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第六章 家族で気ままなスローライフ

第百十九話 ヤヨイの生産工房体験記(前編)

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 ある日、ミナヅキはヤヨイを連れて、フレッド王都へやってきた。ヤヨイに生産工房での作業を訓練させるためだ。
 訓練といっても、ただ親子二人で調合するだけである。つまり普段から自宅の調合場でやっていることと、全く変わらない。

「あーあ、早くあたしもギルドに登録したいなー」

 中心街を歩く中、両手を頭の後ろで組みながらヤヨイがぼやく。

「そうしたら自由に工房使えるのにさ」
「ハハッ、あと二年の辛抱だよ」

 ミナヅキは笑いながらも、少し懐かしい気持ちに駆られる。彼自身も、同じようなことを考えていた時があったからだ。
 年齢制限上、ギルドに登録できない子供は、基本的に工房で作業することは認められていない。
 ただし、同じ適性を持つ生産職の監督者がいれば、話は別だ。
 ヤヨイの監督者は勿論ミナヅキ。彼が同伴していれば、彼女も工房で自由に調合を行うことができる。
 要は先生が一緒ならばオーケーということだ。
 監督者というと堅苦しいイメージを抱きがちではあるし、親元を離れて厳しい師匠の元に弟子入りしている子も存在する。しかしミナヅキのように、親が子に教える軽めのパターンも多い。
 むしろ監督者と訓練生は、身内同士で構成されているのが殆どといっても、過言ではないくらいである。

「今のうちから工房に慣れておけるだけでも、全然マシなほうだからな」

 確かに調合をするだけならば、家の調合場で事足りる。そこならばヤヨイが一人で作業をするのは自由だ。ミナヅキも娘の調合器具を使う技術は認めている。
 しかし将来的には、どうしても工房での作業経験は必要となってくる。
 ギルドに登録してクエストを行う場合、その効率を考えると、どうしても同じ町の工房で作業をするほうが早い。特に初心者向けのクエストになると、納品までの期間が短いのが非常に多く、工房で作業をすること前提で設けられているのが殆どなのである。
 それに加えて、工房は自宅の調合場と、大きく環境が違う点も見過ごせない。
 調合師の他に鍛冶師や服飾師、錬金術師など数多くの生産職が集まる。当然そこでは色々な声が飛び交い、様々な展開が巻き起こることも多い。
 個人の作業場と同じ気持ちで臨めば、たちまち大きな違いに呑み込まれてしまうことは避けられないだろう。そうなってはできる作業もできなくなり、それがクエストの失敗――下手をすれば信用度の低下にも繋がりかねないのだ。
 故にギルドに登録する前から、監督者付きで工房での作業訓練を行うことは、生産職の間では是非とも行うべきだと言われている。
 ミナヅキも同じ考えであり、できる限りヤヨイに工房での経験を積ませてあげたいと思っているのだった。

「てゆーかヤヨイは、もう殆ど自由に工房を使ってるも同然だろ」
「……そうかな?」
「そうだよ。もう何回も通ってるし、生産職の知り合いもできてるじゃないか」

 ミナヅキから言わせれば、ヤヨイはもはや工房での作業訓練の常連である。工房内でどこに何があるのかはもう熟知しており、他の生産職の雑用を手伝ったことも少なくない。
 当然ながら他の訓練生も来ているため、自然と交流する機会も出てくる。面倒見の良さも相まって、ヤヨイは割と人気が高いのだった。

「確かに知り合いは増えたけど、対等な友達って感じでもないしなぁ」

 ヤヨイは脳内にその知り合いの顔を思い浮かべてみる。いずれも困っているところを手助けしたことで懐かれた感じであった。

「訓練生の中でも最年長になってきちゃってるし、なんか皆してあたしのことをお姉ちゃん扱いしてくるってゆーか……」
「そりゃ相談に乗ったり、作業を手伝ったり、悩んでる子を叱ったり励ましたりしていればな。むしろ懐かれないほうが、不思議ってもんだろうよ」
「うーん……」

 ミナヅキの指摘に、ヤヨイは悩ましげな表情で後ろ頭をポリポリと掻く。

「そこまでお人よしになった覚えないんだけど」
「だな」

 確かにそうだとミナヅキは思った。ヤヨイは断じてお人よしなどではない。むしろかなりドライなほうである。
 何でもかんでも助ける場面は見たことがないし、むしろ不機嫌になりながら文句を言ってきたほどだ。誰々が泣きついてきたが突っぱねてやったと。
 薄情に聞こえがちではあるが、その者は甘え癖がついていた厄介者として見なされていた子であったため、対応としては間違っていないとミナヅキも判断した。むしろちゃんと断る意志を見せた娘を、高く評価したほどである。

「でも、好きなことについて話す相手が増えたのは、良かったんじゃないか?」
「……そうだね」

 その心当たりもヤヨイの中には確かにあった。
 接する頻度だけで言えば、間違いなくラステカの学校のクラスメートのほうが圧倒的に上だろう。しかし話の密度ならば、工房にいる人々のほうが上だった。
 生産職にも色々な種類はある。その職種ならではの『あるある』とか、意外な点で通じる話題が発見されることもあり、話していてとても楽しい。

「けどやっぱり一番楽しいのは、一人で黙々と調合している時だけどね」
「ハハッ、そうかそうか」

 明るい声で堂々と言い切ったヤヨイに、ミナヅキは思わず笑ってしまう。娘のこういう言葉を聞くたびに、やはり血は争えないかと感じるのだった。
 そうこうしているうちに二人は工房へ到着する。
 大きな扉を開けると、その奥に広がる光景は、やはり相変わらずの賑やかさを誇っていた。

「あ、ヤヨイちゃんだー」
「やったー、今日はヤヨイちゃんが来たーっ♪」
「あとで私たちとお話しようよ!」

 同じ年頃の子供たちが、ヤヨイを見つけるなり笑顔を見せてくる。ヤヨイもやっほーと言いながら、笑顔で手を振り返した。
 そして親子二人で調合場へ向かって歩いていくと、思わぬ先客がそこにいた。

「待っておったぞ、ミナヅキよ」
「せ、先生!?」

 ミナヅキが驚きながら先生と呼ぶ老人――彼こそがミナヅキに調合を教えた張本人である。
 老人の名はスティーヴ。酒と女が大好きなどこにでもいる老人に見えるが、調合の腕は誰もが足下に及ばないほどのレベルである。
 ユリスの加護を得ているミナヅキでさえ、全く歯が立たないほどに。

「おじーちゃんっ!」

 ヤヨイが笑顔で思いっきり抱きつく。その瞬間、スティーヴもデレデレのだらしない笑顔となった。

「おぉ、久しぶりじゃのうヤヨイよ。元気そうでなによりじゃわい」
「えへへー♪」

 ヤヨイはスティーヴを実の祖父のように慕い、スティーヴもまた、ヤヨイを実の孫のように可愛がっているのだった。
 そしてミナヅキも、同じような気持ちを抱いていた。
 調合、そしてギルドと工房、生産職としての心得を教わってきた。その修行は決して甘くはなかったが、時折見せる優しさも確かに感じられた。
 まさに父のような先生――それがミナヅキにとってのスティーヴなのだった。

「ご無沙汰しております、先生」
「うむ。ミナヅキも、変わらず精進しておるようじゃな。見れば分かるぞ」
「ありがとうございます」

 ミナヅキとスティーヴは再会の握手を交わす。そして改めてスティーヴは、二人の親子を見上げながら笑いかけた。

「いい機会じゃ。特別にワシが、ここでヤヨイの調合を見てやろう」

 大師匠が直々に見てくれる――生産職としてこれほど光栄なことはない。
 ヤヨイはまだそこまでの認識はしていなかったが、大好きな祖父同然の人に見てもらえることは、素直に嬉しかった。
 無論、スティーヴが調合に関してはとても厳しいことは知っている。
 だからこそヤヨイは、一世一代の勝負に挑むつもりで気を引き締めてかかった。
 そして――

「形には成っておるが、売り物としてはまだまだ程遠いな」
「……そうですか」

 出来上がったポーションを評価は、見事バッサリ切り捨てられる結果となった。
 ガックリと肩を落とすヤヨイ。しかしスティーヴは、しかめ面から優しい笑みに切り替えつつ言った。

「まぁ、でもそう気を落とすことはない。近道をしようとせず、一歩一歩着実に積み重ねていく――それを忘れんようにすることじゃ」

 それを聞いた瞬間、ヤヨイは顔を上げた。スティーヴの優しい笑みが、そしてしっかりと自分を見据えてくる瞳が飛び込んでくる。

「――はいっ!」

 ヤヨイは力強く頷きながら、ハッキリと声を出した。それに対し、スティーヴも満足そうに笑みを深める。

「うむうむ、元気な返事でよろしい」

 スティーヴはヤヨイの頭を撫でる。調合の間は師匠と弟子の雰囲気を醸し出していたが、今はもう完全に祖父と孫の状態に戻っていた。

「よし、今日は気分が良い。ここは一つ、ワシが調合の手本を見せてやろうぞ」

 その声が工房に響き渡った瞬間、ザワッとした反応が生まれた。
 スティーヴはそれを気にも留めることなく、自前の調合器具をセットし、調合を開始する。
 作るのは普通のポーション。作り方も材料も至って普通。特別な手間は何一つかけている様子はない。
 流れるような手さばきであっという間に完成する。
 そして出来上がったのは――見事な最上級ポーションであった。

「ふむ、こんなもんかの」

 なんてことなさげに、スティーヴは出来上がったポーションを掲げる。

「す、凄い……」

 ヤヨイが目を見開きながら呟く。いつの間にか集まっていたギャラリーも、次々と賞賛の言葉を紡ぎ出した。
 ミナヅキも、久々に見た恩師の姿に驚いていたが――

「さて……どうじゃ、ミナヅキよ?」

 ニヤリと笑みを向けられた瞬間、金縛りにあったような感触に見舞われる。
 お主にこれが出来るか――先生から挑戦状を叩きつけられていると、ミナヅキは認識した。
 そしてミナヅキもまた、軽くニヤッと頷いて調合に取り掛かる。
 彼もまた、無言で手を動かしていった。
 作り方も材料も、スティーヴの時と全く同じ。やはり特別な手間をかけているようには、全く見えなかった。

(パパ――)

 果たしてこんな父を見たことがあっただろうか――ヤヨイは今、途轍もない光景を目の当たりにしている気がしていた。

「――できました」

 呆けている間に、ミナヅキはポーションを仕上げた。時間にして数分は経過していたのだが、ヤヨイにとってはほんの一瞬の出来事のようにすら思えていた。

「どれ?」

 スティーヴがミナヅキのポーションを手に取り、鑑定をかける。そして実際に瓶を天井のライトにかざし、透き通り具合や色合いをその目で確認していく。

「ふむ、ちゃんと最上級ポーションになっておるようじゃな。それなりに腕も衰えておらんと見える。ま、及第点と言ったところかの」
「どーもです」

 なんてことなさげにしているミナヅキだったが、内心ではホッとしていた。娘の前で恥をかかずに済んだと。
 もっともスティーヴからしてみれば、そんなことはお見通しであったが。

(スゲェもんだな……とんでもねぇ師弟対決を見ちまったぜ)
(俺もいつか、あの人たちみたいなポーションを!)
(少しでも喰らいついてやる!)

 周囲の生産職の人々――特に他の若手の調合師たちは、ミナヅキとスティーヴの調合技術に感化されていた。
 そしてそれは、ヤヨイも同じくであった。
 父と祖父の師弟対決を見るのは、実を言うとこれで数回目となる。しかしその度にヤヨイは、初めて見たような驚きを感じてきた。
 それぐらい二人とも凄い存在なのだ。
 普段はマイペースな父と、優しい笑顔を振りまいてくる祖父。その実態とのギャップは凄まじく、隠そうとしてないが滅多に見せることもないからこそ、余計に凄いと感じてならない。

「しかしまぁ、アレじゃな――」

 するとここで、スティーヴの視線が優しい祖父のそれに切り替わる。

「ヤヨイを順調に育て上げているだけのことはある。更に精進することじゃ」
「――はい」

 ミナヅキも姿勢を正して頷く。いつもと変わらない態度に見えるが、心の中では嬉しく思っていることは、ヤヨイも感じていた。

「さて、少々長居をしてしまったな。ワシはそろそろお暇するとしよう」
「もう帰っちゃうんだ?」
「こう見えてワシも、ヒマではないんじゃよ」

 残念そうな表情で見上げてくるヤヨイの頭を、スティーヴは優しく撫でる。

「それではな」
「はい。またいつか」
「バイバイ、おじーちゃん」

 去りゆくスティーヴに、ヤヨイは手を振りながら見送る。やがて彼が工房から出て行ったのを確認したその時だった。

「久々に顔を出したと思ったら、随分と目立つことをしているな、ヤヨイ!」

 まだ声変わりしていない男の子の強気な声が聞こえてきた。
 ヤヨイが少しだけ表情を引きつらせつつ、ゆっくりと振り返ってみると、予想していた人物がそこに立っていた。

「レスター……やっぱりアンタか」
「やっぱりとはご挨拶だな。ライバルであるこのオレが来たというのに!」

 腕を組みながらふんぞり返るレスターと呼ばれた男の子。錬金術師であるベアトリスとランディの、一人息子である。



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いつもお読みいただきありがとうございます。
新作「勇者になれなかったけど精霊たちのパパになりました」も公開中です。
第12回ファンタジー小説大賞にもエントリーしています。
(当作品は既に別の大賞に応募中のため、エントリーはしていません)
なにとぞよろしくお願いします<(_ _)>
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