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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百二十一話 ヤヨイ、冒険者ギルドへ行く
しおりを挟む生産工房からの帰りに、ミナヅキとヤヨイは冒険者ギルドに立ち寄った。
ヤヨイも何回か足を運んでいるが、扉をくぐる度に味わう賑やかさは、毎度のように妙な新鮮さを感じてしまう。流石に工房と違って、子供連れというケースは殆ど見られないのも、関係している気がしていた。
「じゃあ、父さんはちょっと、クエストの清算してくるから」
「うん。あたしは向こうで待ってるね」
ヤヨイがミナヅキから離れて、人気の少ないカウンター近くの壁際に移動する。ここなら目立たない上、ロビーの様子も見渡せるのだ。
(カウンター近くで待てそうな場所って、案外ありそうでないんだよね)
ちょうどカウンターを挟んだ反対側のスペースには、現在とある冒険者グループがたむろしていた。
(地図広げてる……これからクエストにでも行くのかな?)
ところどころを指さしながら、真剣な顔をして話し合っている。まさに仕事をしている大人という感じが、妙にカッコよく見えてならない。
自分もいつか、あんな感じのことをするのだろうか――そんなことをボンヤリと考えながら。
「はわわわぁ~、ゴメンなさいですぅ~!」
その時、カウンターのほうから甲高い声が聞こえてきた。
「い、依頼書と他の書類が混ざってしまいまして……も、もう少々お待ちを! すぐに取り掛かりま――あだぁっ!?」
ゴンッ、と鈍い音が聞こえた。ヤヨイの位置から見えるのは、ミナヅキが苦笑しながら誰もいないカウンターに立っている場面だけ。
恐らく奥のほうで書類を落としたか何かして、それを必死で拾おうとして頭をぶつけた――そんな予想がヤヨイの中で組み立てられていた。
そしてそれは恐らく正解なのだろう。ミナヅキも宥めるように声をかけていた。
「慌てなくて大丈夫ですよ。別に急いでませんから」
「も、申し訳ござ――ふぎゃっ!」
「……大丈夫かなぁ」
思わず漏れ出るミナヅキの呟き。確かにそう言いたくなるとヤヨイも思った。
(まぁ、パパのクエスト清算で時間がかかるのは、いつものことだけど)
生産職の中でもベテランの地位に立っているミナヅキは、ギルドに出向いて自らクエストを選ぶということは、もう殆どしていない。定期的に入る固定客からの指名依頼をこなし、それをギルドに提出する方式を取っているのだ。
これはミナヅキが特別なのではなく、ベテランになった冒険者はその形式に移行するのが基本なのだ。
また、ベテランという地位は、冒険者歴とは決してイコールでもない。
実績を出し、それを評価されることが重要となる。大した成果も出さないまま年だけを重ねた冒険者に、仕事を与えようとする者などいない。当たり前と言えば当たり前の話である。
(パパに仕事を頼みたいって人は、ホントたくさんいるからなぁ)
少なくともヤヨイの記憶上、ミナヅキへの指名依頼が途切れた場面を、一度たりとも見たことがない。つまりそれだけ、調合師としてのミナヅキの実力が大きく評価されているということだ。
故に自然とまとめて提出するクエストの量も多くなる。そうなれば清算する時間がかかるのも、致し方ないことである。
ヤヨイもそれについては、ちゃんと認識していることではあったが――
(もっとも時間がかかってる原因は、絶対にそれだけじゃないとは思うけどね)
もはや言うまでもないだろう。ミナヅキを担当している受付嬢の存在だ。
実を言うと、ヤヨイも初めて見る顔であった。新しく入った人なのだろうかと、興味深く思いながら観察する。
かなり小柄で、自分と同じ子供なのではとすら思えてくる。涙目で慌てている姿が小動物を連想させ、普通に可愛いというのが率直な感想であった。
「よぉ、ヤヨイちゃんじゃないか」
突如聞こえてきた男の声。ヤヨイが振り向いてみると、父親の知り合いである冒険者が一人の女性とともに歩いてきた。
「デュークさんにダリアさん、お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
「おひさー♪」
腕利き冒険者ことデュークに続き、魔導師の女性であるダリアが、手を軽くかざしながら笑顔を向ける。
ダリアはデュークの妻だ。
一年前、他国への武者修行から帰ってきた際、彼の隣に彼女がいたのだ。
最初は皆揃って、新たなパーティメンバーとして連れて帰ってきたのだろうと思い込んでいた。しかし彼がその直後、真剣な表情で言ったのだ。
――俺はダリアと結婚する!
その発表はギルドを、そして工房をも震撼させた。
普段から女性を口説く癖こそあったが、体を許したことは一度もなく、特定の彼女を作ろうとも全くしてこなかった。
そんな彼が、まさかいきなり結婚相手を連れて帰ってくるとは――それだけでも驚きとしては十分過ぎるというのに、彼は更なる爆弾を投下してきたのだった。
ダリアは故郷で一緒に過ごした幼なじみなのだ、と。
「相変わらず仲いいですね」
ヤヨイがニヤッと笑いながら言うと、デュークは困ったような苦笑を浮かべる。
「コラコラ、そんなこと言うんじゃないよ、全く……」
「あら、でもいいじゃない。この子の御両親だって、私たちと同じでしょ?」
ダリアの言う「同じ」――それは二人が幼なじみであることを意味していた。
彼女はデュークよりも年が四つ上で、故郷で暮らしていた時は、まるで姉弟のように過ごしていたとのこと。
その後、二人はそれぞれ家庭の事情により離れ離れとなり、それっきり疎遠となってしまっていた。デュークが武者修行がてら、故郷に足を運んでみた際、偶然にも彼女と再会したらしい。
デューク曰く、なんやかんやあって結婚することにしたとのこと。
その詳しい事情は、誰も知らないことであった。
「それにしても――」
ダリアはニンマリとしながら、ヤヨイの頭を撫でだした。
「やっぱり子供はかぁーいいねぇ♪」
まさにデレデレとはこのことか――そう思いながらヤヨイは、ダリアの為すがままな状態と化していた。
しかし嫌な気分は全くしない。本当にそう思っているからそうしているだけということを、ちゃんと知っているからだ。
もし二人の間に子供がいたならば、ダリアが愛情たっぷりに育てることは容易に想像ができる。しかしその望みが薄いことも分かっていた。
デュークとダリアは、子供を作らない予定なのだ。
ダリアが年齢的に少し厳しくなってきているというのもあるらしいが、二人にも何かしらの事情があるのだとヤヨイは両親から聞いたことがある。
――子供を作らない夫婦ってのも、割といるもんなんだよ。
そう教えてくれた父親の声が、妙にヤヨイの中で印象に残っていた。
「ダリアさんも相変わらずですね」
そこに、ようやく受付を済ませたミナヅキが戻ってきた。
「あ、ミナヅキ君。やっほー♪」
ダリアは軽く手を挙げながら明るい声を出す。ようやくヤヨイも、頭を撫でるのから解放された。
そして即座にダリアから距離を取る意味も兼ねて、ミナヅキのほうへ向かう。確かに嫌な気分こそしてはいないが、やはりもう一度頭なでなでを大人しく喰らうというのも、流石にしたくない。
「パパ、終わった?」
心なしかヤヨイが嬉しそうにしている。その場にいた面々から、ミナヅキもなんとなく察してはいた。
「すまんな。少し時間がかかっちまった」
「ううん大丈夫。早く帰ろ」
ヤヨイが自ら急かす。これも普通ならば珍しいことだった。しかし何事も例外の一つや二つはある。特に目の前の二人――正確に言えばダリアの姿がここにあるという時点で、もはや考えるまでもないことではあった。
ミナヅキが小さなため息をつきながらデュークに軽く笑みを向けると、デュークも苦笑しつつ肩をすくめた。
――ウチの妻がいつもすまんな。
――いいよ別に。何事もないみたいだし。
そんな無言のやり取りを行った二人は、自然と会釈して切り上げる。もう何度か繰り返したおかげで、すっかり自然な形となっていた。
「んじゃ、俺たちはそろそろこれで――」
「ま、待ってくださいぃ~~!」
娘を連れて帰ろうとしたミナヅキのところに、さっきのドジっ子受付嬢が慌てて駆け寄ってくる。
今回は普通に転ぶことがなく、ひっそりと驚いたのはここだけの話だ。
「あのあの、その、ギ、ギルドマスターからのお呼び出しです。ミナヅキさまと娘さまをお連れするようにと……」
「――ふーん、ギルマスがお呼びねぇ」
ミナヅキはギルドの奥へと続く扉を見ながら呟く。
(そういえば前々から、久々にゆっくり話したいとか言ってたっけ)
要はミナヅキと雑談したいということだ。ヤヨイも顔見知りではあるし、少しくらいならいいかと結論付ける。
「分かりました。執務室に行けばいいんですかね?」
「あ、えと、私がご案内しますので。ささ、どうぞこちらに――ふぎゃっ!」
歩き出した瞬間、受付嬢は何もないのに転んでしまう。スカートがめくれていないのは、ある意味見事と言えるかもしれない。
「うぅ、すみませんですぅ。こ、こちらへどうぞぉ~」
フラフラとしながら奥へと続く扉を開ける受付嬢。本当に大丈夫なのかと、ミナヅキとヤヨイは親子して心配しつつも、後に続いて歩き出した。
三人がいなくなったところで、ダリアがため息をつく。
「ダリア。お前も程々にしとけよな。知り合いとはいえ、人様の娘なんだぞ?」
「分かってるわよ。でもヤヨイちゃん可愛いし」
「言い訳にすらなってないぞ、ったく……」
デュークが吐き捨てるように言う。本当ならばちゃんと強く言い聞かせ、気持ちを改めさせたいのだが――
「あー、ダリアさんだー♪」
「ホントだ!」
その時、たまたまギルドに訪れた親子連れの子供二人が、ダリアとデュークの存在を発見する。
二人の子供は笑顔でダッシュし、まっすぐダリアの元へ向かった。
「ダリアさん、あたまなでてー♪」
「ずるい、わたしもー!」
「ハイハイ分かったから。ちゃんと順番こね」
またしてもデレデレの表情になりながら、ダリアは子供二人の頭を撫でていく。お互いに気持ち良さそうな笑顔を浮かべており、まさに至福の時間であった。
連れてきた親と苦笑を交えた会釈と挨拶を交わしつつ、デュークは思う。
(こーゆー感じだから、毎度毎度強く言いきれないんだよなぁ……)
何だかんだで子供たちからは大人気。それもまた、ダリアの大きな特徴の一つなのであった。
◇ ◇ ◇
「いただきまーす!」
ギルドマスターことソウイチの執務室にて、ヤヨイは用意されたクッキーを笑顔で食べ始める。
割と訪れる部屋だけに、緊張もしておらずリラックスしていた。
幼い頃から父親に連れられて訪れては、こうして美味しいお菓子を食べさせてもらっていたのだ。
お菓子をくれる謎のオジサン――それがヤヨイの中での、ソウイチという人物として位置づけられている。
「そういやここの受付嬢、また何人か入れ替えがあったみたいだな?」
コーヒーを飲みながらミナヅキが尋ねると、ソウイチも重々しく頷いた。
「あぁ。近頃すぐに辞めていく子が増えているんだよ。ギルドの事務がここまでキツいとは思わなかったとか言ってね」
「……そーゆーの、採用するときにちゃんと話してるんだろ?」
「無論だとも」
ソウイチは即答する。流石に雇い主として、詐欺のようなマネをするつもりは、今も昔も全くと言っていいほどない。
要は求職者の調査不足だ。これまでのフレッド王都のギルドを基準として、多分こんな感じなのだろうと思い込んで申し込んできているのだ。
いくらギルドマスターが自ら説明したとしても、大げさな人だという軽い認識し課されてこなかったのだろう。だからこそ、受付嬢として雇われた新人は、皆揃って思わぬ洗礼を受けてしまったのである。
――想像していた受付嬢と全然違うじゃない!
――こんなに激務なら、受けるんじゃなかったわ!
そう言って辞表を叩きつけてギルドを去る者が、一時は後を絶たなかった。あまりの状態に、王宮側がギルドへ疑いをかけてきたほどである。
ソウイチやミナヅキたち冒険者数名が、即座に王宮へ出向いて釈明したおかげで事なきを得たが。
「ニーナ君がいてくれたときは、本当に助かっていたよ」
「あの人が辞めたのって……」
「三年前だな」
「もうそんなになるのか」
かつて受付嬢として活躍していた女性ことニーナ。ミナヅキやアヤメも幾度となく世話になってきていた。
そんな彼女も三年前、結婚退職してフレッド王都を去ってしまった。
ソウイチ宛に子供が生まれたという知らせも届いており、そこに書かれている文面からして、実に幸せな家庭を築き上げていることが読み取れた。
その一方でフレッド王都のギルドは、てんやわんやの連続となっていた。
ニーナが去った後の穴はとても大きかった――まさに失って初めて気づいた形となってしまった。
「案外ニーナさんも、大騒ぎになることを予測していたかもしれないな」
「あぁ。思い返してみれば私も、楽観視していたよ」
二人してその当時のことを思い返してみた。
退職する彼女のお別れ会に、ミナヅキやデュークを含む冒険者数名も、特別ゲストで参加していたのだ。
全員が笑顔で晴れやかなお別れとなった。しかしその直後、ニーナはのんびりすることなく、相手の男性とともにさっさと船に乗り、国を出てしまったのだ。
当初は皆して、やけに急いでるなぁという軽い認識でしかなかった。
その後に訪れるギルドでの大騒ぎなど、全く知る由もなく――
「まぁそれでもこの三年で、どうにか持ち直してはきているがね」
「みたいだな」
少なくともミナヅキからすれば、普通の状態に戻ってはいる。もっとも大きな騒動が起きていない平和が続いているからこそであり、思わぬ事態が起きれば、たちまち崩れる可能性は極めて高いと言えた。
するとソウイチが、カップを持ちながらフッと小さく笑う。
「まぁでも、最近はよく頑張ってくれてる子がいるからな」
「ん? それって――」
誰のことだ、とミナヅキが聞こうとした瞬間、扉をノックする音が鳴り響く。
「入りたまえ」
ソウイチがそう声をかけると、扉が開かれる。
「失礼しま――あだぁっ!」
そして開けると同時に頭を下げたことで、その人物は思いっきり扉の角に頭をぶつけてしまう。
ミナヅキとヤヨイが驚く中、ソウイチは苦笑しながら声をかける。
「カロラ。慌てなくていいから、もっとゆっくり入ってきたまえ」
「も、申し訳ございませぇ~ん」
涙目で額を押さえる彼女は、さっきミナヅキに応対していた受付嬢であった。
(あのドジっ子の人、カロラさんっていうんだ……)
ようやく明かされた受付嬢の名前に、ヤヨイはひっそりと驚く。ゆっくりと立ち上がる彼女について、ソウイチは改めて紹介する。
「彼女はカロラと言って、最近よく頑張ってくれている子なんだよ」
「……頑張ると成果を出しているってのは、全くの別問題な気もするんだが?」
確かに小動物的な愛らしさは感じられるかもしれないが、それだけで受付嬢が務まれば苦労はしない。典型的なドジっ子属性であることは明らかだが、むしろ客を苛立たせる結果になっているのではと、ミナヅキは思っていた。
しかし――
「何気に彼女は、冒険者からの人気が高いんだよ。御覧のとおり、ちょっとしたことでドジを踏むことが多々あるが、それに対してギルドに訪れる冒険者は、皆揃って頑張れと応援するんだ」
『……へー』
ソウイチの説明に、親子の声が見事なまでに揃った。納得はし難いが、とりあえず悪い方向に見られていないのは良いことだと、強引に結論付ける。
「カロラ。私たちに何か用でもあるんじゃなかったのか?」
「はっ、そ、そうでしたっ!」
ようやく我に勝ったカロラは、ピシッと背筋を伸ばしながら、両手をギュッと握り締める。決して演じているとかではなく、真剣にそうやっていることは、ヤヨイにもよく伝わってきていた。
(またこの人は、いちいち仕草が可愛いなぁ)
クッキーを咥えながら、ヤヨイがぼんやりとそんなことを考える。
(あながち人気が出るというのも分からなくは――ん?)
するとここで、更に二人の人物が、扉を開けて入室してくるのが見えた。
「遅いではないかカロラ殿。妾を待ちくたびれさせるでないわ!」
ヤヨイよりも少しだけ年下に見える少女が、憤慨しながらふんぞり返る。上質のワンピースを着用している姿は、どう見ても庶民には見えない。
そしてなにより――少女と一緒にいるメイドの姿が、非常に目立っていた。
「コーデリア様。それでもこの場はお待ちになられるのが、正解でございますよ」
「むぅ。ベティは相変わらず細かいのう」
「基本でございます」
ベティと呼ばれたメイド、そしてコーデリアと呼ばれた少女は、二人揃ってミナヅキとヤヨイのほうに視線を向け、笑みを浮かべる。
「ミナヅキ様、ヤヨイ様、ご無沙汰しております」
「会いたかったぞ、ヤヨイよ!」
フレッド王国の王女であり、フィリーネ王妃の娘でもあるコーデリア。そして未だ現役であり、彼女の専属メイドでもあるベティ。
その姿に思わず懐かしさを覚え、ミナヅキは小さな笑みを浮かべるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
新作「勇者になれなかったけど精霊たちのパパになりました」も公開中です。
第12回ファンタジー小説大賞にもエントリーしています。
(当作品は既に別の大賞に応募中のため、エントリーはしていません)
なにとぞよろしくお願いします<(_ _)>
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