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第四章 現れた同郷者

第八十二話 二年前~とある文化祭前の青春物語~

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 二年前――ミナヅキが高校二年生の時のこと。
 秋の風が冷たく吹きつける、太陽が全く照らしていない曇り空。昼間だというのにとても薄暗い。
 しかしその放課後は、途轍もなく賑やかであった。文化祭を控えており、それぞれが準備に走り回るという、まさにお祭りムード全開な状態。それがここ連日絶えることなく、むしろ盛り上がりは日々増していると言えるのだった。
 主に文化祭を取り仕切っているのは、文化祭実行委員と生徒会役員である。
 そのどちらにも所属していないミナヅキが、気だるそうな表情で実行委員の作業場所に向かって歩いていた。
 どうしてそんな場所に彼が向かっているのか――それは、本来実行委員だったクラスメートが風邪でダウンしてしまい、くじ引きで見事ヘルプに選ばれてしまったからである。
 ――大変だろうけど頑張ってくれ。
 担任の先生に肩をポンと軽く手をのせられながらそう言われた。
 もはや行くしかない――そう頭の中では観念しつつ、ミナヅキは重い足取りで廊下を歩いていた。

「メンドい……でも行かないと、後が余計に面倒だしなぁ」

 もう何回も頭の中で思い描いていた言葉が、遂に口から漏れ出てしまった。周囲に誰もいなくて良かったと思いつつ、ミナヅキは作業場所に到着。ゆっくりと扉を開けるのだった。
 生徒会長である先輩女子と、実行委員長である先輩男子が話していた。
 その先輩男子こそがタツノリであった。
 話に夢中なのか、まだ二人ともミナヅキの存在に気づいていない。ミナヅキはヘルプで赴いたことを伝えるべく、実行委員長であるタツノリに話しかける。
 するとタツノリは、人を射抜くような目で睨んできた。人の会話に邪魔してんじゃねぇよ、という無言の圧力とともに。まさかそこまで怒るとは思わず、ミナヅキも素直に驚いてしまった。

「コラ、そんな目で睨まない!」

 生徒会長がタツノリをたしなめる。そしてミナヅキにゴメンゴメンと片手を挙げながら謝ってきた。
 とりあえず助かったと思いつつ、ミナヅキは改めて二人に事の次第を話す。

「あー了解」

 そう言ってすぐに受け入れたように思えたが、かなり投げやりでもあった。まるでどうでもいいと言わんばかりだったが、どうせ今日だけだと思い、ミナヅキもそれ以上は気にしないことに決める。
 割り当てられた作業に着手し、隣に座っていた後輩男子にやり方などを教えてもらいながら、黙々と作業を進めていく。
 気がついたらミナヅキは、後輩男子と雑談を交えるようになっていた。

「あの実行委員長、前々から生徒会長に惚れてるんですよ」

 後輩男子がそう切り出してきた。

「一年の時から同じクラスで、ずっと恋人の座を狙ってるみたいです」
「へぇ。その割には同じ生徒会じゃないんだな」
「立候補したけど落ちたらしいですよ。てゆーか去年のことですし、むしろ先輩のほうが知ってるんじゃないですか?」
「……どうだったっけかな?」

 興味が全くないせいか、ミナヅキは思い出せなかった。後輩男子もそれを察して苦笑を浮かべる。

「とにかくあの人が、この文化祭実行委員長になったのも、生徒会長に少しでも近づきたいからっていう魂胆があるからなんですよ。頼れる自分を直接見せつけてやりたいっていう気持ちでね」
「ふーん。よくある話だとは思うけどな」
「まぁ、でも――」

 カリカリとペンを走らせる音を立てながら、後輩男子は呟くように言った。

「そんなことで彼女の心が動くとは、正直思いませんけどね」

 ミナヅキは手を止め、目を丸くしながら後輩男子のほうを見る。まるで彼は、昔から生徒会長のことをよく知っているかのようだと、そう思ったのだ。
 作業しながらミナヅキは、後輩男子にそれとなく尋ねてみた。
 すると、案の定の答えが返ってきた。
 後輩男子と生徒会長は幼なじみ。小さい頃はいつも一緒に過ごしており、まるで姉弟のようだったという。
 しかし後輩男子が小学生の時、親の転勤により引っ越しが決まり、離れ離れとなってしまった。そして高校進学と同時に再会。家も近所となったことで、家族同士の交流も再び増えたとのことであった。
 経緯を話しているときの後輩男子は、とても懐かしそうに笑っていた。それだけとても大事な思い出なのだろうと、ミナヅキは悟る。

「会長。少し打ち合わせがしたいんだが、場所を変えて話せないか?」
「分かったわ。行きましょう」

 生徒会長がタツノリとともに作業部屋から出ていく。それを見送った後輩男子の表情が、とても切なそうにミナヅキは見えた。
 明らかに姉のような、そして憧れの存在を越えているかのように。
 やがてその日の作業が終了し、ミナヅキは後輩男子を誘って帰宅する。たまたま帰り道が同じ方向だったことが幸いして、話すタイミングを掴んだのだった。

「お前、生徒会長のことが気になってるんじゃないか? 幼馴染以上としてよ」

 ミナヅキの問いかけに、後輩男子は驚いて誤魔化そうとする。しかしミナヅキの真剣な表情に観念し、素直に打ち明けた。

「小さい頃から……ずっと憧れていたんです。再会した時は驚きました。まさかあんな美人になってるだなんて、思ってもみなかった。それでいて、ちょっと厳しいけど優しい部分も、全然変わってなかった」
「それ、もう完全に憧れの枠を通り越してるんじゃないか?」

 やや呆れ気味に尋ねるミナヅキに、後輩男子はコクリと頷く。

「彼女の隣に立ちたい。確かにその気持ちもありますね」
「だったらその気持ちとやらを、思い切って伝えてみたらどうだ? 別に学校でなくても、喋るチャンスはいくらでもあるんだろ?」
「……それができたら苦労はしませんよ」

 後輩男子は深いため息をついた。

「彼女には、あの実行委員長が目を付けてるんです。冴えない僕では、あの人には絶対に勝てません」
「イケメンで行動力があって、なおかつ頼りになるからってか?」
「はい。そんな実行委員長のほうが、彼女にはお似合いだと、僕は思います」

 もはや泣き言に等しいレベルで語る後輩男子。それに対してミナヅキは、深いため息をつきながら言った。

「そうやって最初から諦めてるようじゃ、そりゃ絶対に無理だろうよ。それに下ばかり向いて何もしなけりゃ、誰だって冴えなくもなるさ」

 ミナヅキはそう切り出していき、後輩男子に叱咤激励の言葉を送った。
 後輩男子を焚きつけ、少しだけやる気を見せたところで、協力してやるからやってみろと、背中を押したのだった。
 そして後日、未だ回復しないクラスメートの代わりに、ミナヅキは再び実行委員の作業場所に来ていた。
 都合の良いことにその日は、タツノリが体調不良で保健室にいた。
 これは絶好のチャンスだと思ったミナヅキは、生徒会長と後輩男子の二人っきりで話せる環境を作った。
 生徒会長に相談を持ち掛ける形で二人を仕事から抜け出させ、住宅街にある隠れ家的な喫茶店に案内することに成功。面と向き合って話す二人を残して、ミナヅキはそのまま学校へ戻ってきた。
 頑張れよ――去り際に、後輩男子の耳元でそう囁いた上で。
 当然ミナヅキは、後輩男子の分の仕事も引き受ける羽目になった。しかしそれぐらいは仕方がないと割り切ってもいた。
 なにより、実行委員長であるタツノリの不在が、作業場所をいつも以上に活気づけさせていたのである。

「アイツがいなくてホント助かるぜ。なんだかんだで独壇場だったからな」

 隣に座る別の先輩男子が、雑談がてらミナヅキに話した。
 なんでもタツノリは実行委員長という立場を存分に利用して、事あるごとに生徒会長に声をかけていたというのだ。
 そして他の誰かが生徒会長に話しかければ、決まって邪魔するなと睨まれる。故にタツノリを通さなければ、生徒会長に質問や相談すらできなくなってしまっていたのだった。
 しかし今日は、そのタツノリがいない。
 去年も参加していた実行委員や生徒会役員もいるため、作業の進捗に何ら支障はなかった。むしろ皆の作業ペースは上がっているといっても差し支えない。
 おかげでその日は、いつもよりも早く作業が終了したのだった。

(あの二人、どうなったかな? ちょっと立ち寄ってみるか)

 下校したミナヅキは、そのまま例の喫茶店に向かった。入店すると、奥の席で話している二人の姿を発見する。揃って顔を真っ赤にしながらも、楽しそうに笑っているのが見えた。

(どうやら、悪い結果にならなくて済んだようだな)

 そう思いながらミナヅキは、ホットコーヒーを購入して離れた席に座る。二人の会話は聞こえてこない。そして背を向けて座っているため、その様子を確認することもできない。
 しかしミナヅキは、それで良いと思った。
 この先、何がどうなろうと、それはあの二人次第なのだから、と。

「先輩」

 コーヒーを飲んでいたミナヅキに、後輩男子が声をかけてきた。振り向くと、生徒会長としっかり手を繋いだ状態でそこにいた。
 後輩男子が、照れながらも親指をグッと上げて笑う。それにミナヅキも、小さな笑みとともにサムズアップで返すのだった。
 そんな後輩男子の隣で、生徒会長は恥ずかしそうにそっぽを向きながら――

「全く……少しおせっかいが過ぎるわよ、後輩くん?」

 視線だけをミナヅキに向け、拗ねたような口調でそう言うのだった。
 この二人とのやり取りは、多分一生忘れられない気がする――ミナヅキはそう思いながら、イタズラっぽく笑った。

「そりゃスミマセンでしたね」

 そして翌日――とある新たなカップル誕生が、学校内を怒涛の勢いで駆け巡ることになる。二人のハッピーエンドが、より文化祭を盛り上げる起爆剤となり、後に伝説として語り継がれるようになるのだった。

 その裏で、闇に堕ちゆく人物の存在に、誰一人として気づくことなく――


 ◇ ◇ ◇


 現在――生産工房にて、タツノリはミナヅキを睨みつけていた。

「あと一歩のところだったんだ……あと一歩のところで、俺は邪魔された」

 凄まじい憎悪を込めた睨みの表情に、周囲はビクッと背筋を震わせる。真正面から対峙しているミナヅキも同じくであったが、狂暴な魔物や命を狙う危ない者を相手にするときとは、また違う恐怖であると感じていた。

「別に、あと一歩って程でもなかったとは思うんだが……」
「思えばあの時が、運命の分かれ道だった」

 ミナヅキの言葉を華麗にスルーし、タツノリは悲劇のヒーローの如く、悲痛そうな表情で項垂れる。

「実行委員長としての仕事に必死となり、体調を崩したのが運の尽きだった」
「いや、アンタの場合、生徒会長にアピールすることに必死だったろ」
「おかげで保健室での休憩を余儀なくされてしまい、とうとう作業場に顔を出すことすら許されずに帰る羽目となった。実行委員長として仕切れないことが、どれほど心苦しかったことか」
「むしろ皆、アンタがいなくて生き生きとしてたけどな」
「そしてなんとか一晩で体調を治して、翌日は普通に登校した。そうしたら――」

 タツノリは拳を握り締め、歯をギリッと噛み締める。やはりミナヅキの言葉など耳に届いていないようであった。

「生徒会長は一年のガキに盗られていた! オマケに実行委員長である俺の居場所がなくなっていた!」
「あー、あの時は俺もビックリしたわ」

 ミナヅキが後輩男子の相談に乗り、二人が付き合うようサポートした。それについてもしっかりとウワサとして広まっていたのだ。
 いわば恋のキューピット役を大成したということで、それまで無名だったミナヅキの存在が、一気に学校中に広まったのである。
 後輩男子はミナヅキを兄のような存在として見なすようになり、生徒会長も面倒見の良い頼れる人材として、このまま実行委員の正式なメンバーになってほしいとまで言い出す始末。
 更に他の実行委員や生徒会役員も、ミナヅキの実行委員入りを認め、それが実行委員顧問の先生にも伝わり、素晴らしいことじゃないかと大きく頷くのだった。
 体調を崩していたクラスメートも復帰し、是非とも一緒に頑張ろうじゃないかと笑顔を向けられ、尚更ミナヅキは引くに引けなくなってしまい、そのまま話を受けることにしたのであった。
 もはやミナヅキは、作業場の主役と化していた。
 一日ぶりに戻ってきた実行委員長の存在を、誰も気にかけることもなかった。

「あと一歩のところで、ずっと好きだったあの子は、幼なじみとかいう一年のガキとくっついた。キサマが余計なことしたせいで、俺の恋は砕け散ったんだ!」
「いや、だからあと一歩ってのは、アンタがそう思ってるだけだから」

 後でミナヅキは生徒会長から聞いた。タツノリは確かに三年間同じクラスで、よく気にかけてくれていたが、単なる同級生に過ぎないと。
 イケメンで行動力があるのは認めるが、それが恋愛に絡むかというと、別にそうではない。むしろしつこく言い寄ってきてウザかった――そっちの気持ちのほうが強くなっていたという。
 しかも生徒会長は、昔から幼なじみである後輩男子のことが好きだったとか。
 彼女もまた、告白する勇気を持てずに、幼い頃と同じくお姉さんぶることしかできなかったのだと明かした。
 つまり最初から二人は両想いだったのだ。それを確認し合ったことで、二人は付き合い始めたのである。
 もっともそれを、タツノリは最後まで知ることなく卒業したのだが。

「それから俺は何もできなかった。完全なるお飾りの実行委員長という立場を余儀なくされて、ただ座ってハンコを押すだけの存在に成り下がった!」

 そう叫ぶタツノリに、ミナヅキは更に思い出した。
 確かにあれから中心になって動いていたのは、生徒会長と後輩男子、そして何故かミナヅキだった。
 生徒会長と副実行委員長が、手取り足取りミナヅキと後輩男子に文化祭実行委員の仕事について一から叩きこんだのだ。
 来年はキミたちに全てを任せるつもりだからね――そう笑顔で言われて。
 おかげで気楽だったハズの文化祭が、たった一日にして怒涛の日々に切り替わってしまったのだ。

(しかもその翌年には、マジで俺が実行委員長をやる羽目になったからなぁ)

 ちなみに副実行委員長を務めたのは、何を隠そう例の後輩男子である。
 彼が全力でサポートしてくれたからこそ、自分たちの最後の文化祭は大成功を収められた。ミナヅキは改めてそれを思い出した。
 大変だったけど凄く懐かしい――ミナヅキは思わず笑みを浮かべてしまう。

「おい、キサマ! 何を楽しそうに笑っているんだ!?」

 それが癇に障ったタツノリが、ミナヅキにビシッと指を突き出しながら怒鳴る。

「キサマがチョッカイをかけたせいで、俺の最後の文化祭は散々だった。それが尾を引いて受験にも失敗。浪人生活で完全に立場も失ったんだぞ!」
「いや、文化祭はともかくとして、受験は俺のせいじゃ……」
「うるさい! 先輩に口答えするんじゃねぇ!」

 涙目で叫ぶタツノリ。もはや子供の癇癪そのものであった。
 あまりの勢いの凄さに周囲も圧倒されており、完全にドン引きしていた。ランディとベアトリスも同じくであり、会話に入る隙すら全く見出せず、オロオロとするばかりである。

(この状況……一体どうすりゃいいんだ?)

 ミナヅキは舌打ちしたくなる気持ちに駆られる。
 下手に何かを言っても、タツノリは聞く耳などもたないだろう。しかしこのまま放っておけば、工房に迷惑をかけるばかりであることも確かであった。
 するとそこに――

「全てただの逆恨みではないか。本当に情けないことこの上ないのう」

 独特な喋りをする女性の声が聞こえてきた。振り向いてみると、フィリーネとアヤメが工房の入口のところに立っていた。


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