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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百三十三話 竜の国へ家族旅行(その2)
しおりを挟む「大きな魚の魔物が、東からこの船に近づいているとの情報が入ったんです!」
「何だって!?」
ミナヅキとアヤメは血相を変えて立ち上がる。聞こえたシオンとヤヨイも、驚きの表情で振り向いていた。
「あくまで可能性の域を出ていないため、判断しかねているところです。ひとまずステージにおられるカルメーロさんたちにも伝えてはいますが……」
乗務員の言葉に、ミナヅキは再びカルメーロのほうを見る。こっそり何かを話していたのはそういうことだったのかと判断した。
「おい、何をしているんだ!?」
そこに別の乗務員の男性が怒鳴り込んでくる。そして今しがた慌てて駆けつけてきた乗務員の胸ぐらを掴んだ。
「まさかお前、この客人に話しちまったんじゃねぇだろうな」
「は、はい。今さっきこちらのお客様に通達を――」
「バカヤロウが!!」
乗務員の男性は再び怒鳴る。ビックリして抱き着いてきたシオンを、ヤヨイは抱き留めながら不安な表情で様子を伺っていた。
「よりにもよってお客様を不安にさせるようなことを――何考えてやがる!」
「だ、だってこの方々は、冒険者でもあると聞いたモノですから……」
「それとこれとは話は別だろうが!!」
「ひいぃっ!?」
怒鳴られまくって完全に尻込みする乗務員の胸ぐらを開放し、怒鳴っていた乗務員の男性は、赤黒く染まっていた表情を瞬時に収め、背筋を伸ばしつつミナヅキたちに向かって頭を下げた。
「申し訳ございませんお客さま方。魔物の騒ぎは事実ですが、ご心配なく。我々が責任をもって、皆さまを安全にお送りいたしますゆえ」
「はぁ……」
その態度の変化に、ミナヅキたちは再度戸惑いを感じてしまう。
「人ってこうも変わるんだ……」
ヤヨイが思わずそう呟いたが、聞こえていなかったのか否か、乗務員の男性が反応することはなかった。
「オラ、これから対策会議するからさっさと行け! チンタラすんな!」
「は、はいぃっ!!」
胸ぐらを掴まれていた乗務員は、大慌てでその場から逃げ出すように去った。乗務員の男性は、その情けないにも程がある後ろ姿にため息をつく。
「ったく……それでは皆さま、お見苦しいところを晒してしまい、本当に申し訳ございませんでした。どうぞ良い船旅をお楽しみくださいませ」
そして再び背筋を伸ばして一礼し、展望席から去っていくのだった。
「……お楽しみくださいって言われてもなぁ」
「ホントよねぇ」
呆然としながら呟くヤヨイに、アヤメも苦笑しながら同意する。
その時――ステージ上で魔法が解き放たれた。
「待たせたな諸君。ショーの第二幕をやっちまうぜーっ!!」
『おおおおおぉぉぉーーーーっ!!』
長いインターバルに不満が出つつあった観客も、カルメーロの掛け声で一気に盛り上がりを見せる。
「おーっ♪」
シオンも嬉しそうに声を上げる。ショーが続くことを喜んでいるのだ。
その姿に笑みを浮かべつつ、ミナヅキは気になることがあった。
第一幕と明らかに劇団員の配置が異なっている点だ。まるで、東側にいつでも魔法を放てるような体制だと言わんばかりに。
「ねぇパパ。あの人たち、海に向かって魔法を使おうとしてるんじゃない?」
ヤヨイもそれに気づいたらしく、疑問を呈する。
「もしかして……ショーの最中に魔物を仕留めるつもりとか……」
「あぁ。あり得るかもしれないな」
ミナヅキも腕を組みながら頷いた。
「魔物を倒すこともパフォーマンスとすることで、お客さんに恐怖を与えないようにしようと思ったんだろう。下手にここで魔物が近づいてるって知らせたら、パニックになることは避けられないからな」
「そっか。あの人たちは、そこまで考えて……」
カルメーロに対するヤヨイの評価が、うなぎ登りと化した瞬間であった。
現にデッキのほうでは、乗務員は慌ただしく動いているが、観客はショーに夢中となっていて、全く気づいている様子が見られない。
これも恐らくは、カルメーロの目論見どおりなのだろう。
観客に気づかせることなく危機を救った上で、最後まで楽しんでもらい、人々に笑顔をもたらせようとしている。並大抵の覚悟と実力がなければ、とてもできることではない。
「んー……」
しかしここで、ずっと楽しそうにしていたシオンが、急に悩ましそうに首を傾げ始めた。
「どうした、シオン? トイレにでも行きたいのか?」
「ううん違うの。魔法の人が変な感じする」
「変な感じ?」
ミナヅキはシオンが指差した方向を見てみる。その先にはカルメーロがいた。
「特に変な感じはしないけど……ん?」
その時、わずかながら違和感がした。カルメーロは確かに笑顔を浮かべている。しかし第一幕と比べて、ほんの少し無理をしているように見えたのだ。
魔法劇団のメンバーもそれに気づいたのだろう。少しでも負担を抑えようと、カルメーロのフォローに回る動きが目立つようになってきた。
「確かに少し変な感じがしてきたかもな――まさか?」
ミナヅキの脳内に、ある一つの可能性が浮かび上がる。
「さっき作った酔い止めの効き目が、切れてきたのかもしれない」
「え、それヤバくない?」
不安そうに振り向くヤヨイ。そんなことはない――そう言ってやりたかったが、状況が状況なだけにそうも言えなかった。
「ヤバいかもな。予定どおりのパフォーマンスならまだしも、見る限り急なアドリブのオンパレードになってるっぽいから、厳しいことになってるかもしれん」
「そんな……」
苦々しく話すミナヅキに、ヤヨイは絶望感あふれる表情と化す。
更に――
「うわあぁっ!?」
――ザッパアアアァァーーーンッ!!
凄まじい波しぶきとともに広がる大きな影。同時に響く叫び声。それらが人々を絶句させるには十分過ぎた。
「どうやら招かれざる客が来たようだ。俺たちの魔法の錆となってもらおうか」
カルメーロの宣言に、魔法劇団の人々が魔物のいる方角に向かって構え出す。しかもあくまでショーであることを忘れていない。
観客の表情に安心感が宿る。カルメーロたちがなんとかしてくれると。
「頑張れー、カルメーロさーんっ!」
「最高のパフォーマンスを見せてくれえぇーっ!!」
「私たちがついてるわーっ!」
『カルメーロ! カルメーロ! カルメーロ! カルメーロ――』
観客によるカルメーロコールが勢いを増す。もはや人々の中に恐怖はない。むしろこの窮地を目の前にいるヒーローがどうやって乗り越えるのか、それが楽しみで仕方がないという様子であった。
そう――貸し切りの展望席で見ている一家を除いては。
「おとーさん、おかーさん! 見て!」
シオンが慌てながら指をさした。ミナヅキとアヤメが立ち上がって凝視すると、それはすぐに分かった。
カルメーロの様子が明らかに急変していた。
笑顔はかなり引きつっており、無理をしているのは明らかであった。
「パパの予想、的中しちゃったかもだね」
「あぁ。いよいよもって、ヤバくなってきたかもだな」
少なくともヤヨイとミナヅキから見て、カルメーロがここから本調子に戻ることは絶望的だと思っていた。
なんとか誤魔化してはいるが、どんどん顔色が悪くなっている。これで更に激しい動きをすれば、酔い止めの効き目はあっという間に吹き飛んでしまうだろう。
そしてそう思っているのは――二人だけではなかった。
「ミナヅキ! 魔力を強化するドリンク持ってる!?」
アヤメが立ち上がりながら尋ねてくる。十年以上前から変わらない、覚悟を固めた時に見せる強い目をしていた。
「――おぅ、あるぞ!」
その気持ちに応えるべく、強い笑みを浮かべながら、ミナヅキはアイテムボックスから取り出した。
魔力を強化させる特殊なエーテルドリンクを。
十年以上前、偶然ミナヅキが作り上げたその調合薬は、更に年月をかけて改良に改良を重ねていった。そしてつい最近、晴れてギルドに提出できる正式な調合薬として認められるまでに至ったのだ。
アヤメはそれを受け取り、一気に飲み干す。体の奥底から暖かい何かが湧き上がってくる感じがした。
「一発勝負だ。外すなよ!」
「分かってるわ!」
ミナヅキの声にアヤメは強気な笑みで答える。するとシオンが、ミナヅキに素朴な疑問を投げかけた。
「ねぇ、おとーさん。なんでハズしたらダメなの?」
「ドリンクの効き目が魔法一発分なんだよ。しかもこれ以上飲んだら、今度は母さんが倒れてしまうんだ」
つまりそれだけ、効き目が強い調合薬ということである。
一回目のリスクは間違いなく激減されており、よほどのことがない限り問題なく魔力を爆発的に底上げできる。しかし立て続けに二回目を飲めば、今度は体が魔力の底上げに耐え切れず、急激な体調不良に見舞われてしまうのであった。
したがって、エーテルドリンクの服用は、一日に一回が限度。流石にノーリスクハイリターンを得る調合薬にまでは、至らなかった。
それでも冒険者――特に魔法を使用する者には重宝されている。
とっておきの切り札として、お守り代わりに持っていたいという声も、未だ衰えることなく増え続けているのだった。
(――来る!)
アヤメがそう思った瞬間、再び凄まじい水しぶきが巻き起こる。
不思議とアヤメの心は落ち着いていた。
もう何年も前に冒険者は引退しているというのに。シオンに魔法を教えるべく鍛え直し始めたとはいえ、ブランクは相当大きいハズなのに。
「ぐおおおおぉぉぉーーーーっ!!」
巨大な魚系の魔物が姿を見せる。巨大な黒い影となって、大きく口を開けながら飛び出してきた。
「集約する七色の魔力、今ここに凝縮し、一つとなりて解き放つ――」
掲げた両手に集められてゆく魔力は、やがて神々しい七色に変貌する。その収束された光は凝縮され、今か今かと解き放たれるのをひたすら待つ。
「しっかり見てろよ二人とも。あれが母さんの底力だ」
シオンとヤヨイの肩をしっかりと抱きよせながら、ミナヅキがニッと笑う。二人の子供たちは、ひたすら無言でそれを見ていた。
普段、家では決して見ることのない、母の姿を――
「喰らいなさい! 覚醒の魔法――エーテルブラスト!!」
混じり合う七色の光が、途轍もなく巨大な一本の光となって解き放たれる。
凄まじい爆発音が響き渡るとともに、魔物は白い炎に包まれる。断末魔の叫びを轟かせながら、魔物はゆっくりと沈んでいき、そのまま海の中へ消えた。
「ふぅ――やったわね」
長い黒髪をかき分けながら、アヤメが小さく息を吐いた。そこにミナヅキが、ゆっくりと近づいて肩に手をポンと乗せる。
「お疲れさん。なんだかんだで腕は取り戻してきてるみたいじゃないか」
「フフッ、それはどーも♪」
アヤメが嬉しそうに振り向く。
夫婦二人の間に、穏やかな空気が流れ出したその時――
『うおおおおおぉぉぉーーーーーっ!!』
ショーの会場にいた観客の、凄まじい大歓声が響き渡るのだった。
「何だ今の? いつの間にあんな魔法を仕掛けてたんだ?」
「あそこは展望席だぞ? 予約していたのに、急に追い出されたんだよなぁ」
「きっとカルメーロさんたちが、こうなることを予測していたのよ!」
「それであんな平然とパフォーマンスしてたってのか」
「やっぱスゲェよ、あの人。俺たちの救世主だな」
「カルメーロさーん、どうもありがとーっ!」
今しがた解き放たれたエーテルブラストが、カルメーロによる仕掛けだと、観客は完全に思い込んでいた。
『カルメーロ! カルメーロ! カルメーロ! カルメーロ――』
再び放たれるカルメーロコール。一方のカルメーロは、笑みを浮かべて手を振ってこそいるが、内心では混乱に満ちていた。
(な、なんだったんだ、今のは? 俺は何もしてなかったぞ……うっ、ヤバい。そろそろ限界が……うぇっ!)
混乱しつつも笑顔を向け、オマケにズシッと重石の如くのしかかる船酔い。もはや色々と限界なカルメーロであったが、安らぎの時間が訪れるのは、もうしばらく先になりそうであった。
そして、展望席にいたミナヅキ一家。
アヤメがエーテルブラストを解き放つ際、少し移動していたおかげで、下のデッキのほうからは四人の姿が見えないで済んでいた。
ポカンと呆けているヤヨイとシオンに、ミナヅキが笑いかける。
「どうだ、二人とも? 母さんもなかなか凄いもんだろう?」
してやったりと言わんばかりに尋ねるミナヅキに、子供たちは呆然としながらコクコクと頷いていた。
こうして船上の魔法ショーは無事に終わり、魔物の脅威も去ったのだった。
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