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第四章 現れた同郷者

第八十七話 逃げてきた王女たち

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 タツノリとの一件から数日後――ミナヅキとアヤメは、今日もラステカの自宅でのんびりと過ごしていた。

「今日も静かねぇ」
「あぁ、平和なもんだな」

 ダイニングテーブルに向かい合わせで座る二人。ティータイムを満喫している真っ最中であった。
 ちなみに今日のお茶請けは、もらい物のクッキーである。早く食べないと湿気てしまうのを思い出し、石窯スイーツはまた今度という形になったのだった。

「王都はどうなったんだろうな?」
「悪いウワサは、特に何も流れて来てないと思うけどね」

 あれから二人は、王都へ足を運んでいない。タツノリと鉢合わせするのは避けたほうが良いだろうと思い、しばらく休暇を取ることに決めたのだ。
 最近はクエストやらなんやらで、王都へ通い詰める日々も続いていた。故に二人でゆっくりと休むには、ちょうど良い機会だろうと考えた。
 移動するとしても町から出ることはしていない。農作物の買い出しをして、あとは調合したり料理をしたり、魔法の特訓をしたりしていた二人は、身も心もリフレッシュされていた。
 まさに目論見どおりの結果だ――そうミナヅキは思っていた。

「そろそろパンケーキやピザ以外のヤツも作りたいな」

 ミナヅキが呟き出したのは、石窯で作る料理についてであった。おすそ分けがてら町の人々にも大絶賛をもらったピザとパンケーキは、一応の完成を遂げた。しかしそれで満足するミナヅキではなかった。

「石窯で焼く料理って、他に何かあったかしら?」
「シンプルにパンを焼くとか」
「パン以外で」

 少しゲンナリとした表情を見せるアヤメ。パンケーキやピザばかりで、それと似たようなのはあまり考えたくなかった。
 ふとここでアヤメは、もしやと思いミナヅキに尋ねる。

「それとも作りたかった?」
「いつかはな。今はあんま乗り気じゃないけど」
「なら良かったわ」

 再びアヤメは笑顔を見せる。

「話を戻すけど、石窯料理って、パン以外で何があるかしらね?」
「単純に肉の塊をそのままとか……あとは野菜の丸焼きってのもあるかな」
「野菜の丸焼き? それ美味しそうね!」
「俺が知る限りじゃ、大抵の野菜はアルミホイルがほぼ必須だけど」
「……こっちの世界にはないわよ?」

 パアッと明るい笑顔になったかと思いきや、途端にしゅんと落ち込む。そんなアヤメのコロコロ変わる表情に、ミナヅキは思わずほくそ笑んだ。

「あぁ。だからそのまま焼ける野菜に限られてくる。例えばサツマイモとか」
「焼き芋かぁ……」

 アヤメは思い浮かべてみる。確かにサツマイモはあるし、寒い時期にはピッタリの料理と言えるだろう。
 しかし彼女の頭の中には、別の食べ物が思い浮かんでいた。

「サツマイモなら、スイートポテトも食べたいわね」
「そういや、ちょうど新鮮なミルクとチーズが手に入ったばかり……あ!」

 ここでミナヅキは、とある熱々料理を思い浮かべた。

「ミルクとチーズがあるなら、グラタンも作れそうだな」
「グラタンっ!?」

 アヤメが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。突然過ぎる大声に、ミナヅキは圧倒されてしまった。

「……何? そんなに食いたかったの?」
「食べたいわよ! グラタン大好きだもん!」
「分かった分かった。今日の晩メシにでも石窯で作ってやるよ」
「わーい、やったーっ♪」

 アヤメが両手でバンザイをする。まるで小さな子供のようであった。
 その時――外からガラガラと音が聞こえた。

「何だ?」
「馬車の音よね?」

 ミナヅキとアヤメが庭に通じるガラス戸のほうを見る。庭は家の前の道路にも面しており、そこに一台の馬車が止まるのが見えた。

「……まさかフィリーネか?」
「もうすぐ夕方よ?」

 いつもは午前中ないし昼過ぎに現れ、夕方になると帰る。それがフィリーネの来訪するパターンであった。少なくともティータイムが終わった後の時間帯に来ることはまずなかった。
 玄関の扉が何度も激しくノックされる。まるでとても慌てているかのように。
 どうやらただ事ではなさそうだ――ミナヅキとアヤメは無言で頷き合い、二人で恐る恐る来訪者を出迎えた。
 すると――

「おぉ、ミナヅキ! アヤメも無事におるようじゃな!」
「フィリーネ? それにベアトリスたちも……」

 ミナヅキが驚きながら、来訪してきたフィリーネを見下ろした。彼女の後ろにはいつものようにベティが経っており、丁寧にお辞儀をする。そしてその隣には、ベアトリスとランディの姿も。
 遊びに来たのかと一瞬思ったが、どうやら違うようだとミナヅキは思った。

「突然の来訪、申し訳ございません」

 ベティがスッと前に出ながら言った。

「緊急事態となりまして、ミナヅキ様たちのお力を借りたいと思い、こうして参上いたしました。どうかお話を聞いてはいただけませんか?」
「僕たちからもお願いします!」
「お願い、力を貸して!」

 ベティに続いて、ランディとベアトリスも頼み込んでくる。いよいよもって何か面倒なことが起きたと、ミナヅキとアヤメは察した。

「分かった。ひとまず話を聞こう。中へ入ってくれ」
「私、お茶淹れてくるわ」
「頼む」

 アヤメがキッチンへ駆けて行き、ミナヅキは四人をリビングに通す。
 熱いミントティーでそれぞれ一息ついた後、フィリーネとベティから事の次第が明かされた。
 今、王都が大変なことになっていると。


 ◇ ◇ ◇


 数時間前――フレッド王都は、大混乱に陥っていた。
 気がついたときには手遅れだった。王都中の女が一人の男に夢中と化し、その男以外の男は、全て敵だと見なすようになった。
 どんなに精神の強い女性冒険者であっても、例外ではなかった。
 男たちがどれだけ言葉を投げかけても、正気を失った女たちの心に響くことはなかった。正気に戻すべく、心を鬼にして女性冒険者に立ち向かう男性冒険者の姿も見られたが、返り討ちにあうのが関の山であった。
 女たちの中心にいる一人の男――タツノリの姿自体は、何人も目撃していた。
 そして彼がいる場所も分かっていた。
 正気を失った女たちがゾロゾロとある場所へ入っていくのが見えるからだ。

「まさか、リトルバーン家の屋敷を根城にするとはな」
「屋敷のメイドとかも懐柔されたらしいぜ?」
「当主は追い出されたのか?」
「いや、メドヴィー王国に出向いていて、今は留守にしているみたいだ。執事も付き添いでいないってよ」
「そこをつけ狙ったってことか。やってくれたもんだぜ、ったく……」

 寒空の下で、男性冒険者たちが白い息を吐きながら会話する。偵察がてら、あわよくば女たちの正気を戻せればと淡い期待としていたが、数分後には自分たちじゃ無理だと判断していた。
 実際に返り討ちにあう同業者の姿を見て、恐れをなしてしまったのだ。
 故にこうして遠くから状況を見ることしかできないでいる。他の多くの男性冒険者たちも、気持ちは同じであった。
 しかし中には、黙って指をくわえて見ていない者もいた。

「タツノリ! お前は自分が何をしてるか分かってるのか!?」

 屋敷に堂々と乗り込んだデュークが、タツノリに向かって大声で叫ぶ。
 正門から玄関に通じる中庭――そこにもたくさんの女性冒険者たちが警備として配置されており、四方八方から鋭い視線が飛び込んできている。それにもめげずに声を張り上げてはいるが、彼も内心では恐怖に支配されつつあった。
 それでも立ち向かわなければならない。
 正面玄関からタツノリが姿を見せたとなれば、尚更であった。

「そんなに仲間を失ったことがショックだったのか? 手柄を全て白紙にされたのが悔しかったのか? しかしそれはお前の自業自得なんだぞ! こんなことは間違っている。今すぐ女性たちを開放しろ!!」

 必死に呼びかけるデューク。しかしタツノリは、ただ虚ろな赤い目をして、ニタァッと笑うだけであった。

(ダメだ……タツノリも明らかに普通の状態じゃない!)

 果たして彼が自分で暴走して仕掛けたのか、それとも誰かに嵌められたのか。どちらにせよ、この状況は何としてでも打開しなければならない。
 しかし――

(こうなったら実力行使――いや、それもダメだ! ヤツと戦うには、ヤツを囲んでる女たちをどうにかしなければならない)

 デュークは剣を抜けなかった。確かに戦おうと思えば戦える。しかしやり辛いことこの上ない。冒険者だけならまだしも、戦闘の心得がない一般市民も混じっているからだ。
 単なる人質なら、まだマシだったと言えるかもしれない。女たちは皆、それぞれ自分なりの武器を持って、戦う意志を持っていた。
 それに加えて、ただ正気を失っているだけに過ぎないのも厄介極まりない。出来る限り傷を付けずに、なんとかしたいという気持ちが芽生えてしまう。

(くっ……一体どうすれば良いってんだ?)

 ギリッと歯を噛み締めるデューク。そんな彼の姿に、遠くから見守る他の男性冒険者たちにも、途轍もない不安が募っていた。
 あのデュークでさえ立ち向かえないのか――そんな恐怖が自然と周囲を巻き込んでいることを、残念ながら本人でさえも気づいていなかった。
 そしてそれは、様子を見に来たランディでさえも、同じ感想であった。

(デュークさんでも無理だなんて……このままじゃ王都は終わりだ!)

 踵を返してランディは工房へ向かって走り出す。

(ベアトリス……せめて彼女だけでも保護して、早くこの王都から出ないと!)

 正義感の強い彼女のことだ。皆を正気に戻してやると、錬金で作った爆弾を片手に動き出そうとしているかもしれない。
 ランディの頭の中に、そんな考えが過ぎる。
 そしてようやく工房に辿り着くと、別の意味で驚きの場面に出くわした。

「おぉ、ランディではないか。どうやら無事のようでなによりじゃ」
「ランディ殿。偵察するお気持ちは結構ですが、深入りは禁物でございますよ」

 フィリーネとベティ――王女様とお付きのメイドさんが、どうして工房の前にいるのだろうか。

(いや、そもそもこの人たちは正気を失っていないのか? 一体どうして……)

 そんな疑問が駆け巡っているのを悟ったのか、ベティがクスッと笑った。

「ミナヅキ様のディスペルピュアのおかげですよ。何かあった時のために、前もって頼んで分けてもらっていたのです」
「ベアトリスも無事じゃぞ。今から妾たちは、三人でラステカのミナヅキたちのところへ向かうのじゃ」
「そ、そうでしたか……」

 ベティとフィリーネの言葉に、ランディはなんとか言葉を返した。正直それが精いっぱいであり、まだ理解が追い付いていなかった。

「そうじゃ。折角じゃからお主も来るといい」

 フィリーネが突然、そう言い出した。それに続いてベティも大きく頷く。

「それはいい考えかと思われます。ベアトリス様も、ランディ様がいたほうが落ち着けることでしょう」
「そうじゃろ、そうじゃろ?」

 ご機嫌よろしくフィリーネが頷き、再びランディに視線を戻した。

「どうせお主がここにいても、できることなんて何もあるまい。ベアトリスのことも心配なんじゃろ?」
「そ、それは……まぁ」

 ランディは戸惑いながらも同意する。確かにそのとおりではあるので、何も言い返せなかった。

「お待たせしましたー」

 するとそこに、ベアトリスが工房の扉から出てきた。

「って、ランディ? アンタ一体、今までどこ行ってたの!?」

 そしてベアトリスは、ランディの姿を見るなり驚いて、飛びつくように彼の傍に駆け寄った。

「もー、心配したんだよ? アンタって弱虫のクセに行動力あるんだから! でも何事もなくて、ホント良かったぁ」

 感情的になりつつ、表情を綻ばせる。言葉のとおり、本当に心配してくれていたんだということが伝わってきた。
 申し訳なく思うランディは、謝ろうと口を開きかける。

「ご、ごめ……」
「ちなみにランディも、妾たちと一緒に行くことになったぞ」

 フィリーネに謝罪の言葉をかき消されてしまい、ランディは居た堪れない気持ちに駆られてしまう。しかしそんなことは、当然の如く気づくことはなかった。
 そして――

「えっ、ランディも一緒に!?」

 ベアトリスも嬉しそうに身を乗り出してくる。もはやさっきまでの怒りは、どこかへ吹き飛んでしまったようであった。

「あっ、う、うん……その、ベア姉のことも心配だし……」

 そう言ってからランディは思った。確かに本音ではあるけど、何でそれをこんなところで口走るんだ、と。
 恐る恐る彼女の顔を見てみると、ベアトリスも顔を真っ赤にしていた。

「ふえぇっ、あ、や、それは、まぁ、その……うん、ありがと……」

 果たしてそれは、一体何のお礼なのか。それはランディも分からなかったが、どうにもくすぐったい気持ちが生まれ、上手く反応ができない。

「……青春ラブストーリーなら他でやってくれんかの?」

 そこに、フィリーネの容赦ないツッコミが入る。ランディとベアトリスは瞬時に距離を取ったが、二人とも表情は赤くしたままであった。
 それを見たベティが、クスクスと笑い出す。

「甘酸っぱくて良いですね。状況を考えてほしいところではありますが」
『す、すみません……』

 ランディとベアトリスは声を揃えて謝罪する。ベティから妙な威圧を感じたような気がしたのは、ここだけの話だ。

「そんなことよりも、王都を出るなら今がチャンスじゃ」

 フィリーネが話を元に戻すべく切り出した。
 確かに人々は王宮側のほうに集まっているため、街門に近い工房周辺に、人は殆ど見かけられない。つまり馬車を走らせ易いということでもある。

「御者台のほうは頼むぞ、ベティ!」
「承知いたしました」

 そしてベティは颯爽と御者台に飛び乗る。その光景に思わず圧倒されるランディとベアトリスだったが、すぐに我に返り、フィリーネとともに急いで馬車の中に乗り込むのだった。
 ベティが手綱を握り締め、馬車を走らせた。
 その時――

「――ディ! まっ――ぇっ!!」

 確かにそれは聞こえた。ランディは窓を開けようとするが――

「うわっ!?」

 立ち上がろうとした瞬間、大きく馬車が揺れ、ランディはバランスを崩す。

「きゃ! ちょ、アンタ何やってんのよ!?」

 そしてベアトリスに思いっきり抱きつくようにして、倒れてしまった。ランディはすぐさまそれに気づき、慌てて離れる。

「ご、ごめんっ!!」
「もう! ちゃんと落ち着いて座ってなさいよね! ホントにアンタって、アタシが見てないと不安で仕方がないわよ、ったく……」

 顔を真っ赤にして視線を逸らすベアトリス。とりあえずビンタとかが来なくて本当に良かった――そう心の中で安心するランディであった。

「……だからどうしてお主たちは青春ラブストーリーを見せつけるのじゃ?」

 呆れ果てた表情でそう尋ねてくるフィリーネに、二人は更に顔を赤くして、言葉を噤んでしまうのだった。
 そのおかげで、馬車が走り出す際に聞こえた声については、もうすっかりランディの頭から抜け落ちてしまっていた。


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