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第六章 家族で気ままなスローライフ

第百二十二話 フィリーネの娘、コーデリア王女(前編)

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「やっぱり親子だな」

 そう呟くミナヅキに、ベティもクスクスと笑い出す。

「えぇ。コーデリア様を見かけた方々は、こぞって口に出しておりますよ」
「だろうな」

 単なる雰囲気だけではない。実際にコーデリアの外見は、フィリーネと瓜二つといっても過言ではないほど似ていた。
 更に言えば、その独特な口調――これもしっかりと受け継がれていた。

(チビフィリーネってのは、言い得て妙だよな)

 そう思いながらミナヅキは苦笑する。決して口には出せないが。
 流石に彼も、王家と庶民における立場の違いは、ちゃんと心得ている。ちょっとした言葉で不敬罪になってしまうことも少なくないため、彼は彼なりに気をつけているのだった。
 故にミナヅキも、そしてアヤメも子供たちも、王家との交流こそあるが、あくまでそれはラステカの町にほぼ限定することを徹していた。
 王都での交流は常に最小限。自ら出向くことはまずしていない。
 それこそこうして、王家側から顔を出さない限り、まず王都で交流することはあり得ないのだった。

「コーちゃん……いえ、コーデリア様」

 普段呼んでいるあだ名を、ヤヨイは慌てて言い直す。彼女も立場の違いをわきまえるよう、両親から教わってきているのだ。

「習い事とか凄く忙しいんじゃ――」
「……むぅ!」

 ないんですか、とヤヨイが尋ねるその前に、コーデリアが如何にも不機嫌ですと言わんばかりに頬を膨らませる。

「何故そんな堅苦しくするのじゃ? 公式な場ならまだしも、今は単なるプライベートに過ぎんのじゃぞ?」

 腕を組みながらそっぽを向いて拗ねるコーデリア。その様子にミナヅキは、昔のフィリーネもこんな感じだったっけなと、懐かしそうに微笑んでいた。
 一方、ヤヨイは大いに戸惑い、助けを求めてベティを見上げると、彼女も困ったような笑みを向けているのが分かった。
 この反応は前にもあった。
 今日だけは特別――それで良いのだろうと、ヤヨイは判断した。

「分かったよ、コーちゃん」
「――そ、そうじゃ! それで良いのじゃよ♪」

 あだ名で呼ばれた瞬間、コーデリアは驚きの表情となり、すぐさま蕩けるような笑顔となりながら抱き着いてきた。

「うーん、やっぱりヤヨイは、あったかくて気持ちがいいのぉ♪」

 スリスリスリ――頬同士を擦り合わせるコーデリアは、幸せそうであった。一方のヤヨイは、少しだけ疲れた表情となっていた。
 どうしてこの子はいつも抱き着いてくるんだろうか――そんな疑問とともに。
 ちなみにコーデリアは、ヤヨイよりも二つ年下。やはり親同士の交流がキッカケとなって、二人は友達関係を築き上げている。
 コーデリアとしては、ヤヨイのことを姉のような存在とも見なしており、心から憧れている様子を見せていた。
 それに関してヤヨイからしてみれば、戸惑い以外の何者でもない。
 何故ならコーデリアが、れっきとした王女様だからだ。
 キラキラしたドレスに装飾品、豪華な食事に王宮での暮らし。王女と言えばそれを連想させるが、蓋を開ければ凄まじく厳しい制約と教育の塊であることは、ヤヨイも話に聞いて知っていた。
 とてもじゃないが自分には絶対無理だ――王女としての生活を聞かされた際、真っ先にヤヨイが抱いた感想であった。
 国を背負う身として、日々の猛勉強をこなしているコーデリアに、年齢以外で勝っている要素など何一つないと。
 にもかかわらず、コーデリアはヤヨイにベッタリと懐いている。
 今も相手のほうから抱き着いてきており、放してといっても放してくれなさそうな感じがしてならない。

(まぁ、懐かれるのは別に嫌じゃないんだけどね)

 どうして自分がこんなにも懐かれるのかは、未だ不明のままではあるが、ヤヨイも妹が出来た気分となり、可愛いと思っていることも確かではあった。

「ところで、コーちゃんはどうしてここへ来たの?」

 コーデリアの頭を撫でながらヤヨイは尋ねる。すると気持ち良さそうにしていたフニャフニャ顔が一転、パチッと目を大きく見開いた。

「おぉ、そうじゃったそうじゃった。あまりの気持ちよさに忘れてたわい」
「忘れてたんかい」

 思わずツッコミを入れるヤヨイだったが、コーデリアは華麗にスルーした。

「ベティと二人で、ラステカの町に遊びに行こうとしてたのじゃ。そうしたらちょうどお主がここにいると聞いてな。折角じゃから一緒に行こうと思うての」
「一緒に、ねぇ……」

 ヤヨイからすれば、コーデリアが遊びに来ること自体は驚きでもない。アポなしで訪れることも、もはや慣れてきているほどだ。
 ちなみにそう感じたことを、両親に打ち明けたことがあるのだが――

(なんかパパとママが揃ってため息ついてたなぁ。やっぱり親子とか言って)

 恐らく自分が生まれる前、当時まだ王女だったフィリーネ様も、似たようなことをやっていたのだろう。
 ヤヨイがそんなことを考えていると、ミナヅキがやや半目となった状態でソウイチのほうを向いた。

「ソウイチさん。もしかしてそのために俺たちを呼んだんじゃないのか?」
「さぁ、それはどうだろうね」

 あからさまに肩をすくめながらとぼけるソウイチ。どう考えてもタイミングが良すぎるのも事実であった。

「コーデリア様、そろそろ向かわれたほうがよろしいかと。このままでは、無理やり休みを作った意味がなくなってしまいます」
「おぉ。そうじゃな」

 ベティの指摘にコーデリアが頷く。果たして王女が無理やり休むことができるのだろうかと、ヤヨイは少々疑問に思えてくる。
 しかしミナヅキは、どこか身に覚えがあるかのように、苦笑を浮かべていた。

「受け継がれてるんだな、そーゆーところも」
「えぇ。王妃様も頭を悩ませてますよ。かつての自分を思い出すことも含めて」
「ハハッ、そーかい」

 血は争えない――それはどの家庭でも同じということだろう。
 ミナヅキもベティも、幾度となく感じてきたことだ。故に今更驚かないし、慌てることもない。ただ成り行きを見守るだけであった。

「ヤヨイ。早く妾とラステカへ行こうぞ! 遊ぶ時間がなくなるからな!」
「分かったから、そんな慌てないで」

 グイグイと服を引っ張ってくるコーデリアに手を焼くヤヨイ。その二人の姿は、まさに姉妹そのものに見えるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「今頃コーデリアは、ミナヅキ殿たちとラステカへ向かっている頃か」

 国王を務めているルーカスが、執務室で書類整理をしながら空を仰いだ。
 つい先ほどソウイチから連絡があり、ミナヅキとヤヨイの二人と合流してラステカへ向かったことを知った。
 それを聞いたルーカスは、実に残念そうな表情を浮かべていた。

「まさか王都に来られていたとは……せめて私も一言くらい、彼らに挨拶をしたかったのだがな……」
「何を言っておるか。王であるお主が、そう簡単に人前に出てどうするのじゃ?」

 ルーカスの妻であり、王妃でもあるフィリーネが、呆れた表情を浮かべる。彼女も夫の仕事を手伝っており、ため息をつきながらもペンを走らせていた。

「まぁ、お主の気持ちも分からんではないがの。恩人ともなれば尚更じゃ」

 フィリーネとルーカス。この二人の関係を取り持ったのが、何を隠そうミナヅキだったりする。今、こうして夫婦で国を背負うことが出来ているのも、彼がいてくれたからこそといっても過言ではない。
 とはいえ、ミナヅキからすれば、そんな大層なことじゃないの一言に尽きる。
 結婚で悩んでいたルーカスとたまたま出会い、なんとなく話を聞いた上で励ましの言葉をかけ、後悔しないよう立ち上がらせただけに過ぎない。
 要はベアトリスとランディの時と同じことをしたのだ。
 違いがあるとすれば、その相手が未来の国王と王妃であることぐらいだった。もっともミナヅキは、それを全く知らないまま相談に乗っていたのだが。

「フィリーネが友人として慕う気持ちも、本当によく分かるというモノだ」
「妾からすれば、単なる腐れ縁でしかないがの」

 そっけなく言ったつもりのフィリーネだが、嬉しさを込めた笑みは、どうにも隠しきれていない。
 ルーカスもそれに言及することなく、ここらへんで話を切り替えがてら、さっきから気になっていることを尋ねてみることにした。

「ところでフィリーネ。キミの具合は大丈夫なのかい?」

 妻に向けて不安そうな表情を向けてくるルーカスに、フィリーネはペンを動かす手を止め、大きなため息をつく。

「心配は要らぬ。妾がこうして仕事しておる時点で分かるじゃろうに」

 そう言いながらフィリーネは、大きく膨らんできた腹部を優しく撫でる。二人目の子供を宿しているのだ。
 既に半年を越えており、周囲も休んでほしいと願っているのだが、フィリーネ自身がそれを頑なに拒否していた。
 むしろ休むほうが疲れるわい――そう叫んで。
 これはもう、ある程度好きにさせたほうが良さそうだと、周囲も諦めに等しい形で認めたのであった。
 流石に身重の体で視察に出かけようとした際には、ルーカスも含め総出で必死に止めたのだが。

(情けない話だけど、彼女の手伝いが大いに助かっていることも、また事実だ)

 なんだかんだ言いながらも、フィリーネが公務に参加するとしないとでは、その出来栄えが大きく違う結果となる。
 決してルーカスが劣っているのではない。フィリーネが優秀過ぎるのだ。
 一人娘として、幼い頃から先代国王を手伝ってきた経験値は、やはり伊達ではなかったということだろう。

(国王として、父親として、もっと私も気を引き締め、頑張らねばならんな)

 カリカリとペンを走らせる音を立てながら、ルーカスは気合いを入れた。お飾りの国王になるつもりはない――そんな強い意志を込めて。
 その時――

「コーデリアは今頃、楽しんでおるかのう?」

 フィリーネのため息交じりな声が聞こえてきた。
 ルーカスがペンを止めて顔を上げてみると、書き終えた書類の束を揃えながら、窓の外に広がる青空を見上げる妻の姿が視界に飛び込んでくる。
 自分も行きたかった――今の言葉にそんな気持ちが含まれていることは、ルーカスも手に取るように分かっている。
 だからこそ、ハッキリと言っておかなければならない。

「どんな言い訳しようと、今のキミを出歩かせるワケにはいかないよ」
「分かっておるわい」

 吐き捨てるようにフィリーネは言った。流石にこれ以上はワガママが過ぎることぐらい分かっている。娘を通して、過去の自分を顧みるようになっているからこそ尚更であった。
 もっともそれには、ある一人のメイドの姿も忘れてはいけなかった。

「ベティからも散々言われておるしな」
「――そういえば」

 そのメイドの名前に対して、ルーカスはふと疑問を抱く。

「ベティって今はコーデリア専属だけど、昔はキミの専属だったんだろ?」
「うむ。それがどうかしたかの?」
「いやその――っ!!」

 彼女の年齢は一体いくつぐらいなのだろうか――そう尋ねようとした瞬間、何故かルーカスの背筋を、凄まじい寒気が通り過ぎていった。
 青ざめながら周囲を見渡してみるが、妻以外の姿は何もない。特に何でもないと思われるが、何故か今考えていた疑問をそれ以上口に出してしまうのは、危険極まりないような気がしてならなかった。

「お主が何を考えておったのかは知らぬが――」

 フィリーネがフッと笑いながら言う。

「嫌な予感がしたのならば、そこで止めておくのも悪い選択肢ではないぞ?」
「……あぁ」

 まるで見透かされているような物言いに、ルーカスは重々しく頷く。もうこれ以上余計なことは考えるまいと、そう思うのだった。
 その後、ルーカスの公務の処理速度が、少しだけ上がったように見えていた。


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