駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第四章 現れた同郷者

第九十四話 神々の語らい

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 数日後――ラステカの自宅に、ユリスとイブリンが訪れた。
 タツノリについて伝えたいことがあるついでに、石窯料理を作って欲しいと笑顔でねだり出す。
 本命とついでが逆だったりするんじゃないかと思いつつ、ミナヅキとアヤメはエプロンを付けて調理を開始。石窯でグラタンとスイートポテトを焼きつつ、温かいジンジャーティーが淹れられるのだった。

「いやぁ、ジンジャーの香りも良いもんだねぇ」
「寒い冬にはピッタリですぅ♪」

 ジンジャーティーの温かさを堪能する中、アヤメがユリスたちの前に座る。

「焼き上がるまでもう少しかかるから、その間に話してくれるかしら?」
「あ、うん。分かったよ。実は――」

 王都から逃げ出したタツノリがその後どうなったのか。ユリスの口からその顛末が語られた。
 ユリスがタツノリを転移させたところで話が締めくくられ、ミナヅキとアヤメはそれぞれ驚きの反応を見せる。

「へぇ、そっか。タツノリは地球に帰ったんだな」

 燃え盛る石窯の中を覗き込みながら、ミナヅキは言った。

「神様も優しいところってあるのね」
「むぅっ! それってどーゆー意味かなー?」
「あぁ、ゴメンゴメン。別にからかったワケじゃないから」

 頬をプクッと膨らませるユリスに対し、アヤメが慌てながら宥める。まるで小さな子供みたいで可愛いと思ったのは、ここだけの話であった。

「ただ、よくタツノリに手を差し伸べるようなことをしたなぁって思ったのよ。あれだけの大騒ぎを起こしたから尚更ね」

 タツノリが地球に帰ったということは、まんまと今回の事件から逃げおおせたも同然となる。逃げるが勝ち――それをまさかユリスが手助けするとは。
 しかしユリスは、ジンジャーティーを飲みながら、あっけらかんと言う。

「別に手を差し伸べた覚えはないよ。それに罰っていうのは、必ず当たるモノさ」
「え? 罰が当たるって、どういう意味?」
「どうもこうも、そのままの意味だよ」

 それだけ答えて、ユリスはジンジャーティーを口に含む。一方アヤメは、今の言葉に対して考えを巡らせていた。

(つまり彼は、地球に帰っても平穏に暮らせるワケじゃないってことかしら?)

 ユリスの言う『そのままの意味』を、文字どおりそのまま解釈すれば、恐らくはそういうことなのだろう。
 いずれにしても、彼に対して考えるのはここまでだと、アヤメは思った。

「まぁ、とりあえず安心したわ。彼がこれ以上、この世界で何か事件を起こす心配はないってことだし」
「そうだな。それが分かっただけでもなによりだ――はい、お待ちどーさま」

 焼きたて熱々のグラタンとスイートポテトが乗った皿をミナヅキが運んできた。ジュウジュウと鳴り響く音と甘い匂いが、ユリスとイヴリンを笑顔にさせる。

「うわぁ、何これ、すっごい美味しそうじゃん♪」
「たまらない匂いですねぇ♪」
「そりゃどーも。熱いから気をつけてな」
『いっただっきまーす!』

 両手を合わせつつ声を揃えて言う二人の神様。そしてすぐさま、グラタンとスイートポテトの味を堪能し始めるのだった。
 食欲を湧かせる香ばしさと、頬を蕩けさせるほどの甘い味が、ユリスとイヴリンを笑顔にする。夢中で食べる二人を見て、ミナヅキとアヤメも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「あっ、そうだ!」

 するとここでユリスが、ミナヅキとアヤメに提案してくる。

「もし良ければ、今のタツノリの様子を見せてあげることもできるよ」
「え、そうなのか?」
「うん。本当に見せることしかできないけど」

 まるで念を押すような言い方だった。要するにユリスはこう言いたいのだ。画面の中で何が起こっていようと、こちらからの干渉はできないよと。
 言い換えれば、それ相応の出来事がタツノリの身に起こっていることを意味しているのだが、ミナヅキもアヤメも、そこまで読み取ることはできなかった。

「あー……俺はいいかな? なんかロクでもなさそうな気がするし」
「私もパスするわ。もう終わった話にしたいからね」

 二人のその答えに、ユリスは満足そうに笑う。

「分かったよ。もし見たくなったら、いつでもボクに言ってね」
「あぁ」

 ミナヅキは頷くも、心の中で思っていた。恐らくそのときが来ることなんて、ほぼ確実にないのだろうと。ユリスもユリスでかなりサラッと言っていた。社交辞令の意味合いが強い可能性が高いと、ミナヅキは思う。

「ごちそーさまでしたっ♪」
「でしたっ♪」

 ユリスとイヴリンは、二人揃って手を合わせて笑顔を浮かべる。スイートポテトもグラタンも、そしてジンジャーティーも、綺麗サッパリ平らげていた。

「はい、お粗末様」
「また綺麗に食べ尽くしたわねぇ」

 そう言ってミナヅキとアヤメも、表情を綻ばせる。誰かに美味しそうに食べてもらうのは、なんだかんだで嬉しいのだった。
 そして二人が、空いた皿やカップを片付けようとした瞬間――

「それじゃあボクたちはお暇するね。やらなければならないこともあるし」
「バイバイですぅ♪」
「え、ちょ――」

 ミナヅキが反応して顔を上げる。しかしもう既に二人の姿はどこにもなかった。

「……また急に消えやがって」
「いつものことじゃない」
「そりゃそうだけど」

 軽くため息をつきながら、改めて皿を片すミナヅキ。一気にリビングが広くなったような感覚は、これまでにも何回か味わってきたことではあった。しかしその度に少しだけではあるが、寂しさを感じていたりもするのだった。
 それはアヤメも同じではあったのだが――

「ねぇ、ミナヅキ。ちょっと話したいことがあるんだけど……」

 この日に限っては少し緊張している様子を見せていた。そして話しかける際、手を腹部に優しく添えていた。
 洗い物を始めていたミナヅキは、少し反応が遅れつつ顔を上げた。

「ん? どうかし――」
「おぉーいっ、ミナヅキーっ!!」

 しかしそこに、新たなる来訪者が現れた。あまりの突然さに二人とも驚いたが、その表情はすぐに笑みに変わる。
 アヤメが添えていた手を下ろしつつ玄関へ向かってみると、案の定いつものお姫様とメイドのコンビがそこに立っていた。

「おぉ、アヤメ! やっと視察の時間が取れたから、馳せ参じたぞ♪」
「突然の訪問、誠に申し訳ございません。もはや私や国王様では、姫様を止めることはできませんでした」

 ご機嫌よろしく笑顔を見せるフィリーネに対し、ベティは大きなカバンを両手に持ちながら、とても疲れたような表情を浮かべている。
 ここに来るまでに何があったのか――アヤメは思わず表情を引きつらせた。

「……とりあえず上がって。ここじゃ寒いわ」
「おぉ、そうじゃな!」

 はしゃぎながら家の中に入っていくフィリーネ。しかしベティは、アヤメの様子に少しばかりの疑問を抱いたようであった。
 彼女はアヤメを――正確にはアヤメの腹部に注目していた。

「アヤメ様、もしや……」

 何かを問いかけようとするベティに、アヤメは首を左右に振る。

「まだ、決まったワケじゃないので」
「……分かりました」

 ベティはそれだけ答えて、家の中に入った。そしてアヤメとともにリビングへ向かうと、テーブルに座るフィリーネが、不機嫌そうに振り向く。

「遅いではないかベティ。早うカバンの中身を出すのじゃ」
「承知しました」

 うんざりした様子を隠そうともせずに、ベティはカバンを開けた。中から出てきたのは食器類――装飾が施された白くて大きめの皿と、同じく装飾が施されたナイフとフォークであった。

「さぁ、ミナヅキよ。お主の石窯パンケーキを食べさせてくれ!」

 フィリーネが笑顔でそう注文してきた。まるでレストランに来た小さな子供のようなその表情に、思わずミナヅキは苦笑してしまう。

「注文は以上でいいのか? 今ならスイートポテトも作ってやれるぞ?」
「なぬっ! スイートポテトじゃと?」

 ミナヅキがそう告げた瞬間、フィリーネの目がクワっと見開いた。

「それは楽しみじゃな。是非とも両方作ってもらおうぞ♪」
「はいよ。少し待っててな」

 ミナヅキはキッチンに向かい、早速材料を追加していき、生地を作り出す。泡だて器でリズミカルにかき混ぜる音が響き渡り、その音がフィリーネの心を更にワクワクさせるのだった。

「アヤメ様、こちらをどうぞ」

 そこにベティが、アヤメに茶葉の入った小さな子瓶を差し出した。

「王宮で使用している、カフェインの一切ない特別な紅茶です。安心して飲むことができますよ」
「――ありがとうベティさん。早速使わせてもらうわ」

 小瓶を受け取ったアヤメは微笑み、片方の手を腹部にそっと添えて、優しく撫でるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 とある、殆ど何もない真っ暗な場所。
 その中心部に、地球の現代日本では当たり前のように見かける、折り畳み式の事務用椅子が二つ並べられており、そこに二人の人物が座る。

「さて、キミから話したいことがあるとは珍しいね――マジョレーヌ?」

 どこかからかうような口調のユリスに、マジョレーヌは頬を膨らませた。

「あーら、ワタシだって相談事ぐらいいたしますわよ」
「ゴメンゴメン。もう茶化すのは止めにするよ。それで、気になることって?」

 改めてユリスが尋ねると、マジョレーヌは神妙な表情を向けてくる。

「単刀直入に言わせていただくと、ミナヅキさんのことですわ」

 その瞬間、ユリスの表情もスッと引き締まる。しかしマジョレーヌは、構うことなく言葉を続けた。

「タツノリの魅了は神が与えた特殊な魔法。あの世界にある魔法とは、根本的な部分から違うモノですわ」
「うん、そうだね」
「故に時間切れ以外での解除は基本的にできないと、ワタシは見ていました。しかしそれは見事に覆されましたわね? とある方の調合薬によって」

 今度はマジョレーヌが、ユリスにスッと細い目を向ける番となった。

「普通の人間が調合した薬で、神の魔法が解除される……基本的にはあり得ないことですわ。それこそ、神の力が付与された人間でもない限りは」
「…………」

 ユリスは押し黙ったまま、ジッとマジョレーヌと顔を見合わせる。もはや睨み合うといっても過言ではないくらいだ。
 やがて根負けしたのか、ユリスはフッと笑いながら目を閉じる。

「……降参だよ。どうやらここは、さっさと白状したほうが良さそうだね」
「では、やはりあなたは、ミナヅキさんに?」
「うん」

 ユリスはマジョレーヌの問いかけに頷く。

「ボクはミナヅキに生産能力に対する加護をあげた。彼が生産のほうに適性が偏っていることは、もう知っていたからね」

 空を仰ぎながら、昔を懐かしむようにユリスは語った。

「少しでもあの世界で楽しく暮らしてほしい。そんな軽い気持ちのつもりで、ささやかなプレゼントとしてあげたんだ。実際与えた当初は、そんなに強い加護ではなかったからね」
「……やはりそうでしたのね。これであの時の件にも、納得がいきますわ」

 ユリスの話を聞いて、マジョレーヌは小さなため息をついた。

「前にあの方はエリクサーを調合されました。不完全を通り越して、紛い物に等しいレベルであり、なおかつたった一度の奇跡とはいえ、あの方は伝説の霊薬を調合によって生み出してしまった」
「うん、そうだったね」
「どんなに腕のいい調合師であろうと、伝説は伝説のままでした。少なくとも私が長い時間を見てきた限り、それが覆ることは決してありませんでしたわ」
「ボクも同感。たった一人を除いてあり得なかったよ」
「えぇ、そうなんです。しかもその事実は、神界でも騒ぎにこそなりましたが、それが大問題として発展することは、終ぞありませんでしたわよね?」

 マジョレーヌが睨みながら問いかけると、ユリスはやれやれのポーズを見せる。

「そんなことはないさ。実際かなり騒がれたもんだよ? レイフェル様からも色々と言われたし、おかげでミナヅキの行動を更に見ざるを得なくなったさ」
「えぇ。ワタシもそう聞いておりますわ」

 どこか演技じみたように語るユリスに対し、マジョレーヌはどこまでも淡々とした様子を見せる。そしてそろそろ畳みかけようと思い、目に力を込めた。

「話が逸れそうなので、率直に申し上げていきますわね。恐らくミナヅキ様は、あなたが与えた加護を自力で進化させた。つまり、それだけの凄まじい才能をあの方は持っている。それこそ……神に対抗できる可能性があるほどの」

 どうですか、とマジョレーヌが無言の問いかけをぶつける。するとユリスは、軽く息を吐き出しながら言った。

「そこまで読まれてるんだったら、もう話は早いとしか言いようがないね」

 ユリスが与えた加護は、あくまで生産能力全般に対する範囲であった。しかしミナヅキの適性は調合に偏っていたため、必然的に彼は調合一本で、何年も活動することとなった。
 どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、必死に立ち向かい弾けた結果が、加護の進化となってしまったのだ。
 彼は既に、神の魔法に対抗できるほどの調合能力を得ている。今はまだ不完全な進化に過ぎない。しかし今後はどうなることか。
 もし本当の意味で覚醒したら、世界がひっくり返る可能性もあり得る。
 ミナヅキ自身にこれと言った野望はなく、平穏でのんびりと好きなことをしていたいという願いしかないのが、幸いなところであった。

「まぁ、結局は本人次第ってことになるからね。そこはボクとしても安心かな」
「なるほど……にしても、ちょっと勿体ないですわね」

 ユリスが話をまとめたところで、マジョレーヌが不満そうに呟いた。

「折角凄いモノを持ってらっしゃるのに、それを使わないなんて……ワタシが地球で読んだラノベの主人公は、そういった能力で世界を瞬く間に引っ掻き回し、周囲を恐ろしく混乱に導きまくっておりましたわよ?」

 神は基本的に、世界に干渉することはできない。しかしただジッと大人しく見守っているだけの者もかなり少ない。
 それこそ地球にこっそり遊びに行き、マンガ喫茶でマンガやラノベ、インターネットを堪能し尽くす神様はたくさんいたりするのだ。
 マジョレーヌやユリスも例外ではない。故にユリスは、地球出身のミナヅキと出会うことが出来たとも言える。世界に干渉することはできないが、人間に干渉してはいけないというルールは存在していない。
 もっともやり過ぎれば、当然それ相応の罰は下されてしまうのだが。

「……キミもその手の作品を、読んだことがあるクチだったんだね?」
「えぇ。面白いモノは大好きですから。今後の参考にと」

 控えめに言ってはいるが、マジョレーヌはガッツリ読み込んでいるほうだ。そしてそれはユリスも何となく予測しており、そして思った。

「もしかして、キミがタツノリに近づいたのも……」
「否定はしませんわ。結果は散々となってしまいましたけど」

 彼女の返答に、ユリスは深いため息をつく。

「タツノリに対してキミが言っていた『面白そうな子』って意味が、ここでようやく分かったような気がするよ」

 つまりマジョレーヌはタツノリに対して、よくあるラノベ主人公のような人物像を期待していたのだ。そして期待にそぐわないと判断して捨ててしまった。そう考えれば、なんとも哀れな青年だったとも思えてくる。
 とはいえ、彼が色々と救いようのない青年であったことは確かであり、ユリスの中でその認識は未だ覆っていない。
 所詮はすぐに忘れる他人事でしかないことも、また確かであった。

「さて、ワタシはそろそろ戻らせていただきますわ。忙しい中、わざわざ私の相談に乗ってくださったこと、感謝いたします」

 マジョレーヌは立ち上がりながら、丁寧にお辞儀をして礼を言った。その姿にユリスは、思わず目を丸くする。

「……どうしちゃったの? 随分と真面目な態度してるけど」
「何気にあなたも結構失礼ですわね」

 間髪入れずツッコミを入れるマジョレーヌ。しかし今回ばかりは、流石に何も言い返せないと思っており、それ以上の追及はしなかった。

「ワタシもレイフェル様から、こっぴどく怒られましたのよ。しばらくは大人しく傍観者でいることを余儀なくされたのですわ」
「あぁ、そーゆーこと」

 ユリスはようやく納得した。マジョレーヌにも罰が与えられたのだと。
 ちょうどイヴリンも転移座標設定のミスに加え、能力付与のミスも犯してしまったために、大量の反省文を書かされている真っ最中だ。夜な夜なすすり泣く声が聞こえる彼女の部屋周辺は、今やちょっとしたホラースポットとなっている。
 自分で動きながら楽しいことを探すのが趣味のマジョレーヌが、この神界でジッと高みの見物を続けざるを得ない。
 確かに彼女にとっては良い罰かもしれないと、ユリスはひっそりと思った。

「ではこれで。しばらくは退屈な日々を送らねばなりませんから」
「うん。じゃあねー」

 去りゆくマジョレーヌを、ユリスは手を振りながら見送る。そして一人残されたユリスは、疲れた様子をため息をついた。

「はぁ……ミナヅキに興味を持つ神も、これから増えていくんだろうなぁ」

 今回の出来事は、既に神界全域に広まっている。前々からなんとなく広まりつつあったミナヅキの名前は、これで一気に知れ渡ることになるだろう。
 ユリスが耳にしたウワサでは、既に何人かの神が、あの世界を調査したいと名乗り出ているとのこと。果たしてその目的が純粋に言葉のとおりなのか、それとも彼に会いたいがためなのか。
 いずれにしても、神々は当分の間、あの世界に注目することは明らかだ。

(まぁ、かくいうボクも、その一人ではあるんだけどねぇ)

 そう思いながらユリスがほくそ笑んだその時、後ろから光が差し込んだ。振り向いてみると、白いローブに身を包んだ男が立っていた。

「レイフェル様」
「なんだかお疲れのようだな、ユリス」

 ユリスに近づきながらレイフェルはニコッと笑う。見た目は二十代ぐらいで背の高い青年であり、顔立ちはイケメンそのものだ。
 しかしあくまで神様。見た目どおりの年齢であるとは、当然ながら言えない。

「マジョレーヌとの話がそんなに苦戦したのか?」
「いえ、そっちはそうでもないです。ついでに言えば、例の彼の遺体を偽装したことでもありません」
「そうか? なかなかの急ごしらえをさせてしまったと思っていたんだが……」
「なんてことないですよ」

 ユリスは目を閉じながらフッと笑う。

「ミナヅキとも約束しましたからね。後始末はするつもりだって」
「なんともキミらしい言葉だな」

 レイフェルはそう言いながら、持参してきたファイルに視線を落とす。

「その様子じゃ、これはまた後日に回したほうが良いか」

 ここでようやくユリスは、レイフェルが何か自分に仕事を回そうとしているのだということに気づいた。
 レイフェルの持つファイルに視線を向けながら、ユリスは尋ねる。

「何かありましたか?」
「あぁ。ほら、本来召喚する予定だった、例の男の子――」

 その瞬間、ユリスがバッと椅子から立ち上がった。勢いが良すぎてガシャーンと椅子が倒れる音がしたが、ユリスはそんなことを全く気にせず、ただひたすら動揺しているような表情を浮かべていた。

「――落ち着きたまえ。今から説明してやる」
「す、すみません」

 穏やかに宥めるレイフェルに、ユリスは顔を赤くしながら、倒してしまった椅子を元に戻した。ユリスが酷く慌てた理由については知っていたため、レイフェルも特に小言を言うつもりはなかった。
 ユリスとレイフェルは椅子に腰かけ、二人にパッとスポットライトの如く明かりが灯される。

「単刀直入に言おう。あの子の召喚手続きが、つい先ほど全て整った」
「今、あの子は?」
「安心しろ。元気とは言い難いが、無事であることは確かだ」

 それを聞いたユリスは、とりあえず良かったと思いながらホッとする。そして再び表情を引き締め、顔を上げた。

「無事なら良かったです。早くあの子を、あの世界に転移させてあげないと!」
「分かってるよ。そのためにキミを呼びに来たんだからな。急ぐぞ」
「――はい、ありがとうございます!」

 ユリスはレイフェルとともに動き出す。彼らが立ち上がると同時に、椅子は粒子とともに消滅し、どこからともなく差し込んだ光に向かって、彼らは歩き出していくのだった。

(もう少しの辛抱だよ。待っててね、リュートくん!)

 光に包まれて移動しながら、ユリスは件の男の子に対して思いを馳せる。

(ミナヅキなら――キミのお兄さんなら、きっと助けてくれるから!!)



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回で第四章が終了し、次回からは第五章を開始します。

※7/20(土)に一部加筆しました。
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