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第四章 現れた同郷者

第七十九話 新たなる野望

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 数時間後――アヤメたちは森の中にいた。
 タツノリパーティとのクエストも、形だけであれば順調であった。現在、もう一人の付添いであるデュークが偵察に向かっており、討伐対象となる魔物の情報を集めてきてもらっている。
 その間、残りのメンバーは、つかの間の休息を味わっていた。
 討伐対象は大型の魔物。ギルドから提示された情報によれば、今のアヤメたちならば問題なく討ち取れるほどの存在らしい。
 しかしそれでも、用心を怠る理由にはならない。周囲の警戒に加えて、少しでも英気を養い、万全の状態にする。それが討伐を成功させ、全員が無事に帰還するための基本なのだ。
 当然、それはタツノリも、よく分かっているハズなのだが――

「アヤメさん。この戦いが終わったら、僕と一緒に食事でもどうだい?」

 御覧の有様であった。しかも言い方が言い方なだけに、その場にいる全員の表情が険しくなる。

「全力でお断りします。あと、その言い方は大きな不吉を招きかねないので、極力使わないようにすることをおススメしますよ」
「今回ばかりは、ワタシもアヤメ様に同意いたしますわね」

 マジョレーヌが腕を組みながら、少々怒ったような声色で言う。

「こんなところで死亡フラグを立てるなど、御粗末にも程がありますわ」
「そうよ! 確かにタツノリが強いのは認めるけど、それでも不謹慎なことを言うのは良くないと思うわ!」
「ウチも同感! 少しは空気を読んでよ、全くもうっ!」

 クレールに続いてヴァレリーも、やや焦りを込めた感情的な口調となっていた。ここまで言われたら、流石のタツノリも自分の失言に気づく。

「す、すまない……これからは気をつけるよ。薪が足りないようだから、ちょっと集めてくる」

 タツノリはその場から逃げるように、そそくさと立ち去った。そして茂みをいくつか抜けたところで立ち止まり、大きく息を吐く。

「まさか、あの三人にまでガチで責め立てられるとはな……てゆーか、この世界にも死亡フラグなんて言葉が存在するのかよ」

 地球――正確に言えば現代日本の一部――で当たり前に広まっている言葉で、異世界の人々を驚かせる。そんな目論見も彼の中にはあった。
 しかしそれは、すぐさま崩れ去ることとなった。
 見た目は確かに中世ヨーロッパ風で、科学の代わりに魔法が発達しているファンタジー世界だ。しかしその中身は、自分がよく知る地球の現代社会のそれと、殆ど大差ないことに気づかされた。
 少なくとも、ラノベでよく見かける内政チートは望めない。
 まるで既に他の誰かが実行してしまった――そんな気がしてならないほどに。

(一瞬、俺以外の地球人がこっちの世界に来てるのかと思ったが……いや、そんな出来過ぎたことがあるワケないよな。この世界を作った神様が、地球の大ファンだったってところだろう。そうだ、そうに違いないぜ)

 どちらの考えも、あながち的外れとは言い切れない――タツノリはそれを知る由もなかった。
 自分の不都合な事実を考えたくなかった、という気持ちもかなり強い。
 地球から異世界召喚された。魅了というチートに近い能力を得て、ラノベ主人公になることができた。そんな人間は自分一人だけで十分であり、他に似たような人間がいるなど、決してあってはいけないことなのだと。
 しかしそれは、タツノリの淡い幻想でしかない。実際この世界では、地球から転生ないし召喚された者は少なくないのだ。
 それに付け加える形で、少々変わった形でこの世界に訪れる者もいる。
 今、すぐ傍にその一人がいることに、彼はまだ気づいていない。

(まぁ、そんなことはどうでもいい。問題はどうしてアヤメに、俺の魅了が効かないのかっていう点だ)

 実はギルドを出てからも、タツノリはアヤメに何回か魅了を仕掛けた。しかしその全てが効果なし。むしろすればするほど逆効果であった。
 アヤメから完全に距離を置かれてしまったのだ。もはや会話すらしたくないと言わんばかりに。
 もっともクエスト中である以上、それなりの会話は要される。話しかければ、一応アヤメも笑顔は向ける。しかしその目は全く笑っておらず、声は冷たさを増すばかりであった。

(理由が全然分からねぇ以上、どうしようもねぇか……もはや魅了なしだと、ここから大逆転するのも、極めて難しいよなぁ)

 ここまで友好には程遠い反応をされ続ければ、流石のタツノリも勘づく。
 最初は男のプライドが刺激され、魅了なしでも女一人くらい――と、躍起になってはいた。しかしその熱意はすぐに冷めてしまった。
 これ以上相手にするほうが時間の無駄――そう思えてならなくなってくる。

(そもそも魅了が効かない時点で、アヤメは普通の女じゃねぇよな。剣も魔法もムチャクチャ強いし、怒らせたらマジで怖そうだしよぉ)

 タツノリの中でアヤメは、得体の知れない存在と化しつつあった。
 そして彼は、更に一つ思い出したことがあった。

(アヤメって人妻なんだよな? あれほどの強さを持つ女が認めた男が、力を全く持たねぇ一般人だとは到底思えねぇ……だとすれば、答えは一つしかねぇよな)

 相当な腕前を持つ男――それ以外に考えられなかった。
 途端にタツノリは背筋が震える。自分は途轍もなく無謀なことをしようとしていたのではないかと、そう思い立ったのだ。

(アヤメの旦那がどんな男なのかは知らねぇが、もし俺が彼女を奪ったら、間違いなくソイツも黙っちゃいねぇだろう。だとしたら厄介極まりねぇ!)

 その理由は、魅了の決定的な落とし穴にあった。
 同姓には絶対に魅了が効かない。つまり必然的に、魅了に頼らない戦いをしなければならなくなる。
 もし、そんなことになれば――

(ダメだ。勝てる気がこれっぽっちもしない)

 タツノリは頭を左右に振る。これでも自分の立ち位置は、それなりにわきまえているつもりではあった。
 もし自分が地位を得ていたとしたら、迫りくる旦那を無理やり蹴落としていたことだろう。しかし今の自分にはそれが一切ない。つまり強者を無理やり黙らせる手段が皆無に等しい。
 無謀な戦いに挑むなど、無意味な自殺行為もいいところだ。
 確かにこの世界に来てからは、それなりに力もつけてきているし、剣の腕も上げてきている。しかしまだ実力者には敵わない。ギルドでガウザに勝てたのも、あくまで彼がチンピラ同然でしかなかったらに過ぎないのだ。
 もしもあの時、ガウザが冷静さを取り戻して力を発揮してさえいれば、結果は大きく変わっていたと言えるほどに。
 勝てないと分かっている試合に挑みたくはない。それなら勝てる試合を探して、確実な勝利を得たほうが良い。
 それが、今のタツノリの心情であった。

(ギリギリのところで気づけて良かったかもな。あのデュークも強いが、恐らくあの女の反応からして、旦那の強さはあの男以上って可能性も、十分過ぎるくらいにあり得る話だ。そう考えたらどう頑張っても勝てるワケがねぇっつうんだよ!)

 ちなみにタツノリの予想は、微妙に当たっているし外れていたりもする。
 彼女の旦那は強さだけで言ったらタツノリよりも圧倒的に下であり、勝負すればまず間違いなく勝てる。しかしそれをすれば、その他大勢が黙っていないことも明らかではあった。
 アヤメは勿論のこと、旦那を慕う地位の高い人物もいる。動き出せばタツノリは色々な意味で間違いなく勝てない。
 流石にタツノリ本人もそこまで気づいてはいないが、勝てないと判断出来たという点では、実に幸運であったと言えるだろう。

(確かにこれはこれで、ラノベ主人公に与えられる試練っぽい気もするが、ここでスッパリ割り切るのも悪くはねぇよな)

 潔く諦めるのもヒーローとしてカッコいい――タツノリはそんな言い訳を頭の中で呟いていた。
 流石に自ら進んで、痛い目を見る気はこれっぽっちもないのだからと。
 無論、初めて女神と認めるほどの女性を諦めるのは、心苦しい部分もある。しかし自分の命にかえてでもと考えると、やはり尻込みしてしまう。
 言ってしまえば、タツノリのアヤメに対する気持ちは、所詮その程度に過ぎなかったということなのだが、本人はそこまで考えついてなどいなかった。

(ならば、さっきのベアトリスだけでも、絶対に手に入れてやる!)

 タツノリの中で新たなる野望が生まれた瞬間であった。
 元々ベアトリスは、魅了で心を掴んだ一人に過ぎなかったのだが、ここに来て本気で手に入れたいと思うようになった。
 殆どそれは、アヤメの心を掴めなかった腹いせも同然ではあったが。

「よし、そうと決まれば、さっさとこのクエストを終わらせて帰らなければ!」

 意気込みを入れ、タツノリは踵を返して皆の元へ戻る。
 これ以上負けを重ねるワケにはいかない。自分は異世界召喚された、選ばれし勇者であり主人公なのだから。
 彼を突き動かしているのは、そんな焦りにも等しい必死な気持ちであった。


 ◇ ◇ ◇


 そして数時間後――アヤメたちは森を抜け、王都への帰り道を急いでいた。
 もっとも急いでいるのは、先頭を歩くタツノリだけに等しい。他の五名は明らかに困惑している表情を浮かべており、急がされている状態にあることは、誰が見ても明らかであった。

「……俺が偵察してきた意味は、果たしてあったんだろうかな?」

 デュークが思わずそう呟いた。それぐらい今回のクエストは、殆どタツノリの独壇場に終わったのだった。
 大型の魔物を怯ませるほどの凄まじい気迫。殆どタコ殴り状態で、あっという間に討伐してしまった。そして証拠となる討伐部位の剥ぎ取りも、かつてないほどの手際だったと、マジョレーヌたち三人が証言していた。
 無論、そこにはタツノリの大きな野望があったからに他ならない。
 ただし――

(確かにベアトリスには、俺の魅了が効いていた。むしろそれが普通なんだ!)

 頭の中では整理をつけたつもりでも、アヤメに魅了が効かなかったことを、タツノリは未だ引きずっていた。
 そんな苛立ちも、今回のスピード討伐に一役買っていたことは間違いない。
 もっともそれに気づいている者は、本人を含めて誰もいなかったが。

(ベアトリスに魅了を仕掛けたのは今日。ならばその持続時間は、まだ全然余裕であるハズだからな! 今度こそ必ずゲットしてやるぜ♪)

 タツノリはニヤリと笑いながら、ひたすら歩く。既に魅了をかけている彼女たちのことをすっかり忘れていた。
 それこそ、持続時間のことも含めて完全に。
 故に、後ろを歩く女性たちの表情がいつもと変化していることなど、全く気づく由もなかったのであった。

「今回ばかりはデュークさんに同意するわ」

 クレールが冷めた表情で、ため息をつきながら頷いた。

「思えばどうして私は、あの男についてきたのか……ちょっと分からなくなったかもしれません」

 タツノリが凄まじい勢いで魔物を討伐した。その様子にアヤメたちは、ガチでドン引きしていた。
 あれほど慕っている様子を見せていたクレールやヴァレリーも、武器を持ったまま呆然と立ち尽くしていたほどだった。
 こんなタツノリは見たことがない――それが彼女たちの率直な感想であった。

「ウチも同感。まるで頭から熱がスッと冷めた気分だよ」

 ヴァレリーもクレールの隣に並びながら、やや投げやりな口調で言う。

「そりゃ、タツノリさんに声をかけられてパーティ入りした時は、ずっと一緒にいたいって思ってたよ? でも、何か今は……ねぇ?」
「えぇ。とにかく疑問でいっぱいよね」

 熱が冷めた――実に言い得て妙である。
 彼女たちにかけられた魅了が、解けかかっているのだ。本来ならば魅了をかけ直すタイミングなのだが、タツノリは苛立ちと焦りで、スッポリ頭から抜け落ちてしまっている。
 だから彼女たちは元に戻っていく。ニセモノだった気持ちが、スーッと体の中から抜け落ちていくのだった。

「考え直してみる、いい機会なんじゃないかしら?」

 アヤメがそう切り出すと、クレールとヴァレリーが振り向いた。それに対して小さく頷きながら、彼女は言葉を続ける。

「ただ単にリーダーの意見に従って、くっ付いていれば良いってモノでもない。そうやって疑問に思うことも大事だと思うわよ?」
「そうだな。アヤメの言うとおりだ」

 デュークも大きく頷きながら前に出てくる。

「自分の身を犠牲にする冒険者なんざ、俺は本当の冒険者だとは思わない。自分が一番良いと思う道を見つけ、突き進むことが大切なんだ。それが、今の道と相反することになってもな」

 どこまでも淡々と語るデュークに、クレールが軽く手を挙げながら問いかける。

「それって、自分に不利益だと思ったら、その仲間を捨てろってことじゃ?」
「まぁ、大体それで合ってる」

 デュークはなんてことなさげに小さく頷いた。

「冷たいと思うだろうが、下手に温情を持つほうがよっぽど危険だ。常に命懸けである以上、少しでもダメだと思ったら容赦なく切り捨てる。俺のパーティでも、そんな感じのことは、何回もやってきた」
「……デュークさんが、ですか?」
「当然だろ。俺がパーティのリーダーなんだからな。基本的に甘くはないさ」

 恐る恐る問いかけるヴァレリーに、デュークがあっけらかんと答える。

「まぁ、とにかく考えてみろ。あのタツノリについていくのか。それとも別の道を歩くことにするのか――ちゃんと自分の意志で決めろ。後悔したときには、もう手遅れって状態も珍しくないんだからな?」

 決して感情的な声ではない。しかし淡々と投げかけてくるその言葉は、彼女たちの中にしっかりと衝撃として与えられていた。

「俺の話は以上だ。どう受け取るかはキミたちに任せるよ。突然うるさいことを言ってしまって、済まなかったな」

 そして最後にふんわりと柔らかい笑みを向けた。それに対して、二人は姿勢を正しながら声を上げる。

「いえ! うるさくなんかありません。むしろありがたいと思いました!」
「そ、そうですよ! 変な言い方になっちゃうけど、その……久しぶりにちゃんと叱られた気がすると言うか……」

 クレールもヴァレリーも、慌ててこそいたが、心からの気持ちでもあった。それはデュークにもちゃんと伝わっており、彼も笑みを深めている。

「そうか。だったら良い」
「――っ!!」

 ニコッと笑うデューク。それに対してクレールは、新たなる衝撃を受けたような気がした。
 ヴァレリーも軽く頬を染めており、何かを考えている様子を見せる。
 そして二人は歩を早めつつ、何かを話し始めるのだった。

「流石は腕利きと呼ばれる大先輩ですわね。とても素敵でしたわ♪」

 歩きながら軽く息を吐くデュークに、マジョレーヌが笑顔で近づいてくる。

「でも、あの二人だけですの? 私も立派なメンバーですのよ?」

 不満そうに口をとがらせるマジョレーヌ。しかしそれに対してデュークは、柔らかい笑みを張り付かせながら言った。

「……少なくとも、この場でキミに言う必要はないと思った。それだけだ」
「あら。それは褒めてくださっているのかしら?」
「判断はご自由にどうぞ」
「ふぅん? まぁ別に良いですけど」

 そしてマジョレーヌは、あっさりと引き下がっていった。同時にデュークの表情が笑顔でなくなる。明らかに怪しんでいる目でマジョレーヌを追いながら、隣を歩くアヤメに話しかけた。

「あのマジョレーヌって女には、少し気をつけておけよ?」
「えぇ。彼女もなにかありそうですもんね」

 アヤメは頷きつつ前方を見る。確かにマジョレーヌに対しても、多少なり思うところはある。しかしそれ以上に彼女は、タツノリに対して思うことがあった。

(タツノリって、もしかして私と同じ日本人だったりするんじゃ……?)

 名前が明らかに日本人っぽいと思っていた。ソウイチという前例もあるため、余計にそう感じてならない。

(あのマジョレーヌって女も含めて、何か色々と裏がありそうね)

 王都への道をしっかりと踏み固めるように歩きながら、アヤメは前方を歩くタツノリたちの様子を、ジッと見つめるのだった。


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