2 / 8
こどもたちの灯火
冒険のはじまり
しおりを挟む
遠くから聞こえてくるギターの音色。
風に揺られた葉擦れの音が、遠くかすかに。
すべるように進むボートの舳先で、ランタンの灯りを頼りにクリスタが周囲を警戒していて、アリシアは星の位置を頼りに方角を見定める。ジェムができるだけ静かに水をかくオールの立てる音は、時折不規則になるリズムでこどもたちを先へ先へと運んでいく。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。
ちゃぷ、ちゃぷ。
穏やかな海。穏やかな夜。月明かり。かすかな虫の声。
こどもたちを乗せたボートが進む。
しばらく進んで、やがて波に見え隠れする岩礁の合間を、そこばかりは三人の目で周囲を確認しながら、注意深く進んでいく。
子供たちにとっては勝手知ったる遊び場の海だが、見知らぬ海から来た船にとっては難所と呼ばれる類の場所だろう。
満潮の時には、岩礁の存在さえ見えないのだ。まして、嵐の夜であれば。
「あそこだね」
「うん」
入江の奥に口を開ける真っ黒の洞。
昼間に、ちょっとした冒険のつもりで訪れたことはあるが(無論、アリシアは怖々と着いてきた)夜にやってくるのは初めてだ。
そのままゆっくりと舟を進めて、ごつごつした岩の隙間にある小さな砂地にボートを停め、近くの岩にロープをしっかり結わえた。
「はい、こっち。クリスタからね」
「はーい、お願い」
ランタンを傍らに置いて、ジェムはまずクリスタを抱っこの姿勢で抱えておろすと、次にアリシアに手を差し伸べた。
2つ歳下の妹分は10歳。
そろそろ13歳に手が届きそうな年頃のジェムからすれば、日々船仕事の手伝いや剣術の鍛錬でいくらか鍛えていることもあり、軽々と少女を持ち上げることが出来た。
「足元気をつけて、あと、念の為なるべく静かにね」
「ええ」
小さな舟、ちゃんとした船着場ではない場所、どうしても多少高いところから飛び降りる必要があった。
ぎ、と船べりが軋む音がして、ぐらりとボートが大きく揺れる。
「ひゃ…っ」
声を上げそうになる口をなんとか手のひらで押さえたものの、そのままバランスを崩しかけるアリシアを、ジェムが腕をつかんで胸に引き寄せた。
「あっぶな…」
「ありがと」
かろうじてお互い声を殺して、抱きとめた体を砂地のうえにそっと下ろした。
(意外に、やわらかかった)
(…思ったより、しっかりしてるのね)
そんな風にお互い思ってしまって、急に湧き上がる思春期の照れくささに、パッと体を離す。
「さ、行こっか」
少し熱くなった頬をごまかすように、ジェムは顔を上げ、腰のベルトのサーベルを確認して、ランタンを持ち直す。
月明かりもそろそろ届かない洞窟のなかは、このランタンが頼りだ。
風に揺られた葉擦れの音が、遠くかすかに。
すべるように進むボートの舳先で、ランタンの灯りを頼りにクリスタが周囲を警戒していて、アリシアは星の位置を頼りに方角を見定める。ジェムができるだけ静かに水をかくオールの立てる音は、時折不規則になるリズムでこどもたちを先へ先へと運んでいく。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。
ちゃぷ、ちゃぷ。
穏やかな海。穏やかな夜。月明かり。かすかな虫の声。
こどもたちを乗せたボートが進む。
しばらく進んで、やがて波に見え隠れする岩礁の合間を、そこばかりは三人の目で周囲を確認しながら、注意深く進んでいく。
子供たちにとっては勝手知ったる遊び場の海だが、見知らぬ海から来た船にとっては難所と呼ばれる類の場所だろう。
満潮の時には、岩礁の存在さえ見えないのだ。まして、嵐の夜であれば。
「あそこだね」
「うん」
入江の奥に口を開ける真っ黒の洞。
昼間に、ちょっとした冒険のつもりで訪れたことはあるが(無論、アリシアは怖々と着いてきた)夜にやってくるのは初めてだ。
そのままゆっくりと舟を進めて、ごつごつした岩の隙間にある小さな砂地にボートを停め、近くの岩にロープをしっかり結わえた。
「はい、こっち。クリスタからね」
「はーい、お願い」
ランタンを傍らに置いて、ジェムはまずクリスタを抱っこの姿勢で抱えておろすと、次にアリシアに手を差し伸べた。
2つ歳下の妹分は10歳。
そろそろ13歳に手が届きそうな年頃のジェムからすれば、日々船仕事の手伝いや剣術の鍛錬でいくらか鍛えていることもあり、軽々と少女を持ち上げることが出来た。
「足元気をつけて、あと、念の為なるべく静かにね」
「ええ」
小さな舟、ちゃんとした船着場ではない場所、どうしても多少高いところから飛び降りる必要があった。
ぎ、と船べりが軋む音がして、ぐらりとボートが大きく揺れる。
「ひゃ…っ」
声を上げそうになる口をなんとか手のひらで押さえたものの、そのままバランスを崩しかけるアリシアを、ジェムが腕をつかんで胸に引き寄せた。
「あっぶな…」
「ありがと」
かろうじてお互い声を殺して、抱きとめた体を砂地のうえにそっと下ろした。
(意外に、やわらかかった)
(…思ったより、しっかりしてるのね)
そんな風にお互い思ってしまって、急に湧き上がる思春期の照れくささに、パッと体を離す。
「さ、行こっか」
少し熱くなった頬をごまかすように、ジェムは顔を上げ、腰のベルトのサーベルを確認して、ランタンを持ち直す。
月明かりもそろそろ届かない洞窟のなかは、このランタンが頼りだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる