アーヤと魔法の鞄

れのひと

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王都へのお使い

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馬車が出発してどのくらいたっただろうか。昨日の疲れも幾分とれたアーヤは歩きながらも周りに増えた人たちの顔を眺めていた。もちろんそのついでに最初からいた人の顔も眺めてみるのだがやはりみんみんな疲れが出てきているみたいで少し元気がない。

「あれ?」

宿場町へ着いた時にはいたと思われるフードを被った女性、アーヤが小瓶を最初に売った相手がいないことにアーヤが気が付いた。せっかく小瓶を売ったのにもういないなんてと少しだけアーヤは呆れてしまう。もしかしたらあの宿場町に用があったのかもしれないのだかその点にはアーヤは思い至らなかったのだ。

「…っと」

よそ見をしていたアーヤは小石に躓いて転びかけた。よそ見は危ないと気がづきアーヤは大人しく前を進む馬車を見ることにした。すると前の方で何やら話あっている声が聞こえてくる。アーヤのいる位置からは少し遠くて内容は聞き取れないが少しだけ緊迫感を感じるのだった。

「きゃあああああっ」

アーヤが歩いている場所よりもまだまだ後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。その声とともに前へ横へと後ろの方から走ってくる人たちが多数。前のほうでは馬車の速度が上がる。護衛の人たちも馬車について走るものとその場に残るものと2手に分かれるのだった。

「ま、ま…魔物だーー!」

その声をきっかけにあたりはパニックになった。慌てて転ぶもの、急いで馬車についていこうとするもの、逃げようと全然違う方に逃げるものもいた。ぼんやりとその様子を眺めていたアーヤは魔物の姿が見え始めると、さすがに顔を青くし震え上がった。

「に、逃げなきゃ…っ」

なぜアーヤはがすぐに逃げなかったのかというと、たまにただ声だけで本当に魔物が来たわけでないときもあるからだ。これはこの場を混乱させ慌てて荷物を落としていく人もいてその荷物を奪う人もいるからで、それに騙されないように魔物の姿を確認するまで信用出来なかったからなのだが、足の速い魔物だった場合手遅れになることもあるのであまりよくないことなのだ。実際に魔物が現れた時護衛の人たちがすぐに倒してくれるのでできるだけ前の方にいたアーヤは落ち着いてその様子を眺めていたのである。

その場に残った護衛達よりも前へと走り出したアーヤは、馬車の向かった方を目指し進む。時折横からやってくる魔物をカバンで殴りつけ、振り回し、ただ前へ前へと進む。息が切れカバンから小瓶を取り出しその香りをまといながら少しでも魔物達から遠ざかろうとアーヤは走り続けた。

「も…無理…っ」

荒い息を整えながらアーヤは視線をあたりに巡らせた。とりあえずアーヤの視界に入る範囲には魔物の姿はない。そのことを確認するとアーヤはほっと胸をなでおろし、カバンから水筒を取り出して水を一気に飲んだ。水を飲んだことで気持ちが落ち着いてきたアーヤは鞄から取り出した地図を広げた。

「えーと……うぅ…」

地図を持つアーヤの手に力が入ったのか手にしている箇所にくしゃりとしわがよる。その手は小刻みに震え今にも地図を取り落としそうだ。実はアーヤは現在位置を知る魔法や方角を示す魔法の習得が出来ていなかったのだ。これだといくら地図を眺めていても進む方向がわからないだろう。

「はぁ…」

近くにあった切り株に腰掛けるとアーヤは膝を抱えうずくまった。ここまでの出来事を思い出すとため息しか出てこないのだ。急ぐあまり馬車を利用したことを今では後悔しているアーヤだった。

ガサガサッとあたりからいろんな音が聞こえてくる。小動物の移動する音かもしれない。遠くで鳴き声を上げている生き物や、もしかしたらさっき追い回された魔物と同種のものかもしれない。聞こえてくる音たちにアーヤはさらに不安になった。それでも膝を抱えた姿勢のままで頭の中はどうすればいいのかとぐるぐると思考を巡らせている。

「何か使えそうな魔法…荷物は……いざとなったら…」

ぶつぶつとたまに口から零れる言葉から何を考えているのかわかりやすい。アーヤは顔を上げると鞄に手を入れ中身の確認を始めた。もちろん自分が入れたものは把握しているのだが、鞄を受け取ったときに中が空だったかどうか確かめていなかったことを思い出したのだ。

「あ…し、師匠のあほうううううううううううっ」

鞄から取り出した小袋の中にクズ魔石が20個ほど入っていた。それを今見つけたアーヤは師匠に対して叫んでいる。これがあれば列車に乗ることが出来たのだ。確認しなかったアーヤもいけないのだが、教えておかなかったモルアガナもいけなかったんだろう。

そしてこの叫び声がいけなかった。アーヤは自分から周りへと自分のいる場所を伝えてしまっていることに気が付いていない。再びガザガザと草むらが音を立てて揺れた。その音に気が付いたアーヤはすぐに立ち上がる。座ったままでは逃げることもできないからだ。

目の前の草むらから現れたのはゴブリンが3体。先ほど馬車というかアーヤ達を襲った魔物だった。ゴブリンというのはそれほど強い魔物ではないのだが、戦う力を持たない一般の人たちにとって脅威の存在だ。基本1匹では行動せず数匹固まっているので厄介なのだ。ちなみにアーヤはまだ攻撃できるような魔法は持っていない。殴るための武器も持ち合わせてはいない。せめてその辺で木の棒でも拾っておけばよかったと内心思っているくらいだ。

ゴブリンたちはじりじりとアーヤへの距離を縮めてくる。アーヤは今手元にある鞄の紐を握りしめた。この鞄を振り回すくらいしかアーヤに出来ることがないからだ。じりじりと詰まる距離。緊張のせいで乾いてくる喉…ゴブリンの1匹がアーヤへと向かって走り出した。
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