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第二章 幽霊少女ミリィ
第四十二話 ミリィは知っていた(後編)
しおりを挟むミリィの宣言に、ヴィンフリートは目を見開いて呆けた。
一体この子は何を言ってるんだ。これは自分の聞き間違いではないのか。頼むからそうであってくれ――そう言わんばかりに。
数秒ほど無言の間が続き、ミリィは小さなため息をついた。
「分かってないみたいだからもう一度言っておくね。わたしはあなたを父親だとはこれっぽっちも思ってない。むしろ忌々しい仇だとすら思ってるよ」
「な……!」
ヴィンフリートは絶望に染まった表情で硬直する。しかしミリィは、そんな彼に構うことなく、ミナヅキのほうを見る。
「わたしはおにーさんたちから、ペンダントを受け取って旅立つ。これでやっと、お空の上で待っているおとーさんに会えるんだ!」
真っ暗な空を見上げながらミリィは言う。今でも信じているのだ。成仏すれば大好きな父親と再会できることを。
そしてそれは、今の言葉が本心であることを示してもいた。
ミリィは心の底からヴィンフリートを見るつもりなど、一切ないということを。もはや誰が何を言おうと、その考えが覆ることは一切あり得ないのだと。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」
ここでアヤメが、ミリィに気になったことを尋ねる。
「あなたのお母さんも同じお空の上にいると思うんだけど、お母さんには会いたいと思わないの?」
その問いかけを聞いて、ミナヅキも確かにと思った。
よくよく思い返してみると、ミリィは母親に会いたいとは一言も口にしていないような気がした。
敢えて避けているというよりは、自然に除外しているような感じで。
するとミリィは、再び嫌悪感丸出しの如く表情を歪ませ――
「あの母親もおとーさんを裏切ったんだよ? 会いたいと思うワケないじゃん」
恐ろしく低い声で吐き捨てるように言い放つのだった。
その場の勢いとは違う、心の底からの言葉であることが分かる。モーゼスも軽く目を見開きながら冷や汗を出しており、ファイアーウルフとスライムも、その禍々しい感情にビクッとしながら恐怖していた。
アヤメも一瞬だけ硬直したが、すぐに申し訳なさそうな表情に切り替える。
「……ゴメンなさい、愚問だったみたいね」
「ううん、気にしないで」
ミリィは首を左右に振りつつ、元の明るい表情に戻る。恐ろしく表情を切り替えるのが早い子だなと、ミナヅキは別の意味で驚いてしまっていた。
(まぁでも、ミリィがそう思うのも無理はないか)
数年かけて真相を調べ、全てを知った上で考えて出した結論だとしたら、尚更だと言えるだろう。あるいは実の母親だからこそ、とも言えるか。
「いい加減にしろ! なんてことを言うんだ、ミリィ!!」
しかしヴィンフリートにとっては見過ごせなかったらしく、激しい怒りの表情で怒鳴り散らす。
「お前がそんな気持ちでいると、レオノーレが空の上で悲しむぞ! 母親に産んでもらった恩を仇で返すつもりなのか!?」
「はぁ……全く何度同じことを言わせるつもりなのかな? いい加減に父親ヅラするのやめてくれない?」
そして相も変わらず、ミリィに訴えは通じていない。更にそれを見ているミナヅキたちも、冷めた表情で見守る――まさに状況は逆戻りしていた。
(なんかもう、まるでコントみたいだな……あと何回繰り返すんだろ?)
そう思うミナヅキは、ほんの少しだけ楽しみな気持ちも湧き出ていた。呆れ果てた表情を浮かべるアヤメとは違い、彼の表情はどこかワクワクしているような輝きを放っている。
それに気づく者がいなかったのは、ここでは幸いと言えるのかもしれない。
「ミリィ……いい加減にお前も、現実を認めないか?」
すると今度は、ヴィンフリートが悲しそうな表情を見せる。ここで新しい展開がくるのかと、ミナヅキは目を見開いていた。
「お前に私の血が流れていることは事実。故に私がお前の父親ということは、避けても避けきれない話なのだ」
「単に血が繋がっているだけじゃん。それと父親だと認めることは、全然違う話に思えるんだけど?」
投げやりな口調のミリィに、ミナヅキは自然と頷いていた。
「まぁ、言い得て妙ではあるかな」
「そうね。あの子の気持ちは分からなくもないわ」
アヤメも同意見らしく、しみじみと頷きながら言う。
一向に表情と気持ちを変えようとしないミリィに、ヴィンフリートの表情は少し焦りが出てきていた。
「ならばこの屋敷はどうなる? お前を守るためにこの十年間、私はこの屋敷を守り続けてきたのだぞ!」
ヴィンフリートは屋敷に向かって、手を広げながら叫ぶが――
「オジサンが勝手にそうしただけでしょ? 別に屋敷なんかなくても、わたしは自由に外に出れるんだし」
ミリィはしれっと、心から呆れた表情で言い放った。互いが互いに対しての一方通行は、決して交わることはない。
「まぁでも、今となってはありがたいと思えるかな。オジサンが幽霊屋敷に仕立て上げてくれたおかげで、わたしはおにーさんたちと出会えたんだもん♪」
振り向きながらウィンクしてくるミリィに、ミナヅキとアヤメは少しばかり照れくさい気持ちに駆られる。
その姿に更なるショックを受けたのか、ヴィンフリートの表情が怒りから狼狽えに切り替わった。
「何故だ……あの子のあんな表情を、私には向けてくれたことがない……」
ようやくヴィンフリートは、頭の中が少しだけスーッと冷えてきた気がした。しかし同時に、絶望感が一気に溢れ出てくる。
「……私の気持ちは、もう本当にお前には届かないというのか?」
「何を分かり切ったこと言ってるの? むしろオジサンとあの母親が実の両親ってことが、もう人生最大の汚点といっても過言じゃないよ」
ズバッとぶった切るかの如く言い放つミリィに、ヴィンフリートは遂に言葉を失ってしまう。しかしミリィは、まるで畳みかけるように続けた。
「オジサンは地位と名誉のことしか考えてない。そしてあの母親は、ステータスの高い男の傍にいて、自分を高く見せることしか興味がなかった。そんな中、わたしのことを真正面から見てくれたのが……おとーさんだった」
忌々しそうに語っていたミリィだったが、最後の言葉を話すとともに、その表情は真逆の温かな笑みとなっていた。
「確かにお仕事が忙しくて、遊んだり話せない日も多かった。それでもおとーさんはわたしを愛してくれた。それだけはよく分かる。だから――」
ミリィは顔を上げながら目を開き、ヴィンフリートをまっすぐ見据える。
「たとえ血は繋がってなくても、わたしはクリストファーの娘なんだよ!」
その目には、一点の曇りもなかった。心の底からの本気の言葉が、傍で聞いていたミナヅキたちにも響いてくる。
「お嬢様……今のお言葉、きっとお空の上で、旦那様も聞いておられますぞ」
涙目で感激しているモーゼスも、ミリィの言葉が強く響いた証拠であった。
それは魔物たちも例外ではないらしく、ファイアーウルフはよく言ったと言わんばかりに笑みを浮かべており、スライムはカッコいいと言いたいらしく、鳴き声を上げながらその場を飛び跳ねている。
一方、ヴィンフリートは――
「バ、バカな……」
絶望に満ちた表情でわなわなと震えている。
ミリィの言ったことが信じられないし、信じたくもない――気持ちを言葉にするならば、そんなところだろうか。
「間違っていた、とでも言うのか? この私ともあろう者が……」
頼むから違うと言ってくれ、そんな願いを込めてヴィンフリートは呟く。
しかし――
「えぇ。正確には、全ては身勝手極まりない自己満足でしかなかった、と言うべきでしょうか」
「爺やの言うとおりだよ。もういい加減に観念して。正直ウザすぎるから」
容赦なく頷くモーゼスに同意しつつ、ミリィも容赦ない言葉を突きつける。流石にダメージが大きかったのか、ヴィンフリートは完全に言葉を失い、膝をついてガクッと項垂れた。
――いつまでも立ち止まったまま動こうとすらしていない。そんなあなたも立派な強情だと言ってるんですよ。
ふとミナヅキは、モーゼスが前にそう言っていたことを思い出す。
(もしかしたら、あのオッサン……ミリィのためって言葉すら、単なる言い訳だったのかもしれないな)
ただ立ち止まっているだけの情けない大人――その事実が暴かれ、晒されることを恐れていた。故に何年も必死に押し隠そうとしていた。
偉い立場に立っていないと落ち着かない。それほどまでに弱い人間だから。
後ろ指をさされて笑われるなど、絶対に耐えられないから。
(まぁ、確証は特にないが……)
そう思いつつも、ミナヅキはなんとなく当たってるような気がしていた。見苦しいレベルで否定し続けたのが、いい証拠であろうと。
「ヴィンフリートさん、もうあなたの野望もこれで終わりよ!」
ここでアヤメが、ミリィの隣へ移動しながら声を上げる。
「本当に今でもミリィの父親だと思いたいのなら、大人しくミリィを、お空の上に送ることを認めなさい!」
「おねーさん……」
堂々と言い放つアヤメの勇ましい姿を、ミリィが尊敬の眼差しで見上げる。そんな彼女の視線に気づいたアヤメは、チラリと見下ろしてニコッと笑った。
――こんなお姉ちゃんがいたら良かったのに。
ミリィがひっそりとそう思ったのは、ここだけの話である。
「フ、フフフフフ――」
ヴィンフリートが俯いたまま、低い声で笑い出す。
「父親は私だ、クリストファーは他人だ、ミリィは誰かに誑かされているんだ、そうだそうに違いない、それ以外の真実などあり得んのだ、フフフフフ――」
狂ったように笑い出すヴィンフリート。アヤメはおろかミリィですら、恐れをなすような表情を浮かべた。
怖がるミリィに気づくこともなく、ヴィンフリートはユラリと立ち上がる。
「消してやる――キサマら全員をな!」
ヴィンフリートが叫びながら右手を上げると、右の袖に仕込まれていた閃光弾が夜空に放たれる。
カッ――と、一瞬だけ眩い光が起きた。
しかし目くらましほどの効果はない。そしてヴィンフリートも、その隙をついて動こうともしていない。
一体ヴィンフリートはは何をしたかったのか――ミナヅキたちは揃って疑問を浮かべずにはいられなかった。
しかし――
「フ、フフフフフ……ハーッハッハッハッ!!」
既に勝利した気分でいるかのように、ヴィンフリートは両手を広げつつ、高らかな笑い声をあげる。
そして――
ピシャアアァーーーンッ!!
雷が落ちるような轟音とともに、広範囲の凄まじい光が、屋敷の裏の林から盛大に打ち上げられた。
――バリバリバリバリ。
――ギャア、ギャア、ギャア、ギャア!!
林の木々が大量になぎ倒されていき、鳥たちが慌てて逃げ出していく。そして大きな黒い影が、ぬぅっと姿を現すのだった。
「ブオオオオォォォーーーーッ!!」
――ずしぃん、ずしぃんっ!
凄まじい地響きが断続的に巻き起こる。その激しい揺れに、ミナヅキたちは立っているのがやっとな状態であった。
「……っ! まさかゼラが言ってた、魔物の召喚ってヤツか?」
表情をこわばらせながらミナヅキが言うと、ヴィンフリートは再び狂ったような笑い声をあげる。
「ハーッハッハッハッ! そうだ、召喚魔術を依頼して、大型の魔物をこの地に呼び寄せたのだ!」
その瞬間、ゾワッとした悪寒がミナヅキたちの背筋を走り抜ける。未だ木々をなぎ倒す音は途絶えておらず、大きな影は動き続けていた。
そして、影がこちらの方角を向いたらしく――
「ブフォオッ!」
ギラッと血走った赤い眼が、ミナヅキたちの目に飛び込んでくるのだった。
「覚悟しろ愚民ども。キサマらの命運はここまでだ!」
再び両手を広げながら、ヴィンフリートは誇らしげに言い放つ。それはまるで、背中に大型の魔物を従えているかのような光景であった。
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