度召喚を試してみようという結論にいたった。ウインという起動音のあと、ボフンとまたもやピンク色の煙が部屋を満たしていく。が、今度は念のためあらかじめ教室中の窓を全開にしていたため、それほどの影響はなかった。しばらくすると、機械のそばに着物を着たそれはそれは美しい大人の女性が立っていた。スジコはぼんやりとその女性を見つめていた。
「見とれてる場合じゃないでしょ」
ミコトはスジコを小突きながら召喚された女性に近づいて声をかけた。女性はすぐに答える。
「私は小野小町 オノノコマチというの。ここはどこ? すごく見慣れない雰囲気の場所だわ」
「小野小町だと? ……ということは、やはり百人一首の人物を呼び出しているのか」
「可能性はありそうだね。コマチさん、ここは2020年の京都なんです! あなたから見ると未来になる気がします」
「未来?」
コマチは首を傾げた。ミコトは一瞬もしかして言葉が通じないのではないかと心配になった。同じ日本といえど1000年近く時代が違って同じ言語で話せるとはとうてい思えなかったからだ。だって古文ってよくわからないし。しかし、そんなミコトの心配はよそに、コマチは目を輝かせてふたりに詰め寄った。
「ここが未来であるなら、わたしが思い描いていたようなものはあるのかしら!」

すっかり日が暮れたころ、4人はミコトの家に集まっていた。あれからコマチに聞かれたのは、“体を揉んでくれる場所はあるのか”“髪をきれいにしてくれる場所はあるか”など、美容に関するものばかりだった。仕方なくマッサージや美容室、岩盤浴などミコトとスジコのお年玉が許す限りで連れていった。ふうと4人で一息つくと、真っ先にコマチが口を開く。
「はーすっきりしたわ! 未来はこんなだったらいいなって夢を見ていたの。私、老いていく自分に悩んでいたから……今日はふたりのおかげでなんだか一層きれいになれた気がするの。ありがとう」
そう言って微笑んだ瞬間、コマチの体が突然輝きだした。驚いている間もなく、召喚したときと同じ煙がボフンと部屋中を満たし、気がつけばコマチの姿はどこにもなくなっていた。きょとんと3人は顔を見合わせる。
「消えちゃった」
「おねーちゃん、どこいったの?」
ミコトは座り込んだまま呟いた。ストクも首を傾げて残されたふたりを交互に見た。スジコはアゴに手をそえる。あれやこれやと脳内会議を繰り広げた結果、スジコはひとつの仮説にたどりつく。
「召喚した人物の夢や悩みを解決すると元に戻るのではないか?」
「やっぱりそういうことかなあ。でも、コマチさんが元の時代に戻ったのかどうかはわからないよ。それに言ってたじゃん。そもそも本物の人間かどうかもわからないって」
「ふむ……明日、もう一度コマチを召喚してみよう」
「え、指名して呼び出せるの?」
「指名して呼び出せるように改良する」
「わかった」
そう言ってミコトは立ち上がる。
「どこへ行く」
「どこって、もう8時だからお風呂沸かすんだよ。スジコ先輩、先入っていいよ」
「な?!」
スジコはかあっと顔を赤らめた。そしてバタバタと荷物を新品のように真っ黒なランドセルに詰め込むと勢いよく立ち上がった。
「お、おなごの家に泊まれるわけないだろう!」
そう言い残しアパートの玄関のドアを音を立てて開けるとあわてて飛び出していった。ミコトはまたじとりとした目でスジコの出ていった扉を見つめて呟いた。
「おなごって……」

翌日ミコトが部室へ行くと、考え込んでいる様子のスジコと教室の隅でうずくまっているストクがいた。またいじめるような言い方で近づいたのかとミコトがスジコを問い詰める。
「違う。コマチの件があったからな。あいつも記憶が戻れば元に戻せるかもしれないと思っていろいろ質問をしていただけだ」
「だから、その質問のしかたがこわかったんでしょ」
「うふふ、私が見張っていたから大丈夫よ。ストクちゃんはすみっこが好きなだけみたい」
「コマチさん!」
扉の死角になっていたところからコマチが姿を表した。ミコトは顔を輝かせて喜んだ。そしてスジコとコマチのふたりからミコトが来るまでのことを聞く。どうやら今日DHIを確認すると100あったエラーが99になっていたらしい。その結果から、召喚してその人物の悩みを解決し元に戻すというのを繰り返していくとエラーがなくなるのではないかという推測にほぼ確信を持った。そのためストクにあれやこれやと質問をしていたとのことだった。そしてコマチに関してはとりあえず昨日の予定どおり機械を改良し、コマチを指名し召喚した。コマチは夢を叶えたはいいものの、現代での美容術を経験してしまうと元の時代ではどうしてもすぐ老いてしまう、また2020年に行きたいと願うことが新たな悩みとなっていたようだ。しかし2度目の召喚をしたときも機械のエラーは99。一度でも解決していればカウントはされないらしい。
「ううーん、頭痛くなってきた」
難しい話が苦手なミコトは頭を抱えた。しかしすぐに、とにかく召喚して悩みを解決してあげればいいんだと納得する。
「じゃあわたし、ストクちゃんの記憶を取り戻すのと、スジコ先輩の研究手伝うよ」
「ストクは頼む。研究はいい。僕がひとりでやる」
「そんなつれないこと言ってると嫌われちゃうわよ? スジコちゃん」
「うぎゅ……抱きつくな!」
「なんとなく気づいてたけどスジコ先輩って女性耐性ゼロだよね」
「かわいいわよねえ。まあ私はオトコ、だけど」
愛らしく舌を出しながら衝撃的な告白をするコマチに、ミコトとスジコのふたりは部室中に響くほどの声をそろえて言った。
「「えっ!?」」
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