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第五章 ミナヅキと小さな弟

第九十九話 妾はお姉ちゃんなのじゃ!

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「とりあえず……いつの間にここにいたのかしら?」

 アヤメがなんとか言葉を絞り出す。それに対してフィリーネは、涼しげな笑顔で知れっと答えた。

「気配を消して近づいたのじゃ。妾にかかれば、この程度は造作もないからの」
「そ、そう」
「まぁ、それはそれとして――」

 フィリーネがさっさと話題を切り替えようとする。アヤメとしても、ツッコミどころが見つからなかったため、むしろありがたいと思えていた。

「お主たちに子供が出来たそうじゃな。今日はそのお祝いに来たのじゃ」
「ありがとう。ちょっとバタバタしていたから、何のおもてなしもできないけど」
「いやいや気にするでない。ところで――」

 アヤメの言葉に手の平を左右にパタパタと振るフィリーネは、ミナヅキの後ろに隠れているリュートに視線を向ける。

「まさかとは思うが、もうとっくの昔に生まれていたというオチかの?」
『いや、それ全然違うから!』

 ミナヅキとアヤメは声を揃えてツッコミを入れた。
 リュートやスラポンのことについては、家に入ってゆっくり話すことにした。馬車のところにベティもいるため、揃った状態で話したほうが良いだろうとミナヅキが思ったのだった。
 ひとまず皆で家のほうへと移動し、馬車で待機しているベティと合流する。ベティもリュートの存在に目を丸くしていた。
 驚くベティにミナヅキとアヤメは勿論のこと、フィリーネでさえ珍しいと驚いていたのはここだけの話である。
 そして家の中に入り、ベティが持参してきたカフェインのない紅茶が淹れられ、リビングのソファーで一息つく。ここでミナヅキから、改めて弟がいたことをフィリーネたちに話された。

「なるほど……そういうことじゃったか」

 話を粗方聞いたところで、フィリーネは紅茶をすすりながらしみじみと頷く。

「まさかミナヅキに弟がおったとはの。よくぞ無事でいたモノじゃな」
「酷い親たちですね。こんな可愛い子を捨てるなど!」

 ベティが握り締めた拳を震わせる。そしてリュートに向き直り、キリッとした笑顔を見せた。

「リュート様。私と姫様も、あなたの味方でございますよ」
「うむ。このフレッド王国の王女であるフィリーネが、何かあったら必ず力になることを約束しようぞ」

 フィリーネも自分の胸に手のひらをかざしながら、誇らしげに言う。それに対してリュートは、コテンと首を傾げた。

「……おひめさま?」
「あぁ。フィリーネは、正真正銘のお姫様なんだ。こう見えて凄い人なんだぞ」

 ミナヅキが苦笑しながらそう言うと、フィリーネが顔をしかめる。

「こう見えてとは失礼なヤツじゃな……まぁ、別に構わんが。リュートもこれから妾のことは、遠慮などせずに『フィリーネお姉ちゃん』と呼ぶが良いぞ」

 しかめた表情から一転、フィリーネはリュートにワクワクした笑みを向ける。リュートはきょとんとした表情で振り向き――

「ふぃ、フィーねーちゃん?」

 まさかの略称で呼んできたのだった。

「……は?」

 流石の展開にフィリーネは目を丸くする。しかしリュートは気にすることなく、スラポンを抱きかかえながら嬉しそうな笑顔を向けた。

「フィーねーちゃんっ!」
「ポヨッ!」

 復唱するリュートに続いてスラポンが鳴き声を上げる。その瞬間、我に返ったフィリーネは勢いよく立ち上がった。

「……ま、待て待て、待つのじゃ! なにゆえそんな呼び方をする?」
「なんかこっちのほうが呼びやすいから」
「ポヨポヨ」

 笑顔で素直に答えるリュートに、スラポンもそうだよねと言わんばかりに頷く。その様子にミナヅキも楽しそうに笑い声をあげた。

「ハハッ、フィー姉ちゃんとは、またいいあだ名を付けてもらったじゃないか」
「ホントよね。むしろフィリーネっぽいと思うわよ?」
「いや、お主らな……」

 アヤメからも言われるが、フィリーネは難色を示すばかりであった。するとここでリュートが、スラポンとともに上目遣いでコテンと首を傾げる。

「――だめ?」
「ぐっ!」

 その表情をまともに見てしまい、フィリーネの脳内に謎の衝撃が走った。

「し、仕方がないのう。お姉ちゃんである妾は心も広いからの。特別にその呼び方で呼ぶことを許可してやろうではないか、うむ♪」

 言葉とは裏腹に、口調も表情もジェスチャーも、全てにおいて蕩けたような様子をフィリーネが思いっきり見せる。
 それを見た大人たち三人は、表情を引きつらせながら心の中で呟いた。

(完全にやられたな)
(見事なまでにノックアウトされちゃってるわね)
(子供の純粋な可愛さには、姫様も形無しになってしまいますか)

 三人は完全なる半目となっていたが、未だトリップしているフィリーネと、新しいお姉ちゃんが出来たことを嬉しく思っているリュートとスラポンは、全く気づくことはなかった。


 ◇ ◇ ◇


「いやぁ、こーゆー天気のいい日は、散歩をするに限るの♪」

 よく晴れた青空の下を歩くフィリーネは、実に気持ち良さそうな笑顔であった。そんな彼女の後ろを、ミナヅキとリュートとスラポンがついて歩く。

「お前、いつになくご機嫌だな」
「当然じゃ!」

 ミナヅキが苦笑気味に話しかけると、フィリーネは前を向いたまま即答する。

「もうすぐドラゴンの大移動の季節がやってくるからの。それに向けて、妾も王女として色々とやらなくてはならんことがあるのじゃ。おかげで最近は毎日がてんてこ舞いなんじゃよ」
「なるほどな」

 その言い分を聞いてミナヅキは大いに納得できる気がした。
 年に一度、春の訪れとともに、ドラゴンの群れが一斉に世界中を渡り飛ぶ――それこそがドラゴンの大移動と呼ばれる、世界規模のビッグイベントだ。
 各国も協力し合い、無事に世界中を渡り飛べるよう導く。まさに世界が手を取り合う平和の証ともなっているのだ。
 それだけドラゴンの大移動というのは、国にとって避けることは許されない最重要イベントの一つなのである。
 故に王女であるフィリーネが忙しくなるのも、当然であると言えるのだった。

「ってことは、今日は貴重な休みってことになるワケだ」
「そーゆーことになる。ついでに言えば、今はベティもおらんし、尚更羽を伸ばせる気分に浸れるというワケじゃよ」
「はは、そーかい」

 フィリーネの物言いに、ミナヅキは思わず笑ってしまう。
 彼女の言うとおり、ベティはアヤメとともに家で留守番をしている。ご懐妊されておられるアヤメ様を全力でお守り致します――そう意気込みながら見送ってきた姿は記憶に新しい。

「おやおや、フィリーネ様。お久しぶりですねぇ」

 通りかかった老婦人に話しかけられたフィリーネは、即座に笑顔で頷いた。

「うむ、しばらくじゃ。この町は相変わらず平和なようでなによりじゃな」
「全くですよ。いつまでもこんな日々が続いてほしいモノですわ」
「妾も同感じゃ」

 それから一言二言交わし、老婦人は小さくお辞儀をして去っていった。老婦人を見送ったフィリーネは、満足そうに頷いた。

「さて、散歩の続きと行こうか……どうしたのじゃ?」

 振り向くと、ミナヅキがポカンとした表情を浮かべていた。問いかけてみると、ミナヅキは我に返ったような反応を見せ、そして頭を掻きながら言う。

「あ、いや……ちゃんと真面目に王女様なんだなーって思ってさ」
「お主、何気に失礼なことを言いおるのう」

 フィリーネもサラッと返す。単なるツッコミに過ぎず、本気で怒っている様子は全く見られない。

「妾とて色々と行動しておるのじゃぞ? タツノリの件で妾がこの町に一時滞在しておった際も、町の人々と交流を深めておったのじゃからな」
「……そーいやそんなこと言ってたっけか」

 ミナヅキはボンヤリと思い出す。つい数週間前の出来事なのだが、遠い昔のように思えてならなかった。
 アヤメの妊娠発覚という嬉しいニュースによって、もはやすっかり忘れ去ってしまっており、思い出すのに少し時間がかかってしまったほどだ。

(それにしても――)

 ミナヅキは改めてこの町を歩くフィリーネの様子を見る。王都でも割と堂々と庶民に紛れて歩くような人物ではあったが、このラステカの町においては、更にフランクさが際立っているように見えてならなかった。
 町の人々も全く驚いておらず、知り合いの少女に接するかの如く、どうもこんにちは的な普通の挨拶を交わすだけであった。
 フィリーネがこの町の人々と交流を深めた成果なのだろう。
 それは確かに分かるのだが、一国の王女という立場を完全にすっ飛ばしてしまっている気もして、果たしてそれはどうなのだろうかとミナヅキは思う。

(まぁ、別に誰も困ってなんかないし、フィリーネも満足しているみたいだから、良いっちゃ良いんだろうけどな)

 そう結論付けつつ、ミナヅキたちはフィリーネの後をついていく。途中で子供たちが遊んでいる公園に差し掛かるが――

「……リュート?」

 何故かリュートがスラポンを抱きかかえたまま、公園とは反対方向にスタスタと歩き出してしまう。
 ミナヅキは少し驚きながら声をかけた。

「遊んでいかなくていいのか?」
「うん。もっとしずかなところがいい」

 そう言って、再びリュートはスラポンとともに歩き出す。ミナヅキとフィリーネは互いに顔を見合わせ、仕方がないなと言わんばかりに苦笑しつつ、リュートたちの後に続くのだった。

「リュートはなかなかの人見知りなようじゃの」
「あぁ。魔物相手だと、案外そうでもないっぽいんだけどな」
「そうなのか」

 ミナヅキの言葉にフィリーネは興味深そうな反応を示す。

「もしかしたらヤツには、魔物調教師の適性があるやもしれんな」
「やっぱそう思うか?」
「あれだけスライムと仲良くしておれば、基本まずそれを考えるじゃろ」
「だよな」

 魔物調教師の人間にも色々いるが、割と人見知りするタイプも多かったりする。加えてリュートみたいに魔物とばかり遊んでいる人間の大半は、魔物調教師の適性を少なからず持っているケースが多いのだ。
 そして、それを証明するような行動をリュートは更に起こしていく。一行が町外れの小さな森にやってきた時だった。
 そこには野生のスライムが何匹か遊びに来ていた。スラポンは嬉しそうにその群れに飛び跳ねて近寄っていく。そしてスライムたちがリュートの存在に気づき、スライムに導かれる形でリュートも一緒に遊び出すのだった。

「こうして見ると驚かされるな。スライムと言えど野生の魔物……危険であることに変わりはないハズじゃ」
「あぁ。流石に一瞬は警戒していたが、もうその陰りすら見えちゃいないな」

 スライムと楽しそうにじゃれ合うリュートの姿に、フィリーネとミナヅキは軽く引いていた。

「なんかもうこれ、ギルドで調べてもらうまでもない気がするんだが」
「それについては同感じゃな。しかし――」
「分かってるよ。近いうちにリュートを、王都のギルドへ連れていくつもりさ」
「うむ。それが賢明じゃな」

 ミナヅキの言葉に、フィリーネは腕を組みながら満足そうに頷く。

「ギルドで正式に適性が認められれば、リュートも堂々とスラポンを連れて歩くことができるじゃろう」
「そうだな。それはそれとして――何か思い出さないか?」
「む? 思い出すとは?」

 きょとんとした表情で問いかけるフィリーネに、ミナヅキはニヤリと笑う。

「俺がお前と初めて会ったときも、確かあんな感じだったと思うけど?」
「――そういえば、そうじゃったな」

 フィリーネも少し恥ずかしそうに苦笑した。

「思えば長い付き合いになったもんじゃ。お主と出会ってから、もうすぐ七年が経とうとしておるぞ?」
「あぁ。もうそんなになるのか」
「時の流れというのは、本当に早いもんじゃな」

 スライムたちとリュートが楽しそうに遊んでいる姿を見ながら、二人は当時のことを思い出すのだった。


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