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第四章 現れた同郷者
第七十三話 フレッド国王、バートラム
しおりを挟むその翌朝――フレッド王宮の朝食の席にて、フィリーネが告げた。
「父上よ。妾は今日、ラステカの町へ視察に行ってくるからの。すまんが昼食は向こうで済ませてくる予定じゃ」
その言葉に、彼女の父親である国王ことバートラムは、スープをすくおうとしていたスプーンの動きをピタリと止める。
「ワシの記憶によれば、あの町で視察するようなモノは、特になかったと思うが」
「つい最近、ミナヅキの家に大きな石窯が入ったらしくての。ほれ、生産工房で行われておった例のイベントじゃ」
「おぉ、それならワシも耳にしてはおったな」
バートラムは記憶を掘り起こしながら頷いた。
「石窯の試作品は大成功したから、ワシから量産するよう指示を出した。それで話はついたハズじゃろう?」
「しかし、試作品が一般家庭に設置された状態を、この目でまだ見ておらんでな。やはり王女として、ちゃんと確認しておくべきだと思っての」
フィリーネの言うことはもっともに聞こえる。百聞は一見に如かずとも言うし、何ら間違ってもいない。
しかしながらバートラムは、それでも素直に頷くことはできなかった。
「……お前の場合は、友であるあの若夫婦の家に行きたいだけだろう?」
「失敬な。ちゃんと石窯料理を味見するという目的もあるぞ」
「また開き直りおってからに」
胸を張るフィリーネに、バートラムは深いため息をついた。せめてさっきのように少しは言い訳してほしかった――そんな気持ちがこみ上げてくるが、それを言ったところでどうにもならないことも分かっている。
だからと言って、このまま見過ごすことは断じてできなかった。
「その視察は別の日に回せ。近々、我が国に客人がくる。お前にはその準備に当たってもらいたい」
「ふむ、客人とな?」
フィリーネの問いかけに、バートラムは重々しく頷く。
「ワシの古くからの友人でもあるギルドマスターから、手紙が届いてな。とある若き冒険者パーティが、我がフレッド王国へ赴くことが決まった故、よろしくしてやってくれと言われたのだ」
バートラムは淡々と語り、傍に控える執事を見上げる。
「手紙を。フィリーネにも見せてやれ」
「はっ」
執事は懐から手紙を取り出し、それをフィリーネに差し出す。フィリーネはそれを受け取って広げ、中身を軽く読んでいった。
「ふむふむ、タツノリという青年剣士がリーダーを務める冒険者パーティか。ここ最近、メキメキと腕を上げておるようじゃの」
「そうだ。そこでワシは、彼らに東の魔物退治を頼もうと思っておる」
フレッド王国の東で発生していた異常気象。それがようやく解消された。しかしそれと同時に、その近辺に身を潜めていた大型の魔物が、再び動きを活発化し始めたのだった。
バートラムも国王として、この問題には頭を悩ませていた。
「我が王宮の騎士たちや、ギルドの冒険者たちも頑張ってくれておる。しかしどうしても限界はある。そして魔物たちは、そんな我らの事情などお構いなしだ」
「確かにそれは理解できるのう」
いくら冒険者たちが討伐クエストを積極的に受けたとしても、そこで望ましい結果が出せるかどうかは別問題だ。
目先の魔物を倒しても、その芯となる原因が、未だ取り除けていない。
「遂に先日、大型の魔物に挑んだ冒険者が、大ケガをして運び込まれてきたという報告を妾は聞いた。一命は取り留めたそうじゃが、当分は静かな療養生活を余儀なくされたともな」
「うむ。それで冒険者や騎士たちも、少し落ち着きを取り戻したようだ」
「なんとも皮肉なモノよの」
フィリーネは小さなため息をつきながら苦笑する。ある意味、犠牲者が出たから大人しくなったも同然だからだ。
それでも無駄に命を散らすマネが減ったという点では、良かったと言わざるを得ないのだが。
「なんとか対策を立てなければと思っておった。その時にこの手紙が届いた」
「もはや売り込みとしか思えんな」
――魔物の討伐は是非とも我々にお任せください。必ずや魔物たちを討ち取り、この国の平和を守って御覧に淹れましょう!
一緒に添えられていた、タツノリ直筆の手紙に書かれていた一文であった。
「言っていること自体は立派じゃが、妾にはどうにも、歯の浮くセリフにしか思えんのだがな」
少なくともフィリーネは、このタツノリという男が、どうにもうさん臭く思えてならなかった。それを察したバートラムは、小さな笑みを浮かべる。
「気持ちは分からんでもないが、借りれる力は借りたい状況にあるのも確かだ。とにかく一度会って、話をしてみようとワシは思う」
「それが良さそうじゃの」
納得するように頷くフィリーネに、バートラムは改めて表情を引き締める。
「先にも申したがフィリーネよ。このタツノリなる者が訪れた際には、王宮へ謁見に来るよう申し付けてある。お前にも立ち会ってもらうからな」
「あまり気は進まんが、了解じゃ」
ラステカ行きは中止せざるを得ない――そう思ったフィリーネは、これ見よがしに深いため息をついた。
もっともこういう展開は、これまでにも何回かあったため、バートラムも特にそれについて反応を示すことはない。
しかしそれとは別に、バートラムは娘に対して思う部分があった。
「……ところで今更こんなことを言うのもなんだが、お前のその口調は、少しで良いからどうにかならんのか?」
「何を言うかと思えば、本当に今更過ぎるにも程があることじゃな」
フィリーネは両手を平らにしてやれやれのポーズを作る。暗にどうにもならないという答えを示しており、バートラムは苦々しい表情を浮かべた。
「仮にも年頃の女の子だぞ? 少しは王女としての自覚を……」
「妾がどんな喋り方をしようが勝手ではないか。それにこの国の者たちは、皆揃ってこの喋り口調を受け入れておるぞ」
「それはそうかもしれんが……」
国王である以前に、一人の父親として、娘の将来が心配でならない。王妃を亡くして以来、誰も娶ることなくここまでやってきた。フィリーネの親は自分一人しかいないということを、バートラムは嫌というほど身に染みていた。
故に少しは特徴的な部分を直し、ありふれた高貴な女性らしさを身に付けても良いのではないか――そんなふうに思うのも、また致し方ないのかもしれない。
(まぁ、それこそワシが何を言ったところで、フィリーネが素直に聞く耳を持つことなどあり得んことは、一応分かっておるつもりだがな)
その一方でバートラムは諦めの気持ちも、少なからず持っていた。改めて妻の面影を感じさせる娘の姿を見つつ、ひっそりと息を吐く。
(顔立ちは間違いなく我が妻から受け継がれたモノであろうが、行動力と頑固さに至っては、どうやらワシに似てしまったらしい)
一体フィリーネの性格は誰に似たのか――頭を抱えながら呟いたところ、ベティからしれっと言われたことがあった。
――そんなの御父上である国王様以外あり得ないと思いますが。
そう言われたバートラムは、思わず絶句してしまった。無礼だのなんだの強がることすらできなかった。
ちなみにフィリーネの口調だが、これは彼女の祖母からの遺伝である。
それを知った際、隠居していた祖母は大層喜んでいた。他の者たちは少なからず引いた表情をしていたのは、ここだけの話だ。
(国民も娘を慕っておるとのことだし、もう少し様子を見てみるしかないか)
バートラムはひとまず考えの整理を付けつつ、食後のコーヒーを飲んだ。
◇ ◇ ◇
数日後――フレッド王都、東の地方。そこで一組の冒険者パーティが、大型の魔物に追い詰められていた。
そのパーティのリーダーはデュークであった。
腕利きと呼ばれる彼らのパーティは、ギルドからも大きな期待が寄せられ、彼らもそれに幾度となく答えてきた。
しかし今回は、完全に無理がたたってしまう結果となった。
活発化した大型の魔物を討伐する――その依頼を立て続けにこなしてきたツケが回ってきた。自分たちが動かなければ誰が動くんだと、メンバー全員が大きな正義感を燃やしてしまった。
有り体に言って油断していた。有頂天になっていたといっても過言ではない。
それがこのような自殺行為を招いてしまうとは――デュークは思わず、そんなことを考えてしまっていた。
彼らしくないと思うことなかれ。現実逃避をしてしまうほど、彼らは追い詰められていたのだ。言わば彼も立派な人間だったということだ。
――ずばあぁんっ!!
突如、魔物の大きな首が地面に落ちた。
デュークたちは皆、あまりの展開に呆然としてしまう。四人の冒険者たちに救われたと気づくのは、それから数分後のことであった。
「改めて、皆さん大丈夫でしたか?」
「あぁ。本当にありがとう。正直もう、ダメかと思ってた」
傷付いた仲間たちを、助太刀してくれた冒険者たちが介抱する中、リーダーらしき青年とデュークが握手を交わす。
「俺はデューク。パーティのリーダーとして、改めて礼を言う。ありがとう」
「こちらこそ、俺はタツノリと言います。ピンチの時はお互い様ですよ」
タツノリと名乗った青年は、改めて周囲を見渡す。魔物の首を落とし、控えていた他の魔物たちは、どこか遠くへ逃げ出してしまっていた。
おかげで凄まじくうるさかった平原は、今ではすっかり静まり返っていた。聞こえるとしたら、風と草むらの音ぐらいである。
「実を言うとですね。俺たちはフレッド王都へ来る予定だったんですが――」
タツノリが肩をすくめながら語り出す。
「うっかり船を乗り間違えてしまいましてね。東の町に着いちゃったんですよ。そこで仕方がないから、東から歩いて王都へ来ようとしてたら……」
「俺たちと会ったってことか」
「そういうことになります。偶然ではありましたが、そのおかげで俺たちは、向こうの国王様に良い手土産ができそうですよ」
爽やかな笑顔で語るタツノリ。それを聞いたデュークは思い出していた。
「そういえば、ギルマスが言ってたな。近々フレッド王都に、他国から冒険者パーティが訪れるって」
「あぁ。恐らくそれは、俺たちのことかもしれませんね」
「そうか。最近、急激に腕を上げているメンバーだって聞いていたが、今の戦いを見たら納得もできるな」
タツノリの返答にデュークは大きく頷いた。
「そちらさえよろしければ、一緒に王都へ向かいませんか? 正直、道が正しいかどうか、ちょっと不安だったんですよ」
「勿論だとも。こちらとしても、同行してくれると助かる」
デュークの返事を聞いたタツノリは、即座に自身の仲間たちに声をかけ、決まったことを話すのだった。
改めてデュークは、彼女たちにも介抱してくれたことに対して礼を言った。すると三人は、当然のことですからと笑顔を見せる。その際にしっかりとタツノリに寄り添っており、四人がどういう関係なのかはすぐに察した。
デュークの仲間たち若干名が、タツノリたちの様子を羨ましそうに見ていたのはここだけの話である。
やがて十分な休息も取れたところで、デュークたちとタツノリたちは、揃ってフレッド王都へ向けて出発した。
他愛のない談笑をしながら歩いていく中、戦闘を歩くデュークは、一つだけ思うことがあった。
(しかし、何だろうな? 確かに彼の腕は凄いのかもしれんが……)
チラリとタツノリの様子を伺う。爽やかな笑顔で話しており、デュークの仲間たちともすっかり打ち解けているようではあった。
しかしデュークは、そんなタツノリの表情そのものに疑問を抱いていた。
(言動がどうにも不自然に思えてならんな。まるで分厚い仮面のような……俺の気のせいなら良いんだが)
少なくとも、今ここで気にしても仕方がない。デュークはひとまずそう思うことに決めた。
また厄介なことにならないことを、心の中で願いながら。
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