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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百二十六話 クルーラリゾート(前編)
しおりを挟むクルーラの町――フレッド王国の最南端に位置するリゾート地である。
王国内で唯一の常夏であり、冒険者は勿論のこと、水着持参で訪れる観光客の数もまた、季節に関係なく衰えることはない。むしろ年々増しているといっても過言ではないくらいだ。
かつてこの町には、幽霊屋敷という裏シンボルが存在していた。
しかしとある魔物騒ぎの事件を機に、その屋敷に幽霊は存在しないという結論が正式に発表され、ギルドによる取り壊しが決定したのだった。
屋敷の跡地は自然公園として生まれ変わった。
前は誰も近づこうとしなかった暗い場所が、今では誰もが訪れたがる、明るく賑やかな場所となったのだ。
(――そう話には聞いていたんだがなぁ)
ミナヅキは驚いていた。今でも声に出してしまいそうなほどに。
事件以降、数年の時を経て活性化したというウワサは、遠く離れた王都やラステカにも届いてはいた。しかし何かと訪れる機会に恵まれなかったことから、ミナヅキもアヤメも殆ど注目することはなかった。
キッカケは、ヤヨイの学校が長期休暇に突入したことだった。
たまにはどこか旅行に行こうよ――子供たちからそうせがまれたミナヅキは、この常夏のリゾート地の存在を思い出したのだった。
昔は陸路を一日がかりで移動しなければ行けなかったのが、今では高速船による海路が整備され、半日足らずで王都から直行できるようになっていた。
それでも王都から遠い距離であることに変わりはない。
子供も成長してきたことだし、少しくらい遠出するのも大丈夫だろう――その意見がアヤメと一致し、家族旅行の目的地として決められた。
そして訪れてみたら――世界が変わっていた。
そう思いたくなるほど、クルーラのリゾート地は大変貌を遂げていたのだ。
(なんか十年ってあっという間だと思ってたけど、変わるには十分過ぎる時間だったってことなんかねぇ?)
前にミナヅキとアヤメがバカンスで来た時は、冒険者も稼ぎに来てこそいたが、用事を済ませたらさっさと町を去ることのほうが多かった。
しかし今では、冒険者も永住するケースが増えているのだという。
ギルドも改築され、冒険者が過ごしやすいようになったのが良い証拠だろう。
町の美化や施設の警備や監視なども、冒険者がクエストとして担っている姿があちこちで見受けられる。
それはこのビーチでも、同じことが言えていた。
「まさに冒険者御用達って感じがするな」
ビーチに刺したパラソルの下で、足を伸ばして座りながら、ミナヅキは少し周囲を見渡してみる。皆も水着にこそなっているが、剣や杖などの武器を携えている姿が多かった。
もっともそれならば、自分も似たような感じだとミナヅキは思っていたが。
「ま、平和ではあるんだけど」
「なにがー?」
無意識に小声で呟いていると、傍にいたシオンがそれを聞いて尋ねてくる。
ちなみに二人とも水着に着替えており、今は妻と娘が着替えてくるのを待っているところであった。
「いや、なんでもないよ。そんなことより、なんか見つかったか?」
ミナヅキはサラリと躱しつつシオンに尋ねる。退屈する様子もなく、興味津々と砂を見つめていたのだった。
「お砂があついの。パラソルの中だとつめたい」
「あぁ、確かに全然違うよな」
どうやらシオンは、日向と日蔭による砂の温度の違いに興味を示したようだ。先に少し海のほうに行ってみるかと誘ってみたが、シオンは首を左右に振り、待ってると言ったっきり砂を見続けている。
時折掘っては貝殻の欠片を見つけており、更に表情を輝かせていた。
相変わらず黙々と何かをするのが好きな子だなぁと、ミナヅキは改めて思わされてしまう。
(それにしても、アヤメもヤヨイも全然来ないなぁ)
もうかなり時間が過ぎている。前に来た時は、ここまで時間はかかっていなかったように思えていた。
すると――
「おまたせー」
アヤメの声が聞こえてきた。ヤヨイも浮き輪を持って隣を歩いている。
二人とも日差し対策の上着を着ているが、長く引き締まった脚は惜しみなくさらけ出されている。それだけでも注目に値するらしく、周囲の男性たちの視線が、二人に集まりつつあった。
ヤヨイが即座に気づき、顔をしかめながら振り向いた瞬間、サッと一斉に視線が逸らされる。
これがオトコという生き物か――ヤヨイはなんとなくそう思えてしまった。
「おぅ、随分と遅かったな」
「更衣室が混んでてね」
そう言いながらアヤメが荷物を置き、上着を脱いだ。
『おぉっ!?』
その瞬間、周囲から男たちのどよめいた声が聞こえてくる。
「ふふーん、どう? アヤメさんもまだまだ捨てたもんじゃないでしょ?」
片手は腰に当て、もう片手は上から首の後ろに回し、瑠璃色のビキニ姿を惜しみなく披露する。
そんなアヤメのポーズを取っている姿は、周囲の男性陣を釘付けにしていた。
三十代で子供を二人も生んでいるとは思えないスタイルの良さ。特に最近はシオンの魔法の練習に付き合うべく、鍛え直してもいる。その為、彼女の体はより引き締まっているのだった。
美人でスタイル抜群のビキニ姿ともなれば、男として注目はしてしまう。しかし明らかに子連れの家族と分かるため、声をかける者はいなかったが。
そんな周囲の様子など気にすることなく、アヤメはポーズを続けていた。
それに対してミナヅキも、特に恥ずかしそうにすることもなく、ニッコリと笑みを浮かべる。
「おう。またよく似合ってんなぁ」
「でしょー? この日のためにわざわざ買ったんだから」
無邪気なやり取りをしているなぁと、ヤヨイは冷めた表情で見上げる。もっともこれはこれで、いつものやり取りでもあるため、特に驚くようなこともない。
なのでヤヨイも、気にすることなく上着を脱ぎ、両手を広げながら父親にその姿を見せびらかすのだった。
「パパ、あたしはどう?」
フリフリのついた赤いワンピース型の水着が披露される。どちらかというと可愛い系になるだろう。元気のいいヤヨイにはピッタリだとミナヅキは思った。
「あぁ。可愛いぞ。よく似合ってる」
「やった♪」
小さくガッツポーズをとるヤヨイ。するとシオンが、少し怯えた様子でミナヅキの上着を引っ張ってきた。
「ねぇねぇ、おとーさん。なんかぼくたち、すごい見られてない?」
「んー?」
そう言われてミナヅキが周囲を見渡してみる。最初から気づいてはいたが、改めて見ると凄いもんだと思いつつ、シオンの頭を優しく撫でた。
「母さんの水着姿に見惚れてるんだろ。気にすることはないさ」
「そっかー」
笑いかけるミナヅキに、シオンも少し安心したのか笑顔を浮かべる。
一方ヤヨイは、今の言葉に少し思うところがあったらしい。
ビキニによってより強調されている、母親の女性としてのシンボル。それを少し見上げた後、自分のつるぺたな部分を見下ろし、ペタペタとその部分を触りながら深いため息をつく。
「……確かにママのスタイルはヤバいもんね。あたしじゃ遠く及ばないかぁ」
「アンタねぇ――」
落ち込む娘の姿に、アヤメはこめかみを押さえながら言った。
「今からそんなこと気にしてもしょうがないわよ。それに私だって、最初から大きかったワケじゃないんだから」
「ホント~?」
「ホントよ。だからそんな顔しないの」
むくれながら見上げるヤヨイを、アヤメは苦笑しながら宥める。そこに同じくむくれた表情のシオンが、ミナヅキの上着の裾をクイクイと引っ張ってきた。
「ねぇ、おとーさん。おかーさんたち来たし、早く遊びに行こうよ!」
「そうだな。海に来たんだから、遊びに行かないとだ!」
ミナヅキは笑顔でシオンの頭を撫でる。シオンもその返事を待ってたらしく、改めて嬉しそうにはにかむのだった。
◇ ◇ ◇
ミナヅキとアヤメは、交代で子供たちを連れて海に入ることにした。ヤヨイは自由に遊んでいいと伝えたが、折角だから一緒に遊ぶと言ってきた。
まず最初にミナヅキが引率を担当した。当然ながら、海に入る前の準備運動をしっかりとさせる。
「いち、に、さん、し――」
特にヤヨイは、念入りにストレッチをしていた。
昔、数人の友達と緩やかな川で泳いでいた際、実際に足を攣らせて溺れかけたことがあるのだ。
その際に助けてくれたのが、なんと野生のスライムだった。
たまたま通りすがったそのスライムが、子供の叫び声に反応して、即座に川へ飛び込んだ。そして器用に溺れかけたヤヨイの元へ向かい、自身を浮き輪代わりにしてヤヨイを救出したのである。
岸に上がった瞬間、スライムはそのまま去っていった。
去り際に、チラリと振り向きながら、フッと笑ったのをヤヨイは覚えている。助かってよかったなと、言ってくれたような気がした。
(あの時のスライムさん、カッコよかったなぁ)
もしかしたら初恋かもしれない――ヤヨイは割と本気でそう思っていた。流石に魔物が相手というのもどうかとは思っており、誰にも言っていないが。
「――とぉっ!」
弟の声が聞こえた。何だろうと顔を上げてみると、父とともに準備運動を済ませたシオンが、海に向かって思いっきり飛び込んでいったのだ。
そして――
「ぶひゃあぁっ!?」
なんと言ったらいいのか分からない叫び声をあげつつ、シオンは全速力で波打ち際にいる父の元へ戻っていった。
タックルするような勢いのシオンを、ミナヅキはなんとか受け止める。
「おいおい、大丈夫か?」
必死にミナヅキの上着の袖に顔をこすりつけるシオン。海のしょっぱさに驚いたことは考えるまでもなかった。
「なんか痛かった」
「急に飛び込むからだよ。海はしょっぱいんだ。少しずつ潜って、何回か顔を水につけてみな」
「でも痛かったよ?」
「痛くなくなるためにやるんだよ。父さんが付いてるから、やってみな」
「……うん」
頷きはしたものの、珍しくシオンが渋っている。割と珍しい光景をヤヨイは見た気がした。
シオンも普通に泳げる。元々、川や池に潜って遊ぶのは好きなのだ。水に顔を付けるのは勿論、水の中で目を開くのも全く怖がらない。
しかし、海は初めてだった。
つまり海水に顔を付ける体験も初めてなのである。
ビックリして怖くなるのも無理はない――アキレス腱をよく伸ばしながら、ヤヨイは思っていた。
「さて、そろそろいいかな」
もう準備体操は十分だろうと思い、ヤヨイも歩き出す。海水に慣れる訓練をしているシオンとミナヅキの元へ向かってみた。
少し怖がっていたシオンだったが、もう既に海水に顔を付けていた。何回か繰り返しているうちに慣れたのか、急にその場に潜り出してしまう。
そして数秒後、海水から出てきたシオンの表情は、楽しそうな笑顔であった。
「おとーさん、おめめ開けられるようになったよ!」
「おぉ、やったじゃないか。どうだ? 海の中も平気になっただろ?」
「うんっ♪」
そしてシオンは、さっき驚いていたのがウソのように、海の中を潜っていく。当然ミナヅキも、息子が流されないようしっかりと見張っていた。
ちなみにそんな弟の様子に、ヤヨイは――
「順応性はやっ!」
呆然としながら思わず棒立ちしてしまっていた。
◇ ◇ ◇
「あー、疲れた」
パラソルの下に戻ったミナヅキは、グターッと足を広げて座る。アヤメが交代で子供たちと遊びに出ている間、荷物番をしているのだ。
「あれだけ遊んでまだ元気なのか……子供ってのは凄いもんだよなぁ」
視線の先には、姉弟でじゃれ合う子供たちと、それを笑顔で見守る嫁の姿。
周囲にいる若い男の何人かがアヤメを見て顔を赤らめているが、その度に連れの女性にツッコミを入れられているか、波に襲われるなどの目にあっており、思わずミナヅキは笑ってしまう。
すると――
「あれだけの美人なら、周りの男性が見とれるのも無理はありませんよね」
「だよなぁ――えっ?」
突如現れた第三者の声に、ミナヅキは驚いて振り向く。そこには真っ赤なビキニを着用した若い女性が、軽く四つん這いになった状態で近づいてきていた。
「さっきからずっと見てました。子供たちの面倒を見ていて、さぞかし大変だったことでしょう。よろしければ向こうで、私が疲れを癒して差し上げますよ♪」
女性はビキニから零れ落ちそうな巨乳を見せつけ、ウィンクをする。まさに妖艶とはこのことかと、ミナヅキは思ってしまった。
しかし、いきなり過ぎて判断しかねるため、ひとまず尋ねてみることにした。
「……もしかして、海の家でやっているマッサージ屋さんとか?」
「いえ、逆ナンです♪」
「またハッキリと言ってきやがるな」
外見だけ見れば、確かにこの女性も美人に値するだろう。スタイルの良さも折り紙付きと言って差し支えない。
しかしながら、ミナヅキは顔を赤くするという反応は全くなかった。
むしろ引いており、嫌だと言わんばかりに距離を取ろうとすらしている。しかし女性も逃がさないつもりらしく、更に笑みを深めてきた。
「折角の出会いですし、私と大人の火遊びを楽しんでみましょうよ♪」
「――あのなぁ」
ミナヅキはうんざりとした表情を浮かべる。はちきれんばかりのスタイルも、大人の美しさを全面的に出した笑みも、全てに対して心が動かない。
さっさと断ってしまおう――そう思いながらミナヅキは、深いため息をついた。
「悪いけど、そーゆーのに付き合う気はないんだ。他を――」
「他を当たってくれるかしら?」
聞き覚えのある声が被った。顔を上げて振り向くと、アヤメがニッコリと笑顔を浮かべて立っていた。
ただし凄まじく冷たい空気を流しており、有り体に言って怖かった。
逆ナンしてきた女性も笑みこそ保ってはいたが、完全に引きつらせており、言葉を発せないでいる。
「私はね? この人の妻なの。とゆーワケだから――」
アヤメはスッと目を閉じ、そして――ギロリと力いっぱい睨みつける。
「早く消えてもらえるかしら?」
その瞬間、騒がしかった声がしんと静まり返った。あくまでミナヅキは気のせいだと思いたかったが、別の意味で周囲が注目してきていることに、残念ながら気づいてしまう。
「すっ、すす、すみませんでしたあぁーーーっ!!」
女性は腰が抜けそうになりながらもなんとか立ち上がり、そのまま一目散に駆け出して行ってしまった。
「全くもう……まさかアンタが逆ナンされるなんて思わなかったわ」
アヤメは疲れたようにため息をついた。
「けど――」
そして、スッと動いてミナヅキの隣に座り、笑顔を浮かべしな垂れかかる。
「あんな子に心を動かさなかったことは、褒めてあげる♪」
そう言いながら、アヤメは嬉しそうに夫の腕に抱きつくのだった。ミナヅキもしょうがないなぁと言わんばかりの苦笑を浮かべており、特に拒否するなどの反応は見せていない。
そしてその様子を、子供たちは遠くからしっかりと見ていた。
「シオン。もう少し向こうで遊んでいよう」
ヤヨイが呆れた表情を浮かべつつそう言うと、シオンが難色を示す。
「えー、なんでー?」
「いいから。あっちで貝がらも見つけられるみたいだよ」
「あ、ぼくも見つけたーい♪」
「じゃあ行こう」
もう少し時間が経ってから戻ろう――そう思いながらヤヨイは、シオンの手を引いて波打ち際を歩き出した。
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