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第二章 幽霊少女ミリィ
第四十六話 光の中で誓う声
しおりを挟むクルーラの町で起きた魔物騒ぎの事件から数日――ミナヅキとアヤメは、ラステカの町の自宅でのんびりと過ごしていた。
骨休めで行ったつもりなのに、なんだかんだで騒ぎに巻き込まれてしまった。
しかしながら、良い経験をすることもできたと思っていた。
アヤメは新しい魔法を。そしてミナヅキは、魔力草で新たな調合レシピを、それぞれ取得できた。
そしてなにより、ミリィたちとの出会いだ。
ドロドロで歪んだ家族の姿を、妙な形で目の当たりにした。
ミナヅキもアヤメも、これから家族を増やしていく意思はちゃんとある。だからこそ今回、ミリィたちの姿を見て、色々と思うところもあるのだった。
「ミナヅキー、ちょっといいかしら?」
「おーぅ」
アヤメが調合場の扉をノックし、ミナヅキの返事を聞いて中へ入る。
「ちょっと休憩しない? モーゼスさんから手紙が届いてるわよ」
「マジで? 読んでみようぜ」
ミナヅキはアヤメが持ってきた手紙を受け取り、封を開ける。手紙には、その後のクルーラの町の様子について、詳しく綴られていた。
『ミナヅキ様、アヤメ様へ。そちらはいかがお過ごしでしょうか? こちらもようやく騒ぎが落ち着きつつあるところです――』
まず、ギルドマスターことヴィンフリートの死について。
これに関しては、突如襲い掛かってきた大型の魔物との死闘の末、相打ちとなって散ったこととされた。
流石に本当のことを打ち明ければ、町の混乱は避けられない。幸いなことにそれを知る者は、ミナヅキやアヤメを含めて、誰一人として明かすつもりはないということも相まって、そういうことにしておこうとゼラが決めたらしい。
結果、余計な騒ぎが大きくなることだけは、防げたようだ。
それでもヴィンフリートが何かしたのではないか、という人々の疑惑は、それなりに残ってはいたようだが。
ちなみに、あの大型の魔物の戦いにミナヅキたちが関わったことも、ゼラの計らいで公式上では伏せられている。あくまで秘密裏に、それなりの謝礼を受け取った形のみとなっていた。
「これはある意味良かったかもな」
「そうね。あのエーテルブラストが広まらなかったのは、ホント助かったかも」
魔物との決着の決め手となった例の大技。それを発動するためには、ミナヅキが偶然作り上げた特殊エーテルを服用してこそだ。しかも次に同じ条件が揃ったとしても、成功するかどうかは保証できない。
要するにエーテルブラストは、奇跡的に出来上がっただけなのである。
まだ完全に自分のモノにできていない以上、正式に取得したとは言えない。
「エーテルブラスト……絶対に使いこなしてみせるわ。今度はアイテムの力を借りることなくね」
「ハハッ、その意気だ」
拳をギュッと握り締めるアヤメに、ミナヅキは笑いかけた。
「アヤメならきっとできるよ。底知れない努力と根性を持ってるんだからな」
「あら、よく分かってるじゃない」
そして二人は再び軽く笑い声を上げつつ、手紙の続きを読む。
『次のギルドマスターも早々に決まり、この手紙がそちらに届く頃には、新体制がスタートしていると思われます――』
新しいギルドマスターは、王都から新しく派遣されてきた人となった。ゼラは変わらず側近として、サポートに徹するらしい。
ギルド職員たちも最初は戸惑っていたが、すぐに順応したようだ。冒険者たちも少なからず驚いていたらしい。
――少なくともヴィンフリートよりは全然いい人じゃないか。
そんな声が広まっているとのことであった。
「ねぇ、これってもしかして……」
「フィリーネかもな」
クルーラの町から帰る際、ミナヅキたちはフレッド王都の王宮に立ち寄った。
そこでフィリーネに土産話がてら、ここだけの話と前置きした上で、事の顛末を全て話したのだった。
フィリーネは大変じゃったな、とだけ言った。その後は取り留めもない雑談に花を咲かせ、ミナヅキたちは王宮を後にした。
「まぁ、フィリーネに聞いたところで、何の話じゃとか言われて、はぐらかされるだけなんだろうけど」
「あり得るわね」
変な形ではあるが、ヴィンフリートという男の評判がお世辞にもいいとは言えなかったことが、逆に上手くいった。
むしろクルーラの人々は、魔物と相打ちしたことに驚いていたという。
てっきり女性問題か何かで話題を闇に葬ることに失敗し、その余波を受けて命を落とした――そう思っている声が多数だったらしい。
十年前は無理やり事なきを得ていたのに、今回はダメだったのか、と。
「……町の連中、案外気づいていたのかもな」
「えぇ。そんな気がするわね」
ヴィンフリートは色々な意味で分かりやすい人間であった。そしてクルーラの人々の目も、決して節穴ではなかったのだとしたら。
「今回のことがなかったとしても、そう遠くないどこかで、あのオッサンはボロを出していたかもしれないな」
「いずれにしても、良い末路はなかったでしょうね。どこかでツケを払わされる運命だったと思うわよ?」
「だろうなぁ」
どこをどう考えてもハッピーエンドに辿り着けない――そんな人生を歩んできたのだとしたらと考えたミナヅキは、なんとも言えない気分になった。
「悪いことってのは、やっぱするもんじゃないな」
「小さなウソもあるとは思うけど、ミリィの件は流石にちょっとねぇ……」
やれやれと深いため息をつきながら、ミナヅキたちは再び手紙を読み進める。
『そしてお屋敷ですが、この度正式に取り壊しが決まりました――』
専門業者によくよく調べてもらった結果、土地的に特に何の問題もないことが発覚したため、屋敷の跡地は自然公園として再利用するらしい。
そこは魔力が発生することも判明しており、魔力スポットに仕立てることも可能ではないかと言われている。既に魔導師たちを中心に話が広まっており、そう遠くないうちに新たな観光名所になり得る――そんな声が出ているとか。
更にモーゼスは、クリストファーとミリィの墓を、新しく建てたとのこと。
これには町の人々の支援もあったのだそうだ。十年が経過した今でも、クリストファーを慕う者が多いことに、モーゼスは驚いたらしい。
「新しい墓か……俺たちもいつか、墓参りに行ってみるか」
「えぇ、新たな魔力スポットっていうのにも、少し興味があるわね」
なんだかんだで私も、ずっと立ち止まったままだったのかもしれません。それを改めて思い知らされた気がします。
この度は本当に、お世話になりました。ミリィ様をお救い下さった御二方には、感謝してもしきれません。
ミナヅキ様とアヤメ様の生活が、より良い形となることを祈っております。
――隠居鍛冶師、モーゼスより。
「まぁ、アレだ。あっちも色々と落ち着いたようで、なによりだな」
手紙を読み終えたミナヅキは、顔を上げながら長い息を吐いた。
「ホントね。それにしても――」
アヤメも同意しつつ、思い浮かべていたことを口に出す。
「結局ミリィは、お母さんに対しては、恨みっぱなしの状態だったわね」
「まぁ、仕方ないんじゃねぇの? 気持ちは分からんでもないし」
ミナヅキは手紙をテーブルの上に置き、窓のほうへと歩いていった。
「俺も自分の親たちに対して、ぶっちゃけ何の興味もないしな。その点じゃ俺も、ミリィとそれほど変わらないのかもしれん」
むしろ、凄く久々に思い出したと、自分に対して珍しく思えてしまう。今頃どこでどうしているのか――まるで進学先が異なるが故に、卒業と同時に疎遠となってしまったクラスメートに対して考えるかのように。
否、実際ミナヅキからすれば、実の両親は既に両親じゃないのだろう。
そもそも親らしい以前に、家族らしいことすらしてもらった記憶がないのだ。故に両親を想う感情を持ち合わせていない。
ただ自分を生んだ人たち――それ以上でもそれ以下でもないのだ。
そして――
「私は……どうだろう?」
アヤメは自分も同じだと言おうとしたが、何故かその言葉が出なかった。
「どうもこうも、前はあんだけ恨んでたじゃないか」
ミナヅキが振り向きながら言うと、アヤメは勢いよく顔を上げる。
「別に恨んでなんか……そりゃあ勝手に人の進路を邪魔したくらいだから、お父さんやお母さんのことを許すつもりなんて、ないけどさ……」
微妙にしりすぼみになりつつ、目を逸らすアヤメ。それを見たミナヅキは、フッと小さな笑みを浮かべた。
「まぁ、良いんじゃないか? 恨んでないけど許す気もない……そーゆーヤツは意外と多いもんだろ」
「……そう、なのかな?」
「だと思うよ? ま、実際のところは知らんけど」
しれっと他人事のように言い放つミナヅキ。しかしどことなく彼らしい気もするとアヤメは思った。
そう――確かにミナヅキからすれば、他人事以外の何物でもないのだ。
結局のところ、自分がどういう気持ちでいたいのか――それを自分の意志でしっかりと定めなければならない。
「そんなことよりも、アレだ――」
ミナヅキはマイペースに話題を切り替える。
「俺たちも気をつけないとな。やっぱ、あーゆー親にはなっちゃいけないよ」
「……そうね。いつかは生まれてくる子供のためにも、ね?」
「つーかマジで気をつけないとな。俺たちの場合、お互いの親が親だしさ」
「確かに」
アヤメが小さく笑いつつ、ミナヅキにそっと寄り添う。お互いに顔を見合い、自然と表情が緩む。
二人とも笑ってはいるが、心の中では真剣な気持ちでいっぱいだった。
子は親に似る。似たくないと思っている部分ほど当てはまる――そんなケースも決して珍しくはない。
更に言えば、二人の今の率直な気持ちとしては――
「まーぶっちゃけ、いつその時がくるのかは分からんけど」
「うん。それはホント言えてるわね」
二人はサラリと言いながら、改めて声を上げて笑い合うのだった。
◇ ◇ ◇
真っ白な場所にいる。光に満ちた、とても広くて明るい場所。
これまでの狭くて暗い世界とは、何もかもが違う。地も空もない、どちらが上でどちらが下か、それすらも曖昧なこの場所に、いつの間にか辿り着いていた。
「それでね、それでね!」
明るい声で話しかける。それを隣で聞いている姿は、どうにも疲れているような様子であった。
「まだ話すのかい?」
「むしろ足りないくらいだよ!」
「参ったなぁ……ははっ」
困ったような口振りでいながらも、どこか嬉しそうでもあった。
当然といえば当然だ。ずっと待っていたのだから。ようやくこうして会えて、楽しく話をすることができているのだから。
見上げる側も見下ろす側も、考えていることは同じだった。
会いたい。会って話がしたい――たったそれだけの気持ちを、ずっとずっと長いこと抱き続けてきた。
そんな二人だからこそ、こうして会うことができた。
本当に最後を終えたその瞬間、ようやく神様が味方をしてくれた。どうせ味方してくれるなら、もっと早くしてくれても――そんなふうに拗ねたような声を、待っていたほうの声が優しく宥める。
そんなことを言ってはいけない。こうして会えたんだから、と。
「でもやっぱり、神様ってイジワルだなぁ、って思っちゃうかなぁ……」
「はは、そうだね。それは僕もずっと思ってきたよ」
「――えっ?」
切り出したほうの声は、少し驚いていた。てっきりそんなことを言うな、みたいなことを言われると思ったからだ。
「どうして僕だけが先に来たんだ――ずっとずっとそんな感じでね」
遠い光の向こうを見渡しながら言うその声は、これまで以上に気持ちが込められているように感じられた。
「だがそれでも、僕は改めて見送らなければならない」
「うん、分かっているよ」
その明るい声は、実にハッキリとした意志が込められていた。
「安心して! わたしだっていつまでも、ここにいるつもりなんてないから」
そう言って向けてくる表情もまた、とても明るかった。決して強がりで言っているのではないことが、とてもよく伝わってくる。
だから――
「そうか」
安心して頷く。この子は強さを得たうえで、長き呪いから完全に解放された。そう心の中で確信しながら。
「あともうちょっとだけ話したら、わたしも行くよ。それでね、次は絶対にって思っていることがあるの」
「へぇ、一体どんなことだい?」
「それはね――」
イタズラっぽく人差し指を唇に当てながら、数秒の間を置いて答える。
「長生きすること、だよ。今度は誰よりも強くなって、誰よりもとことん長生きしてやるんだ!」
「ははっ……そうか、それは良いことだな」
「うん。だからね、おとーさん!」
前に出て、ビシッと人差し指を突き出しながら、ハッキリと宣言する。
「今度はおとーさんよりも、もっともーっと、長生きしてやるんだからねっ!」
光の中で誓う声は、とても力強くて前に進む勢いがあった。長き呪いから解放されたその笑顔は、途轍もない眩しさを放っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回で第二章が終了し、次回からは第三章を開始します。
次回の更新は、4月1日(月)19:00の予定です。
(念のため言っておきますが、エイプリルフールに関係はございませんw)
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