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第四章 現れた同郷者
第八十話 タイミングとチャンス
しおりを挟むアヤメたちがクエストを終えて王都へ帰ろうとしていた頃――生産工房にて、ミナヅキはランディと話していた。
「ふーん。緊張して思うようにベアトリスと話せないと?」
「は、はい……」
魔力草をすり潰しながら尋ねるミナヅキに、ランディが気まずそうに頷く。
「すみませんです。話しかけたら、作業の邪魔になっちゃいますよね」
「いや、それ自体は別にいいんだけど」
ミナヅキがゴリゴリとすり鉢を動かしながら、チラリと視線だけを錬金場のほうに向けてみる。
――ギロリ!
鋭く射貫くような視線が飛び込んできた。
(そんな睨まんでも、取って食うようなマネなんかしないっつうに……)
心の中でうんざりしつつ、ミナヅキは直球で行くことにした。ある方向から睨まれ続けるのは、精神衛生上よろしくないと思ったからだ。
「それで? お前さんはベアトリスに、いつ思いを伝えるつもりなんだ?」
「え、いやいや、それは、その、何で急に……」
案の定アタフタしながら、声が尻すぼみになっていく。そんなランディに対してミナヅキは、なかなか純情なもんだなぁと微笑ましさを覚えていた。
――ギランッ!!
同時に鋭さを増した射貫くような視線に、ひっそりとため息をつきながら。
「念のためもう一度言っておくが、ベアトリスがタツノリに夢中だったのは、何か仕掛けがあったからだ。つまり本来の気持ちじゃない。ベアトリスがタツノリに興味がないことは、本人も立証してただろ?」
「は、はい。確かに言ってました」
「あぁ。だからランディがベアトリスに想いを伝えるのも、自由ってことだよ」
簡単な話だろ、と言わんばかりにミナヅキは言う。それ自体はランディも理解しているつもりではいた。しかしそれでも、やはり尻込みしてしまう。
ランディはモジモジしつつ、誤魔化すように口を開く。
「その……どうして僕が、ベア姉のことが好きだって分かったんですか?」
「見てたらなんとなく分かった」
「え、それだけですか?」
「あぁ」
ミナヅキがしれっと言ってのけつつ、視線をベアトリスのほうに向ける。射貫くとはいかなくとも、ジトーという擬音が聞こえてきそうな半目で、しっかりと標的の如くロックオンしてきているのがよく分かる。
すると、ミナヅキの表情が引きつっているのが気になったらしいランディも、その彼の視線を追いかける。
すなわち、ランディがベアトリスのほうに視線を向けたということで――
(……一瞬で表情変えやがったし)
ミナヅキが心の中で呟いたとおり、ベアトリスは一瞬で睨んでいた表情を満面の笑顔に切り替えたのだった。
しかもご丁寧にヒラヒラと手まで振っている。心なしか頬を染めているのは気のせいだろうかと、ミナヅキはささやかな疑問を抱いていた。
そしてランディが恥ずかしくなったらしく、視線をミナヅキのほうに戻した。
その瞬間――
(で、また元に戻る、と……だからそんな睨むなってんだよなぁ……)
ミナヅキは極力表情に出さないよう努めながら、すり潰した魔力草を沸騰させた調合水に入れてゆっくりとかき混ぜる。
その時、ランディが上目遣いで恥ずかしそうにモジモジしながら話しかける。
「ところで僕、そんなに分かりやすいですかね?」
「さぁな。少なくとも表情にメッチャ出やすいってことだけは言えると思うが」
「……分かりやすいってハッキリ言ってくださいよ、もぉ!」
「はは――」
両手の拳をギュッと握りながら、頬を膨らませるランディ。思わずからかいたくなる衝動が走ったその時――ミナヅキは凄まじい何かを感じ取った。
(まさか……?)
こっそり視線を向けてみると、やはりベアトリスであった。
――ランディとイチャイチャするなんて、アンタ何様のつもりよ!?
そんな無言の言葉が聞こえてきたような気がした。更に睨みが凄まじいことになっており、割と本気で恐怖を感じる。
(……この件はさっさと片づけてしまうに限るな)
放っておくと自分の身が危ない――ミナヅキはそう思った。煮詰めていた魔力草の火を止め、大きな器に乗せたこし器にそれを注ぐ。
液体がゆっくりと落ちていくのを確認したところで、ミナヅキはランディのほうを向いた。
「話を戻すが、ランディは本当に今のままで良いのか? 後悔しないか?」
「そりゃ良くはないですけど、でもどうせ、冴えなくて地味な僕なんかじゃ……」
視線を逸らすランディの声が段々と小さくなる。ミナヅキはそれを見て、小さなため息をついた。
「まぁ、確かに無理だろうな」
「ですよね。やっぱり僕なんかでは……」
「そうやって最初から何もかも諦めて見ているだけのヤツなんか、どんな女だろうと好きになりゃしないだろうよ」
ランディが驚きながら見上げてくる。それに構うことなくミナヅキは続けた。
「そもそもお前が冴えないのも、お前が自分で何もしないからじゃないか。うだうだ言うだけで下ばっかり向いてるんじゃ、そりゃ冴えなくもなるよ」
「な、何もしなかったワケじゃありませんよ! 現にこうして僕は、ベア姉に会いに来て話をして……」
「それで恥ずかしくなって、こうして俺のところに来たんだろ?」
「うっ、それはその……はい」
項垂れながら認めるランディに、ミナヅキは再び小さなため息をつく。
「その様子だとお前、自分からアイツに話しかけるってことも、殆どしてこなかったんじゃないか? 話しかけようにもドキドキしてチラチラ見るばっかりで、それでベアトリスのほうから気づいて話しかけてくる――そんな感じでよ」
「……っ!」
ランディはビクッと肩を震わせる。図星だなと思いながら、ミナヅキは呆れたような視線とともに頬杖をつく。
「そんなんじゃ進展する関係も進展しないままだぞ。何もしなけりゃ何も起こらないことぐらい、お前だって分かるだろう?」
「そ、そりゃ分かりますけど……僕にだってタイミングってモノが……」
「いや、上手く話せてない時点でタイミングも何もないだろ」
「うぅっ……」
ランディは何も言い返せなかった。ミナヅキの言っていることは間違いなくそのとおりだと思ったからだ。
ここでミナヅキは、空を仰ぎながら呟くような声で言い出す。
「逃したチャンスは戻ってこない。しかし何もしないのと何かをしたのとでは、それは大きく変わってくる」
「え、それって、どういうことですか?」
ランディは顔を上げて問いかけるが、ミナヅキはそれに構うことなく続ける。
「何もせずにチャンスを逃せば、何も得られるモノはない。けれど何かをした上でチャンスを逃したとしても、何かしら残るモノはある。さっきも言ったろ? 何もしなければ何も起きないってよ」
「つまり、そういう意味もあるってことですか?」
「あくまで俺の個人的な意見だがな」
ミナヅキは軽く笑いながら、チラリとランディのほうを見る。少しは食いついてきていることを感じた。
「当たって砕けろって、一度くらいは聞いたことあるだろ? あれも言い得て妙だとは思うぜ? やるだけやって全てを出し尽くす。仮に得られなくとも、気持ちの整理はつきやすいってもんさ」
「……もしかして、ミナヅキさんにもそんなことが?」
「俺自身のことじゃないんだけどな。まぁ、それなりのことがあったんだよ」
頭の中に思い浮かんだのは数年前の出来事。しかし今ここで思い出すような内容でもないため、ミナヅキは即座に頭から振り払った。
「とにかくベアトリスは、今は誰のモノでもないフリーだ。お前は久しぶりに再会した幼なじみでもあるんだろ?」
「ま、まぁ……」
「だったら今が絶好のチャンスじゃないか。ちゃんと自分の口から、お前が伝えたいことを伝えちまえよ」
ミナヅキが優しく肩にポンと手をのせながら励ます。しかしランディはどこまでも自身の無さげな表情をしていた。
「で、でも、帰ってきていきなり告白なんて。やっぱりタイミングが……」
「そんなの待ってたら、いつまでたってもできないままだろ。そもそもタイミングってのは、そんなに大事なもんなのか?」
「――えっ?」
ポカンと呆けるランディに、ミナヅキはニッと笑う。
「たとえどんな言い訳をしようとも、結局は早い者勝ち。伝えたヤツが勝利。伝えられなかったヤツが負け。それ以上でもそれ以下でもないのが現実だ」
「ミナヅキさん……」
「まぁ、今のは全部、とある幼なじみ的な女からの受け売りなんだけどな」
そう言いながらミナヅキは、チラリとベアトリスのほうを見た。純粋に何を話しているのか、ベアトリスも気になっているように思えた。
「アイツ、今はイメチェンして綺麗になってるけど、中身はかなりの物ぐさだ。つまらない意地を張ってるからああしてるだけで、それさえなければ、もうとっくにだらしない姿に逆戻りしていたと思うぞ?」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。それこそ皆が見てないところじゃ、どんな姿になってることやら」
ミナヅキは軽く肩をすくめ、ランディは呆気に取られた様子でベアトリスのほうを向いている。ベアトリスの表情が恐怖を交えた驚愕に切り替わっているが、ミナヅキはとりあえずそのまま続けることにした。
「まぁ、イメチェンしたアイツだけを見ていたいってんなら、止めておいたほうが良いんじゃないかとは思うがね」
「ぼ、僕は……」
言葉を詰まらせるランディだったが、やがて意を決した表情を見せた。
「……僕は別に、彼女がどんな姿であろうと構いません。イメチェンなんて、そもそも些細な問題だと思いますから」
「そうか。だったらお前の答えは、もうとっくに出ているんじゃないのか?」
ミナヅキが問いかけながら覗き込んでみると、ランディの表情が更に引き締まっていくように見えた。
どうやらそれなりに決意を固めたようだと判断したミナヅキは、サービスの一つでもしてやろうかと思い立つ。
「もしアイツと話すんなら、静かで話しやすい場所を紹介してやるよ。そこでどうするかは、勿論お前次第ってことになるが……どうする?」
ミナヅキの言葉に、まさかそこまでしてくれるとはとランディは驚いた。そして答えに少し悩み――申し訳なさそうに言った。
「……お願いしてもいいですか?」
「よし、任せろ!」
気にしてないという意味を込めて、ミナヅキは明るく笑った。
◇ ◇ ◇
それから数時間後――アヤメたちは無事に、王都のギルドへと帰還した。
「皆さんお疲れさまでした。当クエストの達成を、ここに認めます」
受付嬢のニーナがニッコリと笑う。アヤメたちもそれぞれ笑顔を浮かべ、クエスト達成の喜びを噛み締める。
そんな中――
「よし、マジョレーヌ。後のことは頼んだぞ」
タツノリがそれだけ言い残して走り出し、誰かが止める間もなくギルドを飛び出して行ってしまった。
残された者たち――特にクレールとヴァレリーは、何が起きたのか理解できていないかのように目を丸くしている。マジョレーヌのほうは、一応今しがた起きたことは理解しているようだが、それでも多少の驚きはあるようであった。
アヤメも最初は呆然としていたが、やがて表情を引き締める。
「デュークさん、すみませんが……」
「あぁ、行ってこい。こっちのほうは任せておけ」
その言葉にアヤメは小さく頷き、駆け足でギルドを飛び出していった。それを見送ったデュークは、改めてクレールたちのほうに向き直る。
「さて、キミたちはどうするんだ? リーダーはどこかへ行ってしまったぞ?」
「どうするも何も――」
質問に対して吐き捨てるように答えたのは、クレールであった。
「私はもう、あの男についていく気がなくなりました」
「はいはーいっ! ウチも同じくでーす!」
ヴァレリーも手を挙げながら、演技じみた口調で乗ってくる。しかしその気持ちは本当であることは、デュークもすぐに察した。
だからこそ二人の様子に、彼は内心で戸惑わずにはいられなかった。
(何だこりゃ? まるで別人みたく人が変わっちまったみたいだな)
ネタ晴らしをすると、このタイミングで完全に、彼女たちにかけられていた魅了の効果が切れてしまったのだ。
しかし彼らがそれに気づくことはなく、また魅了をかけた張本人も、こんな状況に陥っているとは、全くもって知る由もないことであった。
「あの、デュークさんのパーティって、まだ空きはありますか? もし良ければ、是非ともそちらでお世話になりたいんですけど!」
「あ、ウチも興味ありますねー!」
クレールの申し出にヴァレリーも乗っかる。二人揃ってズイッと顔を近づけられたデュークは、両手を軽く掲げながら苦笑を浮かべた。
「分かった分かった。仲間が増えるのは大歓迎だが、いきなりってのは無理だ。最初は仮メンバーという扱いになるが……」
「それでも全然構いません。期待に応えらえるよう頑張ります!」
拳を握り締めて気合いを入れるクレール。どこか暴走しそうな不安こそあるが、彼女の伸びしろも期待はできる。そうデュークは思っていた。
「オーケー。じゃあ他のメンバー集めて、軽く紹介しよう」
「ありがとうございます!」
クレールはパアッと明るい笑顔を浮かべる。その時ヴァレリーは、もう一人の仲間の存在を思い出した。
「ねぇ、マジョレーヌさんもウチらと……あれ? どこ行っちゃったんだろ?」
振り向いてみると、さっきまで確かにその場に居たマジョレーヌが、忽然と姿を消していた。クレールもそこで初めて気づき、驚きながらギルドのロビーをキョロキョロと見渡した。
更に――
(いつの間に……てゆーか、この俺が気づかなかっただと?)
デュークは驚きを通り越して、戦慄を覚えた。マジョレーヌがただ者ではないと判断し、ずっと警戒していたつもりだった。それなのに、こうもアッサリと行方を眩まされてしまうとは。
「すみませんデュークさん。マジョレーヌも誘おうと思ったんですが……」
申し訳なさそうに言ってくるクレールに、デュークはなんとか笑みを取り繕う。
「気にしなくていい。彼女は彼女で、何か考えがあるんだろう」
「えぇ、そうだと良いですけど」
いなくなったことに気づけず、軽くショックを受けるクレールに、ヴァレリーが肩をポンと乗せながら慰めの笑顔を向ける。
その脇でデュークは、改めてロビーを見渡しながら思った。
(マジョレーヌ……一体、彼女は何者だというんだ?)
応援ありがとうございます!
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