駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第四章 現れた同郷者

第七十四話 フィリーネの疑惑

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 フレッド王宮、王の間。
 玉座につくバートラムの前に、四人の冒険者たちが跪いていた。

「タツノリよ、此度はよくやってくれた」

 バートラムは晴れ晴れしい笑顔を浮かべ、称賛を送る。

「東で活発化していた魔物たちを、あっという間に討伐するその力。そして傷付いた冒険者たちを介抱し、助けを差し伸べる優しさ。まさにそなたたちは、人々の希望の星といっても過言ではない」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」

 タツノリは跪いたまま、声を上げた。するとバートラムは、再び満足そうな笑顔で頷く。

「そなたのような強者こそ、勇者の称号に相応しくも思う。此度の活躍だけで判断できんことが、残念なくらいだよ」
「とんでもございません。そんな大それたモノは、私などのようなヒヨッコには勿体なく存じ上げます」
「ハハッ、随分と謙虚だな」

 笑い声をあげるバートラムだったが、すぐにその表情を引き締める。

「――いや、それだけ向上心がある証拠でもあるのか。とにかくご苦労だった。ささやかな礼として、食事を用意してある。まずはそれで疲れを癒せ」
「はっ! ありがたき幸せ!!」

 タツノリは更に頭を下げる。その声は王の間にとてもよく響き渡っていた。
 バートラムの隣に控えるフィリーネにもそれは感じられていた。しかしバートラムとは違い、どこか浮かない様子を見せている。

(なんてゆーかのう……確かに立派な好青年には見えるが、やはりどうにも近づきたいとは思えんな)

 数日前から、何故か良い印象が抱けなかった。実際に本人と会った際、思い違いであってほしいと願っていたが、やはり予想は正しかったようだと、フィリーネは心の中でため息をつく。
 その時、微かにタツノリが顔を上げ、フィリーネのほうを向いた。
 すると次の瞬間――

(なっ!?)

 フィリーネの視界が揺らいだ。脳がゆっくりと混ぜられるような感触だった。しかしすぐにそれは収まり、気がついたらタツノリたちが立ち上がり、謁見を終了しようとしていた。

(気のせいかの? いやでも、確かにあの男――)

 フィリーネは半目でタツノリを見る。すると彼は、何故か少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに爽やかな笑顔に戻し、フィリーネにも軽く一礼する。
 そして三人の仲間たちとともに、タツノリは王の間を後にした。
 バタンと王の間の扉が閉じられた瞬間、バートラムは大臣に声をかける。

「大臣よ。ソウイチにはちゃんと通達してあるな?」
「勿論でございます。あの四人を歓迎するよう、しっかりと話しております」
「うむ」

 バートラムは大臣の返答に満足そうに頷く。しかしフィリーネは、閉じられた扉に向けて、疑いの眼差しをぶつけていた。

(やはりあのタツノリとか言う男……じゃが、父上の決定ともなればのう……)

 できれば相手にしたくない。しかし父親であり、国王でもあるバートラムの言葉の威力からも、娘である自分はなんだかんだで逃れることができない。
 それをフィリーネは改めて味わい、頭を悩ませるのだった。

(どちらにせよ、嫌な予感がする。面倒なことにならなければ良いのだがな)

 フィリーネはそう思いながらバートラムに一礼し、王の間を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 王宮で用意された豪華な食事――それを堪能したタツノリたちは、王宮の一室で休憩していた。
 それぞれがのんびりと過ごす中、タツノリは花を摘んでくると言って、部屋を抜け出した。そして長くて広い廊下を歩く。
 トイレのある場所は、とっくに通り過ぎていた。にもかかわらずタツノリは、迷うことなくまっすぐ歩き続ける。
 すると、一足先に散歩に出ていたマジョレーヌと合流するのだった。
 そして二人は目立たない隅へ移動し、壁に背を付ける。

「国王もすっかり俺たちを信用してくれてたな」

 クスクスと笑みを零しながら、タツノリが切り出す。マジョレーヌも、それにつられるかのように笑い出した。

「フフッ、ワタシの作戦は完璧ですわよ」
「全くそのとおりだな。マジョレーヌには本当に感謝しているよ」
「あら、タツノリ様にそう言っていただけて、本当に嬉しく思いますわ♪」

 しな垂れかかってくるマジョレーヌを、タツノリは当たり前のように肩を抱き寄せながら受け止める。

「全ては順調だ。もうゴールは目の前も同然ってヤツだな」

 そう言いながらタツノリは、ポケットから雑誌の記事の切り抜きを取り出す。イメチェンしたベアトリスの写真が出ているモノであった。
 写真のベアトリスを見ながら、タツノリはニンマリとした笑みを浮かべた。

「今、話題をかっさらっている美少女錬金術師――まさに俺たちのパーティに相応しいってもんだ。これだけの上玉なら、俺のモノになって然るべきだろう」
「全くもってそう思いますわ♪」

 ニッコリと笑いながら同意するマジョレーヌに、タツノリは気分良さげにそうだろうと言わんばかりの頷きを返す。
 ここでマジョレーヌは、あることを思い出した。

「そういえばウワサで聞いたのですけど、このベアトリスという子には、幼なじみの男の子がいるそうですわ」
「……なんだと?」

 タツノリは目を見開きながら振り向くと、マジョレーヌはコクッと頷いた。

「えぇ。ずっと離れ離れでいながらも彼女を想い続け、同じ錬金術師として、一生懸命頑張っているそうですわ。近々このフレッド王都に足を踏み入れようとしているとも聞きましたが、果たしてどこまで本当やら」

 話しながらマジョレーヌは軽く肩をすくめる。タツノリは数秒ほど考える素振りを見せたが、やがて小さなため息をついた。

「別に気にする必要もねぇだろ。幼なじみだか何だか知らねぇが、この俺様の敵じゃねぇってことは確かだ」
「――おっしゃるとおりですわね。出過ぎたマネをしてしまいましたわ」
「ハハッ、気にするな」

 軽く笑いつつ、タツノリは今の話について思うことがあった。

(幼なじみか……もしソイツの目の前でベアトリスを手に入れたら、一体どんなことになっちまうんだろうな?)

 少なくとも驚かれることだろう。もしかしたら絶望するかもしれない。
 しかしベアトリスはまだ、誰とも付き合っていない以上、別に寝取りではない。だからタツノリも遠慮するつもりは全くなかった。
 むしろラノベ主人公なら、これくらいは当たり前のようにするだろう――タツノリはそう思いながら、再びクスクスと笑みを零し始めた。

(今の俺はラノベ主人公そのもの。つまり俺こそが、選ばれし人間ってことだ!)

 タツノリは心の底からそう思い込んでいた。このまま元の世界に戻らず、一生この世界で女たちに囲まれ、自由気ままに過ごしていくのだと。

「さて、そろそろ部屋へ戻ろう。クレールたちを待たせちゃいけねぇからな」
「そうですわね」

 タツノリはマジョレーヌの肩を抱きながら、自分たちの部屋へと戻っていく。
 しかし彼は気づいていなかった。物陰から様子を伺っていた、一人のメイドの存在がいたことを。


 ◇ ◇ ◇


「そうか……ご苦労じゃったな、ベティ」

 フィリーネは自室にて、ベティからの報告を受けていた。

「やはりタツノリは、爽やかな表とは別に、黒い裏を持ち合わせていたか」
「えぇ」

 ベティが重々しく頷きながら、改めて思い返す。タツノリの後をつけ、様子を伺うこと自体は簡単であった。思いのほか早くボロを出し、都合よく本人にもバレずに済んでいる。
 それは確かに間違いないのだが――

「あのマジョレーヌという女、なかなかの厄介者かと存じ上げます」
「そうか。謁見の際に、妾は特に何も感じなかったが……まぁ、用心するに越したことはないな」

 フィリーネはふむふむと頷き、そしてベティのほうを向く。

「して。タツノリたちは今、どうしておる?」
「王宮を後にし、冒険者ギルドへと向かわれました。つい先ほどのことです」

 ベティの言葉に、フィリーネは難しそうな表情を浮かべ出す。

「……お主の話が本当ならば、タツノリは動き出すやもしれんな」
「その可能性は高いかと」
「じゃが、今の妾たちではどうにもできん。ヤツらの行動が、決して違反してなどいない以上はな」
「えぇ、おっしゃるとおりですね」

 フィリーネがベティにタツノリたちのことを調べさせていたのは、彼らが自分たちの国に何か仕掛けるのではと危惧したからである。
 しかし出てきた結論は至極単純。単に興味を持った女を手に入れようとしているだけであった。王宮に信頼を作ったのも、このフレッド王国で動きやすくするためと考えるのが自然である。
 いささか不純さは否めない。しかしフィリーネの言うとおり、タツノリの行動に違反はない。
 少なくとも彼が、国を揺るがすような行動をとるつもりがない以上、フィリーネの懸念は見事晴れたも当然なのである。
 フィリーネもそれは理解しているのだが、心から納得できるかどうかは、全くの別問題であった。

「タツノリは、しばらくこのフレッド王都を拠点とすると言っておったな?」
「はい。活発化している魔物を放っておくわけにはいかないと、国王様にハッキリと申し上げておりましたね」
「また歯の浮くようなセリフを言いおったモノだな」

 フィリーネは吐き捨てるように言う。言葉が妙に立派過ぎるが故に、やはりうさん臭さを感じずにはいられない。
 ベティもそれを少なからず感じているのか、フィリーネの言葉を同意するような頷きを示していた。

「それはそうと……」

 フィリーネはある疑問があったことを思い出し、ベティに尋ねてみる。

「ベティ、お主はあのタツノリに対して、何か変なことは感じなかったかの?」
「変なことですか? 確かに我々メイドに対する目が、まるで獲物を狙う獣であったようには感じましたが」
「あ、いや……それはそれでどうかとは思うが、そこではなくてだな……」

 段々と苛立ちが募り始めたベティの声色に、フィリーネは思わず苦笑しながら宥めるように両手を掲げる。
 それに対してベティは、どういうことですかと首を傾げた。フィリーネはこの隙を逃すまいと、即座に言葉を放つのだった。

「王の間でタツノリと目が合った際、脳が揺れた感じがしたのじゃ。すぐに収まってくれたから、特にどうということはなかったのじゃがな」
「……まさかあの優男、フィリーネ様に何か良からぬことを仕掛けたとでも?」
「これこれ、大丈夫と言っておるじゃろう。だからそう殺気を出すでない」

 フィリーネはやんわりと止めたが、内心では少し焦っていた。あと少し止めるのが遅ければ、ベティは飛び出していたかもしれないと。

「とにかくその様子じゃと、お主も特に感じることはなかったようじゃの」
「えぇ……全くもって不覚にございます。私ともあろう者が……」
「気にするな。それはそれとして――」

 フィリーネは引き締めた表情で目を閉じながら間を置き、そして次の瞬間、ぱっちりと目を大きく開ける。
 キラキラと輝かしい笑顔とともに。

「妾のラステカ視察は、いつ行けそうかの? 早く石窯で焼いたフワフワのパンケーキを食べてみたいのじゃ。真っ白なクリームをたっぷり添えてのう♪」
「……フィリーネ様も相変わらず、ブレないお方ですね」

 まるで小さな子供のようにはしゃぎ出すフィリーネに対し、ベティはため息をつきながら頭を抱えるのだった。


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