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第六章 家族で気ままなスローライフ
第百十六話 ミナヅキ一家の賑やかな生活(前編)
しおりを挟む(時が経つってのは、ホント早いもんだよなぁ……)
自宅の調合場で薬草をすり潰しつつ、ミナヅキはしみじみとそう思った。
子供が生まれてから十年――実にあっという間であった。むしろそれ以外に全く浮かんでこないと、心から言えてしまう。
――どうせすぐ賑やかになるわよ。
アヤメの言葉は的中した。まさにそのとおりだったと言う他ない。それこそ毎日がてんてこ舞いであり、賑やかと感じる暇さえないほどに。
「パパ、できたよー」
長女で今年十歳を迎えたヤヨイが、作り上げたポーションを掲げる。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、得意げな笑みを見せる。
ますます顔立ちは母親に似てきたもんだなと、改めて思わされてしまう。
成長すれば母娘瓜二つになるだろう。しかしその中身は、完全に真逆である。性格もそうだが、なにより持って生まれた適性がそれを如実に表していた。
「おう。手堅く作れるようになってきたじゃないか」
「えへへー♪」
照れ笑いをしながら、ヤヨイはブイサインをしてみせる。
「だってあたしは、パパと同じ調合師の適性を持ってるんだもん。これぐらいはできるようにならなきゃだよ!」
そう。ヤヨイの適性は、見事なまでに調合師一本。アヤメのように魔力の適性は一切持っていない。
まさに中身は、完全に父親譲りとなってしまった結果であった。
しかしそれについて、ヤヨイは悲しむことはなかった。むしろ父親と同じだということを、心から喜んだほどである。
幼少期からミナヅキにくっついて調合場や庭の畑にいることが多かった。それが適性発覚を経て、更に輪をかけるようになった。
早い話、行動パターンがミナヅキとほぼ同じになってきたのである。
ミナヅキに教わって調合をしていくうちに、自然と素材となる薬草についても勉強を始めるようになった。
そのためにミナヅキにお願いして、王都の図書館へ自主的に行くほどだった。
そこから庭の畑にも興味の視線が移るようになり、気が付いたら親子で鍬を振るうようにもなっていた。
要するにヤヨイは、畑仕事の楽しさにも完全に目覚めてしまったのだった。
「なのに学校の皆は、あたしがこのこと話すと引くんだよねぇ」
「あぁ、母さんから聞いたな、それ」
現在ヤヨイは、ラステカにある学校に通っている。
外見は紛れもなく美少女であるため、最初は男子から人気が高かった。しかし蓋が開かれた瞬間、ヤヨイの話題に男子が全くついて行けず、周囲の嫉妬などを買うことは殆どなくなった。
学校でも同じポーションでも薬草の品質によって仕上がりが違うことを発表会で熱弁してしまい、クラスメートや担任の先生をドン引きさせたという出来事もあったくらいだ。
しかもそれを本人は黒歴史ともなんとも思っておらず、むしろ『あたしは堂々と言ってやったんだ』と誇りにしていたほどである。
それで更に周囲は、言葉を失ってしまうことにもなっていたが。
(まぁ、今更考えたところで、しょーがないことではあるわな)
ラステカの町にある自宅の調合場――そこで父親と一緒に調合をする娘。もはやそれが親子における当たり前の光景となっていた。
無論、それは周知の事実でもある。
――やっぱりミナヅキさんの娘さんですねぇ。
学校の保護者参観に行った際、他の親御さんから言われた言葉であった。
苦笑こそ浮かべていたが、あくまで納得の意を示す形だ。からかいの意味を込める者もいたが、ほんのわずかでしかない。
やけに素直に受け止めたもんだと、ミナヅキは驚いてしまった。しかしその直後にアヤメから言われたのだ。
――それだけあの子が真剣だったってことよ。アンタにそっくりな形でね。
(言われるまで気づかなかったとはな……流石に少しショックだった)
自分が一番近くで娘を見てきた、という自負があった。故にその衝撃は割と大きかった記憶がある。
近いからこそ分からなかったということなのだろうか。
ミナヅキはそれとなく考えてみるが、答えは全く思い浮かんでこなかった。
「ところで話を戻すけど……このポーション、どう?」
「ん? あぁ――」
ヤヨイに呼びかけられてミナヅキは我に返る。そして受け取ったポーションを軽く鑑定してみた。
「ちゃんと仕上がってはいるぞ」
「やった♪」
小さくガッツポーズをしながら喜ぶヤヨイ。しかしすぐにその勢いは衰える。
「でも、やっぱり外に出すとなると、まだまだ……だよね?」
「そう言わざるを得ないな」
ミナヅキは苦笑しつつ、改めて娘の作ったポーションを眺める。
流石にまだ売りに出せるレベルではない。十段階評価でようやく真ん中の五あたりに来た程度である。ギルドに納品するとなれば、やはり最低でも七以上は欲しいところであった。
しかしミナヅキは、笑顔を浮かべながら言う。
「けどまぁ、最初から上手くできる奴なんていないからな。誰でもこんなもんさ。むしろヤヨイは凄いほうだよ」
ヤヨイがミナヅキの真似事で調合を始めたのが、五歳のときだった。それから三年後には、最低ランクながらもポーションを作れるようになった。
英才教育の賜物――結果だけ見ればそういうことになるが、ミナヅキはそんな大層なことをしたつもりはなかった。
娘が自ら調合を学びたいと願い出た。父親としてはとても嬉しいことであり、その声に応えるべく片手間で教えたに過ぎない。あくまで娘と一緒に調合ができることを目的としており、上を目指すための教えではなかった。
しかしヤヨイは調合の適性を成長させた。それこそミナヅキが驚く程にだ。
つまりそれだけ、ヤヨイの意欲と吸収能力が高いことを意味している。それを感じたミナヅキは、本格的に教えてみることにした。
それから二年が経過した今――着実にヤヨイの成果は出ていた。
好きなことになると夢中と化す子供の貪欲さは凄まじい。まるで乾いたスポンジの如く、技術と知識という名の水を、どんどん吸収してしまうのだ。
単なる親から受け継いだ技術の才能だけではない。子供本来が持つ純粋な興味が結果として現れることを、改めてミナヅキは目の当たりにしたような気がした。
「むぅ……凄い、かぁ……」
しかしヤヨイは、どこか不満そうであった。
凄い――それは確かに嬉しい言葉の部類に入るのに、今はどうにも分からない気持ちのほうが強い。
悩ましげな表情を浮かべながらヤヨイは尋ねる。
「パパも最初は上手くできなかったの?」
「勿論さ。上手くできるまで五年。そこから独り立ちするのに五年くらいだ」
「そんなにかかったんだ……」
ヤヨイは素直に驚いていた。そしてすぐに険しい表情と化して黙る。自分の場合はどうなるのだろうかと考えているのだ。
そんな娘の姿に、ミナヅキは優しい笑みを浮かべる。
(どこまでも真剣なヤツだ……将来が楽しみだな)
娘が作ったポーションを、ギルドに正式提出する日も遠くない。客観的に見てもそんな気がするとミナヅキは思った。
ギルドに登録していない者であるため、単独での提出は不可能だが、監督者の名があれば話は別だ。つまり、ヤヨイに調合を教えている監督者のミナヅキが認めさえすれば、提出はできるということになるのだ。
もっとも正式に納品することを意味しているため、そう簡単なことではない。
たとえ親子といえど、決して甘えは許してはいけない。それはヤヨイにもしっかり伝えられており、本人も真剣に受け止めていた。
「これは、父さんが世話になった先生から言われたことなんだが――」
ポーションをヤヨイの足元に置きながら、ミナヅキが切り出した。
「これでも大分早いほうだ。普通なら更に五年や十年くらいは当たり前だ――独り立ちする際に、父さんはそう言われたよ」
「長っ! 結局、大人になるまでかかるってこと?」
「そうなるな」
ニッと笑う父親に、ヤヨイは面白くなさげに頬を膨らませる。それに構うことなくミナヅキは調合器具を片付け出す。
「さーて、そろそろ畑のほうに行かないとな。ヤヨイはどうする?」
「……行くよ。おやつ前の運動したいし」
「そうか」
そして親子二人で調合場を手早く片付け、部屋を後にする。その足でそれぞれ自室に向かい、作業着に着替えた。日差し対策の麦わら帽子とタオルも忘れない。
その準備は二人とも、実に手早く流れるように行っていた。
一足先に着替え終えたヤヨイが玄関に向かう途中、リビングに立ち寄る。
「ねぇ、ママっ!」
リビングのソファーでお茶を飲んでいたアヤメに、ヤヨイが自身の作業着スタイルをポーズを取って見せつける。
「えへへー、こないだ買ってもらった新しいヤツだよー。どう? 似合う?」
「似合ってるわよ。アンタもすっかり作業着が馴染むようになったわね」
アヤメは軽く呆れたような表情を見せる。その心は、ヤヨイに対して絵に描いたような女の子らしさが、着実に消えてきていることに他ならない。
しかしヤヨイはそんなことなど露知らず――
「いやぁ、それほどでもぉ~♪」
のんきに体をくねらせながら照れるのだった。
作業着を褒められて喜ぶ女の子――果たしてそれもどうなのだろうかと、アヤメは母親として、どうにも疑問に思えずにはいられない。
「ヤヨイ、行くぞー」
「あ、待ってよ、パパっ!」
ミナヅキの呼びかけにヤヨイが慌ててリビングを出ていく。そして廊下を出たところで、ニョキッと顔だけを出した。
「ママ、おやつよろしくねー♪」
「はいはい。石窯でスコーンでも焼いておくから」
「やった♪」
嬉しそうな笑顔を見せ、今度こそ出かけて行ったヤヨイ。ミナヅキとともに外に出て、扉が閉まる音が聞こえた瞬間、アヤメは小さなため息をついた。
「全く――どこまでお父さんに似れば気が済むのかしらねぇ」
そう言いながらもアヤメは、どこまでも愛しそうな笑顔を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
雲一つない快晴。秋を迎えた太陽の日差しは心地良く、それでいて風は少しひんやりと冷たさを感じられる。まさに絶好の畑仕事日和であった。
物置から鍬を取り出しながら、ヤヨイが問いかける。
「ねぇパパ。今日って何か収穫するの?」
「ナスの残りと……確かサツマイモがそろそろだったと思うんだよな」
物置の扉を閉め、二人で庭に向かって歩き出しながら、ミナヅキが畑の状態を思い出す。
「今回は苗を増やしたからな。去年よりもたくさん採れると思うぞ」
「楽しみだなー。スイートポテトとか食べたーい。焼き芋も外せないよね♪」
「あとは厚切りスライスして炭火で焼いて、塩とコショウで食べるってのもある」
「なにそれ、すっごい美味しそう!」
「……ずっと前に母さんも、全く同じ反応をしたことがあったよ」
採れたての野菜で石窯料理を作ることを楽しみにしているのは、アヤメも同じだということだ。
そしてもう一人、それをとても楽しみにしている四人目の家族がいた。
「おとーさんっ!」
庭に差し掛かると同時に聞こえてきた明るい声。泥だらけの服でスライムと遊んでいたその男の子は、父親を見つけるなり一直線に走ってくる。
それはもう、眩しいほどの笑顔で。
「おっと」
ミナヅキは鍬を置きつつ、しゃがんでその子を受け止める。泥だらけの恰好ではあったが、汚れるための作業服を着ているため、どうということはない。
「今ね、スライムさんたちと遊んでたんだよ!」
「そうだったのか。楽しかったか?」
「うんっ!」
両手を突き上げながら元気よく返事をするシオン。今年五歳を迎えたミナヅキの息子であり、ヤヨイの弟でもあるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
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第12回ファンタジー小説大賞にもエントリーしています。
(当作品は既に別の大賞に応募中のため、エントリーはしていません)
なにとぞよろしくお願いします<(_ _)>
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