14 / 17
第十四話 ラジアルの真の支配者
しおりを挟む
オートサービスラジアルは、時代の流れに飲み込まれようとしていた――。
事務所、カウンター内の椅子に社長と葉子さん、そして美鶴さんの三人が腰かけ、僕はカウンターに寄りかかるようにして立っていた。
重要な会議を思わせる重苦しい雰囲気の中、社長が口を開いた。
「……これも時代だ」
「ウス……」
そう言う社長に、しょんぼりとした美鶴さんが返事をした。
『職場における受動喫煙の防止』
社長も喫煙者だったので今まで言われなかったが、非喫煙者の僕が入社したことでラジアルも時代の流れを無視し続けるわけにはいかなくなったらしい。
おそらくだが陰では葉子さんの圧力が前々からあったのではないかと僕は読んでいる。奥さんである葉子さんも僕と同じ非喫煙者だったからだ。現に社長の隣に座っている葉子さんは「当然です」といった表情をしていた。
「よし、じゃあ多数決をとるぞ。休憩室をこのまま現状維持で喫煙室としたいもの、挙手」
社長の声に合わせ、迷うことなく社長と美鶴さんが手を挙げた。美鶴さんは両手を挙げている。便宜上、喫煙派とする。
「喫煙所を屋外に移設したいもの、挙手」
さっと葉子さんが、真っ直ぐと手を挙げた。男子小学生のような美鶴さんとは真逆の、優等生の如く洗練された仕草だった。
こちらは非喫煙派だ。
僕がどちらにも手を挙げていないことに気が付いた美鶴さんが聞く。
「おいチョコ、お前どっちなんだよ」
どっちだろうか……。まず、入社したての僕が社内のルール改正に関して口を出していいのかどうかで悩んでいた。そして、現在ニ対一で喫煙派が有利である。今後のことを考えると、社長に加勢したほうが色々と都合がよいのではないだろうか……などとゲスい事を僕は考えていた。
美鶴さんと葉子さんの両方の視線が痛い。
そして考えあぐねた結果、出した結論。
「僕は新人なので、発言権がないと言う事で、ここは……」
「日和ったな。この根性なしが」
「日和ったわね。この意気地なしめ」
美鶴さんと葉子さんがほぼ同時に僕を非難する。
「ん~。まぁでも大体は予想通りだけど……。困ったわね~」
葉子さんが顎に手を当て考え込む……ふりをする。視線は隣に座る社長へと向けられていた。僕が棄権した時点ですでに採決は出ているはずなのだが、明らかに圧力をかけている。そして葉子さんの中では僕が棄権することは想定内だったらしい。
「そ、そうだな。この場合は……」
社長が答えを言い淀んでいると、不意に駐車場に一台の商用車が入ってきた。その見慣れた車種に社長と美鶴さんが注視する。
降りてきた人物は事務所のガラス戸を開いた。
「こんちわ~。あら珍しい。会議か何か?」
山咲さんである。
いつもはお昼休みにしか来ない彼女が、今日に限ってこの時間にラジアルへ顔を出したのだ。彼女の姿を見た瞬間、喫煙派にとっては天の助けのように見えたのかも知れない。
部外者であるはずなのだが、美鶴さんが早速喫煙派に抱き込もうと声をかける。そして社長はその様子を見て止める気は無いようだった。
一通り説明を聞いた山咲さんは、開口一番こう言った。
「現状維持で!」
これで喫煙派三人に、非喫煙派一人である。話の流れから今まで通り休憩室が喫煙室として使われることが決定しそうになった、その時であった。
「待って。春香ちゃんは部外者でしょ」
葉子さんの声。まったくもってその通りである。堂々と休憩室に入ってくるので、僕も感覚がおかしくなってしまっているが、この人は部外者である。
「でもハル姉しょっちゅう来てますよ? もうこれ半分従業員でしょ?」
美鶴さんが何とか戦力として認めてもらおうとする。よく見ると社長も腕組みをしながら小刻みに「ウンウン」と頷いている。よほどタバコが吸いたいらしい。
「せっかくエアコン付きの喫煙室だったんですよ! うちの会社、喫煙所が外なんです! ここは最後に残されたオアシスなの! 絶対に失うわけにはいかないんです!」
山咲さんが主張する。ああ、なるほど。そういう事もあって、ラジアルに頻繁に遊びに来ていたのか。
「でもここは健康に影響があるチョコ君の意見を一番尊重すべきじゃないかしら? チョコ君はどう考えてるの? 喫煙場所を外に放り出すべきよね?」
できるだけ傍観者に徹しようと気配を殺していたつもりなのだが、僕にお鉢が回ってきてしまった。葉子さんの言葉によって、全員の視線が僕へと集中する。
「えっ……、あっ……。そ、掃除の途中だったので……」
「待てやコラ」
逃げようとしたが逃げ道を山咲さんに塞がれてしまった。
「ええと……。げ、現状維持で……いいのではないでしょうか?」
我ながら情けない返事ではあったが、正直僕としてはそんなに大きな問題にも感じなかったと言うのもある。健康問題等を考えると、もっと真剣に取り組むべきなのかも知れないが……。
「しょうがないわね~。チョコ君がそう言うのなら」
一息、何かを押し殺すように間を置いてからそう言うと、こちらをジト目で見る葉子さん。他の三人はというと、まるで僕が決定的な発言をしたかのような視線を送っていた。
あれ? これは僕の所為なのだろうか? 僕は社長夫人の葉子さんに盾突いてしまったと? 僕は遠の安全地帯から見守ろうとしただけなのに……。
「じゃあ、残念だけど暫くはこのままと言うことで」
その葉子さんの言葉を聞いて、隣で社長が安堵の溜息をついていた。結果、休憩室を喫煙室と兼ねるという、現状維持の方針で決定した。
「暫く」と言う事なので、葉子さんによっていつかまた提議されることもあるという事だろう。
この一件で僕は気付いたのだが、この会社の本当の支配者は葉子さんではないのだろうか……。
「あと、三人ともタバコの本数を少し減らしなさい」
お母さんに怒られ拗ねた子供ような三人の返事を聞くと、葉子さんは立ち上がり事務所を後にした。
数日後、アッシュの小屋から少しだけ離れた場所にいつの間にか置き型の灰皿が設置されていた。確か倉庫にあった灰皿だ。
誰が置いたのか分からないが、天気のいいお昼休みには、社長と美鶴さんが並んで話をしながらタバコを吸っているのをちょくちょく目撃するようになった。
事務所、カウンター内の椅子に社長と葉子さん、そして美鶴さんの三人が腰かけ、僕はカウンターに寄りかかるようにして立っていた。
重要な会議を思わせる重苦しい雰囲気の中、社長が口を開いた。
「……これも時代だ」
「ウス……」
そう言う社長に、しょんぼりとした美鶴さんが返事をした。
『職場における受動喫煙の防止』
社長も喫煙者だったので今まで言われなかったが、非喫煙者の僕が入社したことでラジアルも時代の流れを無視し続けるわけにはいかなくなったらしい。
おそらくだが陰では葉子さんの圧力が前々からあったのではないかと僕は読んでいる。奥さんである葉子さんも僕と同じ非喫煙者だったからだ。現に社長の隣に座っている葉子さんは「当然です」といった表情をしていた。
「よし、じゃあ多数決をとるぞ。休憩室をこのまま現状維持で喫煙室としたいもの、挙手」
社長の声に合わせ、迷うことなく社長と美鶴さんが手を挙げた。美鶴さんは両手を挙げている。便宜上、喫煙派とする。
「喫煙所を屋外に移設したいもの、挙手」
さっと葉子さんが、真っ直ぐと手を挙げた。男子小学生のような美鶴さんとは真逆の、優等生の如く洗練された仕草だった。
こちらは非喫煙派だ。
僕がどちらにも手を挙げていないことに気が付いた美鶴さんが聞く。
「おいチョコ、お前どっちなんだよ」
どっちだろうか……。まず、入社したての僕が社内のルール改正に関して口を出していいのかどうかで悩んでいた。そして、現在ニ対一で喫煙派が有利である。今後のことを考えると、社長に加勢したほうが色々と都合がよいのではないだろうか……などとゲスい事を僕は考えていた。
美鶴さんと葉子さんの両方の視線が痛い。
そして考えあぐねた結果、出した結論。
「僕は新人なので、発言権がないと言う事で、ここは……」
「日和ったな。この根性なしが」
「日和ったわね。この意気地なしめ」
美鶴さんと葉子さんがほぼ同時に僕を非難する。
「ん~。まぁでも大体は予想通りだけど……。困ったわね~」
葉子さんが顎に手を当て考え込む……ふりをする。視線は隣に座る社長へと向けられていた。僕が棄権した時点ですでに採決は出ているはずなのだが、明らかに圧力をかけている。そして葉子さんの中では僕が棄権することは想定内だったらしい。
「そ、そうだな。この場合は……」
社長が答えを言い淀んでいると、不意に駐車場に一台の商用車が入ってきた。その見慣れた車種に社長と美鶴さんが注視する。
降りてきた人物は事務所のガラス戸を開いた。
「こんちわ~。あら珍しい。会議か何か?」
山咲さんである。
いつもはお昼休みにしか来ない彼女が、今日に限ってこの時間にラジアルへ顔を出したのだ。彼女の姿を見た瞬間、喫煙派にとっては天の助けのように見えたのかも知れない。
部外者であるはずなのだが、美鶴さんが早速喫煙派に抱き込もうと声をかける。そして社長はその様子を見て止める気は無いようだった。
一通り説明を聞いた山咲さんは、開口一番こう言った。
「現状維持で!」
これで喫煙派三人に、非喫煙派一人である。話の流れから今まで通り休憩室が喫煙室として使われることが決定しそうになった、その時であった。
「待って。春香ちゃんは部外者でしょ」
葉子さんの声。まったくもってその通りである。堂々と休憩室に入ってくるので、僕も感覚がおかしくなってしまっているが、この人は部外者である。
「でもハル姉しょっちゅう来てますよ? もうこれ半分従業員でしょ?」
美鶴さんが何とか戦力として認めてもらおうとする。よく見ると社長も腕組みをしながら小刻みに「ウンウン」と頷いている。よほどタバコが吸いたいらしい。
「せっかくエアコン付きの喫煙室だったんですよ! うちの会社、喫煙所が外なんです! ここは最後に残されたオアシスなの! 絶対に失うわけにはいかないんです!」
山咲さんが主張する。ああ、なるほど。そういう事もあって、ラジアルに頻繁に遊びに来ていたのか。
「でもここは健康に影響があるチョコ君の意見を一番尊重すべきじゃないかしら? チョコ君はどう考えてるの? 喫煙場所を外に放り出すべきよね?」
できるだけ傍観者に徹しようと気配を殺していたつもりなのだが、僕にお鉢が回ってきてしまった。葉子さんの言葉によって、全員の視線が僕へと集中する。
「えっ……、あっ……。そ、掃除の途中だったので……」
「待てやコラ」
逃げようとしたが逃げ道を山咲さんに塞がれてしまった。
「ええと……。げ、現状維持で……いいのではないでしょうか?」
我ながら情けない返事ではあったが、正直僕としてはそんなに大きな問題にも感じなかったと言うのもある。健康問題等を考えると、もっと真剣に取り組むべきなのかも知れないが……。
「しょうがないわね~。チョコ君がそう言うのなら」
一息、何かを押し殺すように間を置いてからそう言うと、こちらをジト目で見る葉子さん。他の三人はというと、まるで僕が決定的な発言をしたかのような視線を送っていた。
あれ? これは僕の所為なのだろうか? 僕は社長夫人の葉子さんに盾突いてしまったと? 僕は遠の安全地帯から見守ろうとしただけなのに……。
「じゃあ、残念だけど暫くはこのままと言うことで」
その葉子さんの言葉を聞いて、隣で社長が安堵の溜息をついていた。結果、休憩室を喫煙室と兼ねるという、現状維持の方針で決定した。
「暫く」と言う事なので、葉子さんによっていつかまた提議されることもあるという事だろう。
この一件で僕は気付いたのだが、この会社の本当の支配者は葉子さんではないのだろうか……。
「あと、三人ともタバコの本数を少し減らしなさい」
お母さんに怒られ拗ねた子供ような三人の返事を聞くと、葉子さんは立ち上がり事務所を後にした。
数日後、アッシュの小屋から少しだけ離れた場所にいつの間にか置き型の灰皿が設置されていた。確か倉庫にあった灰皿だ。
誰が置いたのか分からないが、天気のいいお昼休みには、社長と美鶴さんが並んで話をしながらタバコを吸っているのをちょくちょく目撃するようになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる