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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百三十六話 竜の国へ家族旅行(その5)
しおりを挟む家族旅行編ラストです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日――ミナヅキ一家は、竜の国での観光を満喫した。
ドラゴン乗りの体験、ドラゴンの乳しぼり、赤ちゃんドラゴンとの触れ合い。そして馬の代わりにドラゴンが車を引っ張って移動する『竜車』の存在。
まさにドラゴン尽くしの観光に、ミナヅキたち――特に子供たち二人は、笑顔が絶えなかった。そして料理も当然の如くドラゴン絡み。分厚いドラゴンステーキの大迫力は、凄まじいを通り越した代物であった。
たっぷり遊んでお腹いっぱい食べた一日は、あっという間に過ぎ去っていく。
そして夕焼け空の中、ミナヅキたちは宿へ戻りがてら、リュートたちのいるエルヴァスティ家を訪れようとしていた。
リュートの義姉であるベラに、子供たちを会わせたいと思ったからだ。
何気にヤヨイも会ったことがないため、シオンと二人して今日が初対面ということになる。故に少しだけ緊張している様子を見せていた。
「そんな固くならなくても大丈夫よ。ベラちゃんは明るくて優しい子だから」
アヤメが苦笑しながら宥めるも、やはり子供たちの緊張は解けない。会えばなんとでもなると思い、アヤメもそれ以上は言わないことにした。
そしてエルヴァスティ家が見えてきた。
家の前には三人の人物が立っており、そのうちの一人が近づいてくるミナヅキたちの存在に気づく。
「あ、来た! ミナヅキさーん、アヤメさーん、お久しぶりでーす!」
ブンブンと手を振りながら笑顔を浮かべる明るい女性。彼女こそがリュートの義姉のベラであった。
ミナヅキとアヤメも久々に顔を合わせるのだが、その成長した姿には驚きを隠せないでいた。
「久しぶりだな、ベラちゃん。随分とまぁ綺麗になったもんだ」
「ホント、話には聞いてたけどビックリしちゃったわ」
ベラと握手を交わしたミナヅキは、後ろに隠れている子供たちを前に出す。
「紹介するよ。ウチの子供たちで、娘のヤヨイと息子のシオンだ」
「ほら、挨拶しなさい」
『は、はじめまして』
アヤメに促され、緊張しながらも挨拶する姉弟。それに対してベラも、少しかがみながらニッコリと笑顔を見せる。
「はーい、初めまして。私はリュートのお姉ちゃんで、ベラって言うの。もっともヤヨイちゃんとは、赤ちゃんの時に会ってたりするんだけどね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。まぁ、でも生まれたばかりだったから、無理もない話だよ」
ベラの優しい笑みに、ヤヨイとシオンの緊張も少し解けた。そしてシオンが、リュートのほうに視線を向け、改めてベラを見上げる。
「リューにーちゃんのおねーちゃんなんだ……」
「そうだよ。もっとも将来は、リュートと結婚する予定なんだけどね♪」
笑顔でそう言い切ったベラに対し、ヤヨイとシオンは二人して首を傾げる。
「あの……姉弟で結婚はおかしいんじゃないかと思うんですけど」
「きょーだいは、ずっときょーだいのままじゃないの?」
実にもっともな疑問である。事情を知らない者からすれば尚更だろう。もっともミナヅキとアヤメは、リュートからこっそりとそれとなく聞いてはいたのだが。
「なるほど、あの話はこういうことか」
「あれは凄まじく本気ね。そう簡単にブレることはないわよ」
夫婦揃って、冷静にベラの様子を観察していた。
「あの二人が結婚すること自体、問題ないと言えばないんだよな」
「血は繋がってないからね。竜の国の文化も相まって、二人のようなケースも珍しくないみたいだし」
竜の国では能力の高い子供を養子に引き取って、大人になってからその家の家族と結婚させることは珍しくない。竜の国で生まれ育ったミルドレッドも、当人同士の気持ち次第で決めていいと言っていた。
しかしあくまで、最後は当人同士の気持ちによって決められる。
ベラは結婚する気満々だが、リュートにそのつもりは一切ないことは、前々から明言しているのだった。
「姉ちゃん、頼むからそこまでにしてくれないか?」
ここでリュートが、ベラの話に割って入る。
「確かに僕たちは血が繋がってないから、結婚すること自体は何の問題もない。でも僕は、姉ちゃんのことはずっと姉ちゃんと思っていたいんだ! それこそ結婚なんて想像もできないほどだよ」
「リュ、リュート……」
リュートの熱弁にベラがショックを受けた表情を見せる。その後ろでシャーリーが勝ち誇った笑みを浮かべていたのだが、誰も気づいていなかった。
すると、その場がしんと静まり返ったところに――
「……なんかよくわかんない」
シオンの声が響き渡った。一瞬、呆気にとられる一同であったが、すぐに我に返ったミナヅキがシオンの頭を撫でながら言う。
「男女の付き合いや結婚にも、色々な考え方があるってことさ」
「ふーん」
無表情による生返事。恐らくシオンは理解はしていないだろうが、追々教えて行けばいいかとミナヅキは結論付けた。
「ポヨポヨ」
するとそこに、スラポンがやってきた。その後ろには子供である小さな二匹のスライムが、興味深そうにミナヅキたちをジッと見つめている。
「あ、スラポンだー♪」
シオンが笑顔になって駆け寄る。そしてスラポンを抱き留めたところで、ミナヅキたちのほうを振り向いた。
そんな息子に対し、ミナヅキは苦笑する。
「いいよ。少し遊んでおいで」
「わーい♪」
シオンはリュートたち三人のことを完全に記憶から吹き飛ばし、スラポンを抱えたまま走り出した。そしてすぐに二匹のスライムたちとも仲良くなり、楽しそうにじゃれ合う姿を披露する。
「まぁ、とにかく――」
リュートはコホンと小さく咳ばらいをした。空気をぶち壊されはしたが、むしろこれで落ち着くことができたと思い、改めて真剣な表情を見せる。
「確かにベラ姉ちゃんは美人だ。スタイルだって申し分ない。面倒見も良くて明るくて力強くてどこまでも元気とくれば、そりゃあ男は放っておかないだろうさ」
「リュ、リュートってば、そんな恥ずかしいこと言わないでよぉ~」
拳を掲げながら力いっぱい語るリュートに、ベラがいやんいやんと体をクネクネと揺れ動かす。
その際に彼の後ろで、シャーリーがドス黒いオーラを噴き出していたが、それを目撃したミナヅキとアヤメは、ひとまず見ないことにした。
「しかしそれは、あくまで他人だったらの話だ。僕はあくまで、姉ちゃんのことは姉ちゃんとしてしか見れないんだよ。自分に言い聞かせてるとかじゃなくてね」
その瞬間、ベラの動きがピタッと止まった。そしてリュートのほうを見ると、彼がどこまでも真剣な表情をしていることがよく分かってしまう。
「だからリュートさんは、ベラさんに対して恋愛感情は全く持ってないと?」
「――うん。そういうことになるね」
要約したヤヨイに、リュートは笑顔で答える。いいタイミングだった――彼はそう思いながら、心の中で少女に感謝した。
「だから姉ちゃん、いい加減に分かってくれないかな?」
「そうよベラ。リューくんをこれ以上困らせちゃダメなんだから」
ここでずっと静観していたシャーリーが、口を開いてきた。
「リューくんは私が妻として、責任をもって一生支えていくからね♪」
「――はぁ?」
その瞬間、ベラがドス黒いオーラを噴き出させる。有り体に言って恐ろしい。ヤヨイも思わず怯え、素早く両親の後ろに隠れるくらいだった。
「何をワケの分からないこと言ってんの? 冗談なら他所で言って」
「本気に決まってるじゃない♪」
そのオーラにシャーリーは臆することなく、むしろ挑発するようにリュートにしな垂れかかった。その豊満な乳房を思う存分押し付けつつ。
当然ながらリュートにも、その感触はダイレクトに伝わっており――
「ちょ、シャーリー!」
「なぁに? 今更こんなことで恥ずかしがらなくてもいいじゃない、全くもう♪」
頬を赤らめながらも引き下がる様子を見せない。むしろ余計にグイグイと押し込んでいる。俗に言う『当ててんのよ♪』状態を披露していた。
「あなたは所詮姉止まり。対する私はそれなりに彼の心を動かした。つまり私に分があるということよ。それが分からないあなたじゃないでしょ?」
そしてシャーリーは、再び挑発めいた視線を向ける。それに対してシャーリーは一瞬たじろぐも、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「それはどうかしらね? 世の中には一発逆転という言葉があるわ!」
「フッ――できればそのまま夢を見ていてちょうだいな。その間に私が彼と結ばれる姿を、確かな現実として見せて差し上げるから♪」
「呑気に言ってられるのもそこまでよ。夢を現実にしてこその人生だからね!」
「夢は夢、現実は現実。それをちゃんと見極めるのも重要よ?」
「……どこまでも減らず口を叩いてきやがるわね、この腹黒看板娘」
「そーゆーあなたも汚い言葉はこれっきりにしてくれない? おバカ姉さん」
『ぐぬぬぬぬぬぬ――――』
そして二人の女性は顔を近づけ睨み合う。間に挟まれる形となったリュートは、身動きが取れず困り果てていた。
(あぁ、一体どうしてこんなことになってしまったんだろうか?)
リュートは現実逃避がてら、今朝がたのことを思い出すのだった。
◇ ◇ ◇
清々しい朝の空気を味わっていた時――シャーリーが突然訪ねてきた。女将である母に頼み込んで、急きょ一日の休みをもらったと言いながら。
「ど、どうしたのさ?」
リュートは軽く尻込みしていた。彼女の表情が、まるで戦場へ挑む兵士のような真剣さを醸し出しており、心なしか威圧感すらも感じられた。
「あの、リューくん……今日はキミに伝えたいことがあって来たの」
「え、なに?」
てっきりとんでもないお願いでもしてくるのかと思いきや、ただ単に何かを伝えたいだけ――思わずリュートは拍子抜けしてしまった。
しかしこの直後、彼の中でとんでもない展開が巻き起こることとなる。
「リューくん。私はあなたのことが好きです。もう結婚したいくらいに♪」
頬を染めながら笑顔で言い切るシャーリー。それに対してリュートは、一瞬何を言われたのか理解できず、口をポカンと開けるばかりであった。
一方の彼女も、もはや完全にエンジンがかかっており、止まることはない。
「急にこんなこと言われて信じられないかもだけど……私がキミのことを好きだっていうのは、ウソでもなんでもない、心からの気持ちだから」
見上げてくるシャーリーは、目が少し潤んでいた。初めて見たかもしれない彼女の姿に、リュートは戸惑いを隠せない。
「細かい理由なんてない。小さい頃から一緒に過ごしてきて、気が付いたら好きになってたの。誰にも渡したくない。あなた以外の男と結婚なんかしたくない。それぐらいリューくんのことが好きなんだよ?」
不思議とスラスラ言葉が出てきていた。これまで悩んでいたのが、まるでバカバカしくなってくるほどに。
実際、恥ずかしがって強がって、変に言い訳してきた。けれどそれは、本当に無意味だったのだろう――シャーリーはひっそりとそう思っていた。
「え、あの、その……」
ここでようやくリュートが再起動する。
「シャーリーが、僕のことを? ほ、本当に?」
「本当だよ。流石に冗談でこんなことは言わないよ」
ニッコリと微笑むシャーリーは、なんだか一段と可愛く見える気がした。
そして彼女は明かした。昨晩ヤヨイと話したことで覚悟を決め、一世一代の勝負に挑むことにしたと。
ヤヨイの言葉がシャーリーをここまで動かしたのだと。
(や、やっぱり兄さんと姉さんの娘だ……末恐ろしい子だよ、マジで)
思わず姪っ子の将来を案じるリュート。ちょっとした現実逃避でもあったが、それも数秒のことであった。
シャーリーの視線はしっかりとロックオンしている。ちゃんと答えるまでは絶対に逃がさないからと、そんな無言の訴えが感じられて仕方がない。
その時――
「ふぅん? シャーリーはあたしに宣戦布告するってことなんだね?」
冷え切った声が聞こえてきた。朝に弱く、しばらくは起きてこないだろうと思われていた姉が、何故か今日に限って起きてしまうとは。
「あら、おはようベラ。お寝坊さんのアンタが、今日は随分と早いじゃない?」
「胸騒ぎがしたから跳び起きてきたのよ。そうしたら案の定だったわ」
シャーリーもベラも冷静な口調で話している。しかしお互いの目は全くと言っていいほど笑っておらず、何故か寒々しく感じてすらきていた。
「あらあらー、シャーリーちゃんも遂に決着をつけに来たのね。リュート、しっかり返事をしてやるんだよ。据え膳食わぬは男の恥だからね!」
「あんなに小さかったリュートも、青春を謳歌か……大きくなったもんだなぁ」
しかも義父母であるバージルやミルドレッドまで出てきた。今の告白を、二人もしっかりと聞いていたのだろう。
そしてミルドレッドの強い視線がリュートにぶつけられる。
――さっさと返事をしちまいな!
そう言われた気がした。
(でも――そうだな。確かに僕も男として、ちゃんと返事をしないと!)
突然過ぎる展開とはいえ、シャーリーが勇気を振り絞ってきたのは確かだ。こうして真正面から勝負してきた子に対し、逃げるというのは最低である。それどころかその瞬間、全てを失うような気さえもしてきていた。
「シャーリー。キミが僕のことを好きと言ってくれたことはとても嬉しいよ」
リュートは小さく息を吐き、心を落ち着けてシャーリーに言った。
「でも正直、まだ自分の気持ちがよく分からない。だから時間が欲しい。いい加減な気持ちで返事をしたくないから……それじゃダメかな?」
これが今の彼にできる、精いっぱいの返事であった。イエスともノーとも言えないその答えに、シャーリーは小さなため息をつく。
多分こうなるだろうと思った――そんな気持ちを乗せて。
「仕方ないわね。その間にも私はキミに猛アタックしていくからね。必ず私に惚れさせるから、覚悟しておきなさい?」
「あ、ちょっと勝手なこと言わないでよ! リュートを骨抜きにするのは、お姉ちゃんであるこのあたしだもんっ!」
またしても二人の言い合いが始まってしまう。そしてしっかりとリュートが間に挟まれる形となった。
傍から見れば両手に花。しかしその空気は殺伐としており、当の本人からすれば逃れたくて仕方がないの一言であった。
平穏な日常は突如として崩れる。
それをまさに肌で感じ取った気がするリュートであった。
◇ ◇ ◇
「なるほどね。まぁ、大体の経緯は把握できたけど――」
アヤメは小さなため息をつきながら、ヤヨイの頭にポンと手を置いた。
「アンタも大概お節介なところあるわね。やっぱりお父さんの娘だわ」
「えー? それってあたしがお父さんに似たってこと?」
「他にどんな意味があるのよ」
不満そうな顔をするヤヨイに、アヤメが苦笑する。ここでミナヅキもまた、小さく笑いながら振り向いた。
「いや、なんだかんだで母さんにも似てるとこあるだろ」
「あらそう? まぁ、なんにしても、ヤヨイらしいとは思うけどねー」
「確かにな」
夫婦揃って笑い出す姿に、納得できませんと言わんばかりに、ヤヨイがそっぽを向いてしまう。
そんな彼女にシャーリーは近づき、少しかがみながら優しい笑みを向けた。
「ありがとうヤヨイさん。あなたのおかげで、私も一歩を踏み出せたわ」
「い、いえ、そんなことは……」
礼を言われたヤヨイは、顔を赤らめながら戸惑う。
「その、お友達のベラさんと敵対させる感じにしてしまったのは、ちょっと申し訳なかったかなと……」
「そんなことないわ。別に私たちは敵同士じゃないもの」
「え? じゃあ何なんですか?」
きょとんとしながら尋ねるヤヨイに、シャーリーはニッと笑った。
「決まってるじゃない――ライバルよ! 恋敵と書いてね!」
シャーリーは力強く断言する。今でもベラは大事な友達ではあるが、決して譲りたくない気持ちも、しっかりと胸に抱えている――要はそういうことであった。
そして、それを伝えられたヤヨイは――
「は、はぁ……そうですか」
呆然としながら頷くのだった。
改めて同姓ながら、女という生き物の強さを垣間見た気がした。私たちの戦いはここから始まる――そんな強い覚悟を背負う姿は、とても勇ましく感じる。
そして、自分の場合はどうなるのかと、少し考えてみたが――
(あたしが恋愛する姿……なんか想像もつかないや)
ヤヨイはひっそりと笑みを浮かべながら、自分の中でそう結論付けた。
(それにしても、なんか随分と色々なことがあった気がするなぁ)
船上で垣間見た両親の凄さ。壮大な竜の国。そして繰り広げられる恋愛事情。
今回の家族旅行は、恐らく一生忘れられないだろう――ヤヨイはそう思えてならなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回がいよいよ最終話となります。更新は明日(10/26)の19:00です。
なにとぞ最後までよろしくお願いします。<(_ _)>
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