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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百十七話 ミナヅキ一家の賑やかな生活(中編)
しおりを挟む「シオン。相変わらず泥だらけになってるわね」
「あ、ねーちゃん。やっほー♪」
呆れた表情を浮かべるヤヨイに対し、シオンはどこまでもマイペースに手を上げながら笑顔を見せる。
明らかに姉の様子を察していない弟を見て、ミナヅキは苦笑した。
「ハハッ、まぁ元気なのはいいこったな。今日もあちこち探検してたのか?」
「うん。草むらの中とか、あちこち入ってみたの!」
「そうかそうか。でも、あまり深くまでは行かないようにな」
「どしてー?」
首を傾げるシオンに、ミナヅキがしゃがんで視線を合わせる。
「服が引っかかって出られなくなるのもそうだが、茂みが壊れるのも良くない。木や草花は大切にするモノだって、前に教えたことがあっただろ?」
「うん。でもぼくが潜っても壊れなかったよ?」
「それはたまたまさ。壊れるときは、本当にすぐバキバキって壊れるもんだ」
「そうなんだー」
ほえーと口を開けながらシオンが返事をする。ミナヅキは笑みを浮かべながら、小さな頭を優しく撫でた。
「別に潜るなとは言わないよ。父さんも小さい頃はやったことあるしな。あくまでやり過ぎないように気をつけてほしい――それが言いたいだけだ」
「はいっ!」
「うん、いい返事だ」
そしてミナヅキは立ち上がり、鍬を持ち上げる。
「シオンは家の中に入りな。たくさん遊んで疲れただろ?」
「えー? もっとスライムさんといたいー!」
「母さんがおやつにスコーン作ってくれるらしいぞ」
「ホントっ!?」
シオンは満面の笑みを浮かべ、一目散に駆け出して行った。玄関のある中庭へと消えていった息子を見送ったミナヅキは、隣で呆れ果てた表情を浮かべている娘に視線を向ける。
「どうした?」
「はぁ……まぁいいけどね」
再び小さなため息をつきつつ、ヤヨイは鍬を持ち上げて歩き出す。ミナヅキもそのまま歩き出し、庭に広がる畑を見渡した。
「さーて、ボチボチ始めていこうか」
まずは二人で鍬を置き、畑を一周して軽く様子を確認する。
薬草をメインにいくつかの野菜も育てており、収穫可能であれば収穫する。実の間引き作業や、虫の有無や土の状態も、念入りにチェックしていく。
遊びに来ていたスライムたちも、空いている土の上をポヨポヨ飛び跳ねている。もうずっとこの畑に来ている常連であった。それ故か、育った作物を勝手に食べるようなマネも一切しない。
――前々から思ってたけど、スライムって賢いところあるのね。
十年前、まだ赤ん坊のヤヨイを抱きかかえながら畑に来たアヤメが、思わず口にした言葉であった。
それを聞いたミナヅキも、確かにそうだなと素直に呟いた。
思えばリュートに懐いていたスラポンも、勝手に畑の薬草を食べることはしていなかった。無論、勝手に食べてしまう魔物や動物もいる。実際その手の被害で困っている声も聞いたことはあった。
たまたま大人しい魔物に恵まれたのか、それとも他に何か理由があるのか。
定かではないが、とりあえずありがたいことに変わりはない。討伐対象となることが多い魔物ではあるが、こうして共存できるチャンスも存在している。
今は目の前にあるそれを大切にしていこう――ミナヅキはそう心の中で結論付けていた。
「ピィピィッ♪」
「ぴゅいぴゅいぴゅい♪」
「はいはい。遊ぶのはまた今度ねー」
足元を飛び跳ねるスライムたちに、ヤヨイが苦笑する。それを見たミナヅキは鍬を振るいながら、どこか感慨深そうな声を出す。
「ヤヨイもすっかりスライムに慣れたな」
「そりゃ小さい頃から遊んでるもん。いくらなんでも慣れちゃうっての」
「ハハッ、そっかそっか」
軽く笑いながらもミナヅキは思い出す。ヤヨイが初めてスライムと触れたのは二歳の頃だった。
好奇心でミナヅキの畑仕事を見ようと庭に出てみたら、遭遇したのだ。
見たことがない生き物にヤヨイは恐れをなし、スライムが近づいた瞬間、怖くなって泣き出してしまった。
無論、スライムも襲おうとしたつもりは全くない。どうしたのと無邪気に問いかけるべく近づいただけである。それはミナヅキも分かっていた。大泣きするヤヨイを見てどうしたらいいのか分からず、オロオロしながらも必死に慰めようとしていたからである。
そんなすったもんだを乗り越えたヤヨイは、今じゃすっかり魔物と共存することを苦としない者の一人となった。
それどころか初対面こそ大泣きしたが、回を重ねるごとに打ち解け、あっという間にじゃれ合っていた。
(思えばあの時から、子供の順応性ってもんに驚かされてたんだっけかな)
シオンに至っては最初からスライムに立ち向かっていた。そしてすぐに仲良くなってしまっていた。
父や姉の姿を見て安心していたというのも、恐らく大きいだろう。しかしそれでも馴染む速さは凄まじかったとミナヅキは記憶している。
(そういや昔、リュートもそうだったな。いきなりスライムを手懐けて、一緒に暮らすまでに至っていたっけか)
今のところシオンもヤヨイも、リュートのときまでは至っていない。まだシオンはキチンと適性を調べてもらっていないが、魔物調教師という可能性はなんとなく低いように思えていた。
もし魔物調教師の適性に恵まれているとなれば、もうとっくにスライムを何匹か家に連れ込んでいてもおかしくないからだ。
「ねぇパパ、このナスって、もう採っちゃっていい?」
「ん? あぁ、いいぞ。ついでに残りのキュウリも収穫してしまおう」
「あっちの薬草と魔力草も採れ頃っぽいよね?」
「そうだな」
親子二人で野菜を収穫し、籠に積み上げながら進んでいく。栽培していた薬草と魔力草は、今年も立派な豊作であった。調合の材料としては勿論のこと、最近ではギルドへの納品素材としても活躍されている。
つまりそれだけ、ミナヅキの育てた薬草や魔力草の質が評価されているのだ。
調合の素材を自分で育ててみたい――最初はただそれだけだった。それがこうして評価されるまでに至るとは。
思わぬ成果ではあるが、それでも嬉しいモノは嬉しい。故に素材納品の話も、ミナヅキは喜んで受け入れたのだった。
「改めて思ったんだけどさ」
育った薬草を摘んでいきながら、ヤヨイがポツリと言った。
「なんかウチって、もう完全に農家じゃない?」
「――かもな」
そのツッコミに等しい言葉に対して、ミナヅキは苦笑するしかなかった。
目の前に広がるいくつもの畑。どれも決して小さくなく、時間と丹精を込めて耕した土からは、立派な作物が育っている。
確かにこの状態を見れば、誰でもヤヨイのようなことを思うだろう。
最初は小さな畑一つしかなかった。それがこの十年で、いくつもの大きな畑となって広がっている。
もはや趣味の範囲を超えた立派な仕事の一部だ。現にこの畑が、今の生活を支えている大きな一つであることは間違いない。
(ここまで来たら、最後まで畑をやり続けることになるのかもしれないな)
それならそれで悪くない気もしていた。このラステカでも、八十を超えてなお現役で農作業をしている老人の姿が見られるくらいだ。
いずれ自分もその一人になる、そうなったらそうなったで面白そうだ――ミナヅキはそんなことを考えた。
「さてと、収穫はこんなところかな」
籠いっぱいに積まれた野菜と薬草たち。そして収穫を終えて土だけとなった畑を交互に見渡す。
この畑をまた耕し、新たな作物と薬草を育てていく。ミナヅキは新たな楽しみを胸に抱き、笑みを浮かべるのだった。
「ママにこの野菜、届けてくるね」
「おう、頼むわ」
籠を持っていくヤヨイを見送り、ミナヅキは再び畑に向かって鍬を振るった。
◇ ◇ ◇
「いただきまーす♪」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
一足先におやつタイムを楽しむシオンとアヤメ。バターの香ばしい香りが漂う焼き立てのスコーンを、シオンは小さな口いっぱいに頬張った。
「ん~♪」
「おいしい?」
「うんっ。あまくてさくさくー♪」
「そう。良かった」
満面の笑みを浮かべる息子に、アヤメも思わず表情が綻ぶ。そこにキッチンの勝手口がゆっくりと開けられた。
「ママ、今日採れた野菜持ってきたよー」
「はーい、ご苦労さま」
ヤヨイの呼び声にアヤメが立ち上がる。床にドサッと置かれた籠の中身を見て、軽く目を見開いた。
「あーらら、結構たくさん採れたわね。今夜はナスとベーコンのピザかしら」
「ピザ? やったぁ♪」
夕飯のメニューを聞いてヤヨイは飛び跳ねるように喜ぶ。顔や作業着をしっかり土で汚した状態で。
そんな姿にアヤメは、ため息交じりの苦笑を浮かべた。
「もう少ししたら戻ってらっしゃい。追加でスコーン焼いておくから」
「分かった。パパにもそう伝えておくね」
「うん。お願い」
そしてヤヨイは勢いよく勝手口から庭に出て行った。作物がいっぱい詰まれた籠をキッチン台に乗せ、アヤメがダイニングに戻る。
「全くあの子は……畑に行く度に土で汚してくるんだから」
「……?」
意味が分からずシオンは首を傾げる。それを見たアヤメは、再び苦笑しながら頬杖をついた。
「アンタもお姉ちゃんも、お外から帰ってくる度にシャワー浴びてるもんね」
「――うんっ♪」
モシャモシャとスコーンを頬張りながら、シオンが笑顔で答える。
「だから今日も、ちゃんと自分でシャワーあびたんだよ。えらいでしょ?」
「うん。偉い偉い」
ニッコリと笑みを浮かべて頷きつつ、アヤメは思う。
(ヤヨイもシオンぐらいのときは、毎日のように泥だらけだったわね)
キッカケは調合と畑である。調合場で埃まみれになったり、畑で土いじりをして服を汚したりしていた。
流石に学校に通うようになったら――それも淡い期待でしかなかった。
女の子らしい意識を持つようには確かになった。しかし未だに、調合と畑が最優先事項であることに変わりはない。
――可愛い服? そんなのいらないから、汚れに強い作業服が欲しい!
そうハッキリとヤヨイが言った際、アヤメは思わず崩れ落ちそうになった。
そして同時に思った。もうヤヨイに女の子らしい恰好をさせるのは、諦めたほうが良さそうだと。
下手に希望を抱くよりも、匙を投げて楽になったほうがいいと。
(そしてシオンも、あちこち外を歩き回るようになった。好奇心旺盛なのよね)
友達とはしゃぎまわるよりは、一人で黙々と探検するほうが好きなシオン。色々なところを潜ったりよじ登ったり転がったりしては、決まって服や顔を泥だらけにして帰ってくる。
五歳の男の子ともなれば、至って自然なことであると言えるだろう。それについてはアヤメも理解は示している。
しかしながら、家の中が汚れるのを見逃せるかと言われれば、話は別であった。
それはヤヨイもミナヅキも例外ではない。故にミナヅキ一家の場合、シャワーの頻度が他の家よりも明らかに高かった。
おかげで五歳のシオンでさえ、一人でシャワーを浴びれるようになった。何回も入って慣れたのである。
まさかこんな形で成長するとは――思わぬ結果に呆然としたのは、アヤメにとって記憶に新しい。
(でも、そのおかげかしら……ウチの子たちって、かなりの健康体なのよね)
外で遊んで太陽の光をたっぷりと浴びて、体を動かして汗を流す。そして泥だらけになることで雑菌と共存し、丈夫な体を作り上げる。
確かにこれなら健康体にもなるだろう。
汚れた服を洗濯したり、その都度埃だらけになる家を掃除するのは大変だ。しかし将来的に健康な大人になれるのなら、それも立派な投資の一つと言えるのではないだろうか。
もっともこれには、アヤメが洗濯や掃除を苦としていないのが大きい。
元々、彼女は体を動かすことが好きなのだ。かつては魔法剣士として冒険者活動をしていたのが良い証拠である。
(割とミナヅキが子供連れて出かけることも多いし……)
特にヤヨイは、ほぼ確実に連れて行く。王都へ向かうとなれば尚更だ。調合師ともなれば、作業場に引きこもるイメージが多かったりするが、ミナヅキとヤヨイに関してはその心配は皆無だ。
むしろ畑のために率先して外に出ており、他の生産職に比べれば明らかに健康的と言える気さえする。
「ごちそうさまー」
色々と考えているうちに、シオンがスコーンを食べ終えていた。アヤメは軽く我に返る反応をしつつも改めてニッコリと笑う。
「はい、お粗末様でした。お皿とコップ、お片付けしておいてね」
「わかったー」
意気揚々と答えながらシオンは立ち上がった。そしてコップを乗せた皿を持ち、ゆっくりとキッチンに向かって歩いていく。
そしてアヤメも紅茶を飲み終えたカップを持って立ち上がった。
「さて……そろそろお父さんとお姉ちゃんのスコーンを、焼くとしますか」
流し台にある水を溜めた桶にカップを沈め、シオンから受け取った皿とコップも同じように入れた。
楽しそうな笑顔で部屋に戻っていくシオンを見送り、どこまでも元気な姿にアヤメは思わずほくそ笑んでしまう。
その夜――シオンに対して、驚く出来事が起こることを知らずに。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
新作「勇者になれなかったけど精霊たちのパパになりました」も公開中です。
第12回ファンタジー小説大賞にもエントリーしています。
(当作品は既に別の大賞に応募中のため、エントリーはしていません)
なにとぞよろしくお願いします<(_ _)>
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