アーヤと魔法の鞄

れのひと

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王都へのお使い

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ゴブリンに向かってアーヤはただひたすらに鞄をぶつけまくった。もちろんそれでゴブリンが倒せるわけもないのだがその鞄がある分だけゴブリンはアーヤに近づくことが出来ない。武器を使用するくらいの知能があるゴブリンなのでそのうち鞄をつかまれてしまうだろう。そうしたらアーヤはそれに引きずられ倒れこみ後は襲われるだけになる。

目をつぶり必死に鞄を振り回すアーヤは気が付いていなかった。先ほどからゴブリンに鞄がぶつかっていないことに…それでも振り回し続けたアーヤは腕を振るのにも疲れてきて息を切らせながらその場に座り込んだ。

足元を見つめながらアーヤは息を整えつつこんなことを考える。もう助からない…と。そう考えたら涙が目に浮かんできて止まらなくなった。震えてくる体を押さえながら恐怖を押さえながら終わるのを待つ。

「…ヒッ」

こういった時間は妙に長く感じるものでなかなかその時がやってこない。零れ落ちる涙が地面にしみていくのをただ眺めて待つだけだ。

「…?」

あまりにも長すぎて怖いけれどアーヤは視線を上にそっと上げてみる。するとさっきまでいたはずのゴブリンは1匹もいなくなっていた。

「あれ…? なんで…」

助かったことにほっとしつつもいなくなったことを不思議に思ったアーヤは、座り込んだまま頭を動かしあたりを見わたした。けれどどこを見てもゴブリンの姿はなくあたりは静まり返っている。いまだ震えている足に力を籠めゆっくりと立ち上がろうとするがうまく立てず結局またアーヤは座り込んだ。

「あ…」

すると再び両目から涙がポロポロとあふれ出し止まらなくなる。

「生きて…る…」

今度こそ安心して軽く顔に笑みが戻り始めた…がそこへ再び草むらからの音が聞こえてきた。その音に驚きアーヤの表情が固まる。そっと首を動かし音がしたほうを見つめるアーヤ。だんだんと見えてくるシルエットはアーヤよりも若干高いくらいの身長で、どう見てもゴブリンには見えない。

「なんでこんなところに女の子が?」

姿を現したのは男女の2人で頭の上のほうに三角の耳を付けた猫獣人だった。その男の子のほうがアーヤを見つけて困惑していた。

「なんにゃのにゃ?」
「あ、うん…女の子が僕を見て気絶したんだ…ねえ、僕って怖いかな?」
「ん~~とってもかわいらしい猫獣人の男の子にゃっ」
「だよね…ハハ」

自分で聞いておいて猫獣人の男の子は顔をひきつらせた。思わず乾いた笑いも出るくらいなのでよほどショックだったのがわかる。

「それよりどうしようか…」
「人間の女の子かにゃ…とりあえず起きるまで寝かせておくしかないにゃ」
「だよね…」

軽くため息を吐くと猫獣人達はその場に座り込み休憩を始めるのだった─────


それからどのくらい時間が過ぎただろう。あたりの空はうっすらと赤みを帯びてきて今にも日が落ちてしまいそうだ。重たい瞼をゆっくりと持ち上げたアーヤはぼんやりと視界に移るものを眺めている。目に映っているのは焚火の揺らめく炎と2人の人影。今の状況がわからずただただその状況を眺めている。

「あ、おきたにゃ」
「え、本当? 大丈夫ですか。どこかケガとかないですかー?」

聞こえてきた声にアーヤのぼんやりとしていた意識がはっきりしだす。瞬きを繰り返したアーヤは突然飛び起き首を左右に巡らした。

「ゴ…ゴブリンはっ!?」
「…そんにゃものはいにゃかったにゃ」
「え…?」

その言葉にアーヤはやっと2人の姿が目に入った。三角にとがった耳が頭の上についていてすらりと長いしっぽがお尻のあたりから伸びている。女の子のほうの耳としっぽはオレンジ色をしていて男の子のほうは真っ白だ。

「あの、具合はどうですか??」
「えっと…なんともないです。少し目の下がひりひりします」
「ああ…ではこちらをどうぞ」

男の子のほうがクスリと笑い小瓶を差し出してきた。その小瓶をおずおずと手を伸ばし受け取ったアーヤは瓶に書かれているラベルを読み取る。そこには【回復小】と書かれていた。文字を確認したアーヤは小瓶の蓋を開け一気に飲み干した。するとほんのり体が温かくなり、目の下のひりひりが消える。

「私アーヤって言います。えと…ありがとうございます!」
「僕はアーク」
「ニャマだにゃ」

少し遅めの自己紹介をすると今度こそ助かったとアーヤは大きなため息をついた。その様子に気が付いたアークとニャマは不思議そうにアーヤの顔を覗き込む。泣きはらした顔とゴブリンという言葉で多少は予想のついていたアークはそれでも念のためにとアーヤに事情を聞くことにした。

「お一人で狩りでもしてたんですか?」
「まさか…っ あーえーと…」

目線を少しそらしたアーヤがバツが悪そうに口ごもりながら事の成り行きを話し出した。馬車について歩くことは違法などではないがあまり進められたものではないので、アーヤには少し抵抗があったのだ。

「それは…」
「運がなかったのにゃっ」
「ほんとにそうですっ でもお二人に会えたことは幸運なことですよね」

アーヤの話を聞きながらアークは考えていた。消えてしまったゴブリンについて…たしかにアークとニャマが来たときはすでにアーヤ一人だった。そのことははっきりと覚えている。だがアーヤは倒していないというし、理由もなくゴブリンが逃げるとも思えなかったからだ。

「不思議だな…」

ぽつりとアークが口にした言葉はそのまま誰の耳にも入ることはなかった。
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